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その手を写す時

<鏡奏の証言>


 ええと、どこからが関係あるのか分かんないから、とりあえず全部言うんだけど……。

 だいぶ長くなるけど、話してみるね。

 トイレ行きたかったら、遠慮せずに行ってね?


 まずは……そう、今日の仕事が決まった時から話そうかな。


 ここでモデルの仕事をする、となったのは一ヶ月くらい前の話だったと思う。

 割と急な話だったんだけど。


 この撮影って、あるファッション雑誌に掲載される写真のための撮影なんだけどね。

 元々は別のモデルさんに頼んでいたけど、事故か何かで撮影出来る状態じゃなくなったとか何とか……。

 そういう理由で、私たちのところに急に話が来たの。


 本当なら、向こうも本来のモデルさんを使いたかったと思うんだけどね。

 今回の場合、撮影時期をずらすことが出来なかったから。


 何故かって?

 だってほら、今回の撮影はスタジオ撮影とかそう言うのじゃないから。

 見て分かる通り、普通の高校の校庭を借りて撮影させてもらってるでしょ?


 雑誌側の拘りで、「実際の高校の中で、生き生きと活躍する少女たちの写真が撮りたい」とか言ってたと思う。

 最初からそういうコンセプトの撮影、みたいな。


 だけどほら、普通の日ならモデルの人も学校があるし、学校側も一般の学生がたくさんいて撮影にならない。

 だからこそゴールデンウィークのこの日だけ、高校の使用許可が下りた。


 そういう事情があったから、撮影日をずらすのは無理だったワケ。

 本来のモデルさんの怪我が治る頃には、学校に人が少ないゴールデンウィークも終わっちゃうしね。

 それで私たちが……代役が選ばれた感じ。


 さっきも言ったけど、桜さんはアイドルとしてスカウトされる前にある事務所でプロのモデルをしていた人だから。

 今は松原プロデューサー補のスカウトを受けて、こっちに来たんだけどね。


 そのモデル事務所がボヌールの系列だったから、割と移籍もスムーズに出来たらしくて。

 酒井さん自身も歌やダンスに興味があったから、そのまま転身した、的な。


 まあ要するに、酒井さんにはモデルとしての活動実績がある。

 それでモデル時代の知り合いは多いから、その縁で話が来たみたい。


 ……アイドルでも、こういうモデル撮影は多いのかって?

 珍しい話じゃないよ?


 まだまだアイドルとしては駆けだしだからね、私たち。

 桜さんなんて、アイドルとしての仕事よりもモデルとしての仕事の方が多いくらいだろうし。

 多織さんも、役者としての活動時間が長いくらいかなー。


 まあ、それは今回の件とは関係なくて。

 重要なのは、私もそれに乗っかって撮影に参加したってところかもね。


 私はまだ、モデルとしての仕事は碌にしたことが無かったんだけど。

 それこそ、事務所の宣材写真くらいしか撮って無かったし。


 だけどそこはまあ、桜さんの威光にあやかって?

 何とか、私も仕事に混ぜてもらえた。


 それで、モデルの仕事が決まった時の話なんだけどね。

 この頃から、この心霊写真の一件は始まったと思う。


 一番最初の兆候は、噂話。

 私が撮影に臨む前にしていたネットでの調査が原因。

 私、仕事が決まった時から、等星高校についてちょっと調べていたから。


 何でそんなことをしたかって?

