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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

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突き刺さる時

「それなら、持ち物についても精査する方針で……まあ、さっき言ったように芦原さんは特に物を持っていなかったですけど」

「逆に言えば、助監督としてどんな作業でも手伝う可能性があるってことだけどね」

「ですね。そう考えると、彼への疑いは濃くしてもいいかもしれない」


 普通の設営スタッフなら、自分の担当場所以外の場所にいたり、任された作業ではない仕事をしていたりすれば、そこで怪しまれてしまう。

 だが、監督に近しい彼の立場であれば、「ちょっと監督に様子を見てくれって言われたので」とでも言えば、ボヌール会館のあらゆる場所に行くことが出来るだろう。

 もし彼が犯人で、爆弾を会場内のどこかに持ち込む気なら、チャンスは他のスタッフよりも多いということだ。


「まあでも、リストから分かるのかここまでです。ええと……次は、草薙千草さんですね」

「あの衣装のウザイ子ね」

「はい、ただ彼女も経歴は真面目ですよ」


 いつもの凛音さんの暴言を聞き流しつつ、俺はポチポチと経歴欄を見る。

 ざっとまとめると、関東出身で服飾関係の専門学校を卒業、その後はスタイリストの事務所に入所した、ということが記載されていた。

 かなり若くしてアイドルのライブに関わる立場になっていることからすると、かなり優秀な人なのかもしれない。


「ただ彼女の場合は、助監督と違って持ち場が固定されています。俺たちが訪ねた時には、例の〇・五階の通路に居ましたけど……本番の持ち場も、あそこですかね?」

「多分、そうだと思う。だってあそこ、花道から降りてきたアイドルを収納して、そのままササっと衣装を変えるための空間だからね。衣装には一人では着れない服とかもあるから、衣装さんも一緒に待機するのが普通だし」

「つまり、アイドルが新衣装でバーン、とステージに現れるための裏方なんですね、あの人」


 曲ごとに衣装がガラリと変わる、というのはテレビなどでもよく見かける演出だが、あれにはやはりそれ相応の苦労が伴っているらしい。

 衣装さんやマネージャー、また飲み物やタオルを用意するスタッフも含めて、本番中はあの空間に詰めておくのだろう。

 ライブ一つとっても大変なんだなあ、と他人事のように思う。


「そして、彼女の荷物ですが……まあ目についたのは、水筒ですかね。二つくらい、腰にぶら下げてませんでした?」

「あったあった。多分あれ、魔法瓶だよ。暑いから氷を食べているとか何とか言っていたから、それじゃない?」


 そうだろうな、と思って俺は頷く。

 今はもう九月末だが、それでも残暑は厳しい。

 加えてあの〇・五階は構造上かなり狭いので、本番中は随分と蒸し暑くなりそうだった。


 ならばそこに待機するスタッフが、冷たい飲み物を魔法瓶に詰めて持参するのは当然の流れだろう。

 彼女の話の中には「普段はアイスのような差し入れを自分がしている」みたいな内容もあったし、暑さ対策も重要な仕事なのかもしれない。


「ただ、他は特に目についた物は有りませんでしたね……採寸用のメジャーみたいな物は持っていましたけど、まさかメジャーで爆破といかないでしょうし」

「なら、普通に水筒の方は?実はあの中に、大量の火薬を詰め込んでいるとか……もしあの通路内で爆発を起こせば、花道そのものが崩壊するから、グラジオラスにはかなりの被害を与えられると思うけど」


 自分が怪しい人物として推したというのもあってか、凛音さんは中々に過激な説をそこで提示する。

 実を言うとそれは、俺が〇・五階の構造を見た時に、一瞬考えついたことでもあった。


 他者の口からそれを聞いたことで、俺は改めてその可能性を考慮する。

 だがすぐに、首を横に振ることになった。


「……その仮説、一度は俺も考えました。ですが、流石にそれは無いと思います」

「どうして?」

「単純です。仮にそんなことを彼女がしたら……〇・五階に居る彼女が、真っ先に死にます」


 花道を爆破すれば、当然ながらあのくりぬかれた空間の全てが、花道の残骸で埋まってしまう。

 舞台上に居るであろうグラジオラス五名は地面に叩きつけられ、それと同時に崩落した破片は〇・五階内に降り注ぐことだろう。


 つまり、グラジオラスより先に、犯人とその他のスタッフが圧死する可能性が高いのだ。

 運良く助かっても、大怪我は免れない。


 逆に、グラジオラスメンバーはこの手口の場合、命は助かる可能性がある。

 〇・五階の天井の高さ──つまり、彼女たちが落下するだけの高低差──はそこまでの物では無かったし、爆発の衝撃にさえ耐えられれば、後は何とかなるかもしれない。

 瓦礫に潰される犯人たちとは違って、立地上一番上に居る分、救助も早いだろうし。


「前に凛音さん、言ってましたよね?ああいう脅迫動画を送るような犯人は、自分だけは傷つかずに相手だけを傷つけるタイプの人間だって。だからこそ、犯人は俺たちとは違う『あっち側』の人間なんだって」

