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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage11:王たちの沈黙

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縁が続く時(Stage11 終)

 そこからの騒動については、説明を割愛する。

 詳しく書いても、面白くなるようなところでもないからだ。


 最初に、事情も分からずに辿り着いたバレットのマネージャーさんに何とか説明。

 それが終わってから、店長と森本さんが会場側の人間としてマネージャーさんに謝罪。

 最後に、森本さんが店長に謝罪した。


 推理の後半から殆ど話さなくなっていたことから分かるように、森本さんの憔悴っぷりと言ったらもう凄かった。

 大の大人の土下座なんて、俺としても見たのは生まれて初めてである。

 こういう彼の対応を見ていると、勘違いしやすい上にそそっかしく、そして気配りが空回りするタイプだが、それでも悪人じゃないなあこの人、なんてことを思った。


 無論、彼のその行動を長らく咎めていなかった俺にも責任があるので、俺自身も一緒にひたすら謝っている。

 だからという訳ではないだろうが、一応店長は許してくれた。

 俺はともかく、森本さんには「減給」とか「謹慎」とか「しばらく残業」とか言う声が聞こえたが、まあクビにならなかっただけ温情だろう。


 ──でも、ここにもう来るのはちょっと無理かもな……。


 内心、そんなことも思っていた。

 流石にもう、これだけの騒動を起こしてしまうと、恥ずかしさと申し訳なさで通えない気がする。

 折角また来ようと思っていたのに──自業自得だが──勿体ないことをしてしまった。


 因みにその後、俺はRUNとYAMIにも謝った。

 彼女たちに謝るのも何だか変な気はしたが、二人が要らない気苦労をした原因の一部が俺にあるのも事実なので、やっぱり直に謝っておきたかったのである。


 というかこうして振り返ってみると、俺がRUNに事件解決を依頼するように頼んだのも、良かったのやら悪かったのやら。

 俺が元凶になった事件が発生した日に偶然俺が来店するという、凄まじい偶然が起こっていたのはまず間違いないのだが。

 なまじ関わったばっかりに、気苦労が増えた気もする。


 そもそも本来ならこの事件は、森本さんが自分のしたことを思い出せばそこで全てが解決したはずだったのだ。

 それを彼がボケッとして忘れていたので、大騒動になったのである。

 こう考えると、俺が居た理由って一体、という気もしないではない。


「でもあの店員さん、ギリギリまで自分のしたことを忘れていたようですから、やっぱり松原さんが居てくれて良かったと思います。今日、松原さんがここに居なかったら、もっと面倒なことになっていましたから」


