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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

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決壊の時

「……凛音さん、ここから徐行していくと、左手に『進藤』という家が見えるはずです。その近くに一時停車してください」

「はーい。その進藤さんが、茉奈ちゃんのお友達?」

「そういうことです」


 ──同時に、鏡の友達でもあるけどな……。


 そんなことも思ったが、意外と早くに進藤さんの家が現れたので、口には出さずに留めておく。

 細かい推理の経緯は、後で話した方が良さそうだった。


「えっと、玲君一人で行く?」

「はい。変装した貴女が俺の傍に居ると、茉奈の認識では『誰だこいつ』ってことになりますから」

「じゃあ……変装解いて、普通に顔出して行こっか?」

「却下。それはもっと騒ぎになります」


 ボヌールにアイドルとして応募した茉奈が、二ヶ月前に引退騒動を起こしたトップアイドルの顔を知らないとは思えない。

 ここで凛音さんの存在を最初に明かせば、そっちで騒ぎが起きて真相を語るどころではないのだ。

 自然、まずは俺だけで会うのが一番、という話になる。


「ちぇー、ケチー。茉奈ちゃんの前で、『玲君の彼女です!』とか言いたかったのに」

「堂々と大嘘を吐かないでください……はい、ストップ」


 俺が告げると同時に、凛音さんがウィンカーを出す。

 こんな住宅街に、高級車が意味なく一時停止しているというのはそれだけで妙に怪しいが、ここを拘っても仕方が無い。

 そんなことをぼんやり考えながら、俺は助手席から降りた。


「じゃあ、行ってきます」

「はい、どうぞ。どのぐらい待つ?」

「細かい説明は車内でします。五分もかかりませんよ」


 軽く言ってから、俺は進藤家に向かって歩き出した。

 すぐ目の前で停車したので、大した距離でもない。


 これといった特徴の無い民家に歩み寄った俺は、最初にインターホンを確認。

 躊躇い無く、それに指を伸ばした。


 指越しに伝わる、カチリという感触。

 同時に、ピンポーン……というお馴染みの音声が流れた。


『はい、進藤ですがー?』


 数秒待つと、聞いたことのない女性の声が返ってきた。

 音質が悪いので判断が付きかねるが、声の質から言って、恐らくは俺と同年代の女性だろう。

 最初にこの人物が出てきたってことは、他の家族は今は居ないのかな、と見当を付けながら話を続けた。


「初めまして。朝早くから申し訳ありません、俺は松原玲と言います」

『松原……?』

「はい。貴女の家に御厄介になっているであろう、松原茉奈の親戚です」


 何かしら怪しまれて会話を切られてしまうと、後が面倒くさくなる。

 だから、素早く素性を明かした。

 その上で、端的に目的を述べる。


「貴女の家の中に茉奈が居るなら、こう伝えてくれませんか?……もう全部バレているから、観念して出てこいって」

『……ちょっと、待ってください』


 プツン、とインターホンのスピーカーの音声が途切れる。

 ちょっと待つと、ドタバタとした生活感溢れる音が玄関の向こうから響いてきた。

 しばらくその音は続いたが、やがてガチャリ、と震えながらドアノブが回転する。


 反射的に身構えたが、開いてすぐには人影は出てこない。

 もう少し、じれったく感じてしまう程度の間を挟んでから。

 カツン、という音を携えて床が震えた。


 弾かれるように、顔を上げる。

 そこでは、待望の彼女の姿が────説教される前の子どもみたいな顔をした、我らが従姉妹の姿があった。


 この二日間、探しに探した。

 松原茉奈が、そこに居たのだ。


「……玲、気が付いたんだ?」


 化粧を落とし、ウィッグも装着せず、素顔でジャージだけを着ている茉奈。

 彼女は、随分とばつの悪そうな顔をしながらモジモジとしている。