「そう言えば、そんなこと言ったね」

「今までの犯行を考えると、その考えは正しいと思います。実際、昨日の正面玄関への爆発物設置は、何も知らない茉奈を騙して物を置かせているんですしね。何も知らない誰かを巻き込んででも、自分だけは捕まりたくない、という意思が見える……だったら『タロス』は、こんな自分の方がリスクがある計画は立てないんじゃないでしょうか」


 花道の爆破は一見して派手かつ影響も大きいが、その実目標となるグラジオラスだけを傷つけられる可能性は低く、逆に自分だけ傷つく可能性すらある欠陥計画。

 ライブ中は常に〇・五階に控えておかなくてはならない人物が犯人なら、こんな手段を取るだろうか。

 自分だけ持ち場から離れると言うのも中々難しいだろうし、時限発火装置なんて都合の良い物を作れる程の器用さはない、という話は既に出ていた。


「だから、彼女への疑いは個人的に薄いんです。勿論、凛音さんの考えを否定する訳じゃないですけど。貴女が変だと思ったのなら、それなりにセンサーに引っ掛かる何かがあったんでしょうし」

「……信頼してもらっている、という解釈で良い?」

「厄介ファンを見つける能力に関しては……」


 先程の姉さんの言葉もあるし、この点については信用していた。

 ついでに言えば、人間の勘が持つ有用性を、俺は葉兄ちゃんを通してよく知っている。

 ならば、彼女の勘を軽んじるべきではないだろう。


 だからこそ、俺にはしっくりこないとしても、依然として草薙千草は容疑者の一人なのだ。

 そう再確認して、俺はリストの最後の一人の内容を確認する。


「では、最後の場崎昭さんですが……ええっと、この人は」

「何?また経歴は真面目って感じ?」

「いえ、逆ですね。寧ろ、かなりフラフラしてたそうです」


 履歴書の記述を参照すると、高校卒業後から今の職場への就職までかなりの間が空いている。

 僅かな期間でもどこかに正規雇用されていれば、職歴に名前が出るだろうから、恐らくバイトのような形で働いていたのだろう。

 フリーターだった、ということか。


 今の職場に就職したのは、五年前。

 厳密にはボヌール会館のスタッフではなく、イベント会社への就職だった。

 主な仕事の内容は────。


「メイン業務は……イベントやブライダル用の巨大クラッカー設置?ブライダルってことは、結婚式の?」

「ぽいね……ほら、あれじゃない?結婚式の中で客に向けてパーン、とやる奴」


 そう言われて、俺も昔、テレビで見た光景を思い出した。

 確か、新郎新婦が大砲みたいな大きさのクラッカーをぶっ放していたのだったか。

 どこであんな物を用意するのか不思議だったが、どうやらイベント会社に言えば用意してもらえるらしい。


「そのイベント会社の社員である彼が、さっきのリハーサルに居たってことは……使うんですかね、クラッカー?イノセントライブで」

「そうじゃない?だからこそ彼が呼ばれているんだし……わざわざ大道具班に参加していた理由も分かるし」

「理由?」


 何やら分かったような口をする凛音さんを前に、俺はきょとんとした顔で問いかける。

 すると、彼女も「ああそうだ、この子はあまり芸能界に詳しくないんだった」という顔をして、説明してくれた。


「ほら、クラッカーって、一応火薬も使う道具でしょ?だから、ライブで使う際には注意することがあるんだよね。だってほら、反動で倒れたり、吹っ飛んだ蓋が観客に怪我させたりしたら大変でしょ?」

「つまり……演出上派手だから使うけど、変な被害が出ないようにちょっと注意する道具なんですね。だからこそ、そのクラッカーを卸しているイベント会社の人間をわざわざ呼んでいる、と?」

「そうそう。それにボヌール会館はそこまで大きな場じゃないから、ああいうクラッカーを固定できる機材の類が無いんだろうね。だから彼に固定具みたいな物を持ってきてもらって、その設置も兼ねて大道具班に参加していたって感じじゃない?」


