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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

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裁き合う時

「どうですか?凛音さん」


 全ての推理を言い終えてから、俺は改めて凛音さんを見つめる。

 途端に、彼女は柔らかな笑みでこちらを見返した。


「……とりあえず、腕を放してくれたら嬉しいかな。玲君に触られるのは嫌じゃないけど、流石にちょっと痛いから」


 彼女は推理そのものには何も言わず、そんなことから指摘する。

 言われて彼女の腕を見てみれば、確かに俺の指が食い込んでいた。


 ここまでする必要は無いか、と俺は手を放す。

 今のところ彼女が逃げる様子は無いし、まあ良いだろう。


「……放しましたよ。それで?」

「それでって?」

「今の推理、間違っているかどうか……全てを知っている貴女の口から聞きたいんですが」


 ここまでの話には、一切の証拠はない。

 極端な話、推理の根幹にあるのは「前回も黒幕だったし、この人ならこれくらいのこともやりかねないな……」というある種の偏見だ。

 彼女が認めなければ、そこで終わるような仮説である。


 だからこそ、警察にもボヌールにも告げなかったこの推理。

 凛音さんが首を振ってしまえば、そこで終わり、という可能性すらあった。


 しかし、その程度のことは分かっているだろうに、凛音さんはキョトンとした顔をして。

 当たり前のことのように、「そうだよ?」と告げた。


「自信持ちなよ、玲君。全部、玲君の言う通りだから。草薙千草に指示を出し始めた経緯から、玲君を頼った理由まで、一切の狂い無く大正解」

「……嫌にあっさり認めますね」

「否定する気だったら、そもそもこんなところに来ないもん。私、もう今は明杏市のマンションに戻っているし……裏の裏まで解けた玲君を認めてあげるためだけに、わざわざここまで車を飛ばしたんだから」


 偉い偉い、とそこで急に保育士のような口調になった彼女は、不意に手を伸ばして俺の頭を撫でる。

 無論、一切嬉しくなかった俺はぶん、と首を振って逃げ出した。

 頭の触られた箇所が、妙にざわつく。


「ああ、もっと撫でたかったのにい」

「いや、しませんから……俺を何歳だと思っているんですか、貴女」

「十年前なら、頭を撫でるだけで気持ちよさそうにお昼寝してくれたのになあ……」


 こんなに大きくなっちゃって、と彼女は俺も覚えていない過去を持ち出す。

 そして自分の手から逃れた俺をやや寂しそうに見つめてから、ポツン、と一つの質問を改めて問いかけた。


「でもさ、玲君。今聞くのも何だけど……」

「どうしました?」

「私がここに来た理由は今言った通り、全部を見抜いた玲君を褒めてあげたかったからだけど……玲君は、どうして私を呼んだの?何か、私にさせたいことあった?」


 本気で分からない、という風に彼女は質問する。

 その上で、んー、と自分で考え始めた。


「このネタで私を脅迫するとか、そういうことをしたいなら前の事件の時点でやっているだろうしー……そもそも前に言った通り、玲君はそういうこと出来ない性格だしね。単純に、元凶なのを隠していたこと自体、謝ってほしかったとか?」

「……貴女に謝罪を求めても無駄なことは、俺だって分かってますよ」

「だよねえ。だから本気で、何で?私に直にこういうのを指摘したところで、特に意味なんて無いのに」


 ぶっちゃけた話、直に会う程の話でもないでしょ、と彼女はこちらを見つめる。

 それはまあ御尤も、と思いながら、俺は再び彼女の瞳を真正面から凝視した。

 直接会ってでも聞きたかった、根幹を聞くために。


「凛音さんを呼び出した理由は、単純です。どうしても推理だけでは分からない部分が一つ、残っていますから」

「疑問?そんなのあるの?全部、推理出来ていたと思うけど。黒幕である私が保証するよ?」

「いえ、まだ一つ、分かっていないんです」


 はあ、とため息を一つ。

 さらに純粋な疑義を呈するべく、俺はこう問いかけた。


「凛音さん、俺にそんなに推理をさせたかったのなら……どうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 聞かれた瞬間、「え?」という顔を凛音さんがする。

