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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage10.5:仄暗い部屋の秘密

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敵わない時

※アイドルが一人も出てこない、玲の小学生時代を舞台にした番外編です。ご了承ください。

 少し、聞いてみたいのだが。

 今までの、アナタの人生の中で。

 この人にだけは敵わないなと思った経験は、何回あるだろうか。


 何人に対して。

 何度、あるだろうか。


 先に言ってしまうが、俺はこの質問にすんなりと答えられる。

 即答出来ると言っても良い。

 誰にいつ聞かれようが、三人だ、と返答することだろう。


 一応言っておくと、この場合の「敵わない」というのは、別に人間を構成する全要素について比較した物じゃない。

 体力とか、学力とか、俺があまり重視していない──そもそも他人とあまり比べたことの無い──ジャンルにおける敵わなさは除外している。

 そういうことまで含めると、世の中には無数の敵わない相手が居ることになり、収拾がつかないからだ。


 第一、そこまでのレベルの格差では、「敵わない」という単語を使わないだろう。

 普通こういう言葉は、自分がある程度得意とするジャンルで、他者と競った末に生まれる感想だ。


 だから俺が言うところのこの三人は、体力でも学力でも無く、推理力に置いて「敵わない」人たち。

 俺が直接知る中で、俺より優秀だと確信している三人の探偵たちのことだ。

 その三人に、俺は敵わない。


 より、具体的に内訳を見ていこう。

 真っ先に挙がるのは勿論、俺の姉さん────松原夏美だ。


 これはまあ、自分で選んでおいてアレだが、分かりやすいところだろう。

 今のところ、姉さんが俺を出し抜いたことは何度もあったけれど、その逆をしたことは一切無い。

 そもそも俺は姉さんに対して、物心ついた時から勝てる気がしたこと自体が無い。


 無論、これは姉さんの方が俺よりも年上で、様々な経験を積んでいるからというのが大きい。

 普通、十歳年上の人間に挑んで勝てることなんて、そうは無いものだ。


 だけど、俺と姉さんとの間に存在するこの差は、決して年齢だけが理由では無いだろう。

 噂に聞いた程度だが、姉さんが俺くらいの年齢だった頃──煌陵高校ミステリー研究会に入っていた時期──には、高校生でありながら幾つもの殺人事件を解決していたという。

 十年前の、まだ高校生としての経験しか積んでいない時点で、彼女にはそれくらいのことが出来たのだ。


 今では俺も当時の姉さんくらいの年齢になったが、だからと言って今、姉さんと同じようなことが出来るとは思えない。

 脅迫犯やら爆弾魔やらには関わったことがあるが、やはり殺人事件が相手となると格が違う。

 人格はともかく、あらゆる意味で松原夏美という人は規格外の探偵だし、俺では敵わない。


 姉さんについてはこのくらいにしておいて、二人目に行こう。

 姉さんの次に思い浮かぶ人は────やはり、葉兄ちゃん。

 俺の従兄弟、相川葉だ。


 この人に関しては、今まで何度も頼ってきた。

 彼の勘が無くては、どうしようも無かったこともしばしばある。

 俺が困った時に頼る相手と言えば、かなりの確率で彼だ。


 一応、勘以外の面で言えば、俺が葉兄ちゃんのサポートをしたり、葉兄ちゃんが分からなかったことを解いたりしたような経験自体はある。

 つまり姉さんと違って、競いようが無いという訳では無い。

 それでも、彼の勘に関しては────過程をすっ飛ばして結果だけを手に入れているとしか思えないあの力には、どうにも敵う気がしない。


 仮に俺がこの先どれだけ努力しようが、葉兄ちゃん以上に勘が鋭くなりはしないだろう。

 だからこそ、二人目に挙がるのだ。


 ……因みに、ここまでの二人は俺にとっては古参メンバーとなる。

