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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage10:ASMRは二度喉を鳴らす

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枯れ尾花を見つける時

「他には、どんなことを考えましたか?」

「えーとね……普通に、何かの病気とかの可能性もあるかなあって。ほら、ずっと同じ姿勢で居るとなってしまう病気、的な?エコノミーナントカ症候群みたいに」

「エコノミークラス症候群ですか?そう言えば、あれも呼吸困難とかになるそうですけど……」

「うん、だからその類かなって。例えば、ずっと仰向けで居るとまるで絞められるように呼吸が苦しくなる、喉の病気があるとか……」


 ──催眠や幻覚と言った精神的なものに原因を求めるんじゃなくて、身体の状態に原因を求める訳か……。


 意外と医学的な考え方するなあ、この人、と俺は軽く驚く。

 もしかすると、医者の親戚でも居るのだろうか。


 まあそれはそれとして、俺は新たな仮説を脳内で精査した。

 幸い、すぐに答えは出る。


「……考えとしては面白いと思いますけど、ちょっと無理がある気がしますね」

「あ、やっぱり?私も薄々そう思ってたんだけど」

「例に出たエコノミークラス症候群は確か、ずっと車の座席などに座っていて、その後に急に立ち上がったことで発症することが多いはずです。つまり、立ち上がるという切っ掛けがある。でも、ASMRを聞いている時は普通に寝転がっているだけですから」