 そこはほら、さっきも言ったけど、私、モデルとしての仕事は今まで殆どなかったから。


 珍しくそんな仕事をするって聞いたから、ちょっと緊張しちゃって。

 割とこう、前々から色々と準備をしてたんだよねー。


 桜さんに綺麗に写るコツを教えてもらったり、身体のラインを綺麗に出来るように整えたり。

 実際の撮影場所である、この等星高校のロケーションを調べたり。


 この高校に関しては調べたところで、特にメリットもないんだけど。

 こう、緊張のあまり調べずにはいられなかったというか。

 ついつい「等星高校 どこ」とか、「等星高校 評判」とかを検索しちゃって。


 その中で変な書き込みを見つけたのが、今回の始まりだったと思う。

 検索している内に、等星高校の生徒らしい人のSNSアカウントを見つけたんだけどね。

 そこにこんなことが書いてあったの。


「あの木に近寄ると病気になるって、本当だったのかな?私も昨日から、咳が止まらないし……」


 そしてその投稿には、こんなリプライが来てた。


「あの木の近くで写真を撮ると、心霊写真が撮れるって話もあるよね。最近流れてきた話だけど」


 リプライに一緒に載せられていたのが、この高校の写真。

 もっと言うと、今、ここからも見える校庭の写真ね。


 ほら、あっちの方。

 校舎に寄り添うように、結構大きい木が植えられてあるでしょ?

 あの木を撮影した写真だった。


 要するに私は、等星高校にまつわる変な怪談みたいなものをネットで見つけたってこと。

 高校に植えられている木に近づくと、病気になったり、心霊写真が撮れたりするって言う変な話。

 そんな逸話が、この高校では広まっている。


 ここまでなら普通に、訳の分からない投稿だなって思うだけなんだけど……。

 何かほら……気になるじゃん?


 元々私、こういう噂話みたいなのが結構好きな性質だし。

 芸能界に入ったこと自体、芸能人の噂話を集めている内に興味が湧いた、みたいなところあるし。


 目に留まった以上は、深掘りせざるを得ないって言うか。

 茜にはよく、そういうのは止した方が良いって言われるんだけどねー。


 だから、調べてみたんだ。

 その子のアカウントからフォローを辿って、等星高校に関する噂話を読んでみた。


 そうしたら────この噂話が、いくつかのアカウントで言及されてるってことが分かった。


 扱いとしては、学校の七不思議みたいな感じ。

 学外の人は全く知らないけど、生徒の間では知る人ぞ知る話って印象だったかな。


 書き込みたちをまとめると、こんな感じ。

 あの木、古くから学校に植えられている木みたいなんだけど……あの木の下で待ち合わせをしたり、ふざけて木登りをした生徒なんかが、軒並み病気になっているんだって。

 ここ一、二年の間は特に、その病人が増えているとか何とか。


 勿論、全員が全員そうなる訳じゃない。

 だけど確かにここのところ、咳き込んだり休んだりして体調を崩す生徒が多い。

 具体的に誰がどうなったとは特に書かれてなかったけど、噂になる程度には印象的な話みたい。


 勿論、普通に考えれば眉唾というか、有り得ない話なんだけどね。

 もしそれが本当なら、その木は何か、人の体に有害な成分を出しているってことになっちゃうし。

 仮にそんなことになっているのなら、すぐに苦情が来て伐採されているだろうし。


 普通、無いでしょ?

 学校の木が、毒のある植物になってるなんて。 


 リプライに来てた心霊写真の方は、もっと眉唾だと思った。

 元々ああいうのは錯覚とか、偶然とかのせいで偶々そう見えているのが多いって聞くし。

 変な噂のある木の近くで写真を撮るようなことをするから、見る側に「もしかして変なものが写るかも」みたいな期待があって、それで変な影が見えるんじゃないかなって思った。


