復元する時
「いや、でもどうしよっかなー……どこから解けば良いんだろう?」
彩目家からの、帰り道。
車を出してくれた彩目さん──彼は結局部屋には入ってこなかった。俺たちの話に熱が入っていたので、遠慮したらしい──に家の近くまで送って貰った後、俺は玄関まで歩く最中もそんなことを呟いていた。
これは、ちゃんと考えないといけない話だな、なんて考えて。
一応俺は、これまでも葉兄ちゃんと一緒に「日常の謎」めいたことを考えたことはある。
だけど、こんなに歴史ある話に関わったのは人生で初めてだった。
今回の話はもう、倉庫でスイカが爆発して云々、なんて言うのとはレベルが違っている。
だからこそ俺は、ああでもない、こうでもないと考え込んでしまう。
一体、禁忌の秘宝とは何なのか。
どうして隠さなくてはならなかったのか。
正一老人は埋蔵金という言い方を否定はしなかったが、流石に本当に徳川の埋蔵金とかでは無いだろう。
誰しもが貧困にあえいでいたという当時、そんな物を柏木先生が持っていたとも思えない。
だから多分、もっと彼女が持っていそうな物が正体であるはずだった。
「だけど、金属供出のことを考えると、それなりにお金絡みの物な気もするんだよな……他の村民に見つかって欲しくなかったのなら、隠した理由にもなるし」
聞いた話を思い返しながら、そんなことも呟く。
当時の話を聞く限り、この地域における金属供出が苛烈な物だったのは間違いない。
例えそれが、本人からしても絶対に手放したくない物──例えば家宝とか、誰かの形見とか──だったとしても、金属が含まれているならば、戦争のためにと差し出すことを要求されかねない空気だったはずだ。
もし、柏木先生がその類の物を疎開先にまで持ち込んでいたとしたら。
取り上げられてしまう前に、どこかに隠そうとしたとしても不思議ではない。
そうなると禁忌の秘宝の正体とは、金属供出の対象となる貴金属の類だったのでは、という推理が成り立つ。
村民には絶対に見せられない代物を彼女は持っていて、密かに隠したのではないか。
だからこそ、あってはならないとか、忌避すべきとかという言い方をしていたのではないか。
勿論、本当ならどこかで回収する予定だったのだろう。
しかし彼女自身が何故か失踪したことで──事故にでも遭ったのか、正一老人が言うように自殺を図ったのかは知らないが──誰にも忘れ去られたまま放置されたのではないか。
総合的に考えて、やはりあの穴の近くに何か、お宝があるという話になるのである。
──別に俺がそれを見つけたからと言って、今更意味がある訳でも無いだろうけど……行方不明になった柏木先生からしても、それが日の当たらないまま消えるのは嫌だろうし……うん、やっぱり見つけた方が良いよな、そう言うのは。
一人でブツブツ言いながら、最後に俺はそう決める。
そして、「よし!」と無駄に力を入れて、伯父さんの家の玄関を開けた。
何気に、まだ室内に入れていなかったのである。
これからの目的も決まったことだし、と俺は勢いよく帰宅した。
────しかし。
「ただい、まー……?」
家に帰った瞬間、元気よく言うはずだった、帰宅の挨拶。
それを、俺は詰まらせてしまった。
というのも、そこに足を踏み入れた瞬間、意外な光景が二つも目に飛び込んできたのである。
まず、一つ。
これは、茉奈と伯父さんたちの様子だった。
ここを出かける時は二度寝中だった茉奈だが、どうやら起きたらしい。
それだけなら不思議でもなんでもないのだが、リビングの真ん中で茉奈が正座させられて、彼女に向けて伯父さんが滾々とキツい話をしている、となると話は別だった。
どう見たって、日常風景ではない。
