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仮説を論じる時

「……それで俺を呼んだのか?前の一件から見て、役に立つと思って?」


 そこまで話したところで、俺は口を挟んだ。

 ある程度話はキリの良いところまで来ていたし、このまま話をさせると鏡自身の仕事の反省に話題が移りそうだったからである。

 実際、そこで鏡は話の方向を元に戻してくれた。


「まあ、そういうこと。どうしても気になっちゃったから……丁度私の分の撮影も、予定より早く終わったしね」

「早く?」


 何となく気になって、俺はそう問いかける。

 最初から午前だけの撮影予定では無かったのか。

 すると鏡は一瞬不思議そうな顔をしてから、人差し指を空に向けた。


「本当はもうちょっとゆっくり撮影する予定だったみたいなんだけど……今はほら、天気がアレだから」


 そう言われて、俺は視線を空に向ける。

 同時に、彼女が言っていたことを理解した。


「雲、集まってきてるな。いつの間に……」

「予報では言ってなかったのにねー……雨降りそう」


 鏡の反応を見て、そう言えば鏡の話の中にも時間がおしていたという部分があったな、と思い返す。

 それはどうやら、この天気のせいらしい。


 先程も言っていたが、この高校を借りることが出来るのは一般生徒が授業に来ない日だけだ。

 天気が崩れたからと言って、また別の日に撮り直しましょうとはならない。

 モデル側はともかく、学校の方が予定を合わせられないだろう。


 ──だから予定を早めてでも、外での撮影をちゃっちゃっとやっているということか。雨が降り始めてしまったら、当然撮影にならないし……。


 酒井桜が正午を過ぎた今でも撮影を続けているのも、その辺りが原因なのだろうか。

 少々、撮影現場は焦っているようだ。


 そしてこの天候が巡り巡って鏡の仕事終わりを早め、俺を呼ぶことに繋がった。

 何がどうしてこういう状況になったのか、ようやく理解できた。




「……それでどう、松原君?何かおかしいとか、ここが鍵だとか、そんな前回みたいな発見あった?」


 状況説明が終わると、好奇心に満ちた顔で鏡がそう尋ねてくる。


「私は、どうしてもこの話が説明がつかない物に思えるんだけど……松原君には、この心霊写真はやっぱり大した物じゃないように思う?」


 周囲のスタッフの対応から、不安になったのだろうか。

 既に俺を呼んでいる割に、彼女の言葉は微妙に弱腰だった。

 その不安を解くためではないが────俺はゆっくりと口を開く。


「いや……俺も()()()()()()()()()()()()。鏡の疑問は正しい。何かこう、ただの汚れでは説明のつかないことが起こっているんじゃないか、これ」

「やっぱり!?だよね?」


 ガバッと体を乗り出した鏡は、そこで嬉しさのあまり俺の手を取った。

 意外に俊敏なその動きに驚いた俺は、反射的に体をのけ反らせる。

 しかしそれを無視するようにして、鏡はベラベラと話を続けた。


「だよねー!これ、何かおかしいよね。汚れとしても、本物の心霊現象としても説明が付かないというか……いや、他のスタッフの人に説明しても、あんまり分かってくれなかったからさー!」


