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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

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不発予定時

「あ、玲君。お疲れ様です……そちらは、茉奈さんですね?」


 地に伏せて尚、死にかけの魚のようにジタバタと暴れる草薙千草を見下ろしながら、俺は茉奈を連れてボヌール会館前にまで出向いて行く。

 すると、不意に軽快な挨拶が飛んできた。

 振り返ってみると、そこには氷川さんの姿がある。


「氷川さん……参加していたんですね?」

「ええ。まあ私の場合は、遠くでいざという時に備えているだけでしたけど」


 楽な仕事でした、と軽く言いながら、氷川さんは苦笑を浮かべる。

 同時に彼女は、刑事三人がかりで車に乗せられていく草薙千草の姿を横目で見た。

 無感動にそれを眺めてから、彼女は「やっぱり、あの人だったんですね」とだけ告げる。


「昨日、玲君に彼女が『タロス』って言われた時は、正直断定しきれないんじゃないとも思っていたんですが……本当だったんですね」

「ええ。信じてくださって、ありがとうございます。こんな風に、罠まで張って貰って」

「まさか、職務質問をちょっと大掛かりにしただけですよ。この程度、実際に爆弾が使われた時の被害に比べれば、大したことありません」


 そう言いながら、氷川さんは茉奈を見やる。

 こちらは、随分と懐かしい顔を付随した物だった。


「写真ではここ数日、何度も見ましたが……会うのは十年振りくらいですね、茉奈さん。お久しぶりです。夏美さんの友達の、氷川紫苑です」

「え、あ、はい。えっと、お久しぶりです……?」

「昔、仇川に釣りに来ていた貴女の姿を見たことがあるんですが……流石に覚えていませんか。そのほかにも、何度か会ったんですけど」


 仕方ないですね、とこれまた苦笑。

 十年前に数分会っただけの存在を覚え続けるというのは、大人でも中々難しい。


 茉奈の方も、キョトンとした顔をしていた。

 それをちょっと申し訳ないと思ったのか、氷川さんはパン、と空気を切り替えるように掌を打ち、話を事件のことに戻す。


「何にせよ、犯人は捕まりました。ですので茉奈さん、車のウィンドウ越しで良いので、今から軽く面通しをしてくれませんか?土曜日に貴女に話しかけてきた人と、彼女の姿が似ているかどうか、確かめて欲しいんです」

「ええっと、アタシ、顔すらよく見てないですけど……」

「何となくの雰囲気で良いので……一旦署に運んでもらうと、面通しは安全上の手続きが面倒ですから」


 だからこそ、この場でとりあえず直に見てもらおう、という話である。

 昨日の時点でこの流れを聞いていた──というか、警察にこれを提案したのは俺だ──俺も、茉奈に視線で了承するように頷く。


 すると茉奈の方も、細かい事情は分かっていないなりにさっさと済ませた方が良いと思ったのか、コクンと頷いて警察車両にトテトテと近づいていった。

 近寄った車の後部座席では、左右から刑事に挟まれる形になっている草薙千草がうなだれて座っている。

 茉奈は数秒だけ彼女の顔を覗き込み、迷うことなく頷いた。


「顔の輪郭とかは、こんな感じでした。背丈はちょっと小さ目な気もしますけど、鼻の形も……違いは無いと思います」

「なるほど。背丈に関しては、ハイヒールなどを履いていたのかもしれませんね。背丈を誤魔化したい女性がよくやる手口です」

「言われてみたら、そうかも……えっと、少なくとも『絶対この人じゃない』ってレベルでは無いです」

「ありがとうございます。なら、これでとりあえずの面通しは終了です」


 ニコリ、と氷川さんが笑う。

 ついでに、「こんなすぐに終わることなのに、仰々しくしてすみません」と謝罪が入った。


「茉奈さんにやって欲しかった、一番おっきな仕事はこれです……ただその、どうしても茉奈さんからは、この後も署で調書を取らせて欲しいと思います。今までの行動も含めて、聞きたいことがありますので」

「あ、はい……そうですよね」

「でも、刑事が言うのもなんですけど、そこまで構えなくても大丈夫ですよ。草薙千草が逮捕された以上、茉奈さんへの事情聴取はすぐに終わりますから。彼女を自供させる方が話が早いですから」


