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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

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蒸し返す時

「上に投げ込む、か……つまりあの人、花道の近くの席に座ったファンも巻き添えにしようとしていたってこと?どうしたって飛び散るだろうし……」

「いや、そこはちょっと違うな。話によれば、花道の端っこはテントで隠すようだから」


 凛音さんの話に出てきた部分だ。

 ライブ本番では、花道の端はテントで覆われている。

 アイドルはまずそのテントへと消えた後、テント内で〇・五階に繋がる扉を開け、そこから通路に降りていくのだ。


 つまり〇・五階に居る草薙千草が、爆弾を扉から投げ入れる──というか、上方向に放り捨てる──と、それはアイドルの収まったテント内で爆発することになる。

 逃げ場の無いテント内で、確実に殺傷する気だったのだろう。

 いくらかの破片はテントを突き破って観客席に届く可能性もあるが、基本的には花道の端に消えたグラジオラスメンバーのみを狙った犯行だったのだ。


「この犯行の効率的な点は、投げ込むまでは一切不審がられないという点だ。話の中にあっただろう?ライブが終わったアイドルは汗だくで、通路に入った瞬間衣装さんが服を脱がせるって」

「そっか、そのために衣装さんは普段から、扉ギリギリの位置でアイドルを待ってるはず。だから、そこで何かゴソゴソしていても特に怪しまれない……」

「まあ勿論、一度起爆してしまえば、そこからは捕まるだけだけどな。確実に通路内で犯行が目撃されるし、状況的に衣装係しかそんなことは出来ないって言うのは一瞬でバレるし」


 恐らくだが、ライブ本番まではともかく、当日以降は最早捕まることを恐れていなかったのだろう。

 少しでも逃げ切ろうという発想がある犯人なら、こんな手段は考えない。


 流石に爆弾で自傷するのは嫌だが、可能な限りグラジオラスを苦しめたらその後はどうでもいい、と思考する人が思いつきそうなやり方だった。

 ある意味では、捨て身だったのか。


「ついでに言えば、この手法には犯行のタイミングを計りやすいというメリットもある。ライブの設営に関わっている彼女なら、グラジオラスメンバーがテント内にはけていく時間なんて容易に分かるからな。衣装係である彼女は、その時刻に合わせて新しい衣装を用意するんだし」

「だからこそ、草薙千草さんが犯人と考えるのが一番自然、か」

「少なくとも、可能性は高いと踏んだ。その後の結果は、さっき見た通りだ」


 そこまで言って、俺はふう、と息をつく。

 ようやっと、長い長い推理が終わったことを察したのだ。


「何にせよ、以上で事件は終わりだ。細かい犯行経緯とか、何故こんなことを思いついたかは、彼女が取り調べの中で語ってくれるだろう。後は全部、警察の仕事だ」

「つまり……アタシたちの予定としては、後はアタシが警察の取り調べを受けるだけってこと?」

「ああ。氷川さんや茶木刑事たちに頼んで、軽くで済むようにしているからさ。サクッと終わらせて来い」


 気楽にな、なんて言いながら、俺は茉奈の肩を軽く叩く。

 するとまた、運転席の凛音さんが含み笑いをしたのが車内ミラー越しに分かった。




 ……そこからの出来事、すなわち草薙千草の逮捕からイノセントライブ本番までの数日間に起きたことについては、描写を大幅に省略する。

 ただずらずらと、事実を並べるだけに留めよう。


 というのも、これらは大して重要な内容でも無い。

 後日談でなければ本筋でも無い、中継ぎみたいな情報だ。

 故に、特に覚えていることだけを描写する。


 まず、茉奈の取り調べは本当にサクッと終わった。

 一時間ばかり、映玖署で話を聞かれただけである。


 既に真犯人である草薙千草が捕まっていたというのが大きかったのか、今までの大騒動は何だったのか、と思ってしまうレベルの簡素さだった。

 一応、また気になることがあれば電話する、くらいのことは言われたらしいが────まあ、悪意も無く騙されただけの運び屋に構っていられる程、警察も暇では無いのだろう。


 だからというべきか、茉奈は俺の予想に反して、元々用意していたチケットで悠々と望鬼市に帰ることが出来た。

 彼女は火曜日から普通に学校があるので、月曜の夜の内に帰っておかなくてはならなかったのだが、余裕で間に合った形になる。

 俺が一応見送りに行ったのだが──何故か進藤さんも見送りに来た。変なところで面倒見がいい──茉奈本人も「こんなに早く帰れるなんて」という顔をしていたのが少し可笑しかった。