要は、理由は分からないが茉奈は、思いっきり説教をされていたのだ。
これだけでも十分に驚くことだが、更に目を引くことがもう一点。
こちらはリビングの端に姿を見せている。
より具体的に言えば────何故か、幹夫叔父さんがそこに居たのである。
茉奈への説教を何とも言えない表情で見つめながら、ぼんやりと椅子に座っていた。
「……叔父さん?」
「ん……おお、玲か。ヨッ」
叱られている茉奈を避けながらコソコソとリビングに入った俺は、壁を伝って幹夫叔父さんが居る場所にまで近づき、とりあえずの挨拶をする。
それで向こうも俺に気が付いたのか、実に軽い挨拶が帰ってきた。
ついで、久し振りに会った親戚特有のテンプレートな会話に移る。
「ええっと、葉がもう中一だから……玲は今年で小学六年生だな。半年ぶりくらいに会ったが、大きくなったなあ」
「ああ、まあ、うん……どうも?」
正月などに何度か会っているので、そんなに言う程背丈は変わっていないと思うのだが、一応頷いておく。
同時に俺は、何とはなしに幹夫叔父さんの様子を観察した。
そういう幹夫叔父さんこそ、何か変わってはいないか、それを話のタネに出来ないか、と思ったのだ。
しかし、この試みは失敗に終わる。
理由は単純で、幹夫叔父さんがいつも通り、「ポロシャツとGパンを身に着けたおっさん」以上の装いをしていなかったからだ。
元々これと言った特徴の無い顔立ちをしているので、服装も相まって話題に出来るような要素が無い。
「あのー……葉兄ちゃんは?一緒に帰ってきてる?」
仕方なく、俺は彼の息子の方を話題に上げる。
見たところ、このテーブルには幹夫叔父さんの姿はあっても、葉兄ちゃんの姿は無い。
普通、幹夫叔父さんか一枝叔母さんが実家──幹夫叔父さんにとっては妻の実家だけど──に帰ってきたのであれば、息子である葉兄ちゃんもセットなので、彼の姿が無いことは気にかかった。
「ん?ああ、葉はちょっと遅れてこっちに着く。元々は俺と一緒に今日帰省する予定だったんだが、直前に学校の方で、文化祭の準備だか何だかの予定が入ったらしい」
「あー……それで葉兄ちゃんの切符はキャンセルして、幹夫叔父さんだけ先にこっちに?」
「そうそう。俺も来るのをずらそうかと思ったんだが、そうするとキャンセル料が倍になるだろ?幸い、葉もここは慣れているから、一人でこっちに来れると言うし……アイツももう中学生だから、これも経験だと思ってな。結局、葉だけ予定をずらしたんだ」
「そっかあ……」
そうなると葉兄ちゃんと遊ぶのは数日後だな、とちょっと残念に思う。
中学生になって、今までよりも学校が忙しくなったと聞いていたから、こちらに留まる期間が短くなるのは仕方が無い。
それでも仲の良い従兄弟として、直に会う時間が減ってしまうのは寂しかった。
「まあ、そういう訳で俺も珍しく、一人でお義父さんたちに挨拶に来たんだが……ちょっとそれは、大分後になりそうだな」
「あ、茉奈か……因みに、アレはいつからああなっている感じ?」
「俺が帰ってきた時には正座してたな」
幹夫叔父さんの事情を話終わったところで、自然と話題は目の前で正座する茉奈に移る。
昨日今日と説教が続いたことで慣れてしまったのか、泣いてこそ居なかったが、それでも随分としょんぼりした様子だった。
叱っている伯父さんの方も何というか、「またかよ」とでも言いたそうな顔つきだった。
「幹夫叔父さん、詳しい事情知らない?何がどうしてああなったの?」
「説教の内容から推測するに……何か、勝手に変な穴に潜ったのが原因らしいな。ちょっと聞いたが、お前たち、昨日山で変な穴を見つけたんだって?」
「穴……?まあ、そうだけど」
変なところで話が繋がってきて、俺は驚く。