 少し、俺に対して悪いと思っているような。

 だけど、他のボヌールに起きた諸々については全く気が付いていないんだろうなあ、と分かる顔。

 慣れない悪戯に手を出した子どもが、罪悪感に負けて担任教師に自首する姿を想像してもらえば、大体間違っていない。


「……茉奈」


 彼女の顔を見つめながら、俺はジャリ、と音を立てて歩く。

 少しずつ、茉奈に近寄った。

 彼女もそれは分かっていたのか、特に逃げることも無くその場に留まってくれる。


「ずっと……ずっと、探していたんだ」

「あ、そうなんだ……何か、ゴメン」


 視線をずらしながら謝る茉奈を前に俺は、ふっと笑う。

 ちょっと想定通りだな、なんて思って。


 茉奈を見つけた時のことは、実は昨日からシミュレーションしていたのだ。

 その結果、多分茉奈は少し謝って、気まずそうな顔をするだろうな、と思っていた。


 茉奈の視点では、「タロス」関連のことは全く知らないようだから、彼女は俺に家出がバレたくらいにしか思っていない。

 当然、嘘を吐いて東京に来たことだけを謝罪するだろうな、という流れが想像出来る。


 だから、それに対する忠告も密かに決めていた。

 茉奈に悪気は無くても、彼女は今回、警察すら巻き込んだ厄介なことを引き起こしてしまっている。


 俺は多分、それについて注意することが出来るし────何なら見つけてすぐ、彼女の頭に拳骨の一つでも喰らわせても許されるんじゃないだろうか、なんて思っていた。

 そういう想定を、俺はしていた。


 ……しかし、茉奈の解答は想定通りでも。

 それからの俺の行動は、随分と想定と違っていた。


 引っぱたいても良い、とすら思っていたのに。

 嫌みとか皮肉とか、とにかく厳しい言葉を投げかけようと思っていたのに。

 茉奈のすぐ近くにまで歩み寄った瞬間────俺は不意に、彼女を抱きしめてしまっていた。


「え、ちょ……何してんの、ヘンタイ!」


 本能的にか、茉奈が力いっぱい身じろぎをする。

 彼女から見れば、久しぶりに会った従兄弟が突然意味不明な行動をとってきたのだから、当然の反応だろう。

 しかし、俺はそれに釈明する余裕は無かった。


「良かった、無事で……本当に、本当に良かった」


 掠れた声で、無意識に呟く。

 今まで出したこともないその声を聞いて、茉奈が驚いたのが分かった。


「れ、玲?……そ、そこまで心配してたの?」

「当たり前だろ……」


 そう言った瞬間、不覚にも小さな涙が俺の目に溜まる。

 今まで、凛音さんに窘められながらも極力冷静になろうとしていたことの反動だろうか。

 ずっとこらえていた感情が、こう……だばあっとあふれ出てしまう。


 ──あー、俺、こんなに心配していたんだなあ……。


 微かに残った心の冷静な部分が、変に冷めた感想を残す。

 それにちょっと苦笑いしながら、俺は茉奈を抱きしめる腕に力を込めた。


 そうだ、そうだった。

 ずっと、心配していた。

 事件に関係ない、きっと騙されているだけだと推理しながらも、それでも最悪の可能性だって想定していたから。


 例えば、真犯人に拉致されてしまっているとか。

 実は脅されていて、自発的に犯罪に加担しているとか。

 どこかいかがわしい場所に泊まっていて、そのせいで別の事件に巻き込まれているとか。


 茉奈がそうなる可能性は低い、と分かっていながら。

 同時に、可能性はゼロとは言えない、と思っていた。

 それを何とか考えないようにして、ようやっと、ここに辿り着いて────どこからどう見たって元気そうな、茉奈に会えた。


 叱らなくちゃいけない、と分かっているのに。

 こんなことをしている暇があったら、茉奈の存在を両親や警察に知らせてあげた方が良い、と分かっているのに。


 それでも茉奈の顔を見た瞬間、安堵が全てに勝ってしまった。


「ごめん、ちょっとだけ……このまま」

「え……え?」


 執念で鼻水と涙をこらえて、俺はそれだけ告げる。

 すると茉奈は、いよいよ不思議そうな顔をして。