 だがすぐに意図が伝わったのか、端的にまとめてくれた。


「……同行してヒントを与えるなんてことしなくても、最初から『玲君にだけは』洗いざらい真相を話した方が、手っ取り早かったってこと?」

「はい。だって俺は、前回の事件の経緯を全て知っているんですから……隠す理由、無いでしょう?」


 どうしても解けなかったのが、ここの動機である。

 どういう理由で、凛音さんは俺に全てを打ち明けなかったのか。

 俺はただ、そこを知りたかった。




 ……凛音さんが警察やボヌールに真相を打ち明けない理由は、先程言及した。

 前回の主犯である自分がノコノコそんなところに行けない上、話したところで信じてもらえるかどうか分からない、というのが表向きの理由。

 なおかつ、自分が蒔いた種である以上、追及されそうな場所で真相を告白したくない、という本音も加わっての行動である。


 しかし、俺に真相を隠す理由に関しては、どこにもないはずだ。

 俺の場合、今更彼女が元凶だと聞かされても驚かない。

 なおかつ、彼女から聞かされた話を警察などに持って行っても、碌に立件出来ないであろうことも前回の事件で身に染みて理解している。


 要は、一々俺に推理させるような手間を挟まなくとも、俺に全てを打ち明けて、警察やボヌールへの伝書鳩にした方が効率的なのだ。

 無論、俺に彼女が元凶であると知られるリスクはあるが、「情報提供の見返りに凛音さんの行動に目をつぶる」というような条件を出せば、俺の口をつぐませることは可能だろう。

 凛音さんなら他にも、俺に真相を伝えつつも、自分だけは安全圏に留まれる手段を考案出来たはずだ。


 それなのに、凛音さんはヒントを小出しにして俺にちょっとずつ解かせる、という妙な手段を使った。

 流石に俺があまりにも変な方向に推理しようとしていたら、どこかで方向修正したとは思うが、それでも不確実な手段である。

 毎度毎度、手駒にしたファンたちの行動全てを上手く操っている彼女が、俺に限ってどうして手綱を緩めたのか────?


 ここだけは、どう推理しても理解出来なかった。

 正直なところ、お手上げである。

 だからこそ、正面から問いかけることになったのだ。


 凛音さんが嫌がらせのように、イノセントライブの開催時刻を待ち合わせ時刻を指定してきても──今思えば、遠回しに「会う必要は無い」と言ってきていたのかもしれない──受諾した。

 グラジオラスとの約束を捨ててでも、晴らしておきたい疑問だったから。




「そうだね、敢えて言葉にするなら……概ね、理由は二つ」


 俺の問いかけにしばらく黙ってから、凛音さんは思い出したように返答する。

 その表情はいつの間にか随分と固くなっていて、どこか彫刻めいて見える。

 高級車の雰囲気も相まって、さながらモデルカーに設置された人形のような────こういう言い方も何だが、生物らしからぬ相貌だった。


「玲君が理解しやすい理由が一つと、玲君が全く理解出来ないだろう理由が一つあるんだけど……どっちから聞きたい?」

「……じゃあ、理解しやすい方から」


 理解不能な理由から聞くと、そちらに悩みすぎてもう一つの方を理解し損ねる可能性がある。

 最初は、分かりやすいところから聞きたかった。


「OK。じゃあ簡単に分かる、合理的な理由を言うけど……これは本当に単純で、先入観を与えたくなかったから。草薙千草が本番でどう計画を変えてくるか、分かんなかったし」

「……ああ、なるほど」


 彼女の言う通り合理的な理由だったので、俺はすんなりと頷く。

 確かに、真っ当な動機だった。


 時系列的に、凛音さんが草薙千草に今回の犯行方法を示唆したのは今年の六月以前。

 今となっては三ヶ月以上前の出来事となる。


 つまり、長期間に渡って凛音さんは草薙千草と連絡を取っていなかったのだ。

 凛音さんの方から放置していたのだから、当たり前だが。


 そしてこれだけの期間があれば、草薙千草は渡された計画書に独自にアレンジをすることも可能となる。

 凛音さんからの直接的な指示が無くなったのを契機に、計画の細部を変えてくる可能性があるのだ。

 そもそも、凛音さんの指示無く勝手にグラジオラス相手に爆破予告をした時点で、最初の計画から変わってしまっているのだから。 


 詰まるところ凛音さんにも、草薙千草が当日にどんな手段で仕掛けてくるのか、正確なところは分かっていなかったことになる。

 元々の予定は知っていても、変更されているかもしれない計画の詳細までは分からなかった訳だ。

 だからと言って、再び草薙千草に連絡を取るのもリスクが高い。


 ──自分の知っている通りの流れで草薙千草が事件を起こしてくれるかどうか、把握しそこねていた訳か。そして、そんな中途半端な知識を俺に語るくらいなら、黙っていた方が良いと考えた。


