表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-β:歌う竜骨

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

162/364

風雲急を告げる時

 而して翌日、日曜日。

 その始まりとなる朝、俺は休日の高校生らしく、十時近くまで惰眠に耽っていた。


 この日はそもそもにして、バイトが無い予定である。

 だから俺のやることと言えば、例の監視の一環で天沢と少し話すくらいしかなかった。


 その会話だって、先述したようにイノセントライブの準備のために二言三言で終わる予定。

 次の定期試験までは少し余裕があるし、予定としては完全フリーと言っていい。


 自然、俺は今日も平穏無事な一日を過ごせるものだと信じて、ゆっくり休んでいた。

 天気が悪く無かったら本屋にでも行こうかなあ、と考えていたくらいである。


 しかし、午前十時半頃。

 不意に俺のスマートフォンが鳴り響いたことで、状況は一変する。


「あれ、電話……」


 寝癖全開の頭を振り回しながら、俺はのっそりと輝く液晶を見つめた。

 一瞬、鏡がまた変な電話でもかけてきたのかとも思ったのだが、すぐにそれは有り得ないことに気が付く。

 彼女は今日もライブのリハーサルで忙しいはずだし、こんな昼間から俺に電話する暇は無いだろう。


 実際、画面に表示された名前はグラジオラスメンバーのそれではなかった。

 もっと見慣れた番号、すなわち姉さんのそれだったのだ。

 これはこれで珍しいなと思いつつ、俺は通話してみる。


「……ふぁい?姉さん?」


 やや眠気が残っていたのか、凄く間抜けな返事をしてしまった。

 でも身内だから良いか、と思って特に訂正はせずに進める。

 しかし────やがてスマートフォンから聞こえてきた声は、姉さんの声では無かった。


『もしもし……あの、玲君。起きてますか?』

「え……あれ」


 最初に、画面表示を見間違えたのか、と思う。

 だが、次の瞬間にはその声の主が分かっていた。

 伊達に、古い付き合いをしていない。


「その声って、もしかして……氷川さん!?どうしたんです、こんな休みの日に。しかも、姉さんのスマートフォンで」


 口に出すと同時に、俺の脳内ではスーツ姿の彼女の姿が蘇った。

 氷川紫苑。

 姉さんの高校時代からの親友であり、同時に現在は映玖署で刑事をしている人である。


 前回のBFF事件では随分と世話になったが、それ以降は特に会ってはいなかった。

 感覚で言えば、碓水さんと同レベルに久しぶりの再会である。


『突然の電話をしてしまってごめんなさい。玲君、知らない番号から電話を掛けても出ないと思って……私の番号は玲君のスマートフォンに登録されていませんから、夏美さんのスマートフォンを借りて電話したんです』