 最終的にRUNが言ってくれた慰めが、上の文章である。

 要するに、森本さんの備忘録程度の役割は果たした、ということだろう。

 そんな、褒められているんだか叱られているんだか分からない会話を終えて、俺はぬるっとE&Pの二人と別れたのだった。




 ──あー、半分自業自得とは言え、酷い休日だった……。


 全ての謝罪と事態の説明を終えて、十五分後。

 俺は全てのタスクを終えた疲労感に包まれながら、のろのろと帰宅しようとしていた。


 折角ちゃんとした休日を送ろうとしていたのに、普段の倍疲れた気がする。

 休日って何だっけ、と思わざるを得なかった。

 目当ての本は買えたのだが、この分だと読むのはまた明日以降になりそうだ。


 いつの間にか、時刻は夕方近くになっていた。

 この分だと、もう新しくどこかに行く時間は無いし、その気力も無い。


 ──弁当でも買って、まっすぐ家に帰るか……


 必然的な思考に身を委ねつつ、俺は自分の自転車を停めたところにまで辿り着く。

 そのまま、普段通りに自転車に鍵をさすと────。


「……ちょっと良いかしら?」

「はい?……え?」


 ────ちょっと意外な声を聞いて、俺は振り返った。

 そして、二段階に驚いた声を漏らしてしまう。


 最初の「はい?」は、声をかけられたこと自体に驚いて。

 次の「え?」は、振り返った先に見つけた影に驚いたが故だった。


「……YAMIさん?」


 意図せず、声を発してしまう。

 服装はRUNと同じく地味な物になっているので、一見普通の人間に見えたのだが、目深に被った帽子から零れる髪の色で正体はすぐに分かった。


 自らのキャラを取り戻したのか、彼女は威風堂々を体現するかのようにそこで仁王立ちをしている。

 話には聞いていても、間近に見ることが出来ていなかった「女王様キャラ」を前に、俺はやや気圧されながら口を開いた。


「……どうしたんですか、もう帰ったと聞きましたけど」


 まず、そこを聞く。

 彼女たちと別れた時、RUNは「マネージャーさんが来てくれたから、その人の車で事務所にまで帰る」と言っていた。

 当然YAMIもその車で一緒に帰ったのだと思っていたのだが、違ったのだろうか。


「ちょっと用事があると言って、抜けてきたの。別に、絶対に車で送って貰わないといけないという訳では無かったもの」


 腕を組み、苛立つように指でトントンと腕を叩きながら説明がなされる。

 たたずまいはキャラを守って女王様風だったが、質問に細かく答えてくれるところには変な律儀さも見えた。

 先程の控室の様子も踏まえて考えると、「素」は全く違う性格なんだろうな、と何となく思う。


「ええと、因みにその用事とは……」

「勿論、松原君に話を聞きたくて」


 恐る恐る切り出した質問が即答される。

 彼女は勢いよく腕を解くと、そこで肩に掛けたままだった鞄を手に持った。

 そのまま、ずい、と前に出す。


「これのことで、松原君には世話になったわね。女王として感謝しておくわ。光栄に思いなさい?私が庶民に感謝するなんて、そうそう無いのだから」

「はあ……どういたしまして」


 最初に感謝が来たが、口調のせいで褒められているかどうかちょっと分からない。

 寧ろ、普通の感性なら失礼な態度だと思われそうな謝辞だった。

 ここまでキャラを守らなくても、とちょっと思う。


「その上で聞きたいのだけど……松原君、実は何か他に気が付いたこととか、無かった?」

「へ?他に、とは?」


 まっすぐに聞き返すと、YAMIは言葉に詰まる。

 そして視線を明後日の方向に向けながら、ゴニョゴニョと続けた。


「だから、さっきの場では敢えて言わなかったような推理……本当は気が付いていたけれど、口ごもった推理。そんな物はなかったかしら?」

「……実は分かっているのに、意図的に口にしなかった内容がないか、知りたいんですか?」

「ええ。そういうことに私、興味があって……ほら、女王だから。庶民の考えも知っておかないと」


 ──苦しいな、おい。


 意図が分かりすぎるYAMIからの催促に、俺は苦笑しそうになるのを我慢する。

 自ら核心に触れる訳にはいかず、彼女なりに精一杯やっているのだろうが、それはそれとして言葉の意味が通らないレベルの言動だった。


 ──大変失礼ながら……こうやって聞いてくる時点で「実は私には他にも隠し事があったんです」というのがバレバレでいらっしゃいますよ、女王様。


 口には出さないが、心の中で少し皮肉る。

 同時に、元来の彼女は割と不器用な人なのかもな、とふと思った。


 尤も、それは最早どうでも良いことだ。

 この場での俺の対応は決まっている。

 俺はそこで一瞬だけ目を閉じた後────ふるふると、首を横に振った。


「……何の話ですか?俺が知っていることは、もう全部話しましたけど」


 出来るだけきょとんとした表情を心掛けて、台詞を読み上げる。

 演技には自信が無いが、ここはこうするしか無かった。

 今だけは、帯刀さんの演技力がこの身に欲しい。


「貴女はただ、自分をどう思っているか知らない店員さんのことが怖かっただけでしょう?あの場で、YAMIさん自身も認めたじゃないですか」

「それは、そうだけど……」

「だったら、他に話すことなんてありませんよ……では、急いでいるので」


 実際は急ぐ理由など一つも無いのだが、この方が都合が良いのでそう言うことにする。