 しかしそこは従姉妹ということか、やがて諦めたように俺の頭を撫でた。


「……昔はよくあったよね、こんなの。玲、ホラー物とか苦手だし」


 少し呆れ気味なまま、照れ隠しも兼ねてか茉奈はブツブツ言う。

 そう言えばそうだな、と思った瞬間、扉の向こうから何やら声が響いた。


 先程インターホンから聞こえた、女性の声だ。

 どこか驚いたように、横から言葉を投げかけられる。


「おおー……!茉奈ちゃん、昨日はカレシ居ないって言ってたのに……カレシが迎えに来た系?」


 彼女の声が聞こえた瞬間、流石に恥ずかしさが勝ったのか、茉奈がパッと俺の頭を撫でていた手を引っ込める。

 さらに、今まで以上の筋力で俺の体を引きはがした。


 元より大して力の強くない俺は、抵抗も出来ずに引っぺがされてしまう。

 その流れで、俺は茉奈の後ろの方に居る家主の女性の姿を見ることになった。


 ──会うのは初めてだが……高校生くらいの子だな。まあ、鏡の友達なんだし、そのくらいだと思っていたけど。


 慌てて涙を拭きながら、俺は反射的に観察する。

 パッと見た感じ、俺や茉奈と同年齢くらいの普通の女子だった。


 アイドルになれる程可愛い訳ではなく、しかし滅茶苦茶地味って訳でもない。

 どこにでも居そうな、普通の日本の女子高生。

 強いて言うなら、金に近い明るい茶髪のせいでやや遊んでそうな印象を受けるが、これは偏見だろう。


 そんな少女が、茉奈と同様にジャージ姿でそこに立っている。

 相違点としては、彼女の腕に猫が抱えられていることだろうか。

 見覚えのある、可愛らしい白猫が。


「……インターホンでも挨拶しましたが、初めまして、進藤さん。松原玲と言います」

「うん、はじめましてー……会ったことないよね?」

「ええ。尤も、存在自体は夏休み中から知っていましたが」


 そうだっただろう、と俺は茉奈を見やる。

 すると茉奈をそれを思い出したのか、ああ、という顔をした。


「そっか、そう言えば私、玲にも言ってたよね……この猫ちゃんのこと」

「ああ、俺は用事があって行かなかったけどな……それでも、記憶には残っていた。空港へ行く電車の中でも、ちょっと話していたから」


 再確認してから、俺は進藤さんに向き直る。

 そして、もう一度問いかけた。


「確認します……貴女は、夏休み中に白猫を引き取ってくださった、鏡奏のお友達ですね?」

「うん、そだよー?何、君も茉奈ちゃんと同じで、うちのニャンコを見に来たん?」


 あっさりと認めてから、彼女は胸に抱いた猫をツンツン、とつつく。

 すると抗議するように、抱きかかえられた白猫は、ムニャア、と鳴いた。

 それはかつて、瀬奈ちゃんとかいう長澤の友人の家で見た時の姿と、全く変わらないものだった。




 ……こうして茉奈の居場所にまで辿り着いた今だからこそ、言えることなのだが。

 茉奈の捜索は本来、随分と簡単なものだ。


 凛音さんに告げたように、彼女が頼りそうな宿泊場所条件は絞られている。

 グラジオラスメンバーの家以外で、東京在住で、なおかつ夏休み中に知り合っていた人物。

 これが条件だ。


 先述したように、俺は茉奈が東京でグラジオラスメンバー以外の人物と親しくしている様子を直接見てはいない。

 何なら、茉奈は大して観光に興味がある性格でもないので、最初の買い物などを除けばそんなに遠出だってしていない。

 だからこそ、警察も茉奈が頼りそうな家を、すなわちグラジオラスメンバー以外の東京の友人を見つけられなかったのだ。


 しかし厳密に言えば。

 俺が直接見てはいないが、茉奈と東京で会っていたはず、と言える人物はもう二人居る。


 一人は、帰る直前に空港で会ったというレア・デュランという少女だ。

 話によれば、短時間でそれなりに親しくなった様子だった。

 まあ彼女の場合はフランスに帰ってしまっているから、今回の宿泊場所では無いだろうが。


 だから、残る候補は一人。

 茉奈が東京から去る日に出会ったレアさんと逆の、茉奈が東京に来てすぐの頃に関わった人物。


 それが、この進藤さんだ。