「ええと……つまり今、姉さんと一緒に居るんですか、氷川さん?」

『はい。昨日起きた爆発物留置に関する捜査の一環で、ボヌールに来ていますから』


 ああなるほど、と納得する。

 そういえば、昨日の事件の捜査は映玖署でやっているとのことだった。

 割り当てにもよるが、映玖署の刑事である氷川さんが登板することだってあるだろう。


「それで、何です?わざわざ姉さんのスマートフォンを借りたってことは、俺に緊急の用事でもあるんですか?」

『お察しの通りです。本当に申し訳ありませんが……今から、会えませんか?少し、お話をしたいことがあって』

「会うって、ボヌールで?」

『いえ、今はボヌールはかなり騒がしいので、出来れば別の場所にしたいと思います。事務所前にある、ファミレスはどうですか?丁度お昼時なので、私が奢ります』

「それは嬉しいですけど……そんな、騒がしくなるくらいに刑事さんが来ているんですか?」


 少し疑問を抱いて、俺は細かいところを聞き返す。

 昨日の話では、例の爆発物設置事件はすぐに解決する、とのことだった。

 しかし、立ち寄るのが躊躇われる程にまでボヌールが騒がしくなっているとなると、また事情が変わってくる気がする。


『ああ、いえ。誤解をするような言い方をしてすみません。騒がしいというのは、警察が来ているからではなく、ボヌール側のイベントのせいです。何だか人が多くて』

「へえ……イベント?」


 ──……そんなの、あったっけ?オーディションは来週だし……。


 俺は元々、自分のバイト予定以外は特に知らないので、ボヌールの行事についてはこうして話をされても良く分からないことが多い。

 そのせいか変な返事しか出来なかったが、氷川さんはそれを無視して会話を続けた。


『ですので、ボヌール内ではあまり話をしたくないんです……出来れば、ファミレスの方で』

「はあ、でも良いんですか?何を話すか知りませんが、ファミレスだと会話の内容が外に漏れちゃいますけど」

『いえ、それは大丈夫です。内容自体は、誰でも知ろうと思えば知ることの出来る話ですから』


 ──何か、輪郭の掴めない話し方をするな、今日の氷川さん。


 こうも長々と話していながら、彼女は何を話すか、という一点に全く触れていない。

 電話で軽々と告げられないレベルの重要な話なのかとも思ったのだが、その割にはファミレスで話しても良いと言っている。

 どうにも、意図が分からなかった。


 だが何にせよ、前々からお世話になっている人の頼みだし、断る理由は無い。

 釈然としない感覚を抱きながらも、俺はそこで了承した。


「分かりました。じゃあ今から着替えて、そのファミレスに向かいます、三十分くらい待っててもらっても良いですか?」

『はい、それでは私は先に入っておきますね。注文、先に頼んでおきましょうか?』

「あ、それなら洋風ハンバーグセットを……」


 最後の方だけ十年前のような会話になりつつ。俺はそこで通話を打ち切る。

 十年前はいつも氷川さんが、お子様ランチを俺の代わりに頼んでくれてたなあ、とそこで妙な感慨にふけったが、これはまあ無視して。

 俺はすぐに手で寝癖を直しながら、慌ててクローゼットに歩み寄った。




「あ、玲君。こっちです」

「どうも……」


 言われた通りに着替えてファミレスの扉をくぐると、以前と同じくスーツ姿の氷川さんは軽く手を振っていた。

 座席が入口から近かったのもあって、俺は店員の案内も受けずにそこに座る。


 途端に、事前に頼んでもらったチーズハンバーグセットの美味しそうな匂いが俺の鼻に届いた。

 こういう時、冷めにくい鉄板っていうのは気が利いているな、と知ったかぶったことを思いつつも、俺はまず空腹を満たすことにする。


「……ええと、とりあえず話の前に食べても良いですか」

「はい、どうぞ?」


 ここばかりは刑事と言うより、普通に年下に食事を奢る年上のお姉さんの顔になって、氷川さんはニコニコとした表情を浮かべる。

 こういう風に刑事に食事を奢られるのも、思えば二ヶ月振りだ。

 確か前回は、茶木刑事に中華料理を奢って貰ったのだったか。


「私はもう、食べちゃいましたから。どうぞ、好きに食べてください」


 ミックスグリル、美味しかったですよ、と感想が続く。

 どうやら、彼女の食べた分のお皿は既に片付けていたようだった。

 そう言えばこの人、結構食べるタイプの人だったなあ、と昔の記憶を思い出す。


「じゃあ……いただきます」


 人前なので礼儀よく挨拶しつつ、俺はハンバーグにナイフで切れ込みを入れる。

 勢いよく口に入れると、それなりの美味が舌に広がった。

 今までも何度かこの店には来たことがあるが、やはり近くにこれがあるのは便利だなあ、と食べる度に思う。


 そうして、利便性と美味しさを交互に感じることしばし。

 肉を食べるというよりも、鉄板に貼り付いたフライドポテトをこそげ落とすことが俺の主目的になった頃。

 氷川さんはようやく、といった態で口を開いた。


「お腹が一杯になったところで聞きたいんですが……玲君、昨日の爆発物の事件については知ってますか?」

「はい。偶々その時に事務所に居たんで、詳細も聞きました。確か、ニュースにもなってましたよね」

「実はその事件について、玲君に聞きたいことがあるんです」


 そう言いながら手帳を取り出す氷川さんを前に、俺は心持ち身構える。

 相手が氷川さんとはいえ、やはり刑事に話を聞かれるというのは無意識に緊張してしまう。


「ただ、最初にちょっと、事件の状況を説明しておきましょう。そうじゃないとこれからの質問も分かりにくいと思うので……ええと、その爆発物の中身については、どこかで聞いていますか?」

「いえ。キャリーケースに入っていたっていうのと、不発だったということは知ってますが……」

「なら、そこからですね」


 そう言いながら、氷川さんは手帳に挟んでいた写真をこちらに寄越す。

 身を乗り出して覗き込むと、そこには黒いキャリーケースが映っていた。

 どうやら、その爆発物とやらを撮影した物らしい。


「これが、ボヌール正面玄関前に留置されていた物です。全国で普通に売られている市販品で、大きさは66cm×40cm×26cm。材質はABSという樹脂ですね」

「つまり、どこにでもある旅行用のケースですね。ちょっと大きいですけど」

「はい。特徴を挙げるならば、キャリーケースの中でも特に内部容積が大きくなっています。写真では分かりませんが、内部が二重底になっていて……それと、通気性が良いのがウリだそうです」