 俺は自転車の鍵を素早く回し、そのままサドルに飛び乗った。

 YAMIがこちらを制止したような気もしたが、気が付かない振りをして走り去る。


「さようならー!アイドル活動、頑張ってくださいねー!」


 自転車を漕ぎながら、そんなことも言った。

 そこからは、振り返ることもせずにひたすら立ち漕ぎ。

 敷地の外に出たところで、急に曲がった。


 自転車を向ける場所は、前にRUNと話したベンチのところだ。

 ブレーキに結構な負荷をかけながら急停止して、俺はそこからYAMIの様子を伺う。

 すると、彼女がしずしずと帰っていく様子が見て取れた。


 ──……諦めたか、良かった。


 はあ、と一息。

 追いかけられてしまうと、話がややこしくなるところだった。


 沈黙は金、雄弁は銀。

 彼女もずっと沈黙していたのだし、俺だってここでは沈黙するべきだろう。


 そんなことを考えて見る方向を変えると、俺の視界に自動販売機が入り込んだ。

 そう言えばベンチ前にはこんなのあったな、と思い返す。

 同時に──推理の際に色々話したせいか──俺は喉の渇きを自覚した。


 当然の思考として、何か買うか、という流れになる。

 自販機の前に立ち、しばらく黙考。

 指を迷わせ、表示をなぞった。


 ……そうしている内に、何故か。

 口が寂しくなったのだろうか。

 俺は意味も無く、ここには居ないYAMIへの台詞を口に出す。


「……大丈夫ですよ、YAMIさん。貴女が鞄の底に隠している煙草のことは……()()()()()()()()()()()()()()()()()のことは、誰にも話しませんから」


 先程とは違って、誰にも聞かれない空の下で。

 俺はぼんやりと、YAMIに関する推理を思い返していった。






 ────今回の事件中、警報音が鳴ってからのYAMIの態度は常におかしかった。

 鞄の中は一切見せず、取り調べ中は殆ど黙秘。

 かと思えば、元凶となった本はあっさりと提示してみせる。


 自分に疑いが向くような行動を連発しながら、犯行そのものはやっていないと主張。

 かと思えば、捜査への協力自体は拒んでいる。


 控室の中で、俺はその対応を「店員のことを疑っていたから」と説明した。

 店員に嵌められたのではないかと疑い、だからこそ頑なな行動をしていたのだ、と。

 実際、この理由も間違いではないだろうと思う。


 しかし、それにしても彼女の行動は頑なであり過ぎた。

 言っては何だが、冤罪を晴らす気が無いんじゃないか、と思える言動すらある。


 仮に店員を信頼していなかったにしても、せめて相方のRUNくらいには──小声でもなんでもいいから──「自分には覚えがない、店員が信頼出来ないからマネージャーが来るまでは黙秘する」くらいのことは言っても良かったのではないか。

 そう言った説明すらせず、一人で黙秘していたのは何故なのか。


 シンプルに考えるなら、これは単純だ。

 何か、絶対に鞄の中を見せたくない理由があった、ということになる。

 万引き云々の事情とは一切関係ないところで、彼女は鞄の中を見られたくない理由があったのだ。


 では、そこまでして鞄の中を見られたくないのは何故か。

 最初に思い浮かぶ動機としては────鞄の中に、何かヤバイ物が入っていたから、というものだろう。


 例えば、酒や煙草などの彼女の年齢にそぐわない物、

 或いは、薬物や凶器などの更に危険な物。

 もう少し俗っぽいところで行くと、事務所に隠れて作った彼氏との写真とか、そんな感じだ。


 要するに、チラ見されるだけで彼女のアイドル人生に致命傷を負わせかねない代物。

 そういうものが彼女の鞄の中に入っていて、だからこそ絶対に鞄の中を見せようとしなかった。

 これが、一番しっくりくる。


 特に最初に鞄の中を見せるように求められた場所、つまり書店の出入り口は、警報音のせいで人だかりが出来ていた。

 あの場で本を取り出すために鞄を開けると──それがほんの僅かな時間でも──集まった野次馬に中を覗き見られるリスクがある。

 だからこそ、頑として譲らなかったのだ。


 控室に入った瞬間に本を取り出したのも、同じ理由だろう。

 一旦室内に入ってしまえば、鞄の中身を覗き込もうとする野次馬の視線は存在しない。


 その隙を衝いて、問題となった本を提示したのだ。

 鞄の中を見せたくはないが、万引き事件の解決自体は彼女も望んでいるのだから。

 何せ、彼女自身はやっていないんだし。


 さて、そうなると気になるのは一つ。

 そこまでして隠したかった物とは、具体的にはどんな物なのか。


 恐らくだが、違法薬物のような、本当に所持するだけで捕まる代物ではないだろう。

 それだと、「事務所の人を呼んでください」と言っていた理由が分からなくなる。 


 この手の物を本当に持っていたのなら、事務所の人間にバレることは避けたいはず。

 つまり、「事務所の人間を呼ぶ必要はありません。私は万引きなんてしていません」と言い張った方が良いのだ。

 マネージャーの到着を律儀に待っていたあの対応と違法薬物の単純所持は、少々理屈が繋がらない。


 そう考えると、彼女が抱えていた物とは「事情も知らない一般人に見られたら終わりだが、彼女をよく知る事務所の人間には知られても大丈夫な物」だったのかもしれない、という話になる。