 ──それは、雨が降るかどうか分からない状況の中、急いで撮影をしている焦ったスタッフの仕事を邪魔したからじゃ……。


 いくら心の広い人でも、モデルとして呼んだアイドルの個人的疑問までは取り扱うまい。

 この様子からすると彼女が俺を呼んだのは、スタッフに疑問を受け止めてもらえなかったことで一種の意地になってしまった、という部分もあるようだ。


 どれだけ不思議なのか証明してやる、みたいな気分になったのだろうか。

 どうもこの鏡奏という少女は、ムキになりやすい性格でもあるらしい。


「それでそれで?松原君から見て、どういうところが変?どういうところが鍵?もしくは、どこなら普通に説明できる?」


 俺の手を掴んだまま、鏡は目を輝かせてそう聞いてきた。

 疑問を共有できる人間が現れたのが余程嬉しかったのか、テンションが非常に高い。

 流石に彼女よりはテンションが低い俺としては、もう少し落ち着かせたいところである。


「まず……脱いだ学ランに痕跡が全くなかった点に関しては、実のところ不思議なことじゃないと思う。生地や付着していた物の種類にもよるだろうが……」

「あれ、そうなの?」

「ああ。だってほら、もしその手形が単なる汚れだったとしても……それが軽い汚れなら、服を脱ぐ過程で剥がれ落ちることはあるだろう?」


 俺はこの「幽霊の手形」を見た時、星形にばら撒いた砂糖という風な例えをした。

 その例に従えば、この点は寧ろ納得できる話なのだ。


 ああいう粉っぽい物というのは、得てして剥がれやすく、舞い散りやすい。

 だからこの汚れが粉状の物であれば、どこかに付着していようが、ちょっとした衝撃でバラバラと剥げ落ちることもあるだろう。

 つまりこの「幽霊の手形」が後で確認した時には消えている、というのは大しておかしい話ではない。


「だから俺がおかしいと思うのは、その前の部分……この学ランが衣装さんに渡してもらったばかりの衣装だという点だ。鏡の言う通り、汚れが付いた状態で渡す訳ないからな。単なる汚れだとしたら、どこで付いたんだって話になる」


 そう言うと、鏡の顔が真剣なそれに変わった。

 彼女としても、考察していた点らしい。


「そこが変だよね。撮影中にどこかで汚れが付いた、ということも考えられるけど……」

「だけどその場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのが少し解せない。さっきの写真からして、君の方には特に何も写っていなかったんだろう?」


 そう言うと、鏡がそっか、と声を漏らした。

 酒井桜の方に気を取られ、ここには気が回らなかったらしい。


「仮にこれが撮影中に付着した汚れであるというのなら、隣で似たようなポーズをしていた君にも同じような汚れが付着しても良いはずだ。だけど写真を見る限り、『幽霊の手形』は酒井さんにしか写っていない」

「だよね……確かに、私の着ていた学ランは全く汚れてなかったなあ……」


 当時の撮影風景を思い起こすようにしながら、彼女は唸った。


「それに、身体の前側にこの『幽霊の手形』がある、というのも少しおかしい。背中ならともかく、胸側の汚れって普通すぐに気がつくだろう?目立つし」

「だよね。衣装さんが学ランを渡してから実際に撮影するまでにあんな汚れが付着したなら、誰かが指摘してもよさそうな気もする……桜さん自身、気がついてもいいはずだよね?」


 そう、その通りだ。

 この「幽霊の手」は薄いものとは言え、それでもじっくり見れば分かる類の物でもある。

 何せ、服の前面に貼り付いているのだから。


 それなのに写真を撮るまで誰も、「あれ、服が汚れているんじゃない?」とは指摘しなかった。

 写真を撮って、初めてそういう話になったのだ。


 総合的に考えれば、撮影の瞬間まで汚れなんてものは付着していなかったという話になってしまう。

 そうでなければ、汚れなんてものはどこかで指摘されているはずなのだから。


「だけどそうなると、撮影の瞬間だけあの『幽霊の手形』が現れて、撮影後に忽然と消えているってことになっちゃうんだよな……」


 ここまで話したところで、俺はやや困って頭の後ろをボリボリと掻いた。

 自分で言って置いて何だが、恐ろしく非現実的な結論である。


 そんな機動性の高い汚れなんてこの世にあるのか、という気がしてくる。

 ここまで来ると、撮影の瞬間だけ本物の幽霊が憑りついたんじゃないかという気すらしてきた。


 仮にそんなことが起きていたとすれば、本物の心霊現象だ。

 同時にこの写真は、本物の心霊写真ということになってしまう。


 尤も、それはそれで────。


「でも仮にこれが本物の心霊写真だったとしても、話が繋がらないよな……噂になってた曰く付きの木っていうのは、この写真の撮影場所からは離れていたんだろう?」

「そう。言ったでしょ?実際には、あの木の近くでは撮影しなかったもん」


 難しそうな顔をしながら、鏡が首を縦に振る。

 彼女も、自分が言った噂話を思い返しているらしい。


 彼女の話によれば、心霊現象の核は校舎に寄り添うように植えられている大木だ。

 その木の近くに行くと病気になる、或いは心霊写真が撮れるという話だった。


 この話が本当かどうかは、一先ず置いておくとして。

 何にせよ()()()()()()()()()()()心霊現象とやらは起こっている訳だ。


 しかしどう見ても、あの木は撮影場所からは結構離れている。

 見せられた写真の背景には、大木など欠片も映ってはいないのだ。

 幽霊には全く詳しくないのだが、心霊現象というのものはそんな遠隔で起きる物なんだろうか。


「それにね、話の中でも言ったけど……あそこの木の噂って、どちらかと言えば病気の方がメインだったと思う。心霊写真の噂は、本当にちょっとしか触れられていないというか」