 仮に草薙千草が殆ど変更なく事件を起こしてくれればそれで良いが、変更されてしまったなら、本来の計画書の存在は推理のノイズになる可能性もある。

 それこそ、先入観だ。

 故に、凛音さんの知っている部分から出せるだけのヒントを出す程度に留まった、という流れらしい。


「……その顔だと、概ね察しがついた感じ?」

「まあ、はい」

「そっか、やっぱり凄いね、玲君。打てば響くって、こういうことなのかも」


 何故か嬉しそうに確認してから、凛音さんはまたハンドルをポン、と叩く。

 そして、次に「理解出来ない理由」とやらを告げた。


「それならもう一つの理由に移るけど、良い?」

「ええ、頑張って理解してみます」

「ふうん?まあでも、こっちも言葉で言えば簡単だよ?私が玲君に最初から真相を言わず、一々解かせたのはね……」


 ぐい、と彼女は身を乗り出す。

 そのまま彼女は掌で丸を作って、内緒話のテンションで言葉を続けた。


「玲君に、()()()()()()()()()()()()()()()()。私、承認欲求強いから」

「…………は?」

「要するに、玲君が事件を推理して真相に近づいてくる様子を……玲君が頑張ってくれている様子を、特等席で見てみたかったってこと。ただ、それだけが理由」

「……」


 耳元で震える空気から言葉を伝授しつつ、しかし俺は反応を返せない。

 前置き通り、言っている言葉の意味がさっぱり分からなかった。


 これは、本当に日本語同士での会話だろうか。

 茉奈とレアさんとやらの一件のように、途中で異国語の翻訳が挟まっていないだろうか。


「んー、ほら、やっぱり分からないって顔してる、玲君」

「……誰でも、そうなるでしょう、こんなの」

「でも、そうとしか言えないんだよねえ」


 困ったなあ、と言って凛音さんは頬に手を添える。

 そして、不意ににやけた。


「本当に、あの二日間は楽しかったなあ……最初は殆ど情報を集めてなかった玲君が、どんどん真相に迫っていくんだもん。私が一個ヒントを出したら、それに何個もの可能性を考えて、また別のことを思いついたら、私と意見をすり合わせて……」

「……」

「何っていうか、そういう……玲君がちょっとずつ私の全貌を明かしてく様子を見る事自体が、楽しかったんだよね。変な例えになるけど、ゲームとかに出てくる、勇者が自分を倒しにくるのを待っている魔王ってこんな気持ちだと思う。『さあ、私の作ったダンジョンを越えて見せろ人間ども!私の作った罠に引っ掛かれ!そして私を倒せるほどにまで強くなれ!』みたいな」


 いよいよ理解出来ない領域に入った話を前に、俺は呆然と運転席を見つめる。

 彼女が言う通り、なるほど全てが想定の埒外にあった。

 というか、理解したくない。


 それでも、無理に言語化するのなら。

 こういうことに、なるのだろうか。


「貴女は……自分の立てた犯罪計画が誰かに暴かれていく過程を見ること自体が、楽しかったということですか?推理されるたびに自分の頑張りが認められていくような気がして、承認欲求が満たされたと?」

「そうそう、そういう感じ!私、昔から推理小説とかの『探偵に挑戦状を出してくる犯人』って全く理解出来なかったんだけど、今回のことでその感覚が分かったもん。ああ、こういう感覚なんだ。自分が努力した過程を探偵に見抜かれるのって、ある種の快感があるんだって」