 次にイノセントライブのことだが、こちらは恙なく準備が済んだ。

 衣装係だけは変えざるを得なかったが、草薙千草がスタイリストの事務所に所属していたことが幸いし、すぐに別の人物が派遣されてきたらしい。

 イベントという物は一人ぐらい欠員が出ても案外何とかなる、という一つの事実を俺はそこで学んだ。


 因みに、グラジオラスメンバーはこれらのことを一切知らない。

 聞かせても気負うだけだから、と周囲が最初から事件について殆ど知らせなかったらしい。

 仮にライブが中止になってしまったなら、その時に初めて明かしてしまおう、という目論見だったようだ。


 流石に爆発物留置の件はニュースになったので知っているだろうが、まさかそれが自分たちを狙った物だとまでは思っていないだろう。

 当事者の一人である進藤さんの友人であり、何かと噂に耳ざとい鏡ですら知った様子が無いあたりに、その効果が見て取れる。

 草薙千草の逮捕も、犯行が未遂に終わったことで小規模にしか報道されなかったので、本当に彼女たちは何も知らないまま事件が終わったのだ。


 要するにこの三日間、ボヌール関係者と警察、ついでに俺と凛音さんがあっちこっちに行ったり来たりしている中、グラジオラスメンバーだけは平和に練習に励んでいたことになる。

 いやまあ、彼女たちは初めての大舞台が迫って緊張していたから、内心は全く平和でも無かっただろうが……。


 それでも一応、余計な波風は立たないままアイドルに専念出来たのは間違いない。

 ある意味では、これは俺たちの成果と言えた。

 爆破予告があろうと、脅迫対象であるアイドルのパフォーマンスに影響を与えない、という無理難題に成功したのだから。


 尤もその代償として、俺はこの時期、グラジオラスメンバーに殆ど会えなかった。

 会うと事件のことを漏らしてしまいそうだったので、自粛したのである。

 これは正直、ちょっと寂しい物があったが────彼女たちのためだと思えば、我慢すべきことなんだろう、多分。


 一方、彼女たち程平和とは行かなかったのが、望鬼市に帰った後の茉奈である。

 当然というか何というか、こっぴどく叱られたらしい。


 嘘を吐いてまで東京に出向いたこと、余所様の家に何も言わずに泊まったこと、電話を無視したこと、結果的にとは言え警察の厄介になったこと……。

 悲しいかな、茉奈には叱られる理由が多すぎた。

 俺が伯父さんたちの立場でも、そう簡単に許しはしないと思う。


 もっと言うと、茉奈は学校でも中々大変だったらしい。

 何せ警察が茉奈の居場所を聞きまわった物だから、同級生の幾人かには「松原茉奈はこの連休中、行方不明だったらしい」ということが知れ渡ってしまっている。


 流石に警察も、茉奈がアイドルを目指していることまでは告げなかったので、地元の人間に夢がバレることは避けられた。

 だがそれはそれとして、行方不明からひょっこり帰ってきた同級生というのは田舎では刺激が強すぎたらしく、対応に苦慮したらしい。

 火曜日の夜になってから俺に電話してきた茉奈は、「アタシ、これからどんなに嫌なことがあっても、絶対に家出とかはしないって断言出来るわ……」とぼやいていた。


 そんなこんなで、茉奈にとってこの時期は、まさに最悪の一週間だった。

 学校を一日だけずる休みした以外、特に悪行を重ねていない俺としては、東京からエールを送るくらいしか出来なかったが、これはまあ仕方ないだろう。

 この辺りは、茉奈が清算しなければいけない業である。


 ああ、でも、この最悪の一週間の中から、ただ一つだけ。

 茉奈に起きた良いことを挙げるとすれば────それは多分、この土日に迫ったオーディション本番への参加を、伯父さんたちが認めてくれたことだろう。


 あんなことをしでかした直後だというのに、伯父さんたちは茉奈がオーディション本番のために東京に行くことを、許してくれたのだ。

 もう応募はしてしまったんだから、行ってきなさい、と言って。


 このことを聞いた時は、俺としてもちょっと嬉しかった。

 何というか、伯父さんたちが「茉奈が無断で東京に行ったこと」は叱っても、「茉奈がアイドルを夢見たこと」は決して叱らなかったことが、気持ち良かったのだ。


 この二つをごっちゃにしないところは、彼らの大きな美点だと思う。

 親としては当たり前のことなのかもしれないが、当たり前のことを当たり前に出来る親など、この世にそうそう居ない。

 茉奈がこのことをすぐに電話で報告してきたのも、その辺りが分かっているからかもしれなかった。


「だけど、今回は普通に安いホテルに泊まるんだけどね。予約出来たし、お母さん、着いてくるって言ってるし……玲や夏美さんとは、オーディションが終わってからじゃないと会えないかもしれない」


