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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

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何時かは今日だと知った時

 ────彼女が去ってから、俺はしばらくその場を動けなかった。

 受け取った言葉を噛み締めていたのか、或いは余韻にでも浸っていたのか。

 何にせよ、らしくない振る舞いだったのは間違いない。


 しかし流石に、一ヶ所に留まり続けるというのは中々どうして難しい。

 十五分程して、俺はのろのろと動き始めた。

 家に帰ることにした────訳では無く、背後に控える「姫のアジト」に入店したのである。


 この理由はシンプルで、場所代を払うためだった。

 思い返せば、結構な時間をここの駐車場で過ごしてしまっている。

 文句は言われていないが、一回くらいカラオケボックスの代金を払って置かないと、この店にちょっと悪い気がしたのだ。


 ──凛音さんにも、半分払ってもらったら良かったな……。


 我ながらみみっちい話だが、個室に案内されながらそんなことを思う。

 以前グラジオラスと来た時は全員で割り勘だったし、中三の時に自分の彼女と似たような場所に行った時も、二人で割り勘をした。


 どうも凛音さんと来た時だけ、俺ばかりが支払っている気がする。

 いやまあ、だからと言って大損と言えるほどの被害ではないのだが。


「……何にせよ、入った以上はちょっと歌うか?」


 推理の反動か、頭がものすっごくどうでもいいことばかり考えてしまっていた。

 それを振り払うため、という訳でも無いのだが。

 俺は個室に入った後、何とはなしに設置された端末を手に取った。


 いくら古いと言っても、流石に現代のカラオケだけあって、こういう設備はちゃんとしている。

 やや重いタブレット端末を操作して、俺は自分が歌えそうな歌を探した。

 俺の歌はまあ、点数にすると百点中四十点くらいの出来栄えだが、一人で居る時くらいは何か歌ってもいいだろう。


「でも、何歌おうかって思うと変に悩むな、これ……」


 独り言が止まらない。

 悩んだ俺は、とりあえず全国の利用数によって決められる曲のランキング欄を見ることにした。

 今の流行りの歌って、どんな感じなんだろうか、と思ったのだ。


 どことなくおじさん臭いことを考えながら、俺はランキングを呼び出す。

 そして、並んだ名前を見た瞬間────「ゲッ」となった。


「二位と七位……凛音さんの曲だな、これ」


 恐ろしいことに、一番上に明記されたトップ10の中に、二曲もランクインしている。

 彼女が引退してから、約二ヶ月。

 この程度の時間では、人気という物は衰えないらしい。


 しかしいくら高い人気を誇っていたとは言え、一人のアイドルの曲がこうも多くの人に歌われ続けるとは。

 やっぱりあの人、トップアイドルだったんだなあ、と妙なことを思う。

 今回の事件中、何度も再確認したことを。


 どうも俺の場合、「トップアイドル・凛音」の活躍を深く知る前に、犯罪者としての彼女の活躍を知ってしまったので、こうしてアイドルとしての彼女の功績が目に見えるのは変な気分だった。