「挑戦状、ですか……」


 自分でもちょっと嫌なのだが、その例えをされた瞬間にちょっと言わんとすることが分かってしまった。

 葉兄ちゃんに勧められるまま、推理小説を読んできた代償だろうか。




 ────今の、凛音さんの例えに出ている通り。

 フィクション世界に置いては、主人公である探偵や刑事に挑戦状を送りつけてくる犯人という存在が、たびたび出演する。


 簡潔に言えば、私を捕まえたければこの謎を解け、とか言って主人公を事件現場に呼び出すタイプ。

 それによって、探偵が苦しんだり推理したりしていくのを遠くから見て、「やるじゃないか、ククク……」みたいに笑うまでがテンプレである。

 怪盗物の作品に置いて、宝の持ち主に予告状を出すのも含んで良い。


 ああいった犯人たちの行動を現実的に考えると、合理性は全く無い。

 どう考えたって探偵を呼ばない方が犯罪がバレるリスクは減るだろうし、なまじ呼ぶせいで犯人の立場は悪くなる。


 場合によっては、探偵が推理に困っている時に犯人側がヒントを示すようなことすらあり、下手すると探偵よりも犯人の方が事件解決に貢献している時すらある。

 冷静に考えれば、お前は捕まりたいのか捕まりたくないのかどっちなんだ、とツッコみたくなるような場面も多い。


 それでも────犯人がどうして探偵を呼び出し、近くから見守るのかと言えば。

 なるほど確かに、犯人自身の承認欲求のため、という側面はあるのかもしれない。


 今度はこんな凄い犯罪を思いついたんだ、さあ解いてみてくれ、と探偵に向かって呼びかける。

 それを実際に探偵が解く様を見て、密かに喜ぶ。

 敢えて難しいテストを生徒に課し、その奮闘の様を覗き見ることで楽しむ、性格の悪い教師のような精神性。


 今回の事件、凛音さんはまさにそんな心境だったのだろうか。

 脅迫動画や脅迫状を、毎度のように洗脳した犯人たちに送らせているのも、そういった心理の影響なのか。

 厳密には、今回の計画は原案が彼女だっただけで、実行犯は暴走していたのだが────それでも、謎解きに奔走する俺の姿を、隣で見つめるのが楽しかったのか。




「……つまり、俺が茉奈やグラジオラスを助けるべく推理していた中、隣でずっとニヤニヤ笑っていたんですね?全てを知っていながら、勿体ぶりたかった。そうやって笑うこと自体が、楽しかった、と」


 スッと感情が冷めていく感覚があった。

 こうして分かる部分を切り取るだけでも────悍ましい。

 凛音さんの容姿が放つ全ての美を、内面の気色悪さが上回っていく。


「……一応言っておくけど、それだけでも無かったよ?本当に悪意があったのなら、脅迫動画が届いても無視してたもん。自分の撒いた種だし、玲君に良い形で解決して欲しいなあって言うのも本心だったから」


 言い訳するように、凛音さんが言葉を継ぎ足す。

 直感的に、それも嘘じゃないんだろうな、ということは分かった。


 彼女の言う通り、最初の情報提供が無ければ、今回の事件は最悪の事態に陥ることだって考えられた。

 茉奈がそのまま警察に誤認逮捕され、その疑いを晴らしている間にイノセントライブが開催され、結果としてドライアイス爆弾が起爆、ということだって有り得たのだ。

 それを防ぐことが出来た要因の一つが、動機はどうあれ、凛音さんのサポートにあることは間違いない。


 だが同時に、彼女が自らの趣味のために────「探偵が自分の立てた計画で悪戦苦闘している様を、隣で見てみたい」という私欲のために立ち振る舞っていたことも、また間違いではない。