 もう一度上京する直前になってから、茉奈は電話で少し気恥ずかしそうにそんなことを言った。

 自分の夢に挑む際に親が一緒に居るのは何だか恥ずかしい、という思春期特有の感覚と、無断外泊の前科がある今の自分はそんな贅沢が癒える立場じゃない、という理性がかみ合っている口調である。

 こういう言い方をすると偉そうに聞こえてアレだが、自分の立場を弁えた感想だった。


 俺はこの感想に、どう返しただろうか。

 多分、「俺はイノセントライブの方に行く予定があって、茉奈のオーディション本番まで付き添うようなことは出来ないから、一人になるけどいつも通りにやりなよ」みたいなことを言ったと思う。

 この時点では、その予定だったから。


 このようにして、茉奈にまつわるドタバタは一応の幕を下ろした。

 ボヌールも正常営業に戻ったし、茉奈も望鬼市に戻ったし、万々歳である。


 ────ただ、俺に関しては、もう少し。

 後日談に移る前に、話すべきエピソードがある。


 イノセントライブ本番までの期間中、俺と姉さんの間で、こんなやり取りがあった。

 その一部始終を、語っていこう。




「そう言えばさ、姉さんに一つ聞きたいことがあったんだけど……良いか?」


 もう明後日にはイノセントライブ、という時期にまで本番が差し迫ったある日。

 ふらりとボヌールにバイトをしに来た俺は、何とはなしに足を延ばした姉さんの執務室内で、一つの質問をしていた。

 本番直前に時間を取らせて申し訳ないとは思っていたが、少し聞きたいことがあったのである。


 ここのところ、姉さんは家に碌に帰っていない。

 だから、こうしてボヌールで直に会うしか無かった。


「……別に良いが、何だ?」

「いや、この間の事件の事なんだけどさ。ちょっと、茉奈の捜査状況のことで疑問点があって……」


 カタカタと打ち込んでいたキーボードから手を放しながら、姉さんは俺をチラ見する。

 その配慮に感謝しながら、俺はまず情報の確認をした。


「ええっと……爆発物留置事件の時、監視カメラに映った人影が茉奈であることって、確か土曜日中にはもう分かっていたんだよな?すぐに確認した、とか言っていたけど」


 事件から数日経過していたので、記憶を振り返って貰う意味も込めて細かく質問をする。

 姉さんもそれであの時のことを思い出したのか、ああ、とすぐに頷いた。


「事件発生が、土曜日の正午くらい。その後に警察が来て、監視カメラを確認して……正体が茉奈だって分かったのは、午後一時半くらいだ。私が直に確認したからな」

「だよな、そういう話だったし……だからこそ、聞きたいんだけど」


 間を取るためにも、俺は指を一本立てる。

 その上で、普段の調子で問いかけた。


「どうしてあの時、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……ほう」


 姉さんの眉が、ピクリと動く。

 手入れなど出来ないくらいに忙しいだろうに、この人の眉は形が良い。

 少し動くだけでも、印象に残った。


「何故、そんなことを言うんだ?今回の事件はボヌールにとっても大事件だった。我々としても、真摯に事件解決に動いたつもりだったが……」

「その言葉自体が大嘘だろ……仮にそうだとすると、茉奈への動きが鈍すぎる」


 すっとぼける姉さんを前に、俺は首の後ろをバリボリと掻いた。

 そして、壁にかかったオーディション告知のポスターを指さす。

 これが一番分かりやすい、と思ったのだ。


「事件の最初を思い出してくれ。事件中に茉奈が疑われたのは、監視カメラに映っていたせいじゃない。茉奈が東京に来た理由が不明だったから、警察に疑われたんだ。だよな?」

「まあ、そうだな。何故彼女がここに居るんだ、と不思議がられたことが発端だ」

「つまり警察は事件の捜査中、茉奈のアイドル志望云々は一切把握していなかったし、オーディション中の様子も掴んでいなかった。そういうことになるよな?」

「茉奈の行方を大真面目に探していた以上、そうなるな。仮にそこを知っていたら、あそこまで血眼になって探さなかっただろう。東京に彼女が居ること自体は不思議ではない、という判断になる」


 あっさりと認められる。

 だがこの情報こそ、今思えば最もおかしなものだった。

 というのも────。


「だけどこの時、警察はともかく……姉さんを含めたボヌール関係者は、茉奈がボヌールにわざわざ来た理由、察せたはずだよな?だってついさっき、大量の応募者を前にして、オーディションの説明会をしたばかりなんだから」

「……」

「この時期にボヌールに来る女子高生の正体なんて、オーディション参加者くらいしか居ない。普通に考えれば、それしかない……なのに、どうして警察にそう伝えてあげなかったんだ?」


 姉さんの目を見据えて、俺ははっきりと問いただす。

 どう考えても、ここが矛盾すると思って。

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