 すらすらと説明してくれる凛音さんの姿を、俺は感心しながら見つめる。

 現役時代はアイドルとしてステージに立つ側だったはずだが、妙にスタッフの事情から演出の苦悩にまで詳しい。

 元々関心があったのか、それともトップアイドルとはそう言う物なのか。


「でも、クラッカー……火薬、ですか」


 話を聞いている間にふと気になって、俺は少し俯く。

 まさか、と思ったのだ。

 勿論、凛音さんはそのことに目ざとく気が付いた。


「もしかして玲君……この場崎昭が犯人で、クラッカーから火薬を回収して爆発させようとしている、とか考えている?」

「やっぱり、無理ですかね?」

「絶対に不可能とまでは言わないけど……クラッカーに使われている火薬ってめっちゃ少ないんだよ?数百個集めても、会場を壊すレベルにはならないんじゃない?」


 まあ確かに、という反論が飛んでくる。

 この人物は、凛音さんから見て慕うべき先輩である姉さんが目を付けた人のはずだが、彼女はダメ出しを遠慮する気はなさそうだった。


「でも彼が犯人なら、犯行準備のために火薬の臭いをさせていても疑われないっていう利点があります。爆弾の設置で火薬の臭いが服に移っても、全て『いつもの仕事で』って言い訳出来る」

「まあ、それはそうだけど」


 確かに、という顔で凛音さんが頷く。

 それを見て、俺は自分の言っていることがそう間違っていないと分かった。


 クラッカーの火薬がもたらす影響と言うのは、あれで意外と馬鹿にならない。

 場合によっては、拳銃を撃った時と同様の硝煙反応がクラッカーの持ち主から検出される場合もある、と姉さんに教えてもらったことがあった。

 だから銃社会の国では、拳銃で事件を起こした犯人が警察に硝煙反応を咎められた時、「クラッカーを使っただけだ」と誤魔化すケースすらあるらしい。


 彼が犯人なら、この事実を利用するということも当然有り得る。

 クラッカーの影響を確かめるためだと言えば、会場内で爆発物の威力を確かめることだって可能なのではないだろうか。


「もっと言ったら、持ち物だって気になります。芦原さんは特に無し、草薙さんは水筒くらいでしたけど、彼に関してはちょっと注意すべき物が所持品ですから」

「それが……彼が持っていた、釘?」

「はい。あれは当然、爆発物の中に仕込めば極めて危険な凶器となります」


 凛音さん自身が証言していた通り、彼はリハーサル直前に釘を打っては抜き、打っては抜き、ということを繰り返していた。

 意味も無くそんなことが出来たくらいなのだから、恐らく彼は、トンカチと釘をいつも持ち歩いているのではないだろうか。

 仕事内容を考えると、巨大なクラッカーを支える機材などを固定するための物だろう。


 そして、釘や金属片という物は、物の固定や組み上げ以外の用途がある。

 爆弾魔が、爆弾を強化するために使用することがあるのだ。


 方法はシンプルで、爆弾の中に釘を何個も仕込むだけである。

 後は爆発さえしてくれれば、爆風に乗って鋭利な凶器が周囲に飛び散る。

 これによって、爆発そのものでは大した被害が与えられずとも、周囲にいる人間に大怪我を負わせることが可能となるのだ。


 無論、釘なんて物は誰でも買おうと思えば買えるので、これを持っているだけで犯人扱いは出来ない。

 だが凛音さんの言う通り、日用品に何かおかしなものを持っている人が怪しいということを考えれば、疑う理由くらいにはなった。


「……姉さんが目を付けるだけあって、確かに状況は揃っています。彼の立場を悪用すれば、かなり悪いことが出来るでしょうから」

「ふむふむ……例えば玲君、どんなパターンを思いついてる?」

「例えば……クラッカー本体の中に大量の釘を仕込む、とか。さっき言ったクラッカーから火薬を取り出すなんて手間も無しに、ライブを台無しに出来る」


 会場を爆破するという脅迫動画の趣旨には反するが、仮にこの手法が採用されれば、尋常ではない被害を生むだろう。

 クラッカーが観客席に向けられるのか、グラジオラス側に向けられるかは知らないが、どちらにせよ少なくない死傷者が発生する。

 彼が犯人なら、効果的に釘をばら撒けるクラッカーの位置だって調整可能なのではないだろうか。


 ……自分でそう推理しながら、俺はその時の被害をイメージしてぶるりと震える。

 改めて、爆弾というものが如何に人を傷つけるのか、分かった気がした。

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