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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage11:王たちの沈黙

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乗り込む時

「……森本さん、ちょっと良いですか?」

「へ?何です?……というか、まだいてくれていたんですね、松原君」


 RUNから話を聞いて、すぐのこと。

 俺は再び銀砂書店に舞い戻り、レジに戻っていた森本さんに声をかけていた。


 幸いにして、客足が途絶えたのか彼は暇そうに突っ立っている。

 質問しやすいタイミングだった。


「その、さっきのことで少し聞きたいことがあるんですが……」

「さっきの……って、あの万引きの?」

「はい、何だか気になって……」


 詳しく動機を説明しようかとも思ったが、それを始めると長くなりすぎるので、結局大幅に説明を端折る。

 元より今から頼むことは情報漏洩というか、本当なら客相手にバラすようなことではないので、普通に頼んでも断られる可能性が高かった。

 ここはもう、雑談のノリでさらっと聞くしかない。


「あの騒動の中で森本さん、アイドルの子と話してましたよね。事情を聞いていた、というか」

「ええ、本当にご迷惑を……」

「いえ、それは良いんですが……その時、誤作動がどうとか言っていましたよね、捕まった子に対して」


 人だかりができていた時に、森本さん自身が言っていたことである。

 鞄の中身を見せてくれないと、誤作動かどうかも分からない。

 そんな感じのことを言っていた。


「その誤作動って、よくあることなんですか?そんな、日常的にあるような……」

「いやあ、そういう訳じゃないですけどね。あれは単に、中を見せてもらうための説得材料というか。少なくとも私が働きだしてからは、誤作動なんて起きたことはありません」


 どうしてそんなことを聞くのか、と聞き返されるかとも思ったが、元来のノリが良い性格のお陰か、普通に答えてくれた。

 どうやら、俺にこういうことを教えるのは抵抗が無いらしい。

 店員としてはどうかと思うが、今に限っては有難かった。


 それはさておき、質問への回答は予想通りの物だった。

 いくら何でも、そんな頻繁に誤作動が起きる警報システムを採用することはないだろう。

 余りにも誤作動が多いと、関係ない客相手に万引き犯の濡れ衣を着せかねない。


「じゃあ、もう一つ聞きたいんですけど……そもそも、鞄を開けないと分からない物だったんですか、持ち出された本のことって」

「どういうことですか?」

「いえ、例えば……挟み込まれている警報システムのカードが、本ごとに対応しているのなら、警報が鳴った時点でどんな本が鞄の中にあるのか分かったはずだよな、と思って」


 もし、カードごとに識別番号のような物があり、○○番はこの本、××番はこの本、という風に区別出来るのなら話は簡単だ。

 警報音が鳴った際、同時に識別が出来る。

 この番号が未会計でゲートを通ったということは、盗まれたのは「阿部一族」だな、という風に一瞬で分かったはずなのだ。


 だというのに、持ち出されかけた本の題名が分かったのは控室に戻った後のこと。

 つまり、このシステムは。


「いやあ、松原君。言っちゃあアレですけど、そんな高度なシステムは使ってませんよ。いくらお金があっても足りませんし。大体それだと、新しい本を入荷する度にそれに対応したカードを発行しないといけなくなるじゃないですか」

「ですよね……じゃあやっぱりあの警報システムに使われているカードは、全部均一なんですね?例えばある本に挟まれたカードを別の本に挟まれているカードと入れ替えても、問題無く作用する、と」

「そうですね。私たち店員としても、会計の際に商品から抜き取ったカードを、また適当に新しく入荷した本に挟んでいくだけですから。このカードは、区別なく店内をグルグル循環しているんですよ。本に挟まる、買われる、レジで抜かれる、また別の本に挟む、という風に」


 これまた、予想通りの回答がなされる。

 こうじゃないと俺の推理が成り立たないので、証拠が一つ増えた形になった。


「まあ、このシステムがあっても万引き対策としては完全では無いですけどね。そもそも、ゲートを通らないと鳴りませんし、警報音。だから万引き犯の中には、持ち出した本をトイレの窓から投げ捨てて、後から外に落ちた本を拾うっていう豪快な方法を使う人も居ます」

「ああ、なるほど。トイレの入口やその窓にはゲートが無いから……そう言えば大分前に、トイレの窓が嵌め殺しになってましたね、この店」

「ええ。そんなやり方が通用しないように、対策したんですよ……それでも、あの手この手で万引き犯って言うのはやってきますが」


 いくらカードがあろうが、センサーのある場所を潜らなければ意味がない。

 シンプルな手法は、やはりシンプルな手法で破られやすい、ということか。


 それを確認したところで、俺は一気に話題をずらす。

 これが締めになるはずだった。


「ところで、話変わりますけど……今、特設コーナーでアイドルのキャンペーンをやっていますよね。カバーがアイドルの写真になっているやつ」

「ええ、まさにしていますが……そう言えば買わないんですか、松原君?熱心に見てましたけど」

「それは、また後で……それより聞きたいことがあるんです。ああいうキャンペーンの対象本って、最初から特注カバーが被せられた状態で問屋から出荷されてくるんですか?全部新規入荷、というか……」

