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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage13:幻の鳥

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ウミガメに乗る時

 ──でも、待つにしてもやることが無いな。普段なら菓子盆からお菓子を摘まむけど……。


 休憩室に常備されているお菓子を見つめながら、俺はボーっと思考を続ける。

 料理の練習に向かった菜月を見送ってから、ずっとこんな感じだった。

 菜月が声をかけて来るまで、やることが無い。


 菜月がどんなものを作るかは知らないが、俺も食べる側の人間として、可能な限り空腹になってから向かった方が良いだろうということは分かっていた。

 当然、普段のようにお菓子を摘まむ訳には行かない。

 それで意外と満腹になってしまっては、いくら何でも菜月に申し訳ないだろう。


 だからこそ何か別のことをしようかとも思うのだが、これが意外と思いつかない。

 読書のような変に熱中しそうなことを始めてしまうと、料理が出来た時に中断しにくそうだし。

 かといって手軽な娯楽は少ないし、スマホゲームはコスト回復中だし。


 いっそのこと菜月の様子を見に行こうかすら思ったのだが、これはこれで不味い気がした。

 もし菜月がそのメニューを俺相手にもサプライズ発表しようと思っているのなら、料理過程を見に行くのはネタバレになってしまう。

 自然、やれることが無くなってしまったのだ。


 ──こうして考えると、俺ってボヌール内で暇になった時は「グラジオラスメンバーと話す」以外のことを殆どしてないんだなあ……。


 意味がないようにすら感じる雑談でも、意外と隙間時間の有効活用にはなっていたらしい。

 変なところで彼女たちの存在感を実感してしまった。


 しかしその有難みを実感したところで、やることが生まれるはずも無く。

 んー、と変な声を出しながら、俺はぽすんと頭を倒した。

 暇すぎるので、寝てみたのだ。


 勿論、熟睡する気はない。

 ただ、横になってダラダラしたかったというか。

 そういう発想が出てくる程度には、ここのソファが柔らかかったというのもある。


 ──あー、何か帯刀さんの気持ちが分かるな……。


 見かけるたび、どこかしらで寝転がっている彼女の姿を連想する。

 妙な共感を味わいながら俺は目を閉じて────その瞬間、スマートフォンがピコンと鳴った。


「……メッセージ?」


 現代人の性として、反射的にスマートフォンに手を伸ばす。

 体に染みついてしまった動きで指が動くと、即座にトーク画面が開かれた。


「……鏡?何だ、いきなり。土日でもないのに」


 トーク画面の上部に表示されている名前を見て、軽く驚く。

 鏡が突発的に連絡を取ってくることはままあるのだが、平日にやってくるのは中々珍しい。


 内容は愚痴か、自慢か、推理の依頼かの三つに絞られるが────今回はまた、どうしたのか。

 それなりの興味を持って、俺は彼女から送信された文章を凝視する。


『お仕事しゅ~りょ~!ねえねえ、クイズしていい?』


 表示されているのは、そんな文章。

 いっそ清々しい程、一文目と二文目の間に関係性が無かった。

 脈絡という概念を知らないのか。


 ただ一応は半年以上の付き合いなので、意味が分からないという訳ではない。

 恐らく一文目で言っている通り、アイドルとしての仕事の一つがこの時刻に終わったのだろう。

 それで暇になったので、俺に何かしらクイズを仕掛けたくなった、という流れか。


「仕事中に何か、クイズにしたくなるような不思議なことが起きたのか?或いは、俺から見て想像しにくい内容の仕事だったとか……」


 どっちだろうと思いつつ、俺は「OK」と打ち込んでいく。

 鏡には悪いが、丁度良い暇潰しとして有効活用させてもらうことにしたのだ。

 珍しく間が良いなと思っていると、飛びこむように返信内容が表示されていた。


『じゃあ、問題。私が今さっきこなした仕事がどんな内容だったのか、当ててみて!私にどんな質問をしても良いから』

「仕事の内容?どこで撮影したとか、そういうことを質問をし続けて当てるのか?」

『そうそう。細かいところは当てなくても良いけど、こういう感じの仕事だーって言ってくれたら正解にしてあげるから』

「大雑把な答えさえ出せたら、そこで正解にしてくれる、と」

『うん。でも制限ないと盛り上がらないから……質問の回数は十回までね。それまでにどんな仕事だったか突き止めること。それと、質問ははい、いいえ、で答えられる奴にして♪』