 要するに全体的に信憑性の薄いというか、どうでもいい話ではあったんだけど。

 それでも……ちょっとは、気になった。

 聞いちゃった以上はあの木にはあまり近づかないようにしようかなー、と思うくらいには気にしてたと思う。


 私、結構、そういう噂話を気にしちゃうタイプなんだよね。

 だからこう、頭の片隅には常にその話が残ってたみたいな。

 意識しすぎて、同じくこの高校に来る桜さんにもこの話を紹介しちゃったぐらい。




 ……そうやって、変な噂話を気にしつつもモデルの練習の方も頑張っている内に、今日が来た。

 いよいよ、撮影の日になったってこと。


 撮影自体は、意外とすんなりと進んだんだけどね。

 二人モデルが居るにしても、私はオマケみたいなものだったし。

 話の前提からして、メインは桜さんだから。


 私の方は撮影する枚数自体が少なくて、それこそ午前中だけで撮影が終わったくらいで。

 強いて言うなら時間的にちょっとおしてて、急ぎながら撮影したのが辛かったけど。


 噂になってたその木にも、撮影とはそんなに関係が無かった。

 あの木、結構低いところにまで枝が来ているから。

 もしあの木の近くで撮影しちゃうと、顔に葉っぱとか枝が被っちゃうんだよね。


 だから今回の撮影では、あの木の近くで撮るのは避けられた。

 そもそも、あの木の近くで撮影すること自体が無かったかな。

 校舎内の控室に行く時には、多少木の傍を歩くくらいはあったけど。


 そういう訳で、私たちは等星高校の中やら外やらで色々と写真を撮って。

 ちょっとコスプレっぽい恰好とかもしてみたりして。

 桜さんに助けられるみたいにして、午前中の撮影は最後の方まで来た。




 だけど────その最後の方の撮影で、気にしていたその噂話通りのことが起こったの。

 未だに、ちょっと信じられないんだけど。




 さっき見せたあの写真はね。

 午前の撮影もそろそろ終わるかなって時に撮った物だった。

 私はもうヘロヘロで、桜さんにくっつくみたいにして立ってたと思う。


 カメラマンさんに「この学ランを着た写真を撮ったら、鏡さんの分の撮影は終了です」って言われて、凄く気分が楽になったのをよく覚えてる。

 桜さんはその後も単独で撮る予定だったから、ちょっと申し訳ない感じもあったけど。


 それに学ランを着るための衣装変更時間に合わせて、トイレ休憩の時間を用意してくれたから、その点でも気分は楽だったな。

 ずっと立ちっぱなしで、正直膝とかはガクガクになってたんだけど──今でも膝はちょっと痛いくらいだけど──多少はマシになったし。


 言っとくけど本当に辛かったんだよ、あの時の膝の状態。

 着替えのための部屋に行くとき、何も無い場所で勝手に転んじゃったくらい。


 しかも転んだ場所って言うのが、まさしく噂のあるその木の近く。

 木の幹を支えにして立ち上がったくらいでね。

 病気になるどころか、擦り傷を作るところだったんだから。


 だから本当に、そこでの衣装変更は助かったな。

 衣装を着る部屋が別々だったから桜さんとは話せなかったけど、多分桜さんも助かってたと思う。


 それでまあ、何とか着慣れない学ランに着替えて。

 服が大きくて着にくかったから、殆ど衣装さんに着せてもらった──お姫様みたいに、衣装さんが服の袖を持って、そこに腕を通していったの──感じだったけど。

 それで、桜さんと一緒に撮影をしたの。


 ……話が凄く逸れるけど、学ランって何かメチャクチャスースーするよね。

 サイズがちょっと大きかったのもあって、背中の辺りも浮いた感じがするというか。


 変に気持ち悪くて、何度も背中を掻いちゃった。

 カメラの準備が出来るまでずっとそうしていたから、桜さんに「落ち着きなさい」って背中をポンポンしてもらったくらい。


 ええと、でも今はそんなことはどうでもよくて。

 この後が、重要なの。

 この次に、心霊写真が撮れちゃったんだから。


 枚数としては、一枚目。

 学ラン姿の最初の写真を撮って、カメラさんがその出来栄えを確認──デジタルだから、すぐに確認出来るんだよね──した時。

 その瞬間、カメラマンさんが「あれ?」って言ったの。


 続いて、こう言った。

 桜ちゃん、衣装に汚れでも付いてる?って。


 松原君は先にあの写真を見たから分かると思うけど……カメラマンさんが、あの白い手形に気が付いたんだ。

 薄い影ではあるけど、頑張れば見えるしね、アレ。


 それでもすぐに分かったのは、流石プロって感じだけど。

 でもまさか心霊写真とは思わないから、衣装が汚れてるんじゃないかと思って声をかけたって流れ。