 昔から、この人には負けちゃうな、と自覚してきたメンツなのだ。

 かなり長い間、俺にとっての「敵わない相手リスト」はこの二人で固定だった。


 しかし、つい最近追記、修正がなされた。

 それが、新メンバーに当たる三人目である。


 厳密に言えば、三人目については推理力における敵わなさではない。

 何というかこう、思考回路というか、考えのスケールというか。

 敢えてまとめるなら、犯罪関連における計画力について敵わない人、と言うのが正確だろう。


 ぼんやりとした言い方だが、そうとしか言い表せないのだ。

 あの人の────凛音さんの凄まじさに言及したいのならば。


 この夏、彼女の起こした二つの事件。

 あれを通して、彼女は見事にこのリストの三人目に躍り出た。


 そのくらい、衝撃的だった。

 あんな風に、歌うように人を犯罪に誘う様を俺は見たことが無かった。

 自分だけは絶対に表に出ず、操った実行犯だけで全てを終わらせる例の手法に至っては、考えたことも無かった。


 当たり前だが、あれだけの犯罪を実行しようとした場合、計画立案者にはかなりの推理力が必要となる。

 自分が操った実行犯がどう動くか、警察はどう反応するか、そう言ったことを推理で読み切らないといけないからだ。

 必要となる思考力は、下手すると探偵よりも多い。


 逆説的に、それらの犯罪をこなした彼女は俺を上回る推理力を持っているかもしれない、という話になる。

 だからこそ、彼女が三人目となるのだ。


 もっと言えば、今までの彼女の計画だって、決して彼女の全力という訳では無いだろう。

 夏休みの事件も、イノセントライブの事件も、幾つかのイレギュラーが重なっており、彼女の想定通りに全てが進んでいたとは言い難い代物だった。

 特にイノセントライブの件では、俺に解いてもらうために意図的にヒントを配置していた──彼女自身に俺から逃げ切る気が無かった──節がある。


 そういう意味では、俺は未だに「本気で完全犯罪を企んだ凛音さん」と戦ったことは無いのだ。

 それなりの時間を一緒に共有したはずなのに、まだまだ底が見えない人である。


 彼女のことを語ろうとすると、空気と戦っているかのような徒労感が常に襲ってくるのだが、それも仕方の無いことだろう。

 どうにも、敵わない。

 残る感想と言えば、これだけだ。


 ……何だか三人目のせいで愚痴が長くなってしまったが、とりあえず俺が敵わないと思っている存在は、以上で全てである。

 俺が自分と比較し、挑み、その上で認めた(ないし、能力に関して認めざるを得なかった)のはこの三人だけだ。


 何度も言うが、この人たちが相手だと、現状の俺では戦える気がしない。

 上二人はともかく、三人目は何時か裁くと言い切ったので、何とかしないといけないのだが、そのやり方や努力の仕方すらも掴めていない状況だ。

 我がことながら、七面倒臭い宣言をしてしまった物だと思う。




 ────しかし、こうして長々と語っておいて何だが。

 俺はもう一人、彼ら以上に推理に長けた存在を知っている。

 俺より優秀どころではなく、俺が知る限り()()の探偵を、知っている。


 上に挙げた三人が、性格だの所業だのはともかく、優秀な推理力があることに間違いない。

 俗人から見れば、大なり小なり天才と呼ばれる人たちだろう。


 だが、それでも。

 俺が「敵わない」と思うこの三人ですら、「敵わない」であろう領域がある。

 どうしようもない、本物の力を持つ人と言うのが、この世には実在する。


 俺はその人に対して、「敵わない」と思ったことが無い。

 だから、その人をこのリストには含んでいない。

 含めること自体に、違和感がある。


 だって、そうだろう?

 先述したように「敵わない」というのは、自分と相手を比較し、一度は挑んだからこそ抱く感想だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と感じてしまうレベルの相手には、その感想すら浮かばない。