 カラオケで流れる映像も、アイドルのPVというより犯罪者の記録映像に見えるというか。


 何にせよ、ちょっと今は凛音さんの歌を歌う気になれない。

 歌に罪は無いが、歌っている最中にずっと彼女の顔がちらつきそうだ。

 別の歌にしよう、と俺はランキングの別の部分を見ようとして────ふと、そういえば、と思った。


「グラジオラスの曲って登録されてないのかな、これ」


 チラリと時刻を見れば、いつの間にかイノセントライブも終わっていそうな時間帯だった。

 凛音さんとの集合時間自体、イノセントライブの中盤くらいの時刻を指定されていたので、もうそのくらいの時刻になってしまっているのである。


 結局そのライブを見れなかったことへの、個人的な代償という訳でも無いのだが。

 どうせなら歌いたい、という気はした。

 練習をずっと見守っていたせいで、彼女たちのオリジナル曲は自然と覚えているし。


 そうと決まれば、早速検索。

 ポチポチと慣れない手つきで検索すると、即座に結果が出てきた。


 ……「該当結果無し」という結果が。


「あー……」


 ちょっと予想出来た結末に、俺は変な声が出る。

 この店が採用しているカラオケシステムの都合とか、新人アイドルのカラオケでの扱いとか、そういう様々な要因が絡んだ結果なのだろうが。

 それでも何だかこう、グラジオラスを知る身としては、「あー……」としか言えない結果だった。


「『凛音』って検索したら、凄い数が出るんだろうな、これ」


 そう呟いた瞬間、何だか足から力が抜けて、俺はゴロリと個室内のソファに寝転がる。

 両者の知名度を考慮すれば、当然の帰結なんだろうということは分かっていた。

 だがそれでも、凛音さんの所業を知っている身としては、理不尽に感じてしまう。


 あれほどにまでライブに向けて努力していたグラジオラスが、検索にも引っかからず。

 逆に、裏であれだけのことをしていた凛音さんが、こうも慕われ続けている。


 何ともまあ、モヤモヤしか残らない事象だ。

 いやまあ、世界で俺しか抱かない感覚だろうけれど。


 そんなことを考えながら、俺は寝返りを打つ。

 何だか、今の行動だけで歌う気力が全て持っていかれてしまった。

 このままだと、世間で流行っている全ての曲に、こんなことを感じてしまいそうである。


 使用料を支払った以上、ここでもう少し居ることにはなるが。

 こうなってしまうと、何をするべきなのやら。


 俺はしばらく、そんなことを考えながらボケーッとしていた。

 本当に、どうすべきか分からなかったのだ。


 それでも、暇つぶしがてらスマートフォンでも弄ろうか、とポケットを漁る。

 すると不意に、その画面が光ったのが分かった。


「あれ……電話?」


 凛音さんとの会話を邪魔されないためにマナーモードにしていたのだが、解除し忘れていたらしい。

 音はせず、画面だけが反応している。


 意味も無く慌てて画面を覗き込むと、そこには随分と意外な名前が見えた。

 反射的に、「えっ」と喉が鳴る。


 最近こんなことばかり言っている気がするが、本当に意外だったんだから仕方ないだろう。

 何にせよ、指は動いた。


「はい、もしもし……松原だけど」

『あ、良かった、繋がった。今、大丈夫?』

「まあ、暇していたところだが……どうしたんだ、()()?」


 本気で電話の理由が分からず、俺は何度も瞬きをしてしまう。

 時間的に、彼女はイノセントライブを終えた直後、すなわち初めてと言っていい規模のイベントをこなしてすぐ、というタイミングのはずなのだが。


 何がどうして、俺に電話してくることになるのか。

 そこが心配で、俺はまず問い返してしまう。


「寧ろそっちこそ、電話して大丈夫なのか?今、どこで何を……」

『今?いつもの休憩室に戻っているけど……ライブ終わって、着替えてシャワー浴びて、着替えたところ』

「ライブは終わったのか……でもそれなら、まだ何かないのか?挨拶回りとか、ファンの見送りとか、そういう」


 俺も詳しくは知らないが、多分アイドルのライブと言うのは、演目をこなしたらそれで終わり、という訳でも無いだろう。

 周囲への感謝やら、ファンへの挨拶やら、何かと細々とした仕事があっても良さそうな物だ。

 こんなすぐに俺に電話を掛ける余裕があるのは、何故なのか。


『私もそう思ったんだけど、松原プロデューサー補が、そういうのはしなくていいって』

「姉さんが?」

『うん。スタッフにも顔を合わせない方が良いし、ファンへの見送りも無しって……安全上の理由が何とかで』


 ──ああ、なるほど……。


 口調的に天沢は不思議がっているようだったが、聞いてみれば至極当然の理由だったので、俺はそこで深く頷く。

 恐らく、一週間近く前に捕まった草薙千草が設営スタッフの一員だったことから、イノセントライブ中はそういう措置になったのだろう。


 先述したように、草薙千草はアドリブで計画を変更しているかもしれない。

 だからもしかしたら当日に来るファンや設営スタッフの中に、共犯者などが居る可能性もゼロではない。

 主犯が捕まったと言っても、その共犯者が何かをやる危険性は残っているのだ。


 だからこそ、グラジオラスメンバーがファンやスタッフと接触する機会を、可能な限り減らしたのか。

 あらゆる意味で、姉さんらしい対応だった。


『それで、終わってすぐに暇になっちゃって。帰りは送ってくれるって言うから、それを待つためにも何となく休憩室に来たの。でも、松原君が気になって……』

「俺?」

『そう。だって松原君、また何か、事件に関わっているでしょ?』


 ズバッと、踏み込まれた。

 それがあまりにも平然と行われたものだから、俺は一瞬、「そうだ」と言ってしまいそうになる。

 だが次の瞬間には、天沢がそう述べるのはおかしい、ということに気が付いた。


「……ちょっと待て、どうしてそう思うんだ?ここのところ、天沢とは話していなかったとは思うんだが」

『だって松原君、ライブ直前になってチケットを返したんでしょ?プロデューサー補が言ってた』

「まあ、そうだが」

『でも松原君、普段はそんな、約束を破る性格をしてないし……そうなると、私たちのライブに来る余裕がないくらいの非常事態だったってことでしょ?松原君が関わりそうな非常事態となると、何かの事件しか有り得ないじゃない』

「……なるほど」

『私がチケットを渡した時は断らなかったから、事件に関わったのは多分その後……しかも最近、ボヌールでは爆発物の設置がどうとか言って警察が来てて、スタッフが突然変わったとかも言ってた。そうなると、松原君がまた警察と関わるようなことが起きていて、その後始末でライブに来るどころじゃなくなったのかなあ、と』