 正直、何かの疾患の発生に関わる程特異的な状況にあったとは思えない。

 あれで何かの病気が起こるというのなら、世の中の寝転がって音楽を聞く人物は軒並み呼吸困難に襲われているはずだ。

 そんなことが起きていないという時点で、寝転がっていただけで何かの病気になったという考えには無理があるのである。


「それに、病気なら後に影響が残っていないのも気になります。今も俺、そんな後遺症みたいなものは無いですし」

「何かの病気になったのなら、そんなすぐに影響が消えているのはおかしい、か」

「そうです。それならまだ、誰かに首を絞められていたけど、解放された瞬間に楽になった、という方が納得出来ます」


 だよねー、と帯刀さんは残念そうな顔をする。

 自分でも言っていた通り、薄々病気説には無理があると分かっていたのだろう。

 俺の反論に対して、反駁も無く受け入れていた。


「まあ、私の思いつくのはこれくらい。これ以上分からなかったから、自分で聞いて再現に挑戦したんだしね」

「なるほど……」

「で、松原君はどう思う?この現象、本当にお化けの仕業かな。それとも何か明確な原因があるのかな?」


 何か期待するようにして、帯刀さんはこちらをキラキラとした目で見てくる。

 その圧におおう、と軽くのけ反りながら、俺はまず分かっているところを口にした。


「ええっとですね……帯刀さんの体験したケースに限定すれば、実はそれっぽい説明は思いついています。つまらない推理ですけど」

「え、そうなの?」

「はい。それはまあ、良く聞く話というか……」


 言いながら、俺はソファを見つめる。

 それも、最初に気にかかっていた出っ張りのある部分を注視するようにして。


 確かこの部屋に入ってきた時、帯刀さんはあの出っ張りがある場所の近くに頭を置いて寝ていたはずだ。

 だとすれば、随分と簡単な説明が可能なはずだった。


「花房さんの体験についても、その類似例じゃないかと思います。細かい状況を聞けていませんが、まあ同じものかな、と……ただ」

「……今さっき起きた、松原君のケースだけはその推理では説明出来ないってこと?」

「はい、これについては正直さっぱり……」


 俺は先程、ソファの骨組みから飛び出た出っ張りに最初に気が付いていた。

 だからこそ、頭の位置を反対にして寝ていたのである。


 つまり、帯刀さんのケースとは状況が変わってしまっている。

 このために、帯刀さん用に考えた推理が成り立たなくなっているのだ。


「仮に帯刀さんたちのケースについて俺が考えた推理が正しいのなら、俺のケースはまた別の原理で発生しているはずです……でも、その別の原理というのが全然分からなくて」

「ふーん……でも、松原君が分からないなら私のも全然分からないなー」


 困ったように、帯刀さんは軽く笑う。

 まあ、それはそうだった。

 そもそも、彼女が一人で考えても限界があったので俺と話し合っている訳で。


「……本当に、何も変わったことは無かったんですよね、帯刀さん。この部屋には俺と貴女しか居なくて、そして突然俺が苦しみ始めた、と」

「そうだよ、私は本当に、それしか知らない……神に誓える」


 何故か神まで持ち出して、帯刀さんは軽く胸を張る。

 嘘はついていない、と言いたいらしい。

 彼女の話をこれ以上聞いても、特に何も出てこないと見て良いだろう。


 ──でもそうなると、証拠が無さ過ぎて考えようが無いな……。


 うーん、と俺はいよいよ困ってしまう。

 今回の話は、状況がシンプル過ぎて逆に推理が難しかった。


 極論、今回の謎は周囲に誰も居ない時に突然息が苦しくなるのはどうしてか、というだけの話。

 それだけであるからこそ、謎を解くためのとっかかりが少ない。


 ──何というか、これまでの「日常の謎」と比べて理不尽さが強い印象があるな、今回の謎……突発的で理由が無い、というか。


 それこそ、俺のケースに限っては本物の怪奇現象だったと考える方が、下手な推理よりも余程納得出来る気がした。

 いやまあ、いくら何でもそんな「お化けの仕業でした」で謎解きを終える訳には行かないのだが。

 そんな、馬鹿馬鹿しい振り返りをした瞬間。


「……あれ、電話来た」


 突如としてスマートフォンから電子音が鳴り響き、俺の思考は中断された。

 代わりに、帯刀さんが目をパチクリと動かして自分のスマートフォンを弄り始める。

 どうやら、彼女に電話が来たらしい。


 出て良い?というノリで見られたので、どうぞ、という意味で頷く。

 程なくして彼女は通話を開始した。

 グラジオラスの一員ということを意識しているのか、声色や口調までガラッと変えて。


「もしもし……あ、碓水さん。はい、はい……ああ、来たんですね、アレ」


 ──マネージャーさんか。


 久しぶりに聞く気がする名前を元に、俺は通話相手を推測する。

 グラジオラスの細かい世話をするのはマネージャーさんの仕事だから、もっと頻繁に会ってもおかしくは無いはずなのだが、気が付けば随分と疎遠になっていた。

 そんなことを思いつつも、特に邪魔する理由も無いので俺はしばらくその場で待機する。


「あ、はい。分かりました……はい、また受け取りに行きます」


 数分も経過しない内に、会話は自然と終わった。

 あまり大した要件でも無かったらしい。

 いそいそとスマートフォンをしまう帯刀さんの姿を見ながら、俺は何となく内容について聞いてみる。


「……どんな話だったんですか?」

「んー?いや、タブレットの話」

「タブレット?……あの、メンバーに渡されている?」


 これまた久しぶりに聞く話だったので、俺はつい反応する。

 何せこの間の凛音さんの事件では、俺がボヌールからタブレットを支給されたことが遠因となって酷い目にあったのだ。


 その後の起きたことも含めて、忘れられるはずも無い。

 帯刀さんもそれは同じ気持ちだったのか、そこで彼女は当時を振り返るような顔をしながら語り掛けた。


「あの時さー、何か、ウイルスに汚染されている可能性があるってことで、全員のタブレットを事務所が回収したでしょ?」

「ありましたね、そんなこと……そう言えばあれ以来、俺の元には戻ってきていないような」

「そりゃあ、すぐにはチェックって終わらないしね。大丈夫だって分かった端末から、順番に返しているらしいんだけどー……それで、私の端末が今日帰ってきたから、近い内に取りに来いって話だった、さっきの電話」


 また行かないとね、と言って帯刀さんはややダルそうに肩を落とす。

 彼女としては、やっとタブレットが帰ってくるという喜びよりも、面倒くささが勝つ要件だったらしい。


 大変だなあ、と同じくタブレット関連で酷い目に遭い続けている俺はその場で同情して。

 ……直後に、脳内で一つの情報が発火した。


「……え?帯刀さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「え、うん。そうだけど」

「……因みに帯刀さん、他にタブレット端末やスマートフォンを予備に持っている、なんてことあります?」

「ううん。私、そんなこういう機械に詳しくないし。持っているのはこのASMRを聞いていたスマートフォンと、今から返してもらうタブレットだけ」


 どうかしたの、と言いたげに帯刀さんはこちらを見つめる。

 そんな彼女を前にして、俺はパチパチと目を瞬かせた。

 そうするしかない。


 だって、彼女がそれしか持っていないということは。

 話が変わってくる。

 今までに聞いた話が、様相を変貌させてしまうのだ。


 ──ってことはつまり……この人の話、かなり眉唾ってことになるのか?