 よくある商品だな、と俺は話を聞いて思う。

 今どき、キャリーケースが本当にただの箱であることの方が珍しいだろう。

 ポケットが大量にあったり、大きさを変えられたりと、多少なりとも工夫があることが多いはずだ。


「それで、その二重底の下にはこれが入っていました」


 言いながら、氷川さんは次の写真を見せる。

 それにも覗き込むと、こちらは中々奇妙な品だった。

 俺は思わず、疑問をそのまま口に出す。


「何ですか、これ?」

「何に見えます?」


 質問をしたのに、質問で返されてしまった。

 スッと答えてくれよと思いつつも、俺は見えるままに描写してみる。


「球形の容器から、一本の太い紐が生えているみたいに見えますけど……何か、容器の中には黒い砂が入ってますし」

「その通りですよ。カプセルトイの中に火薬を詰め、そこから導火線を伸ばしているんです。これは燃焼した後の状態ですから、導火線も少ししか残っていませんが、本来はもっと長かった物と推測されます」

「つまり……焦げ臭かったのは、これが燃えていたから?」


 意外と馴染み深い物品だな、と思いつつ俺はそれをまじまじと観察する。

 そうしている内に、説明が追加された。


「鑑識の話によれば、キャリーケースの二重底を形成する板──底側から見れば天板ですが──には、丁度導火線が通る程度の大きさの穴が空いていたそうです。なおかつ、その穴も燃えていたと」

「ああー……つまりこれ、お手製の時限発火装置なんですね?火薬に直に火を付けてしまうと、すぐに爆発してしまって犯人も危ない。だから導火線を繋げたけど、変なところに燃え移っても困る。だから二重底を利用した、と」


 要は、二重底に火薬入りカプセルを設置した後、導火線だけが板を突き抜けて表側に出てくるようにしているのである。

 これなら、導火線の先端に火を付けた際、ちゃんと導火線だけを伝って燃えてくれる。


 こういった工夫をせずに導火線に火を付けて、そのままキャリーケースを運ぼうとするどうなるか。

 この場合、中で物が混ざってしまって、導火線から跳ねた火が直接カプセル本体に届く可能性があるだろう。


 そうなると、導火線が燃え尽きる前にあらぬところに引火してドカン、だ。

 最悪の場合、犯人がキャリーケースを運んでいる最中に破裂する。

 それでは困るので、犯人なりにちゃんと導火線だけを伝ってカプセルに火が届くように工夫したのだろう。


「……でもこれ、不発だったんですね?見た限り、結構な量の火薬が詰まっているように見えますけど、足りなかったんですか?」

「いえ、火薬の量の問題ではありませんよ。爆発を起こすには、密閉した容器内で均等に火薬に圧がかかる状況が望ましいんです。これは方法が不味い上に密閉が甘いので、どうあがいても爆発はしません。ただただ、火薬と導火線だけが破裂せずにその場で燃えるだけです……その導火線の火すら、途中で消えてしまったようなんですけどね」


 へえ、と俺は一つ賢くなった気がして頷く。

 六年前に経験したスイカの事件のせいで、爆発と言うと簡単に起こる物のように思っていたが、どうやら人為的にやろうとすると中々難しいらしい。

 今回の犯人の失敗は、そこから来ているのか。


「でも逆に言えば、犯人はそんなことすら分からない、知識のない人ってことですよね。犯罪の素人というか……これなら、すぐ捕まりそうな気がしますけど。監視カメラもあるし」

「はい、私たちも同じ見解です。現に昨日、警察ですぐに監視カメラの全情報をチェックしました。そうすると、こんな物が」


 すい、とまた写真がテーブルに乗せられる。

 フライドポテトを齧りながら、俺はどれどれ、と注目した。

 こんな不格好な爆弾を設置した犯人の姿、どうせだから見てやろうと思ったのだ。


 ……だが、それを見た瞬間。

 俺は意図せず、両手からフォークとナイフを取りこぼす。

 ガシャン、と鉄板と銀がぶつかる嫌な音がした。


 店内の視線が、一斉に俺に集まる。

 しかし俺はそれを無視して、呆然と一言だけ呟いた。


「…………()()?」


 信じられない気持ちで、俺は写真を見続ける。

 しかしいくら見つめたからと言って、画像が変わる訳もなく。

 差し出された写真上には、キャリーケースを玄関前に置いている彼女の姿が────一ヶ月前につつがなく望鬼市に帰ったはずの、俺の従姉妹の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