 少なくとも、事件の早期解決を遅らせてはいる。

 再三言っているように、草薙千草を止めるだけなら──仮に先入観を与えてしまうにしても──もっと効率的な方法はあったのだから。


 これがもっと小さな、「日常の謎」であったのなら、この程度の行為も見逃せただろう。

 しかし、今回ばかりはその枠を外れていた。


 言うまでも無いことだが、今回の事件は少なくない人に影響を与えている。

 ボヌールや警察は言うまでも無く、ボヌール会館のスタッフだって相当困っただろうし、偶然巻き込まれた形とはいえ、茉奈やその家族も相当心配させてしまった。

 そういった事態を解決するべく、俺も含めてかなりの努力をしていたのは間違いない。


 そうやって、誰しもが事件のために必死になって戦っていた中。

 この人だけが、遊んでいた。

 元凶であるにも関わらず、だ。


 情報を小出しにして人を操っていたという点では、その手法は姉さんにも似ている。

 だがあの姉さんでさえ──俺は正直どうかと思うが──ボヌールの体面、ひいてはボヌールが擁するグラジオラスのために行動していた。

 結果として弟である俺がやや割を食ったが、それでも何かを守るための行動だった。


 だが、この人は違う。

 この人は、何かを守るためにこのような手段を取った訳じゃない。

 結果として事件解決に貢献したが、それ以上に私欲の割合が大きい。


 そして、また。

 実行犯の草薙千草が捕まる中。

 この人だけは、のうのうとシャバに居る。




「……何だか、雰囲気悪くなっちゃったね。どうせ車に乗っているんだし、ごはんでも行く?」


 暗くなった空気を払拭するようにして、彼女は努めて明るい声を出す。

 推理も、動機の説明もこれで終わりだ、ということを言いたかったのか。

 そこだけは普通に、年頃の女性としか言いようのない雰囲気だった。


 しかし────。


「……いえ、もういいです。呼び出しておいてアレですが、もう帰りますから」


 理屈よりも先に、感情で声が出た。

 助手席の扉を開けて、温い空気で満ちた車外に体を押し出す。

 凛音さんに止められないよう、素早く外に出た。


「えー……帰っちゃうの?」

「はい。だって……もう良いでしょう?既に、貴女の計画は終わったんですから」


 だから、もう────貴女の隣にいてやる理由は無いでしょう?


 そう言う意図を籠めて、俺は運転席を見つめ返す。

 彼女にも十分に伝わったのか、凛音さんは随分とばつの悪そうな顔をした。


 その顔を見つめてから、俺ははあ、と息を吐いて。

 それから、礼儀としてあることに言及した。


「……凛音さん」

「ん?」

「改めて、お礼は言っておきます。動機はどうあれ、情報提供やヒントをもらえたこと自体は、大変役に立ちました。本当に、ありがとうございました」


 早口で告げて、頭を下げる。

 俺のこの動きすら、彼女の趣味の一環として消費されているのかもしれなかったが、それでもこういうことは言って置かないとフェアじゃないと思った。

 オーディション前の様子を映したネット番組を見せてくれたのも、草薙千草を容疑者候補に含めるよう進言したのも、彼女だったのだから。


「ただ……感謝がてらに忠告を一つ、許してください」

「忠告?」

「ええ。何というか、貴女の動機の変化について」


 車のウィンドウに、口を近づける。

 そのまま、精一杯の指摘と、進言をしてみた。

 さっきの話を聞く中で、思いついていたことを。


「前回の事件でも、貴女は黒幕でした。今回もそうです。貴女は二回、俺の前で事件を起こしたことになります」

「まあ、そうだね。それが何?」

「二つの事件の、性質の差について言いたいんですよ。前回の事件については……引退計画については、一応、貴女なりに筋が通った動機がありました。このままアイドルを続けていたら、自分は壊れてしまう。だから、手段を選ばずに辞める必要がある、と」

「自分の身は自分でっていう、アレ?」

「はい。良い悪いを抜きにして、あの動機は確かに、俺がその場で納得する程度の説得力はありました」


 彼女の詭弁というか、ただの言い訳だったとしても。

 あの動機には、「トップアイドルである彼女がここまで言うのなら、本当にそこまでしないといけなかったんだろうな」と思わせる雰囲気があった。

 いわば、自分の心身を守るためという正義が、彼女にもあったのだ。


 だが、それはあくまで前回までの話。

 今回は────。


「しかし、今回の事件中の行動では……そう言った自衛云々ですら無く、ただ単に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。身を守るだけならもう簡単で、手段を選ぶ余裕もあって……だけどどうせ選ぶのなら、一番楽しめる手段にしよう、というような」