「いえ、カバーだけ出版社から送られてくるんですよ。それをこっちで在庫本に被せるんです。ああいう古い名作は、どこの本屋でも在庫に残っていますから。数が足りないなら、それに合わせて対象本の追加発注もしますけど」


 ──……なるほど、まあ効率的な対応か。


 仮に、最初から特注カバーが被せられた状態で対象本を入荷すると、店内にある「元から売れ残っている古典名作」との間に格差が発生してしまう。

 一つの店内に、同じ本であるにも関わらず、アイドルのカバーがある本とない本の両方が生まれてしまうのだ。

 これは買う側としてもややこしい上に、店側も対象本を新規で大量に注文しなくてはならなくなって、資金面の負担が大きい。


 しかしカバーだけ送られてくるこの形式ならば、元から売れ残っている本にそれを被せるだけでキャンペーンの対象本となる。

 在庫の量が多ければ追加注文自体をしなくても済むかもしれないし、書店としても事実上の在庫処分の機会となるだろう。

 カバーを被せる分店員の手間は増えるが、効率的ではある。


「でも今回、出版社が気合入れたのか、尋常でない数のカバーが送られてきましたよ。こっちの在庫も聞かずにね」

「そうなんですか?」

「ええ、キャンペーンが終わっても余るかもしれないなあ、アレ。どうしようか……」


 本当に困り果てたように森本さんが眉を下げる。

 その様子に同乗しながら、俺は区切りがついたな、と思っていた。


 ──これで、聞きたいことは全部聞けたか……。


 それを確信して、俺は森本さんを正面から見据える。

 何だなんだ、と驚いたような顔を相手がしたのが分かった。


「森本さん、実はちょっとお願いがあるんですが」

「へ?何です?」

「少しの間だけで良いんで、俺を控室に連れて行ってください……もう、YAMIさんの相方の許可は頂きましたから」


 そう言いながら、俺は背後を見やる。

 するとそこでは、やや遠くで俺たちのやり取りを見守っていたRUNが、事情が分からないままにコクン、と頷いていた。

 彼女を見て、今度こそ森本さんは面食らった表情を浮かべたのが印象的だった────。






 ────描写は簡潔にするが、ここからが大変だった。


 先述した通り、俺は本来、この書店のバックヤードに入れるような立場ではない。

 森本さん一人なら、RUNと一緒に説明すれば何とか説き伏せられたのだが、実際に控室に行ってからは一騒動だったのである。


 控室に居たのは、店長とYAMI、そして他の店員が数名。

 当然ながらYAMI以外の彼らは、俺たちが到着したところを見た途端に──正確には、森本さんとRUNの後ろにくっついてきた俺を見て──何なんだ君は、ということを言った。

 で、当然の帰結として「今は忙しいから帰れ」という流れになる。


 そこを無理矢理、「いや、実はこのRUNさんに事件解決を頼まれていまして……」という個人的事情で乗り切るのは非常に骨が折れた。

 百パーセント相手が正しいのを、感情全開の詭弁で押し切るのだから、罪悪感もある。


 それでも、ここの店長は割と物分かりが良い性格だったので────十分程度の押し問答の末、「よく分からんが、何か思いつくことがあるのなら話してみろ」という流れにしてくれた。