 ここで重要になるのが、彼女の家族構成だ。


 父親が若くして癌で亡くなったという、彼女の過去。

 真実であるが故に没になったという、例のインタビュー。


 他にも、RUNの話の中にも重要な部分があった。

 アイドルの中には、家族から贈られたプレゼントやお守りなどを持ち歩く人が居る。

 仕事の度に、それを見て励まされるのだ、と。


 RUNは自分がそういうことをしているとは言いつつも、YAMIに同じような習慣があるとは言っていなかった。

 だが可能性だけで言えば、これは否定出来ないだろう。

 YAMIもまた、何らかのお守りを常に持参していた可能性がある訳だ。


 そして、ここからは完全に俺の妄想になるのだが。

 YAMIが持ち歩いていたお守りとは、亡くなった父親の遺品では無かったのか。


 今はもうこの世に居ない、彼女の父親。

 その遺品を見つめることで、彼女は勇気を貰っていたのではないか。


 父親の死を切っ掛けにアイドルを志したという話だったし、十分有り得そうな気がする。

 死んだ彼に自分の勇姿を見てもらうためにも、彼女はずっと、その遺品を抱えていたのではないだろうか。


 さらに妄想するなら、その遺品とは「父親の吸っていた煙草」なのではないだろうか。

 煙草そのものでなくとも、灰皿とか、シガレットケースとか、そういう喫煙関連の品だ。

 故人が最も愛用していたとして、家族に保管されたり、仏壇に保管されていそうな代物。


 若くして癌に罹患したという、YAMIの父親。

 先天的な病気の可能性もあるが、生活習慣が極端に悪かった可能性だって存在するだろう。

 もしかすると、煙草臭いカメラマンを嫌っていたというあのエピソードは、父親を思い出して冷静でいられなかった、ということだったのかもしれない。


 しかし当然ながら、未成年が煙草関連の物を持ち歩くというのは中々不味い。

 家庭の事情を知らない人間が見たら、YAMIは喫煙者なんだ、と誤解しかねない。


 誰かに見られた時、実は父親の遺品なんだと説明してもかなり苦しいだろう。

 そもそもの前提として、YAMIはYAMI王国の女王ということで通っているので、「家庭の事情を知る人間」が殆ど居ない。

 相方のRUNですら、没インタビューという偶然が無ければ知らなかったのだ。


 詳しく知っているのは、採用した事務所の人間だけだろう。

 つまり「本当に父親の遺品なんだ」と周囲に説明しても、「誤魔化すためにその場で適当に嘘を吐いているのでは」と思われる可能性の方が高いのだ。


 だからこそ、彼女は鞄を見せてと言われた時、ただただ沈黙してしまった。

 鞄の中身を見られたら誤解されるかもしれない、バレるかもしれない、という恐怖で体が動かなかったのだろう。

 万引き疑惑を解くには、鞄の中身を全て見せることが重要なので、その辺りも影響していた。


 加えて言うなら、時期も悪かった。

 今年の五月、彼女から見れば他事務所ではあるが、煙草関連の不祥事によってアイドルが謹慎する騒ぎが起こっている。


 言うまでも無く、俺も関わった月野羽衣の騒動だ。

 ボヌールで結構人気だったアイドル、月野羽衣は、未成年でありながら喫煙したとして活動を休止した。


 彼女もアイドルの一人として、あの騒動は知っているはず。

 煙草を所持している、或いはその疑惑があるというだけで、アイドルは引退や謹慎に追い込まれるものなのだ、と知っているのだ。


 明日は我が身、と思っていてもおかしくはない。

 前例を見ていたせいで、萎縮してしまったのだ。

 彼女の場合は、少しでも変な振る舞いをすると守り通してきた自分のキャラが崩れる、という事情もある。


 結果、ある程度細かい事情を知る事務所の人間が来てくれるまではひたすら耐え続けよう、という判断になったのだろう。

 RUNにすら事情を明かさなかったのは、互いにあまり会話がないという現状故か。

 彼女には本当に、事情を明かせる存在が居なかったのだ。


 合理的な判断とは言いかねるが、感情的には理解出来る。

 なまじ女王様キャラを貫き通すことを自分に課しているために、視野が狭まっていたのかもしれない。

 彼女もまた、自分のキャラやら設定やらに囚われていたのだ。