 一度目にした瞬間に、諦めてしまうような。

 比べるという気すら、自然と失うような。

 そんな、本物の才能。


 俺はかつて、それに出会った。

 四年前、望鬼市の片隅に帰省していた時期。

 ちょっとしたトラブルで葉兄ちゃんが帰っておらず、代わりに彼の父親が────幹夫叔父さんが茉奈たちの家に居た頃の話。


 俺はこの話の中で、彼の勘が働く時を見た。

 過程をすっ飛ばして結果を手に入れる、どころではない。

 最初に結果を察し、そこから逆算して過程を埋めているような、その思考を。


 それを、間近で見た時。

 俺はただ、無言でシャッポを脱いだのだ。




 ……相川幹夫という人は、こうして改めて振り返っても、随分と不思議な人だ。

 元々俺の親戚には変な人が多いが、その中でも飛びぬけて変わっている。


 そもそも彼は、前歴からしてよく分からない。

 出身地がどうとか、学歴がどうとか、そういう話をあまり聞かない。

 流石に彼の息子である葉兄ちゃんや、彼の妻である一枝叔母さんは知っていると思うが、少なくとも俺は聞いたことが無かった。


 辛うじて伝え聞いた話は、若い頃から売れない絵描きをしていたこと。

 ついでに、定住せずに色んな家の居候をしていた、ということである。

 詰まるところ、その日暮らしのフリーター生活を絵を描きながら長いこと送っていたらしい。


 しかしながら、ひょんなことから出版社に勤めていた一枝叔母さん──彼女は大学時代から実家の望鬼市を飛び出て、そのまま向こうで就職していた──と邂逅。

 どうしてそう言う経緯になったのかは知らないのだが、一枝叔母さんのアパートに住むようになった。

 言葉を選ばずに言えば、彼女のヒモになったのだ。


 一枝叔母さんは松原家出身の女性らしく、中々苛烈な性格をした人なので、この話を聞いた時の俺は結構驚いた記憶がある。

 あのキッチリした一枝叔母さんが、殆ど無職の男を養うようなことをするなんて、と。

 最終的に結婚までしているあたり、何かしら惹かれるものがあったはずだが、どうにも経緯が想像出来ない。


 ただ、結婚した後の遍歴に関しては、俺もよく知っている。

 二人の間には一人息子の葉兄ちゃんが生まれ、幹夫叔父さんはイラストレーターの事務所を構えつつも他の会社にも勤めるようになり、会社員兼イラストレーター兼主夫みたいな状態に落ち着いた。