 有り得るのか、と思う。

 今の今まで、気が付かないなんて。


 だが同時に、俺は帯刀さんの経歴についても思い出す。

 小さい時から子役として活躍、そして現在でも役者としての仕事が来るという現状。

 そもそも、その役者としての仕事の一環で彼女はこの怪談を聞いてきたのだ。


 そして、何よりも。

 俺の推理が正しいのなら、この話の主犯は「あの人」ということになる。

 だとしたらこれは随分と────有り得そうな話だった。


「どうしたの松原君、急に黙って」

「いえ……その」


 しげしげと、心の底から不思議そうな様子で帯刀さんは俺の瞳を覗き込んでくる。

 随分と距離が近く、まつげの一本一本を視認出来るレベルだったが、俺はそれを意識するどころでは無かった。


 寧ろ、別の意味で恐怖すら感じる。

 ある意味、「聞くと死ぬASMR」より怖いとすら思った。

 この表情をこんなにも無邪気な様子で俺に見せている、というのが俺にとっては怖すぎる。


 役者とは、こんなことまで出来る人たちなのか。

 そんなことすら思った。

 流石に口にはしなかったし、顔にも出さないように努力したが。


 ……だが、彼女と違って俺は演技が上手くない。

 何かある、というのは察しがついたのか、いよいよ帯刀さんの瞳が不審に染まる。

 仕方なく、俺はそこで先手を打って口を開くことにした。


「……実は今しがた、解けました。俺の身に起こったことが何なのか」

「え!?本当に?……凄っ!」


 本気で驚いた様子で、帯刀さんは綺麗な両手をポン、と打ち合わせる。

 口はポカン、と半開きになり、瞳も確かに驚愕を示していた。


 この時の彼女の様子を、俺は彼女以上に驚愕に染まった瞳で見つめる。

 表情筋の全てが、普段通りには動いていない自覚があった。

 しかし唇だけは、いつも通りの符牒を告げるのだった。




「さて────」




「……まず、帯刀さんのケースについて説明します。これについては、俺のケースより遥かに話が早いですから」

「あれ、そうなの?」

「ええ、言ったでしょう、つまらない推理だって」


 言いながら、俺はまずソファに駆け寄って、最初に気が付いていた出っ張りを明示させる。 

 座面を手で押して、骨組みが分かりやすくなるようにしたのだ。


「このソファ、生地が薄くなったのと老朽化もあって、骨組みがちょっと触れるようになっていますよね。恐らく、かなり前からこうなっていたんだと思いますけど」

「あれ、そうなの?」


 気が付かなかった、と言いながら彼女もそれに触れる。

 そして確かな感触を確かめたのか、へー、と声を上げた。


「気づかなかった……今まで、この辺りに頭を載せなかったからかな?」

「でしょうね。俺は偶々気が付きましたけど、帯刀さんが普段寝ている時の頭の場所からすると、これにはあまり触れなかったんでしょう。寧ろ、貴女が頭を置いた場所のちょっと上くらいに出っ張りが来るはずです」


 普段の様子から推測して、俺はその様子をイメージしてみる。

 いつものように寝ている彼女と、その彼女が事務所でも最近は身に着けているというヘッドホンを。


 彼女が頭を置いた位置は、出っ張りからややずれた位置。

 当然、この位置で寝たままヘッドホンを付けると────寝た者の頭上で輪を描くヘッドバンドが、出っ張りに接触することになる。


 彼女が使用するヘッドホンは、頭の形にピッタリ合うようにバンドの長さを調整するタイプなので、彼女のように小顔の女性が使うと、バンドの外枠にあたる部分はかなり頭より離れてしまう。

 結果として、彼女の頭とヘッドバンドの間に出っ張りが挟まるような形になるのではないだろうか。


「そして、もう一つ。帯刀さんがその首締め現象を体験したのは、睡眠中でしたよね?なんでも、深く眠りすぎてソファから滑り落ちようとした瞬間に、紐のようなもので絞められたとか」

「そうそう、そんな感じ……それがどうかしたの?」

「いえ、これの順番が大事だと思っただけです。細かいことを言いますが、帯刀さん。その時の貴女は恐らく、息が苦しくなってソファからずり落ちたんじゃないでしょう?その逆で、ソファからずり落ちそうになった瞬間、息が苦しくなったはずだ……違いますか?」


 確信を持って問いかけると、当惑した表情で帯刀さんが頷く。

 そして、「言ってなかったっけ?」と続いた。

 彼女の話だけだとどちらとも取れるような感じだったが──彼女も半分寝ていた時の記憶で、詳しく覚えていないのだろう──とりあえず肯定と見て良いらしい。


「なら、話は簡単です。恐らく、そのケースの仕組みは単純。帯刀さんがその日、寝返りを打ったってだけですよ」

「……寝返り?」

「はい。まず、貴女がヘッドホンを身に着けたまま寝返りを打ちます。それも、床に放り出されるような方向に……しかしその時、ヘッドホンのヘッドバンドはこの出っ張りの部分と接触していました」


 なら、後は分かるでしょう、と俺は目で推測を促す。

 やはりこちらは、つまらない謎解きだと思いながら。

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