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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

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確定する時

 ……とりあえず、茉奈には素早く荷物をまとめてもらって。

 何だかんだでお世話になっていたらしい進藤さんに頭を下げてから、俺たちは車に乗り込んだ。

 話のしやすさを考えて、俺と茉奈は二人して後部座席に座る。


「……どちらまで行かれますか?」


 腰を下ろしてすぐ、運転席から凛音さんの声が響いた。

 ただし、彼女はマスクとサングラスで軽く変装しており、容姿がよく分からなくなっている。

 彼女の顔が分かると話がややこしいので──何故俺が凛音さんと一緒に行動しているのか、話さないといけなくなる──凛音さんなりに気を遣ってくれたようだった。


 しかし、そんな不審者が高級車を乗りこなしているというのは、ある意味元トップアイドルの登場以上に奇妙な風景に見えたらしい。

 茉奈は荷物を車に積みながら、コソコソと俺に疑問符を並べてきた。


「……あの人が、玲の言うボヌール関係者?」

「まあ、うん」

「何であの人、あんなに顔隠してんの?それも、こんな高そうな車を乗り回して……何者なの?」

「……かいつまんで言えば、今回の騒動中は俺の言うことを何でも聞いてくれる人だ。ちょっと前に、仲良くなったんだよ」


 説明が面倒くさくなったので、超適当に話を打ち切る。

 そのまま手早く凛音さんに行き先の説明と安全運転を厳命してから、ようやく茉奈に事情を説明することにした。


「じゃあ茉奈、ちょっと話、良いか?」

「良いけど……どんな話?」

「ええっと……まず、始まりはボヌールに届いた脅迫動画だったんだけど」


 流れに沿って思い出すのは久し振りな気もするな、なんて思いながら、俺は言葉を選んで話を進める。

 俺にとってこの話は、この三日間、常に身近にあった出来事たちだ。

 しかし茉奈にとっては、ほぼほぼ初耳の事情である。


 そして当然ながら、これは茉奈にとって平静に聞ける話ではない。

 最初は何を聞かされているのか分からない、とでも言いたげだった茉奈の表情は、俺が話を進めるごとに段々と青ざめていった。

 彼女の体がゆらゆらと震えていたのは、決して車のせいではないだろう。


「……そうやって推理をした上で、一先ず茉奈の確保を最優先とした訳だ。警察に先んじる必要があったからな」


 長々と続けた話を、俺はそうやって打ち切る。

 途端に、顔面蒼白という言葉を体現したような様子の茉奈が、ガシッと俺の手を掴んだ。


「……ア、アタシが進藤さんのところで猫と遊んでいた時、外では、そ、そんなことに……なってたの?」

「まあ、そういうことだ。一気に聞かされても信じられないかもしれないが、俺は嘘は言っていない」

「そっか……そうだよね、玲がアタシに嘘吐いたって、しょうがないもんね。だから玲、アタシにネットニュースみていないかって……」

「茉奈がそういうのを見ていたのなら、知っているはずのことだしな」


 裏付けをしたいのなら、今からスマートフォンで調べてくれ、と俺は口にする。

 しかし、茉奈はふるふると首を振ってそうしなかった。

 疑う気は無い、ということだろう。


「じゃあ、アタシはまず何に連絡すれば……え、警察?親?それともボヌールに謝りに行く?」

「いや、今はそんなことはしなくていい。どれも、昨日の内に俺から連絡してある。だから昨夜から、茉奈のスマートフォンに電話は碌に来ていないはずだ。俺が今日迎えに行くって伝えておいたからな」


 これが、俺が昨日行った夜更かしの一部である。

 前述した茉奈関連の真相は昨夜の時点で分かっていたので、氷川さんに姉さん、茉奈の両親である伯父さん夫婦にその周囲と、あらゆる場所にメールと電話を打ちまくった。

 信じてもらえたかどうかはともかく、一応耳には入れたのだ。


「……皆、お前を心配していた。だから、夜でも普通に繋がったよ。伯父さんたちなんか、東京に来て探す気だったらしいし。何にせよ、そこで皆を納得させたお陰で、俺たちが迎えに行くってことになったんだ」

