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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

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神を撒く時

「……姉さん、声を小さく。聞こえているから」

『そうか?ならボリュームは落とすが……いや、そうだな。スピーカーモードにしてくれ』

「聞かせるのか?」

『ああ。どうせアイツと一緒に居るんだろう?なら、聞かせた方が早い』


 俺の考えることなどお見通し、ということか。

 立て続けにそんなことを言う物だから、俺はとりあえず、理由も聞かずに指示に従う。

 途端に、ジュースのグラスが姉さんの声で震え始めた。


『……まず、お前たちに頼まれたリストだが、今からお前のスマートフォンに送る。直接的に会場設営に携わっている人物だけでも何十人も居るから、相当な量だがな』

「そっか、助かる……で、思いついた良いことっていうのは?」


 リストを送るというだけなら、わざわざ電話せずともいい話だ。

 メールにリストを添付すれば、それで済む。

 そうしなかったということはつまり、何か腹案があるのだろう。


 俺がそう考える横で、凛音さんも大体似たようなことを考えたのか、何かを期待するようにして俺のスマートフォンに近づく。

 彼女の動きが見えている訳では無いだろうが、丁度近づき切ったところで、姉さんはその良いこととやらの説明に移った。


『その前に、リストのことなんだがな。一応、設営スタッフ全ての情報を列挙はした。ただ正直、あまり役には立たないだろうと思う』

「言い切れるのか?」

『ああ、ぶっちゃけた話、映玖市でやるライブの設営に関わっている時点で、東京近郊に在住していて、そこそこ長く仕事をしている人間だからな。お前が送ってくれた犯人のアカウントは見たが、共通点なんていくらでも見つかる』


 ──まあ、そうなるか……全員が全員、アカウントに登録された工場に向かおうと思えば迎える立場にあるんだろうし。


 先程も少し考えたことだが、やはりリストを擦り合わせるだけでは、犯人を絞り込むことは出来ないようだ。

 ただ単に、全員に犯人の可能性があると分かるだけだった。


『だから、こう考えたんだ……もういっそのこと、撒き餌で釣るしかないな、と』

「撒き餌?」

『ああ、良いか、良く聞けよ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その上で、設営スタッフの動きを観察するんだ』

「……え?私が出向くんですか!?」


 流石に驚いたらしく、黙っていた凛音さんが強めに叫ぶ。

 何気にこれは、凛音さんの方が他者に振り回されるという珍しい場面だった。

 姉さん側でも彼女の声はかなり響いたと思うが、特に動じることは無く淡々と話は続けられる。


『実際、悪くない案だろう?今回のような事件を引き起こしていることから分かる通り、犯人は凛音の熱狂的なファンだ。設営スタッフとして働いていることだって、もしかすると元々は凛音に近づくためかもしれない』

「ああ、偶に居ますよね、そういうスタッフ」

『そんな犯人の働く場所に、突然信仰対象である凛音が現れたら?……恐らく、全く反応を示さないということは無いと思う』

「そうですね、私が自分で言うのもアレですけど……」


 この辺りは流石に業界人ということか、姉さんと凛音さんの間でスラスラと話が進む。

 自然、俺は話の腰を折るようにして質問することになった。


「……ちょ、ちょっと待ってくれ、姉さん」

『何だ?』

「いや、犯人が絶対に反応するというのは、確かなのか?犯人だって一週間後に事件を起こそうとしている最中なんだから、流石に目立つ行動は控えるんじゃないか、普通」

『まあ、そうだろうな。流石にそこまで分かりやすく迂闊な行動はしないだろう』


 パッと思いついた疑問を口にすると、意外にもすぐに肯定される。

 あれ、と思った瞬間、姉さんでは無く凛音さんの方から解説がなされた。


「……犯人は多分、駆け寄りたいのを我慢したり、逆に芝居臭く一般人を装おうとしたりするはずってこと。そういう不自然な動きをしている人を、スタッフの中から見抜こうって話」