 そこまで言ってから、氷川さんは俺を見て頷く。

 昨日相談した通りに、ということだろう。

 委細承知した、ということで俺が頷くと、氷川さんはその相談内容を茉奈に話した。


「では、茉奈さんは玲君の乗ってきた車で、映玖署まで来てください。のんびり来てもらって構いませんので」

「はあ……パトカーに乗らなくても、良いんですか?」

「乗りたいのなら良いですけど……怖い刑事と一緒に行くよりは、玲君に見送られる方がまだ良いでしょう?」


 特別ですよ、と言って氷川さんは軽く苦笑い。

 すると茉奈の方は、「……よく分かんないけど、用意良いね?」と俺の方を向いた。

 これについては、今度は俺が苦笑いするのだった。




「……というかさ、玲はどうして、あの人が犯人だって分かったの?というか、あの人は結局、どんな方法でライブを襲う気だったの?その辺り、良かったら教えてくれない?」

「あー……真相、か」


 面通しも終わって、再び凛音さんの車に乗ろうとした瞬間、茉奈は矢継ぎ早にそう聞いてきた。

 場が落ち着いたことで、まだ説明されていなかったことが一気に気になってきたらしい。

 これから警察署に向かうためにも、真相を聞いておきたいと思ったのかもしれなかった。


 ──映玖署まで車だとちょっとかかるし……時間潰しがてら、話しておくか。


 必死の茉奈の懇願を見ながら、俺はそんなことを考える。

 勿論、ここで俺が言わずとも、映玖署で氷川さん辺りから説明はされるだろう。

 そう思って、ここまで強いて説明して来なかった。


 ただ、どうせ知るのなら早い方が良い、というのも一理ある。

 ここは一つ、俺から説明しておいた方が話が早い。


 すぐにそう決めた俺は、運転席の凛音さんに「映玖署まで、安全運転で」とオーダーする。

 そして、再び茉奈の隣に座った。


 どうも今日は、車内で推理することが多い日だ。

 そのことに幾ばくかのシュールさを感じながら、俺は茉奈に請われるまま、例の口上を述べた。






「さて────」






「まず、犯人はキャリーケースを運んでくれる人を探していたって話はしたな?基本的には、誰でも良かったって」

「うん。確か、アタシじゃなくても良かったんだよね?」

「そうだ。犯人はあくまで、適当にボヌール前を張って、頼みごとを聞いてくれそうなオーディション参加者を選んだだけだ。一応、明らかに断りそうな子は外しただろうけどな」


 茉奈が選ばれたのは、あくまで偶然。

 一番無難そうな子を選んだ結果、偶々そうなっただけだろう。

 化粧を落とした茉奈は、地味な女子高生でしかないのだから。


「ただ逆に言えば、それなりの間、犯人はボヌール前に待機していた可能性がある。勿論、あんまりにも一ヶ所に留まっていると怪しいから、適当にぶらついていたんだろうが……」

「アタシに声をかける前から、張ってたってこと?」

「そうだ。犯人としては茉奈がちゃんとキャリーケースを運んでくれるかどうかも見ないといけないから、茉奈がそれを正面玄関に置くまでは、近くで見ていた可能性が高い」


 これは、爆弾魔としては当然の思考だろう。

 現場で見繕った運び役を、完全に信じ切るなんてことはリスクが高いのだ。

 犯行を完遂したいのなら、ちゃんと置いてくるまでは────いや、ちゃんと起爆してくれるまで、見守るしかない。


「だがそう考えると……犯人がボヌール前に待機していたとすると、一つ、おかしなことが出てくる」

「おかしなこと?」

「ああ。だって……そこまでして運ばれた爆弾は、不発だったんだぞ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ケースの中に入っていた火薬入りカプセルは、一応導火線によって時限式になっていた。

 デジタルな手段で爆発時刻を指定している訳ではないので、何時何分何秒に爆発、なんて正確な指定をすることは不可能だが、それでも茉奈が置き去ってちょっと立てば爆発するようには出来ていたはずである。

 つまり──犯人がちゃんと現場を見ていたのであれば──数分経過しても爆発が起きなかった時点で、犯人は爆弾が失敗作だったことに見当がついたはずなのだ。


「受付の人の話によれば、例のキャリーケースはしばらくの間、玄関前に放置されている。誰も気に留めずに放置されていたんだ。つまり犯人には、置きっぱなしのキャリーケースを自由に出来る時間があったはずなんだ」