「そっか……じゃあ、警察はその氷川さんって人が抑えてる感じ?」

「抑えているって程じゃないが、とりあえずお前の確保は無しになった。そうじゃなかったら、昨夜の時点で警察が進藤さんの家に向かっている」

「……ありがとう、そう手配してくれて」


 随分としおらしくなった茉奈が、ペコリと頭を下げる。

 この雰囲気の茉奈は慣れないな、と思って俺はちょっと顔をそむけた。

 状況的に頭を下げるしかないのは分かっているが、それでもこんなに萎んだ茉奈というのは、どうも見ていて気持ちの良いものじゃない。


「……何にせよ、茉奈にはまだやって貰わないといけないことがある。だからこそ、ここで警察に連れて行かずに、俺たちで確保したんだ」

「やらないと、いけないこと?」

「ああ。ちょっとした質問と、面通しのために」


 軽く説明してから、俺は気を強く持ってもらうために茉奈の手をギュッと握る。

 こんなことは幼少期以来だが、茉奈の証言がそのくらい大事なのは事実だった。


 短時間で情報の洪水を浴びることの厳しさはよく分かるが、しっかりしてもらう必要がある。

 故に、可能な限り穏やかな口調で俺は問いかけた。


「俺の推理によれば、茉奈は土曜日の昼、ボヌールの正面玄関前にキャリーケースを置くように誰かに頼まれたはずだ。これは、茉奈の記憶とも一致するか?」

「う、うん。確かに、ボヌールからちょっと離れた路地で、そういうことを頼まれた。変だとは思ったんだけど、例のネット番組は見てたし……選考の一環かな、と思って引き受けた」

「よし、ここまでは推測通り……因みに、それを運んでいる最中は特に何ともなかったか?」

「無かった、と思う。本当にただ、置いてくるだけで……そのまま帰っていいって言われたから、すぐに帰っちゃったし」


 何か、別の応募者へのドッキリとかに使うのかなって思ったのをよく覚えてる、という風に証言が続く。

 どうやらあの爆発物は、少なくとも運んでいる最中は大して焦げ臭くは無かったらしい。


「じゃあ、ここからが重要だが……お前にそれを頼んできた人は、どんな人物だった?」

「それは……よく、分からなかった」

「分からなかったの?」


 驚いたように口を挟んだのは、俺ではなく運転席の凛音さんだった。

 前の席で聞いていて、思わずツッコんでしまったらしい。

 突然のことに茉奈は驚いたようだが、流石に声色だけで凛音さんの正体を暴くとは行かなかったらしく、ポツポツと証言をする。


「その人、ボヌールの表記が入ったダブダブの黒いジャージで上下を包んで……顔はフードを目深に被っていて、マスクもしてた。それにこう、牛乳瓶の底みたいな眼鏡もしてて」

「要は、顔の輪郭すらよく分からないような状態だったんだな?」

「うん、丁度そう、今運転してくれているその人みたいな……こうやって思い返しても怪しい格好ではあったけど、その時はネット番組のスタッフって皆こうなのかなって思って、信じちゃった……」


 そう告げた瞬間、運転席で凛音さんが苦笑を漏らす。

 茉奈を驚かせないために軽く変装している現状を、妙な例えにされたことが可笑しかったのだろう。

 何にせよ、不審者のファッションという物には、大してバリエーションが無いらしい。


「じゃあ、犯人の性別や身長はよく分からないか?」

「うん、ゴメン。そもそも、緊張もあってよく見てなかったし、声もボソボソとしていてよく聞いてないし……ああもう、アタシのバカ」


 よっぽど悔しいのか、茉奈はそこで自分の頭をゴン、と叩く。

 自分がもっとよく覚えていれば、と思ったのかもしれない。

 そして、再び深々と頭を下げた。


「本当にゴメン、玲。こんなことしか覚えてなくて……わざわざ来てくれたのに、役に立てなくて、ゴメン」


 彼女の言葉に合わせて、ポトリ、と水滴が高級車のシートに零れる。

 意図せずとは言え犯罪に関わったという罪悪感が半分、あまり犯人のことを覚えていないことへの悔しさが半分、といったところか。

 茉奈には似合わないな、と率直に思った。


 シートの側におあつらえ向きにウェットティッシュがあったので、俺はそれを無言で茉奈の顔に当てる。

 いつものドギツイメイクをしていないのが、この時に限っては良かった。

 そして慰めがてら、軽くこんなことを述べる。


「大丈夫だ。茉奈にそれを渡した真犯人……『タロス』の正体はもう分かってる。茉奈に対しては、念のために聞いただけだ」

「え、ホント?」

「ああ、俺に任せろ。昔から、茉奈が何かやっちゃった時は上手く解決してきただろう?今回も、そうするだけだから」


 そう告げて、俺は前を向く。

 ほぼ同時に、凛音さんが「着いたよ、玲君」と言った。




「ここって……ボヌール会館?」


 凛音さんの声の合わせたように周囲の風景を見ながら、茉奈が不思議そうな感想を述べる。

 その声を聞きながら、凛音さんは適当な駐車場に車を停車させた。


 丁度、ボヌール会館の関係者用入口が見える、という立ち位置を確保しているのは流石である。

 というよりは、先に駐車されていなかったことへの幸運に感謝すべきか。


「ボヌール会館の入口が真正面に見えてるけど……ここで待つの、玲?」

「ああ。こんな高級車が突然街中に停車しているって言うのもアレだけど、犯人の姿を車内から見るにはこうするしかないからな」


 ちょっと言い訳してから、俺は茉奈に向き直る。

 そして、彼女に最後の頼み事をした。


「今から、茉奈にはここで面通しをしてもらいたい。犯人の姿が見えたら教えるから、茉奈はその人が、自分が土曜日に会った人影と似ているかどうか、何となくでもいいから確認して欲しい。姉さんから教えてもらったスタッフの予定に従えば、これから犯人はここに出勤するはずだからな」