 少し電話から距離を話して、凛音さんが俺の耳にこそこそと話しかける。

 反射的に近寄ってきた彼女から距離を取りながら、俺はなるほど、と思った。


 ──犯人も流石に、今は犯行の準備やら何やらで気が張っているはず……完全に自然な演技で誤魔化す、なんてことは出来ないと読んでいるのか。


 俺はこうして凛音さんに普通に会っているので感覚が薄いが、本来なら、「トップアイドル・凛音」は世間から消えた人間だ。

 如何にライブ設営に携わるような人物でも、もう一生会えないのが普通なのである。

 そんな状況の熱狂的なファンの目の前に、一生会えないはずの凛音さんが現れる────この異常事態を演出して、犯人を炙り出すつもりなのだ。


『かなり不確定な作戦ではあるが、少しでも怪しい動きをしてくれれば、見抜く自信はある。設営スタッフには顔見知りも多いしな』

「普段の姿を知っている分、姉さんにはおかしな挙動をしている人が分かりやすい、と?」

『ああ。だからお前たちは、適当に準備中の会場を回ってくれればいい。私が傍に控えて、スタッフの様子を観察するから』

「それで、撒き餌か……でも、凛音さんは良いんですか?」


 姉さんの理屈には納得しながらも、俺は一応凛音さんのことも気を遣う。

 元々彼女は、今更ボヌールには立ち寄れないし、中に入るのもちょっと、ということで俺に脅迫動画を見せてきたのだ。

 ボヌール会館は一応ボヌール事務所そのものではなく、関係ある建物に過ぎないが、そこで顔を見せるというのは彼女にとってどうなのか。


 そんなことを考えて凛音さんを見つめると、彼女がちょっとだけ驚いたような顔をした。

 だが次の瞬間には、その表情は随分と嬉しそうなそれに変わる。

 どうしたんだ、と思っていると、瞬く間に彼女の顔は笑顔に帰結した。


「ご、ごめんね。玲君が私のことを心配してくれたのが嬉しすぎて……感極まっちゃった」

「いや、ここで拒否られると不味いので配慮しただけですけど」

「えー、そこは嘘でも肯定してよお」


 駄々っ子のような顔をする凛音さんだが、同時に親指と人差し指で丸を作ってもくれる。

 態度が一々子どもっぽいというか、正直訳が分からない流れの動作だったが、とりあえずOKではあるらしい。

 それを確認しつつ、俺は自分のスマートフォンに向けて呆れ気味に小声で囁いた。


「……なあ、本当に犯人は反応するのか、これ?現状この人、顔が良いだけの無職だけど」

『お前から見ればそうでも、犯人にとっては神も同然だ。どんな姿をしていようが、名前だけで寄ってくるだろうさ』


 俺の言い方も大概酷かったが、それと同じくらいの勢いで姉さんも凄いことを言う。

 こういう言い方を出来るのは、二人の関係が深いからか、それとも案外仲が悪いのか。

 やっぱりよく分からないなあ、と思いながら俺は話をまとめにかかった。


「何にせよ、凛音さんが良いなら大丈夫だ。何時にボヌール会館に行けば良い?」

『今日の午後七時半頃だな。実は八時前には、設営スタッフほぼ全てが集まってリハーサルをやる予定になっている。ライブ当日に出入りするスタッフは、全員集まる計算だ』

「だから、そのリハーサル前に行くんですね?私はまあ、ライブの激励に来たとでも言えば良いでしょうか」

『そうなるな。元々イノセントライブは、引退していなければお前もゲスト出演していたはずのライブなんだから、理由なんていくらでもくっつけられるだろう?』

「……まあ、確かに」


 久し振りに会場に行くなあ、と言ってから、凛音さんはんーっと腕を伸ばす。

 そして、玲君も一緒に行こうね、とニコニコ顔で告げた。






 ……それだけのことを言い終わると、通話はプツンと切れた。

 後は、集合時間にちゃんと来てくれ、ということだろう。

 今のところ、姉さんからこれ以上の提案は無いようだった。


「さて、そうなると……また、待ちのターンに入っちゃったね。約束の時間が来るまでは、ちょっと休憩する?」


 俺を気遣ったように、凛音さんがそんなことを言う。

 彼女としてはただの現状確認だったのだろうが、「待ち」と言われて、俺には思うところがあった。


 ──また、待つしかない時間が続くのか……今更だが、焦っちゃうな、この時間。


 こんなことを思ったせいか、俺は彼女の言葉に反応せず、念のためスマートフォンを操作した。

 そして幾つかのネットニュースサイトを巡回してから、返事をする。


「一応、今の話をしていた間に、犯人が新たな事件は起こしたとか、茉奈が捕まったということは無いみたいですね。ネットニュースの類には何も出てません……だから確かに、待つしか無いでしょう」

「玲君、それをずっと確認してたの?」

「はい、どうしても見たくなって……」


 今のところ、氷川さんの依頼を受けたはいいが、推理面では取り立てて進んでいない。

 現状を確認してばかりに、新たな証拠などは特に掴んでいない状態だ。

 姉さんの提案通りに作戦を実行して、ようやく推理のスタートラインと言ったところか。


 そのせいで、今になって少し不安になってしまったのだ。

 この待っている瞬間に、茉奈が警察に捕まったり、犯人が新たな事件を起こしたらどうしよう、と。

 そんな俺の心境が伝わったのか、凛音さんは宥めるような声色を作る。


「茉奈ちゃんはともかく、『タロス』の方はそんなに心配しなくても良いと思うけどなー……多分だけど、これ以降はライブ当日まで待つんじゃない?」

「……どういうことです?」

「だってほら、犯人は設営スタッフなんだから。少なくとも今は仕事で手いっぱいでしょ。何かを会場に仕込むくらいは有り得るけど、ダイレクトに事件を起こすことは不可能だと思う」