 ポチポチと打ち合っている内に、概要が掴めてくる。

 詰まるところ、彼女がしたいことは一つのようだ。


「俺を相手に、『ウミガメのスープ』みたいなことをしたいのか……どこかでその手の本でも読んだのかな」


 ウミガメのスープ。

 シチュエーションパズルや水平思考パズルとも言われる推理ゲームの一つだ。


 大雑把に言えば、極めて想像しにくい結末を持つ物語や小話を出題者が用意し、それに対して回答者が「はい」か「いいえ」で答えられる質問をぶつけていって真相を見つけ出す、というゲームになる。

 こうして言葉で説明しても訳が分からないだろうが、ネットでも現実でも流行っているゲームだ。


 鏡が今仕掛けているのは、その変種となる。

 質問回数に制限があり、難易度が上がっているタイプだと言っていいだろう。

 回答者である俺にとっては質問の答えが推理のヒントとなるので、良いヒントを貰えるように質問は厳選する必要があった。


 要は、短時間でやるにしては面倒なゲームなのだが────暇潰しの内容としては、上々か。


「了解。じゃあ質問と行こう」

『良いの?自分から提案しておいてなんだけど、私、こういうの出題したこと無いし。難易度調整ミスってるかもよ?』

「それはやってから文句を言うよ。質問厳選するから、ちょっと待て」


 そう打ち込んでから、俺は一度トーク画面から目を離して黙考する。

 質問をする前に、考えられる可能性を絞り込みたかったのだ。


 このタイミングで行っている仕事である以上、問題を見た瞬間から幾らかの推測が出来る。

 思いつくまま、俺は打ち込まずにボソボソと呟いていった。


「まず……歌関連の仕事は無いな。この前に『ファム・ファタール』に行った時、しばらくはこう言うのが無いって言ってたし」


 菜月と一緒に店に出向く途中に聞いた話だから、間違いはない。

 次のシングルの企画が難航しているとかで、レコーディングルームからも遠ざかっているようなことを言っていた。

 菜月が「ファム・ファタール」のイベントを前にして気負っていた理由の一つがそれだというくらいなのだから、鏡にソロで歌の仕事が入っているというのは考えにくいだろう。


「それと、ドラマ撮影とかも考えにくい。鏡がレギュラーの仕事に出向く姿を見たことが無いし……仮に撮影の仕事が入るなら、帯刀さんが先だろう」


 鏡には失礼だが、彼女の演技力が認められているという話は聞いたことが無い。

 勿論全く有り得ない訳では無いが、可能性は低いと見た。


「最後に、メタ読みになるが……分かりにくい内容、もしくは誤解を招くような内容の仕事なんだろうな。そうじゃないと、わざわざクイズなんて仕掛けてこないだろうし」


 ウミガメのスープと言えば、問題文にミスリードが仕掛けてあるのが鉄板だ。

 字面通りに意味を受け取るのは危険と言っても良い。


 そうなると、最初に聞くべきなのは────これか。

 一つ決意して、俺はスッスッと文字を打ち込んでいく。


「鏡、質問決めたぞ。良いか?」

『どんとこい!』

「じゃあ、最初の質問。鏡が言う仕事と言うのは……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

『?そうだけど?何でそこ聞く?』


 ──あ、しまった。深読みし過ぎた。


 彼女のキョトンとした顔が浮かんでくる文面を前に、俺は思わず自分の頭をぺしっと叩く。

 真剣に答えようとし過ぎて、力んでしまった。

 どうにも、見当違いの方向に考えていたらしい。


 ──実は問題文の「仕事」っていうのがミスリードで、アイドルの仕事でもなんでもない日常の出来事を勝手に「仕事」と呼んでいるのかな、なんて考えたんだが……それでクイズの難易度を上げようとしている、みたいな。