 まあ勿論、碌に証拠はないので、この推理が合っているかどうかは分からない。

 ここで述べたことが、全て間違っている可能性もある。


 確実なのは、わざわざYAMIが俺を追いかけてきたことから分かる通り、「YAMIの鞄には発覚を恐れるだけの何かがある」という一点だ。

 それ以外は全て、俺の妄想。

 確かな推測では無いし、確かにするべきことでもない。


 ただし一つ、この憶測を通して分かる、揺るぎない真相がある。


 ……今回の事件、パッと見た感じでは、YAMIの不可思議な振る舞いに周囲が振り回されているように見える。

 彼女こそ事件をややこしくした原因だ、という風に。


 だがきっと、真相はそうではない。

 YAMIもまた、女王様キャラに振り回される一人の被害者だった。

 詰まるところ、これはそういう話だったんじゃないかと思う。






 ──でも、これからはどうするんだろうなあ、あの人。普通に考えれば、いくら遺品でもそんな誤解を招きそうなものは持っておかない方が良いけど……せめて、別の遺品にするとか。


 財布をダラダラと取りだしつつ、俺は自販機のカフェオレをポチリ。

 取り出し口をゴトンと揺らした缶を拾いながら、惰性で思考を続けた。


 ──彼女自身も、正直に打ち明ければ手放すように言われると分かっていたはず……事務所は多分、家族関係は知っていても、遺品を持ち歩いていることまでは知らないだろうし。今回の件を切っ掛けにどう動くかは、本人次第か。


 ぼんやりと考えながらも、俺は最終的にそこで思考を打ち切る。

 ボヌールでの事件と違って、今回の俺は本当に通りすがりだ。

 これからの彼女のたちの事情には立ち入れないし、そもそもあんまり関わるべきではないだろう。


 まあ、後は彼女たち自身が何とか解決するはず。

 無責任と言えば無責任だが、そう割り切るしかない。


 そう考えて、再び自転車に乗ろうとした時────不意に、ベンチの近くに何か光る物があることに気が付いた。

 夕暮れの陽光を反射していたのが、目についたのである。


「……小銭か?」


 自販機の近くという立地上、最初にそれを考える。

 だがもう少し近づいたところで、俺はそれがもっと見覚えがある物体であることに気づいた。

 ほんの少し前、俺はこれを見たことがあるぞ、と思い至ったのだ。


「これ……RUNがスマートフォンに着けていたストラップか?四葉のクローバーの……」


 信じられない物を見る目をしながら、俺はそのストラップを拾う。

 冗談だろ、とすら思ったのが、残念ながら間違いなかった。


 見たのは一瞬だったが、疑いようもなく、彼女がスマートフォンにつけていたアレである。

 似たような別の落とし物、という可能性は考えなくてもいいだろう。

 場所がドンピシャ過ぎる。


「結び目が緩かったか何かで、解けたのか?……結構慌ただしく移動したし、その時に置き去りになって……」


 どうしよう、と思いながら俺はそのストラップをしげしげと見つめる。

 話によれば、彼女にとってかなり大事な物であるはずだった。

 それこそ、YAMIが持ち歩いているであろう物と同じくらいに。


 大事な物を落とすなよ、というツッコミを最初に考えて。

 次に、可能なら今すぐにでも返してあげたい、と思ったのだが────。


 一縷の希望を賭けて、俺は駐輪場の方を見つめる。

 しかし既に、YAMIの姿は無かった。

 俺が考え事をしている間に、今度こそ帰ったらしい。


 無論、RUN本人はマネージャーの車でもっと早くに帰っている。

 E&Pの二人にここで会うのは、最早不可能だ。


「手渡しは無理、か……どうすれば良いんだ、これ?バレットに送れば良いのか?」


 掌でひんやりとした感触を残す、金属製のストラップ。

 何となく眼前に垂らすと、四葉の中心がチカリ、と光っていた。




 ……一難去って、また一難。

 どうやら俺とE&Pの縁は、まだ途切れていないようである。

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[良い点] 頼れる松原さんの噂がより加速しますね……
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