勝手にあそこに赴いたことに関しては昨日既に軽く説教されたので、もうそれで話は終わったと思っていたのだが、まだ何かあったのか。
「んで、そこが舗装もされていないような場所だから、もう勝手に行かないように約束した……そんな感じか?」
「そうそう、昨日、それで叱られて……」
「だからか……どうも茉奈ちゃんな、今朝はその約束を破ったらしいぞ」
「え……まさか勝手に、一人で行ったの!?」
「そんな感じのことでお義兄さんが怒っている……多分、玲が居ない隙に出ていったんだろう」
仕方の無い子だなあ、と言いたげな幹夫叔父さんを前に、俺はおいおい、と思いながら茉奈を見つめる。
そこでしょぼくれている茉奈の姿は、確かによくよく見ていればちょっと汚れていた。
如何にも、山の中で泥だらけになるまで何かしてました、という感じだ。
更に目を凝らすと、彼女の隣には農具から取り出したらしいロープや棒、懐中電灯なども置かれている。
そのどれもが、ついさっき使いました、と思えるだけの使用感があった。
これらを見た瞬間、俺はおおよその事情を察する。
──さては茉奈……まだ、埋蔵金のことを諦めてなかったな?だから俺が彩目さんのところに行った後、独り占めしようと思ったんだ。命綱さえあれば、あの穴の中に入ることは出来ると踏んで……。
昨日見た通り、例の穴、改め防空壕の入口は、子ども一人くらいは飲み込んでしまうくらいの幅がある。
あの時にスコップで穴を広げようとしたのは、より入りやすくしようとしていただけで、昨日の時点でも中に入ろうと思えば入れたのだ。
ただ、底がどのくらい深いか分からなくて、それをする勇気が無かったというのが正確な説明になる。
しかし、命綱や懐中電灯があれば話は違う。
それをどこかで思いついた茉奈は、俺の居ない間にあそこでもう一度行って、彼女の信じる埋蔵金を探そうと思ったんだろう。
方法としては、自分の体にロープを巻いて、次にそれを棒にも巻いて、後は穴の近くの地面に棒を突き刺すだけで良い。
懐中電灯を抱えて穴に飛び込めば、探索は出来るだろう。
茉奈は体力もあって、そういうことは苦にしないし。
──まあ、この状況を見る限り、どこかで見つかったみたいだけど……それで一人で危険なことをしないっていう約束を破ったことで、また叱られているのか……。
言ってしまえば、茉奈の自業自得である。
昔話とかで、欲深すぎて失敗するいじわるじいさんみたいなのキャラが偶に出てくるけど、完全にあのタイプだった。
考え無しというか、行動力があるというか。
「でも……茉奈、何も見つけてこなかったのかな」
「ん?どうして?」
「いや、ええと……幹夫叔父さんは詳しい事情を知らないだろうから分かんないだろうけど、茉奈がその穴に飛び込んだのは、実はある探し物をするためで……中で何かを見つけていたのなら、それを持っているはずなんじゃないかなあ、と思って」
正一老人の話を振り返りながら、俺はそう話す。
見た感じ、特に発見した物はないみたいだ、と思ったのだ。
まだここに来たばかりの幹夫叔父さんには訳が分からない言葉だったとは思うけど、彼はそこで何かを察したように、ゆらりと指を伸ばした。
「茉奈ちゃんが見つけた物なら、あのお義兄さんの背後に置かれてあるやつだと思うぞ。最初に取り上げてた」
「……え、アレ?」
「ああ。玲は、あれを知らないか?まあ、俺も別に世代じゃないが……」
どことなく遠い目をしながら口を開く幹夫叔父さんを尻目に、俺は目を見開く。
何だあれ、と思ったのだ。
リビングに入ってすぐに、伯父さんの背後に何かあるなとは思っていたのだが、正体を分かっていなかった。
「何なの、あの……円盤の破片みたいなのは」