 ウミガメにありそうなミスリードだったのだが、空振りのようだ。

 本人が言っている通り、鏡はこういう謎を出題する経験は無いらしい。

 高度なミスリードを仕掛ける程の技量は最初から無い、ということか。


「鏡のクイズスキルや、出題のレベルも考慮しながら質問しないといけないんだな、これ……不味いな、質問を一問無駄遣いした」


 うーん、とそこで俺はもう一悩み。

 結局、今度はもう少し平易なことから聞いてみる。

 恐らくこの手のゲームに慣れた人から見ればダサい手なのだろうが、考え過ぎるよりはマシだった。


「二つ目の質問だ。その仕事は、グラジオラスメンバーにとって経験豊富な物だったか?」

『んー、私は初めてだったけど、他のメンバーはあるかも。ただ、この場所に限定するなら私が初めてだと思う』


 少し時間を置いてから届いたヒントに、俺は苦笑いする。

 はい、いいえ、で答えられるようにというルールなのだが、出題者側がそれを破ってしまっている。

 これが本当にウミガメだったなら、回答者が席を立ってしまいそうだ。


 ──まあでも、この方が俺にとっては有利だから指摘しないで置くか……何にせよ、これじゃあまだ確定とは行かないし。


 今の鏡の回答で分かるのは、その仕事はアイドルが必ず経験する類のそれではないこと。

 最初に考えた通り、レコーディングやら撮影やらと言ったメジャーどころは省いて考えても良さそうだ。


 そして、途中に出ている「この場所」という言葉。

 どこかしら、行くだけでも珍しいと思えるような場所に鏡は赴いているらしい。

 仕事のジャンルとしては珍しい物では無いが、「この場所」に行くのは珍しい、くらいのバランスか。


 ──そうなると、「この場所」を特定すればほぼほぼ勝ちだな……どう引き出すか。


 この分だと素直に「この場所」ってどこだ、とか聞いてもあっさり答えてくれそうな気がするが、それは流石にアレな気がする。

 鏡が勝手にぽろっと零す情報は有難くいただくにしても、ゲーム的にこちらは普通に質問していった方が良いだろう。

 そう決めた俺は、一先ず概要を掴むための質問をする。


「三つ目の質問。鏡は今からボヌールに帰ってこようと思えば、一時間以内に帰って来れるか?」


 これで「はい」なら、鏡が映玖市内に居ることはまず確定。

 逆に「いいえ」なら、もっと遠くにまで出張る仕事だったということになる。


 どちらにせよ、鏡の現在地が分かる訳だ。

 上手くやればグッと真相に近づくことも可能な質問なので、俺はちょっとドキドキしながら答えを待つ。


『?そだよ?というか、後十分くらいでボヌールに着くし』


 ──おお、かなり近いな。


 何を聞いているのか分からない、とでも言いたげな文面を見ながら俺はかなり驚く。

 この様子からすると、絞り込みは更に簡単に出来そうだった。


 ──メッセージへの返信はかなり迅速だから……多分、車に乗ってるな。グラジオラスメンバーの仕事は基本的に碓水さんに送迎してもらうから、移動中に座席でスマートフォンを弄っている最中なんだろう。


 電車などで帰ってきている可能性もあるが、その場合はあまり「ボヌールに着く」という言い方はしないだろう。

 駅で降りてからボヌールまで歩いて帰る、というのが正確な表現である。


 自転車や徒歩で帰ろうとしているのなら「ボヌールに着く」と言うかもしれないが、その場合はこんなに迅速なレスポンスが出来ない。

 アイドルとして外聞を気にしている立場な以上、事務所の近くで堂々と歩きスマホをしているとも思えないし、車で送って貰っていると見て間違いないはずだ。

 座席に座って暇になったから、俺にこのクイズを仕掛けてきたという流れなのだ。


 ──つまり「この場所」は、ボヌールから車を十分強走らせれば辿り着ける場所……駅前の繁華街とかか?


 最初に浮かんだのはそれだった。

 前にも述べたが、ボヌールから少し離れたところには駅前の繁華街が広がっていてそこそこに賑わっている。

 あの場所に取材などで向かったとなれば、十分程度で帰ってくることも可能だ。


 ──でも、それだけじゃないよな……これもメタ読みになるけど。


 ううん、と少し唸る。

 ここまでは推理出来たが、流石に「繁華街でロケをしました」が真相では無いだろう。


 仮に鏡がこなした仕事がただのグルメロケとかなら、それはちょっと答えとして簡単過ぎる。

 いくら鏡がウミガメに慣れていないとしても、たったそれだけのことを真相には配置しないだろう。


 これまでの絞り込みから言って、ボヌール近くのどこかで行われた仕事であったのは間違いない。

 しかし、ただの仕事でも無いはずだ。

 高度なミスリードが無いとは言っても、多少の驚きやビックリ要素は含んでくるだろうし。


 ──でも鏡のことだから、本当に腰砕けな真相を勿体ぶって言っている可能性もちょっとあるんだよな……一枠潰すのは勿体ないけど、確認しておくか。


 幸い、まだ三つしか質問していない。

 一つ無為に使ってしまっても、辛うじてリカバリー可能な範囲だ。

 そう考えた俺は、念のために分かり切ったことを聞く。


「四つ目の質問。その仕事の内容には、鏡が何かの食べ物を口にすることが含まれていたか?」


 繁華街での街ブラ系、もしくはグルメ系ならかなりの確率で「はい」。

 そうでないなら、「いいえ」になることの方が多いだろう。

 だからこそ、別解潰しのノリで放った質問だったのだが────。


『答えは、いいえ、かな。寧ろその逆っていうか、食べ物じゃない食べ物ばかりだったから、お腹が空いて大変だった』


 即答に近い間で、そんな答えが返ってくる。

 それを見て、俺は唸り声を大きくしてしまった。

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