「だったら、不発だったと気が付いた時点で、犯人はケースを回収しにくるはず……というか、来ないとおかしいってこと?」

「そうだ。この時点では警察も呼ばれていない。何も言わずにケースを持ち去れば、それで事件にもならずに事を収められたはずなんだ」


 寧ろ、放置しておく方が問題である。

 実際に後に通報されたが、あそこでケースが回収されたことで、警察はいくつかの証拠を手にしてしまった。

 警備は厳重になるし、脅迫動画が本物だと分かるしで、犯人にとって良いこと無しである。


 それでも実際に爆発してくれれば、まだボヌールに恐怖を与えるとかの効果もあるが、不発では恐怖一色とは行かないだろう。

 事実、あれだけではイノセントライブは中止にならなかった。

 どう考えたって、通報される前にケースをさらっと回収し、事件なんて何もありませんでした、という風な顔をしていた方が良い。


「それなのに、犯人はキャリーケースを回収しないままだった……これは、何故か?」

「それはまあ……回収しようかどうか迷っている内に、警察が来て手が出せなかったとか?もしくは、アタシが置き去ったのを見た時点で逃げてたとか」

「確かに、そうも考えられるだろう。だけど、こうも考えられるはずだ……犯人は実のところ、警察にキャリーケースを回収して欲しかった。だから不発であっても、回収なんてしなかったんだって」

「警察に、回収して欲しかった……?」


 茉奈は訳が分からない、という顔をする。

 何だか今日だけでも、茉奈のこういう顔を飽きる程見てきた気がする。


「え、でも、そんなことする理由って無くない?警察にそんなの渡したら、証拠品になっちゃうし。入手ルートとか、そういう感じのを辿って捕まるかもしれないし……」

「普通に考えれば、そうだな。だが、もし……それを上回るくらいのメリットが、その行為にあったらどうだ?」


 途中で凛音さんとも考えたことが、この爆発物設置は本来ならしなくても良いようなタイミングで、わざわざ身を晒してまで実行されている。

 すなわち、犯人としては絶対にこれをやらなくてはいけない、と言える事情があったはずなのだ。

 これを実行したことで、犯人が得られる何らかの利益が無いとおかしい。


 ならば、それは何か。

 思い当たるのは、一つだった。


「ここまで考えた時に、思いついたんだ。もしかしたら犯人は、警察にキャリーケースを回収させて……()()()()()()()()使()()()()()()()()()と、印象付けたかったんじゃないかって」

「印象付ける?……え、ちょっと待って、待って」


 突飛な仮説が続いたせいか、いよいよ混乱したように茉奈が頭を抱える。

 しばらく彼女はえーと、えーと、と言って悩んでいたが、やがて「あ、そっか!」と声を発した。


「もしかして、犯人はライブ当日……火薬みたいな、普通の爆弾を使わない手段でライブを台無しにしようとしているってこと?だから、不発の爆弾を置くようなことをして、警察の注意を火薬関連に引きつけたかった?」

「その通り。脅迫動画に続いて、実際に火薬がボヌール玄関に置かれたら、警察の考えは『次の犯行も火薬を使うんだろう』という方に行くも知れない。それを利用して、火薬に頼らない犯行を成し遂げる気なんじゃないか……ここまでの目論見があるなら、わざわざ茉奈を利用してまでケースを置いた理由になる」


 勿論、実際に警察がそこまで都合よく考えてくれるかは分からない。

 というか、そう考えない可能性の方が高い。


 だが犯人としては、そう思い込んでくれるかも、という期待があったのだろう。

 詰まるところ、素人の犯罪者が考えたミスリードだ。


「どんな形でも良いから、犯人は警察の目を何とか誤魔化したかったんだろう。少なくとも、犯人には火薬以外の襲撃方法があるかもしれない、なんて推理をされたくなかった」

「警察がそういう思い込みをしてくれたら、本番で手荷物検査とかをされてもクリア出来るもんね。そのために、火薬を詰めたカプセルを一週間も前に……」

「ああ。だからこそ、不発でも良かったんだよ。最終的に回収さえされれば、それで良い。多分、茉奈に話を通した後、犯人はすぐに帰ったんだと思う」


 警察に火薬を使うと認識されることだけが目的なら、結果を見る必要は無い。

 現場に留まる必要は無いのだから、さっさと退散したのだろう。

 警察がチェックしたというボヌールや近くの店の監視カメラに、茉奈以外の不審者が映っていなかったのも、すぐに帰ったからと思えば説明出来た。


「でもそうなると、その『爆弾以外のライブを台無しにする方法』って、何なの?火薬を使わない方法って……脅迫動画の内容から思いっきり外れるけど」

「いや、そこはあんまり外れないな。だって、犯人が使う本命の犯行手段は……爆弾なんだから」


 俺としては分かり切った話だったので、さらりと返す。

 しかし茉奈には寝耳に水だったようで、「え?」と本気の戸惑いが見えた。


「玲、さっき爆弾を使わないって……」

「言ったさ。だけど、これは矛盾しない。犯人は確かに、火薬を使った爆弾は使わないが……『冷たい爆弾』は使うんだよ」


 そこまで言ったところで、運転席の凛音さんがクスリと笑う。

 彼女がハンドルを回すのと、「もっと分かりやすく言ってあげたら?」という提案がなされるのは、ほぼ同時だった。

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