「多分、レコードだろう。お前の言う通り破片になっているから分かりにくいが、間違いない。昔の映画とかで見たことないか?レコード盤に針を落として、音楽を鳴らすようなシーン。今でも好きな人間は持っているらしいが」
「まあ、見たことあるけど……あれが……」
ボロすぎて分かんなかったな、と素直に思う。
日用品では無いとは言え、俺もレコードのことは知っていた。
詳しくは知らないけど、まあ大昔のCDみたいな物だろう、という認識だ。
だけど、それでも今目の前にあるそれはパッと見、レコードとは思えなかった。
自分で口にしたように、ただの薄い、円盤の破片にしか見えなかったからだ。
それでも観察しようと目を凝らしてみると、破片上には汚い紙が貼られ、英語らしい何らかの言葉が記述されていることに気が付く。
レコードが原形を保ってくれていたら、まだ読めたのかもしれないのだけど、今となってはさっぱりだった。
──とにかく、茉奈は穴の奥、防空壕の中であれを見つけたってことか?でも、何でそんな物が……保存食料くらいしか置いてないって話なのに。
最初、疑問に思う。
どうしてそんな物が防空壕の中に、話に合わないぞ、と感じたのだ。
だけど、次の瞬間────ハッとなった。
この刹那に、今までに聞いた話が繋がり始めたのだ。
それこそ、破片が寄り集まってレコードの原盤を復元していくように。
七十年前の、元の有様が蘇っていく。
「じゃあ、あれが……そっか、だから……」
「んー?どうした、玲?」
「……あのね、幹夫叔父さん!」
一人で思わず頷く俺を見て、心配そうに幹夫叔父さんが顔を覗き込む。
突然どうかしたのか、と思ったのかもしれない。
だけど、葉兄ちゃんにも頼らずに一人で謎を解いたことでちょっと興奮してしまっていた俺は、そこでハイテンションで話しかけてしまった。
「その、ちょっと……今から俺の謎解きを聞いてほしいんだけど、良い!?」
「お、おう……まあいいが、どうした?」
「あのね、実は俺たち……」
そこで俺は、テンションに身を任せて思いついたことを次々と話していった。
話したいことを、話したいように。
初めて話を聞く幹夫叔父さんとしては、非常に聞き苦しい話だったとは思うのだけど、それでも止まらなかった。
「……だから、これが禁忌の秘宝の正体で間違いないと思う!状況的にそうなるし、隠さなきゃいけないのも分かるから!」
「……なるほど」
「だからさ、これをあの御隠居さんに話そうと思うんだけど、良い?」
後から思えば、別に幹夫叔父さんの同意を必要とするような話でも無かったけれど、ついその場のノリで俺はそう聞いてしまう。
すると、図らずも俺の推理を全て聞くことになった幹夫叔父さんは、不意に変に気難しい顔をした。
そのまま、いくらか悩むように首を左右に往復。
あれ、と思った瞬間には、彼はどこか優しい目を浮かべていた。
「……玲が話している推理は、間違いじゃないだろう。だから、その老人に伝えてあげるのは良いことだと思う」
「だよね?」
「ただ、お願いなんだが……その話を玲が伝えに行く時は、俺も一緒に行かせてくれないか?多分、そこに玲を一人で行かせない方が良いと思うから」
──え?……どうして?
意味の通らない提案に、俺はそこではっきりと首を傾げる。
どうして、正一老人に一人で会いに行ってはいけないのか。
それを聞こうとした瞬間、幹夫叔父さんは俺の思考を先読みしたように、こう言った。
「恐らくその彩目正一という人は、悪い人だ。だから、一人で行かせたくないんだよ……まあ、ただの勘だがな」
呆気にとられる俺を前に、幹夫叔父さんは飄々とそう告げる。
そしてそれ以上の話を聞く前に、「ちょっと出てくる」と言ってリビングを離れるのだった。