 鏡の友達の一人にして、茉奈が夏休み中に出会っていたはずの人。

 茉奈が関わった例の白猫を、引き取ってくれたという関係者。


 少し前の話になるが、茉奈はとある事情で長澤が匿っていた白猫の事件に関わっている。

 すったもんだの末にその事件は解決したが、当然ながら猫の所在はどうするのか、という問題に俺たちは直面した。


 結果から言えばあの時は、一時的に鏡の家に預かって貰う、なんて話になって。

 その後は、新しい飼い主が鏡の友人の中から見つかった、皆で引き渡しに行った、という話も聞いていた。


 茉奈の話し方があまりにもあっさりしていたことと、猫の問題が解決したという点ばかりが印象に残っていたために、俺も詳細は忘れていた。

 だが、この猫の引き取り手というのは当然。

 茉奈にとっては、東京在住かつ一般人の知り合いということになる。


 恐らくだが、その引き渡しに付き添った茉奈は、その場で新しい飼い主であるこの進藤さんと仲良くなったのではないか。

 少なくとも、連絡先の交換くらいはしたはずだ。


 コミュニケーション能力にあれだけ秀でた鏡が傍に居たのだし、猫を愛でるという共通の話題だってある。

 内弁慶で人見知りなところがある茉奈でも、自然と場が盛り上がって仲良くなった、なんてことは如何にもありそうだ。


 関わっている内に猫に愛着が湧いた、これからの猫の様子を知りたいから、定期的に写真を送ってくれないか────。

 そんな頼みをされれば、嫌とまでは言われまい。

 茉奈は茉奈で、自分の動物にまつわるトラウマを改善しようとしていた節があったし。


 こうして、茉奈は進藤さんと連絡を取り合えるようになり。

 同時に、そのことを望鬼市の両親や知り合いには言っていなかった。


 これは、茉奈なりに周囲、というか茉奈の両親である伯父さんたちに配慮した結果だろう。

 あの猫の事件は、イチに絡んだ茉奈の昔のトラウマと直結している。

 進藤さんについて言及すれば、自然とイチのことを話さなくてはならなくなるかもしれない。


 多少は傷が癒えたと言っても、茉奈からすれば思い出すにも辛い記憶だ。

 イチの死に関わった伯父さんたちとしても、積極的に思い出したくない記憶だろうから、話すのを遠慮したということだろうか。


 だから茉奈は、白猫に関連する話も、進藤さんと連絡を取り合うようになったことも。

 何もかも、両親や望鬼市の友人には言っていなかったのだ。


 これらの条件が組み合わさったことで、警察がいくら調べても、進藤さんの家が捜査線上に挙がらなかったのである。

 普通警察は、行方不明者を調べる時にはその人物の身内にあたる。

 この人が向かいそうな場所、頼りそうな友達のことを知りませんか、と茉奈の両親である伯父さんたちに聞いたとみて間違いない。


 しかし、伯父さんたちも進藤さんが茉奈と友達であることを知らない。

 故に、警察に伝えられなかった。


 電話会社に頼んで、茉奈のスマートフォンの使用記録などを辿れば分かったはずだが、アレは個人情報保護などの都合で、警察と言えどもすぐに分かる物でも無い。

 鏡や長澤に事情聴取をすれば聞き出せたかもしれないが、こちらはライブ前ということで、姉さんが警察に長時間の取り調べを控えさせていたのだろう。


 姉さんは茶木刑事やらとも知り合いのようだし、茉奈への捜査はともかく、グラジオラスメンバーへの取り調べを制限することくらいは頼み込んでいたのかもしれない。

 ただでさえ負担がかかっている時期なのだから、さっさと終わらせてくれ、くらいに言っていたのか。

 そもそも任意の事情聴取なのだし、グラジオラスメンバーの時間が確保出来なかったらそこまでだ。


 結果として警察は、進藤さんの情報をどこからも得られなかった。

 そのために、松原茉奈容疑者には東京に碌に友人が居ないと判断し、ホテルや漫画喫茶を調べては「どこにもいない」と不思議がっていた。

 今回は詰まるところ、そういう話なんだったんじゃないかと思う。

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