「……犯人、来るの?」

「ああ。さっき言ったように、『タロス』はスタッフの一人だ。ちゃんとした理由も無くサボりはしないだろう」


 この予定を聞き出すこともまた、昨日の夜更かしの中に含まれていた。

 そう言う意味では、犯人の月曜日の予定がここへの出勤だったのは、僥倖と言えたかもしれない。

 仮にまた別の場所で仕事をする予定だったのなら、話がややこしかった。


「でも玲、犯人が分かっているのなら、警察は呼ばないの?その方が早いんじゃ……」

「警察はもう呼んでるよ。パッと見ても分からないかもしれないが、既に氷川さんも含めた刑事たちが近くに居るはずだ」

「え、どこ?」


 驚いたように周囲を見渡す茉奈の様子を見て、凛音さんがフフフ、と笑う。

 そして、宥めるように手を振った。


「刑事だってプロなんだから、そんな素人が見て分かるような場所には居ないよ。だから茉奈ちゃん、落ち着いて?」

「は、はあ……」


 凛音さんに窘められながら、茉奈は「そう言えばこの人って何なんだろう……」と言いたげな顔で俺を見た。

 しかし、「タロス」の予想出勤時刻が迫っていることもあって、俺は沈黙を続ける。

 代わりに、道路の奥を見て「あっ……」と声を出した。


「……来た!」

「え、本当に?」


 途端に興味を持ったように、凛音さんが運転席から身を乗り出した。

 そして、おおー、と何となく感心したような声を出す。

 そのまま、彼女はこう口にした。


「玲君の言った通りの姿だね……本当に、腰からアレをぶら下げてる」

「ええ、今日もそうでしょう?」

「確かに。せめてそれを外して来たら、何とかなったかもしれないのに」


 微かに同情したような顔をして、凛音さんはハンドルに細い顎を乗せる。

 するとそれとタイミングを合わせたように、地味な格好をした設営スタッフが────()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()


 彼女はいつも通りの仕事をしようと心掛けているのか、やや早めに職場に来たらしい。

 タッタッタ、と駆け寄るように関係者用の入口へと向かっているのが分かった。


 しかし、残念ながら彼女の望みは叶わない。

 何故かと言えば。

 彼女が扉に手をかける前に────傍から歩み寄った一組の男女が、彼女に声をかけたからだった。


 俺は車内から見ているので、流石に声までは聞こえない。

 だが、何といっているのかは雰囲気で分かった。


 恐らく、よくある職務質問の光景でしかないのだろう。

 彼女に話しかけている男女と言うのは、二人とも刑事なのだから。


『申し訳ありません。お時間頂けますか?』

『今お持ちの物を、少し調べさせていただきたいのですが……』


 内容は、上記のような物だろう。

 口調自体は、様子を見る限りは穏やかなものであるはず。

 ただしその雰囲気は、遠くから見ているだけでも分かる程の威圧感があったが。


 だから、というべきだろうか。

 しばらくプルプルと膝を震わせていた彼女は、突然。

 警察の不意を衝くようにして、ダッ、と駆けだした。


「あ、逃げ……」


 茉奈が、悲鳴のような声を上げる。

 しかし、次の瞬間にはその声は止まった。


 理由は単純に、二つ。

 一つは、草薙千草が駆け出す時、眼前の刑事たちを突き飛ばしていて、そのせいで逃亡にややブレーキがかかったこと。


 そしてもう一つは。

 当然ながらそのようなことをされた刑事は、職質相手に相応の振る舞いが出来る、という理由である。


「……確保!」


 今度の声は、車内に居ながらも聞こえた。

 短いながらも地面そのものが震えるような怒声と共に、突き飛ばされた刑事たちが跳ねるように動き出す。

 流石は警察官、多少よろけては居ても、転んではいなかった。


 こうなってしまえば、後のことは簡単に想像出来るだろう

 数秒後には、草薙千草は地に倒れ伏していた。

 屈強な刑事によって背中から地面に押しつけられ、身動きがとれていない。


「職質中に面通しをする予定だったけど……確保の方が早くなっちゃったね」

「ですね。まあでも、順番が前後するだけでしょう」

「それもそっか……じゃあ、行ってくる?」

「はい……茉奈、出るぞ」


 全てが終わるのを確認してから、俺と凛音さんはそんな会話をする。

 そして一通り話してから、茉奈に声をかけた。

 しかしこの時になって尚、茉奈は何がなんだか、という顔をしていた。

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