 ──名推理だな、おい。


 思わぬところから飛んできた的確な推測に、俺はこっそり舌を巻く。

 話しぶりからして、天沢は細かい事件の事情は知らないはずなのだが、それでもこのくらいの推測は可能なのか。


『まあ、これに気が付いたのは菜月だけどね。私は普通に、松原君はどうしてバックレたんだろうなあって思ってた』

「あ、長澤の推理なのか、今の」


 感心したところで、掌が返された。

 そう言えば長澤、前の事件でも鋭いことを言っていたなあ、と思い返す。

 もしかすると、彼女には歌だけでなく探偵の素養もあるのかもしれない。


『でも、正解でしょう?松原君、ここのところ連絡も碌に取れなかったもの』

「ああ、うん。大体そんな感じ」

『それで、こっちが落ち着いた瞬間に、松原君のことが心配になってきて……』


 こうして電話してきた、という流れのようだった。

 彼女たちに余計な負担をかけまいと、事件の事情はライブ開催まで特に教えていなかったのだが、そのせいで逆に負担をかけてしまったのだろうか。


『その上で、もう一度聞いておきたいんだけど……松原君、本当に今は大丈夫?事件の方、解決した?危険な目に遭っていたり、しない?』


 改めて、という風に真剣に問いかけられる。

 本気で、こちらを心配しているのか。


 ──ライブ終わりのアイドルに、何を考えさせているんだ、俺は……。


 それを自覚した瞬間、俺は何だか酷く恥ずかしくなってくる。

 何だか、俺はいつもこうだ。

 気を遣おうとして、気を遣えていない。


 かつてのイチと茉奈に起きた出来事から、全く成長してなかった。

 知っていることを話さないせいで、周囲に負担をかけてしまう。

 過ちを繰り返したことを情けなく思いつつ、俺は可能な限り丁寧に言葉を返した。


「もう、大丈夫だ。完全解決と言えるかどうかはともかく、ケリは着いた。このことで、俺が君たちに心配をかけるとか、そういうことはもう無いよ」

『……そう』


 一つ頷いたような仕草の音が挟まってから、沈黙が走る。

 これ以上聞いて良いのか、と思ったのか。

 会話を打ち切った方が俺のためになるんじゃないか、と悩んでいるらしき躊躇いだった。


 ……まただ。

 また、向こうに気を遣わせてしまっている。

 それを察した瞬間に、俺は口を開いていた。


「今度、会えるか?天沢だけじゃなくて、グラジオラスの皆にも」

『……それはまた、どういう?』

「いや、今回の事件は本当に色々あったからさ……経緯を直に説明しておこうと思って」


 一息にそう言ってから、ちょっと詰まって。

 だけれども、言い切った。


「あんまり、君たちに対して変な秘密とかは無しにしたいから」


 本当なら────言わない方が良いんだろうな、とは思っていた。

 実際、姉さんも伝える必要は無いと知っているからこそ、草薙千草の細かい動機などをライブ当日まで彼女たちに言っていないのである。


 実はライブの裏で理不尽な理由で狙われていて、しかもそれには元トップアイドルの陰謀が絡んでいて……というややこしい事情には、関わらせないに限る。

 特に天沢など、八月頭には「ライジングタイム」の話が潰れた、というだけでオーバートレーニングに走ってしまったのだ。


 こんな、聞くだけで疲れそうな話はしないのが一番だろう。

 彼女たちとて、恐らくは薄々と事情を察しながらも、ライブに集中するために見ない振りを続けてきたのだろうから。


 理屈から言って、ここは俺が沈黙するのが正解だ。

 姉さんがそうしたように。

 姉さんが、この手法が正しいと判断したように。


 だが、同時に。

 俺は生憎と、姉さん全く同じ価値観を共有している訳ではない。

 だからなのか────これ以上、彼女たちにとって理不尽なことをしたくない、という思いをこの時の俺は抱いてしまっていた。


 何せ、今回の俺の行動を彼女たちの視点で見ると、「割とよく話す存在だったバイトが突然姿を見せなくなり、しかもその理由を一切説明しない」という物になる。

 俺が彼女たちの立場だったとしても、心配するだろう。

 何も言わずに姿を消した茉奈のことをああも責めておいて、自分が似たようなことをグラジオラス相手にやり続けるというのは、いくら何でも筋が通らない。


 今までのことを振り返って、率直にそう思っていた。

 自己満足だとしても、真摯に向き合いたいと。

 とはいえ、一応逃げ道も用意しておく。


「まあ、天沢たちが聞きたければ、になるが……全く興味がなければ、流石に」

『聞くわよ。当たり前じゃない』


 一切の躊躇いもなく、言葉が届いた。

 その圧に少し驚いて首を後方にのけ反らせると、天沢の方も自分で自分の声に驚いたように黙る。

 そして、やや間を置いてから言葉が付け足された。


『場所とかは、また連絡するから……それで良い?他の四人の予定も、私が聞いておく』

「え、ああ、うん」

『じゃあ、そういうことで……またね』


 プツン、と電話が切られる。

 早速、他の四人に話を通していっているのか。


 そうしてホーム画面に戻ってしまったスマートフォンを、俺は思わずしげしげと見つめて。

 何となく、今の彼女の言葉から、一つの知見を得た気がした。

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