 言われてみたらそれはそうだな、という理屈を投げかけられた。

 当たり前のことだが、犯人はライブ当日も会場内にスタッフとして潜り込みたいのだから、リハーサルなどでは一切手が抜けない。

 仮にそこで手を抜いたり無断欠勤したりして、「君には当日の仕事は任せられない」と判断されてしまったら、全ての計画が破綻することになるからだ。


 皮肉なことだが、犯人はライブ当日にそれを台無しにするという目論見があるが故に、ライブ当日までは大真面目に仕事をこなさなければならない訳である。

 だからこそ、昨日起きた爆発物設置だって、本人は姿を見せずに実行された。

 警察の注目も既に引いてしまっている以上、今は目立つ訳にはいかないということか。


「だから玲君、リラックスリラックス、ね?焦って推理しても、良いこと無いよ?」

「……すみません、気を遣わせて」


 どうやら凛音さんの目から見て、俺は焦っているように見えるらしい。

 可能な限り冷静でいようとしているつもりなのだが、それでも、無意識に急いでいる部分があったのか。

 気を静める意味も込め、俺は意識してゆっくりと呼吸をして────そのついでに、ふと新しいことに気が付いた。


「でも……そう考えると不思議ですね」

「何が?」

「いや、前にも言ってたじゃないですか。本当なら脅迫動画なんてものは、事前に送らない方が良い。警察に通報されてしまうし、相手の警戒度も上がってしまう。もしどうしてもグラジオラスを傷つけたいのなら、何も言わずに当日、突発的に爆弾でも投げた方が良いって」


 以前、脅迫動画を渡された時に聞いた話である。

 だからこそ、犯人は本当に事件は起こさないかもしれない、或いはすぐに捕まるかもしれない、という話になったのだ。


「その理屈で言えば、昨日起きた爆発物設置事件の方も、本当なら起こさなくても良いことだったはずですよね?予告状と同様、警察の警戒がさらに上がってしまいますから。設置こそ何らかの手段で茉奈にやらせたようですけど……あの事件って、犯人にとってリスキー過ぎませんか?」

「まあ、それはそうだね。何なら、茉奈ちゃんが犯人の姿を直に見ている可能性が高くて、その分危険になっちゃってるし……」


 俺の示唆することが分かったのか、凛音さんがふんふんと声を出しながら頷く。

 彼女の様子を見て、俺は自分の疑問が正鵠を射抜いていることを確信した。


 そう、よくよく考えれば、昨日の事件は犯人にとって非常にリスクが高い。

 確かに結果から言えば、茉奈に設置役をやらせることで、警察の疑いの目は茉奈に集中した。

 しかしこうなると当然、茉奈を伝って警察に「タロス」の情報が渡る危険性が出てくる。


 例えば今、警察が茉奈を捕まえてしまったら、当然茉奈は自分にキャリーケースを渡した人物のことを取り調べの中で話すだろう。

 茉奈を犯人と思っている警察がそれをどこまで信じるかは分からないが、それでも犯人の情報が警察に渡ってしまうのは確実だ。

 これは犯人としては、あまり有難くは無い展開である。


 無論、実際には茉奈は現在でも警察に捕まってはいない。

 しかし、それは結果論である。


 昨日の時点で茉奈が特定、即座に確保、そのまま犯人の容姿発覚、となってもおかしくは無かった。

 犯人視点では──茉奈のこの逃亡劇が犯人の指示で無いのなら──茉奈がどう逃げるかなど分からないのだから。


 加えて言うなら、昨日の事件が起きて尚、ボヌール会館という会場の特殊性故に、イノセントライブは中止に至っていない。

 つまり現時点で、犯人はライブを事前に中止させるという一番良い結末──あくまで犯人にとってだが──を果たせていないのだ。

 設営スタッフとしてこの世界に関わっているのなら、ボヌール会館の特殊性くらい理解していそうなものだが、それでもやる意味があったのか。


「勿論、犯人も茉奈と会う時に多少は変装などをした可能性はあります。ですが、それでも声質や体格はバレかねない。どうしてそこまでの危険を冒して、昨日の事件を起こしたのか……それが、分からない」

「逆に言えば……そこまでしてでも、昨日の事件はやらなければならなかった。少なくとも犯人にとっては、それだけの理由があった。そうじゃない?」

「それだけの理由、ですか……」


 的確に話をまとめる凛音さんに頷きを返しながら、俺は腕を組む。

 この理由とは、何なのか。

 こうも切羽詰まった状況でわざわざやったのだから、必須事項だったのだろうとは思うのだが。


 分からないことばっかりだ、と俺はまた天井を仰ぐ。

 それを横目で見ながら、凛音さんは「新しいジュース持ってくるね」と言って立ち上がった。

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