 カメラさんがそう言った瞬間には、すぐに桜さんが衣装の学ランを脱いだかな。

 多分、自分の目で確認しようと思ったんだろうね。

 一瞬で桜さんはそれを脱いで、服の背中を確認したみたいだった。


 だけど、すぐに。

 桜さんが、不思議そうにこんなことを言ったの。


「汚れ、ですか?()()()()()()()()()()……」


 そう言って、桜さんは首を捻ってた。

 慌てて衣装さんがこっちに走ってきたのは、それからすぐだったと思う。


 ……ここからは私もまとめきれてないって言うか、何が起こったのかよく分かっていないから、断片的な思い出にになるんだけど。

 とりあえず、私の目で見たことを並べていくね。


 まず、その時に撮った写真に白い手形が写っていたのは間違いのない事実。

 カメラマンさんに頼んで、桜さんの写真を拡大して送ってもらったから分かったことなんだけどね。


 間違いなく、本来なら存在しない白い汚れがあの服には付着していた。

 服の胸元を汚している、白い手形。

 少なくとも写真には、そんな物が写っていた。


 つまり、カメラさんの言葉は正しかったってこと。

 見間違いなんかじゃない。

 でも────桜さんの発言も正しかった。


 どういうことかって言うとね。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 普通に、真っ黒な生地だったの。


 そりゃあまあ、外で着ていたんだから、じっくり見たら細かい汚れが無いでは無かったけど。

 それでも、手の形に見えるような物は何も無かった。

 本当に、綺麗なままだった。


 考えてみれば、当然の話。

 だってその学ラン、トイレ休憩をはさんだ後、衣装さんが初めて渡してきた物でしょ?


 普通に考えれば、汚れなんてついているはずが無い。

 衣装さんだって、綺麗な状態で渡すだろうし。

 汚れがついた衣装をモデルに渡したら、怒られるでしょ、普通。


 もっと言ったら、その写真を撮る直前まで、服に汚れなんて付いてなかったと思う。

 だってその写真を撮るまでに、カメラマンさんの指示で「もっと顎を引いて」とか、「足をもう少し広げて」みたいな指示を受けていたから。

 つまり、時間をかけてポーズを作ってたってこと。


 もし最初から胸の真ん中にその汚れがついていたなら、そこでカメラマンさんが汚れに気が付くでしょ?

 カメラマンさんは、私たちの姿をずっと見ていたんだから。


 逆に言えば、普通に撮影が進んだ時点であの服にそんな汚れは無かったと言えるってこと。

 写真を撮るその瞬間まで、あの汚れは誰も見つけていなかった。


 カメラのレンズの方に汚れがあったとか、そう言うのも同じ理由で否定できるみたい。

 もしそうなら、ファインダーを覗いた時点でカメラマンさんが気がつくしね。


 なのに実際に撮影したあの写真には、白い手形が映っていて。

 後で服を確認すると、そんな汚れは一切付着していない。


 これ、どういうことか分かる?

 全員の話をまとめると……写真を撮影したその瞬間だけあの白い手形が現れて、撮影後は影も形も無く消えているってことになるよね?

 それこそ、幽霊の手みたいに。


 非現実的な話なのは分かる。

 普通に考えれば、どこかで誰かが何かを勘違いしている。


 でも全員の話が正しいのなら……あの手形は確かに、痕跡も無く消えたってことになる。

 言ってみれば────「幽霊の手形」なのかな。


 そうなると、こう、連想しちゃうよね。

 私が調べた、あの噂話。

 この高校には近づくだけで病気になる曰く付きの木があって、その近くでは心霊写真が撮れるっていう怪談があること。


 だから私、そこで言っちゃったんだよね。

 どうしてもこう、頭の中で結びついちゃった。


「……これ、心霊写真なんじゃないですか?写っているのって、もしかすると本当に幽霊の手なんじゃ……」


 勿論、すぐに笑い飛ばされた。

 またまたあ、みたいに流された。

 当事者である桜さんも、まさかって笑っていたくらい。


 そしてすぐ、撮影は再開された。

 よく分かんないけど、汚れてなかったならまあ良いかって感じのノリで。

 特に誰も、この写真については気にしてなかったみたい。


 だけど……私は。

 私だけは、どうしても気になっちゃって。


 それからの撮影は、ちょっと身が入らなかったかな。

 この辺り、私はプロとして仕事出来なかったみたい。

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