 現状では、ごく普通の幸せな中年男性になった、と言って構わないだろう。


 前歴の割に、松原家の人間との関係も良好だ。

 特に、何故かは知らないが俺の父親と仲が良い。

 海外からふらりと帰ってきた父親が、俺に会わずに幹夫叔父さんに会いに行ったようなことまであるのだから、相当な物と言えるだろう……。


 彼の経歴は、まとめればこんな物だ。

 文章にしてみると、意外と変な感じがしない。

 若い頃にちょっとフラフラしていたけど、今は真面目になった人、くらいに思われるかもしれない。


 だが、そんな経歴を聞いただけでは、彼のことをよく理解したとは言えない。

 彼の持つ特徴の中で、一番の長所。

 最早神通力では無いかと疑ってしまう、あの「勘」について、彼の経歴は何も教えてはくれない。


 彼の息子である葉兄ちゃんも勘働きが凄いが、俺の見る限り、幹夫叔父さんの勘は更に凄い。

 凄いというか、高みにあるというか。

 本当に、傍から見ていて理解不能な域にある。




 先に言っておく。

 これから話すのは、俺が小学六年生だった頃の夏の話だ。

 基本的には俺と、茉奈と、幹夫叔父さんがわちゃわちゃする話でもある。


 しかし、言い方を変えれば。

 俺と茉奈の夏の思い出の一つ、とも言えるし。

 或いは、死と戦争の話、とも言える。


 さらに、別の側面で見るのであれば。

 これは、アイドルにおける本物と偽物について語るまでの前日譚。

 俺が、本物の才能に出会う話だ。


 このエピソードに置いて、始まりの場面は決まっている。

 いつも通りの予定で望鬼市に帰省した、八月の朝。

 もそもそと朝食を食べている中で、茉奈が突拍子も無いことを言い出した場面からだ────。






「アタシ……埋蔵金を見つけたかもしれない!」

「…………はあ!?」


 キラキラと目を輝かせる茉奈を前にしながら、俺は掴んでいたお茶のコップを机に戻す。

 丁度、飲み終わったタイミングで助かった。

 もし飲んでいる最中にこの話をされていたら、その場でお茶を噴出していたかもしれない。


「埋蔵金って、アレか?昨日、テレビでやってた……」

「そうそうそう、それ!トクガワ家の埋蔵金、的な?何かほら、山奥とかで発掘しているやつ!」


 まくし立てるように言葉を繋ぐ茉奈の口上は、所々発音が怪しかった。

 特にトクガワ家──多分、江戸幕府の徳川家のことだろう──については台本でも読んでいるかのような棒読みだった。

 意味が分かって口にしている訳ではないのが、発音だけで丸分かりである。


 ──学校の社会の授業、まだ江戸時代まで行ってないから仕方ないけど……俺も茉奈も中学受験とかをしないから、知る機会も無いし。


 そんなことを思いついて、不意にちょっと笑ってしまう。

 俺は元々の本好きのお陰で、授業でやる前から徳川家やら何やらのことを知っていたけれど、茉奈からすればよく分からない昔のことに過ぎない。


 昨日、彼女と一緒に見た埋蔵金発掘の番組だって、茉奈が好きなモデルがゲスト出演していたから見ていただけだ。

 その価値がどうこう、というのは想像の範囲外だろう。

 だから問題は、歴史に興味の無い茉奈が、どうして朝っぱらからこんなことを言ってきたか、なんだけれども────。


「……ええと、茉奈」

「何?」

「ちょっと訳が分からないから、話を整理させてくれ……その、俺たちは今日、起きてすぐにラジオ体操に行ったよな?」

「うん。そーだけど?」


 今更何を、という顔で茉奈が頷く。

 それに助けられる形で、俺は今までの行動を振り返った。


「ラジオ体操は早い時間にあるから、朝ごはんも食べずに二人で公園まで行った、そうだったな?」

「そうそう、いつものことじゃん?」

「で、体操も終わったから二人で帰ろうとして……茉奈が山道の中で、カードを落とした」

「うん……ここは、いつものことじゃないかもね」

「それはそうだろ……」


 蝉が起き始めた山道を帰る中で、突発的に起きたアクシデントである。

 あの時の俺たちはラジオ体操に参加する小学生らしく、二人して首からカードをぶら下げていた。

 ラジオ体操に参加する度に判子を貰う、あの用紙を持っていたのだ。


 しかし、茉奈はよっぽど雑な結び方でもしていたのだろう。

 帰る途中、不意に首から掛けていた紐がほどけてしまった。

 結果、ヒラヒラと飛んでいったカードは山の斜面をずり落ちて、どこかに行ってしまったのだ。


「当然、茉奈はそれを取りに行った。だけど時間がかかるから、俺は先に一人で帰った、だったな?」

「そう。だからアンタ、先に一人で朝ご飯食べてたんでしょ?」


 そう、彼女の言う通り。

 茉奈が一人で拾いに行くと言うので、お腹も空いていた俺は先に伯父さんたちの家に帰って、朝食にありついていた。

 茉奈は地元ということで山にも慣れているし、カードを拾うくらい、一人でこなすと思ったのだ。


 伯父さんたちは朝から野菜をどこかに下ろすために不在だったので、ここまではずっと、俺は黙々と用意されていたご飯を食べていた。

 そうやって静かに過ごしていた中────茉奈が遅ればせながら帰ってきて、突然埋蔵金だのなんだの言い出したのだ。


 ──そうなると、このタイミングで茉奈が埋蔵金なんてことを言い出した理由は……一つしかないな。


 推理と言えるほどのことでは無いけれど、朝からの行動を振り返ったお陰で事の予測は出来た。

 というか、普通に考えれば理由は一つしかない。

 その辺りを、俺は指摘してみる。


「要するに……ラジオ体操のカードを探す中で、何か見つけたんだな?山の斜面で、小判でも拾ったのか?」

「んー……近い!何か落ちてたって訳じゃない。単純に、如何にも埋蔵金が埋まってそうな洞窟を見つけたってだけ」

「……洞窟?」

「そう、洞窟。もしくは、ただの穴って呼んだ方が良いかもしれないけど」

「ただの穴……?」


 そんな物、この近くの山にあったっけ?

 首を捻りながら、俺は依然としてキラキラと輝く茉奈の顔を見つめた。

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