「ふうん……まあ、そうかもね。だからこそ、ヒントを小出しにする方法を選んだんだし」

「はい。つまり貴女の動機は、段々必然性を失ってきている」


 要するに、最初は自衛のために始まった犯罪計画が、段々と快楽やエンタメ優先になってきているのだ。

 他に手段が無いから仕方なく過激な手段を選ぼう、では無く、どうせなら面白そうな解決法を選ぼうかな、という風な思考回路になっている。

 消去法では無く、快楽で手段を練っているような。


 無論、まだ全てが快楽優先になっている訳ではない。

 彼女自身も言っていたように、「自分の撒いた種をなんとかしよう」とか、「そうは言っても被害が出る前にヒントを出して解決させよう」という善意や良心も、彼女の中には存在している。


 しかし嫌な言い方をすれば、これは所詮、今はまだそうである、というだけの話。

 未来のことは、誰にも分からない。


 もしここから先、彼女は犯罪教唆を止めないのであれば────。


「仮にこれからも、貴女が犯罪教唆を続けるのなら……この癖は段々、悪化するかもしれない。もうやる理由すら無いのに、ただ楽しいというだけの理由で、人を犯罪に駆り立てるようになるかもしれない。自分の計画に巻き込まれた人の反応を楽しむだけの愉快犯に、貴女はなるかもしれないってことです」

「えー?私、そんなにアホに見える?」

「否定は出来ないでしょう?現に今回、近いところまでは行ったじゃないですか。人目につくアイドルという職場から離れたことで、貴女は自由になり過ぎたんだ。だから……」


 すう、と息を整える。

 気分としては、二ヶ月前に葉兄ちゃんに決意表明をした時のそれと、同質の物だった。

 なけなしの気概を籠めて、宣言する。


「貴女がこれからも犯罪教唆を続けるなら……何時か必ず、俺は貴女を捕まえます」

「……へー」

「今はまだ、証拠は有りません。今回も前回も、実行犯は結局口を割らなかった。貴女の証言だって、現状ではまず相手にされないでしょう。それでも何時か、貴女の犯罪を立証してみせます」

「それが……忠告?」

「はい。貴女が止めないなら、こちらも追及は絶対に止めない。探偵が犯人に対してする牽制として、申し分ないでしょう?」


 凛音さんの、表も裏も知る人間として。

 これだけは、やらなければならない。

 いわば、俺が自分に課した責務だった。


 決意と呼ぶ程強固な物では無かったが、それでも思い付きとは言えない意志を持って。

 何故だか、俺はこの時、急にこういうことを決めてしまう。


 これは、彼女の犯罪に巻き込まれる被害者のためでもあり。

 同時に多分、この人のためである。

 こういう言い方はちょっと烏滸がましくて、好きじゃないけれども。


 これは決して、明確な動機によるものではない。

 使命感でも正義感でも無い、ある種の天啓。

 強いて言うならば、探偵個人の願望として────俺は、凛音さんを捕まえたいと思ったのだ。


 ……この言葉を、凛音さんがどう受け取ったかは分からない。

 警察でも無い非力な高校生が、妙なことを言ってきたとしか思っていないのか。

 或いは、また俺で遊ぼうとでも考えているのか。


 ただ何にせよ、彼女はそこで本当に美しい笑みを浮かべて。

 最後の最後に、歌うように俺の名を呼んだ。


「そっかあ……玲君が、それを言ってくれるんだ」


 懐かしむように、初めて知るように。

 リズムを踏んで言葉を述べてから、彼女は一つ、ウィンクをして。

 車のウィンドウを閉めながら、消えるようにこう告げた。


「だったら、玲君……何時か、玲君が私を裁いてね?」


 彼女の口調は、どういう訳か懇願に近かった。

 しかし一方で、その声色は幸福に満ちていた。

 表情ばかりは、スモークを焚いた窓が隠してしまったけれど。


 後に続くのは、ブオン、というエンジンの鳴き声。

 それだけを残して、稀代の教唆犯は俺の前から去って行く。


 結局今回も、別れ際の彼女が何をどう考えていたのか、細かいところは分からないまま。

 寂れたカラオケボックスの駐車場には、ただ謎めいた残り香だけがしばし漂っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかこんな探偵のライバルにして巨悪なんて立ち位置になるとは思ってなかった……
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