 奇跡的にというか、上手い具合にというか。


 ただ、後から思えばの話だが、これは店長としても藁にもすがる思いだったのだと思う。

 彼はきっと、本当に困り果てていたのだ。


 状況的に、自分たちが呼んだアイドルであるYAMIが万引きをしたようにしか見えないが、だからと言ってすぐに警察を呼んでいいかどうかも分からない。

 ここでそんなに厳しい対応をすると、芸能事務所などがどう動くのかも予測出来ない。

 YAMI本人も黙秘を続けていて、どう解釈して良いかすら五里霧中。


 そこへ「真相が分かった」とか言う昔の常連客がやってきたものだから、一応任せてみることにした、というのが真相だろう。

 もう誰でもいいから、この状況から解放してくれ、と思っていた訳だ。


 投げやりと言えば投げやりな対応だが、俺にとっては僥倖である。

 結果として、一騒動になりつつも意外と迅速に。

 控室は万引き犯を取り調べる場ではなく、推理会場と化した。






「えー……とりあえず、名乗っておきます。諸事情でRUNさんに事件解決を頼まれた、松原玲です」


 場が収まってから、俺は控室全体を見まわしてまず自己紹介をする。

 店長やRUNはともかく、YAMIと俺はここが初対面だ。

 名乗りくらいはしておかないと、彼女としても対応が分からないだろう。


「色々あって、今回の万引き未遂騒動についてはほぼ全ての事情を聞いています。それを元に、まあ推理めいたことをしましたので……少々、お話をしたいと思います」


 こうやって、そこまで親しくもない人相手に推理ショーみたいなことをした経験が薄いので、俺の敬語は何だか怪しい。

 自分で言うのも何だが、表現が胡散臭かった。

 だからという訳では無いだろうが、そこで不意に挙手がなされる。


「はい、森本さん……どうしました?」

「いや、松原君が真相が分かったらしいっていうのはまあ良いんですけど……何で、私までここに居るようにって言ったんですかね、松原君?その、別に関係者って訳じゃないと思うんですか」


 困惑に染めた表情で、森本さんはキョロキョロと周囲を見やる。

 その様子は、どこか同意を求めているように見えた。


 ──まあ、確かに……この場に居るのは、俺、店長、RUN、YAMI、そして森本さんの五人だしな。彼だけ、場違い感があるのかも。


 彼の言葉を前に、俺はさもありなん、という心持ちで頷く。

 恐らく彼から見れば、自分がここに居る理由が分からないのだろう。


 店長は責任者、E&Pは当事者、俺は言い出しっぺとしてここに居るが、森本さんにはそういう役回りがない。

 ただでさえ狭い控室に五人も籠っているのだし、無関係ならさっさと出たいという気持ちは理解出来た。


 だが────。


「お気持ちは分かりますが……それでもここに居てください、森本さん。段々、貴方にも関係のある話になってきますから」

「そうですかね……?」

「まあ、とりあえず聞こう、森本。お前が連れてきた少年でもあるんだから」


 そこで、店長からのフォローが入った。

 流石に年の功があるのか、俺みたいな若造の言葉でも聞くと決めた以上は真剣に対応してくれているらしい。

 その厚意に感謝して頭を下げたところで、RUNから催促が入った。


「とにかく、分かったって言う真相を聞かせてください、松原さん。あんまりゆっくりしていると、中途半端なところで事務所の人が来てしまいます」

「分かってます……じゃあ、もう始めましょう」


 軽く返して、俺は改めて一度、この場を見渡す。

 意図せず探偵の推理ショーみたいな場になった目の前の光景と、その中でじっと押し黙っているYAMIを見つめたのだ。

 そして、彼女が何も言わないのを確認してから、いつもの口上を述べることにする。




「さて────」




「まず、最初に言って置きます。今回、警報音が鳴った上に鞄の中から本が出てきたということで、YAMIさんに万引きの疑惑がかかりましたが……()()()()()()()()()()()。これを前提として俺の話を聞いてください」


 初手でそこを断言すると、目の前の四人がざわり、と揺れた。

 そうなんだ、とでも言いたげな顔がこちらを見返してくる。

 無論、当事者であるYAMIはまた違った表情を浮かべていたが。


「驚いているような雰囲気を感じますが……店長さんや森本さんから見て、意外な結論ではないでしょう?二人とも、いくら何でもサイン会の帰り道で突然そんなことをするなんてまず有り得ない、とは思っていたはずです」

「まあ、そうだが……」

「まさか、という気持ちでしたけど……」


 俺が問うてみると、店長と森本さんはそれぞれ、固くではあるが頷く。

 全員がこういった疑念を抱えていたからこそ、人だかりができるような騒動と化したのだ。

 ぶっちゃけた話、本気でYAMIを万引き犯だと決めつけた人物なんて、一人も居ないだろう。


「皆さんがお考えのように、このタイミングでアイドルが万引きを働く理由などどこにもない。そもそも、近くに居たRUNさんの隙を見て特設コーナーから本を抜き取る、ということ自体が難しいですからね。バレる可能性の方が高いし、一冊盗んだところで儲かる訳でもない」

「それは私たちも分かっていたが……そうなるとどうして、彼女は押し黙ったままなんだ?見に覚えがないのなら、私たちに話してくれれば……」


 解せない、という風に店長がYAMIのことを見つめる。

 それは余りにも真っ当な疑問だったが、俺は彼の言葉を無視した。

 少々、そこを深掘りするのは都合が悪いのだ。


「ともかく、彼女が万引きを自発的にやったとは考えにくい。しかし現に、彼女の鞄からこの店の本が出てきた。だったら、その経緯を想像するしかありません」

「経緯って……」

「要は、悪意を持った何者かが彼女の鞄に本を紛れ込ませたのか、或いは何らかの事故で本が入り込んだのか。そこを考えようってことです」


 RUNの言葉に対して、俺は二つの可能性を提示する。

 途端に、場の雰囲気が引き締まった気がした。

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