「そう言えば、リプライで少し書かれていただけとか言ってたな」

「うん。そもそも心霊写真の噂自体、殆ど唱えられていないくらいだったから」


 つまり心霊写真の噂というのは、噂と呼べるかどうかの微妙な話題ということになる。

 恐らくこの等星高校内の噂好きの生徒の間でも、殆ど知られていない話なのでは無いだろうか。


 そんな微妙な立ち位置の心霊現象が、今日の撮影中に限って偶然発生したというのも何か変な感じだった。

 本物の心霊現象と考えても、尚も説明のつかない点が残る訳だ。

 どうしてマイナーな方の噂だけ発生しているんだ、と思ってしまう。


「色々考えたが……本物の心霊写真と考えても、ただの汚れと考えても納得出来ない。どうにも、ピントがずれている感じがする」

「……逆に言えばその矛盾こそが、推理をするための手がかりになる……的な?」


 何かを期待するようにして、鏡がこちらを見る。

 しかし俺はそれに答えず、もう少し質問を重ねた。

 まだまだ、情報が足りない。


「やっぱり現実的に、『本物の心霊写真説』じゃなくて『ただの汚れ説』を推したいところなんだけど……鏡としてはどうだ?さっきの疑問点を抜きにしても、撮影中に汚れが付くことって有り得るか?」


 一応、俺はそこで鏡の意見を聞いた。

 当然だが、俺はモデルがどういう風に衣装を着て撮影するのか全く知らない。

「ただの汚れ説」を推そうにしても、ここを聞かないと推理も出来ないのだ。


 それ故の質問をぶつけると、鏡は少しだけ悩んだような顔をした。

 その上で、考え考え、こんなことを言う。


「うーん……まあ、普通はそうそう無いことだと思う。普通はほら、スタジオで撮ることの方が多いから汚れること自体がまず無いし。今回みたいな外での撮影の場合でも、モデル側が汚れが付かないように気を付けるから……」

「……まあ、そうだよな」


 言われてみればごく当たり前の話なので、頷いておく。

 汚れ汚れと簡単に言うが、ここが撮影現場であることを考えればそれは簡単には済む話ではない。


 そんなものがあると、汚れを取り除くために一時的に撮影が止まってしまう。

 最悪衣装を変えなければならなくなるかもしれず、汚れ一つでも大事になる可能性だってあるのだ。


 逆に言えばモデルの撮影現場に置いて、衣装の汚れにはかなり敏感になっているはず、ということだ。

 実際、「幽霊の手形」を見たカメラマンはそういう意識があったからこそ、すぐに撮影を止めて汚れを指摘したのだろう。

 無論、モデル側とて例外ではない。


「そうなると……モデルとしての経験も豊富な酒井さんが、そんな汚れを付着させてしまうのは考えにくい、か」

「普通に考えたらそうなると思う。さっきも言ったけど、私にモデルの心得を教えてくれたのは桜さんだし……教えてくれた内容には、衣装を汚さないための立ち方ってのもあったよ?」


 なるほど、ともう一度頷く。

 こう話を聞いてみると、「ただの汚れ説」の可能性がかなり低く思えてしまう。


 モデルとしての仕事にも慣れているであろう酒井桜が、撮影中にそんな汚れを簡単に付着させてしまうものだろうか。

 仮に付いてしまったとしても、普通はすぐに気が付けるのではないだろうか。

 この二つの疑問が、どうしても引っ掛かり────その分「ただの汚れ説」の趨勢が悪くなるのである。


 しかし「ただの汚れ説」の可能性が低くなるというのは、「本物の心霊写真説」の可能性が高くなることを意味するというのが、中々困った点なのだが……。

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