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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage10:ASMRは二度喉を鳴らす

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お化けを解剖する時

「本当に……本当に、誰も来ていませんか?目を離していたとか、そういうことは?」

「ううん。この三十分間、私たち以外には誰も居なかったよ」

「なら、実は帯刀さんが俺の首を絞めたとか……」

「いや、流石にそんなことはしてないけど」

「ですよね……」

「本当にただ私は、何もせずにこの部屋に居た。私に言えるのは、それだけ」


 うわ言のように行われた質問は、そんな解答に集約されてしまう。

 どうやら、帯刀さんは本当に何も見ていないらしい。

 彼女の表情は、とても嘘を吐いている人のそれには見えなかった。


「でも、松原君は首を絞められたんだよね?」

「はい……突然、ASMRの中の台詞に合わせるようにして」


 それは間違いない。

 今でもはっきりと思い出せる。

 確実に俺は、それなりの力で首を絞められていた。


「帯刀さん……その、俺の首、何か痕が残っていませんか?この部屋、鏡が無いので自分で見れないんですけど」

「痕ぉ―?でも、何にも見えないけど」

「本当ですか?」

「うん。肌色から見る限り、健康そのもの」


 そう言って左右に首を振る帯刀さんを前にして、俺はいよいよ狐に包まれたような顔をしてしまう。

 あんなにもはっきりと首を絞められたのに、痕跡が欠片も残っていないというのは、いよいよおかしい。

 例えば紐で絞められたならその紐の形状が首に残るはずなのだが、それすら無いとなると、これはもうどう考えれば良いのやら。


「でも……やっぱりこのASMR、何かあるってことなのかな。三人が三人、聞いた瞬間にこんなに変なことが起きるなんて」

「……」

「そうなるとやっぱり、お化けの仕業なのかなあ、これ」


 顎に形の良い指を添えながら、本気で不思議そうに帯刀さんは呟く。

 そしてつい、と自らの首に触った。

 彼女の様子を見ながら、俺も同じ行為を繰り返すのだった。




「……とりあえず、考えましょう」


 それから、約五分後。

 何とか冷静さを取り戻してきた俺は、開口一番にそう告げた。

 未だに考えは全くまとめられていなかったが、どんな内容でも口を開き続けていないと訳が分からなくなってしまうように思えたのだ。


「最初の件が、その花房さん。次の一件が帯刀さんで、三軒目が俺……明らかにこのASMRを聞いた人が、同じ現象に遭遇してしまう。現状、そんなところですよね?」

「まあ、そうだね。私の場合は夢だか現実だか分かんないけど」

「それでも、遭遇した以上はカウントするべきでしょう……ちょっと、まとめてみます」


 そう言いながら、俺は久しぶりにスマートフォンのメモアプリを起動する。

 前もこの休憩室で似たようなことをしたな、と妙な既視感を抱きつつ、俺は三者三様の首絞め体験を記録していった。




『<事件一 花房さん>

 ・初めて聞いた時に遭遇。

 ・聞き始めてから一時間程度で発生した。

 ・息が出来ない程の苦しさ。

 ・すぐに楽になり、奥さんがその後に駆け付けた。

 ・腕の金縛り有り。


<事件二 帯刀さん>

 ・何度も聞いた後に遭遇。

 ・昼寝して目覚めようとしていた時(かなり時間が経過してから)発生した。

 ・紐っぽいもので絞めつけられている感触。

 ・ソファから転げ落ちると同時に解放された。

 ・腕の金縛り無し。


<事件三 松原玲>

 ・初めて聞いた時に遭遇。

 ・聞き始めてから三十分程度で遭遇。

 ・息が出来ない程の苦しさ。

 ・突然圧迫感が消えて、次にヘッドホンが外れて解放された

 ・腕の金縛り有り』




「……こんな感じですかね」

「おー。こうしてまとめると、各々条件が結構違うね」


 ポチポチと打ち込み終わると、俺のスマートフォンを覗き込んだ帯刀さんが鋭いことを言った。

 そして、ゆらりと伸ばした手で気になったのであろう箇所をなぞる。


「全員、ASMRを聞いて首が絞められる体験をしたってところは同じだけど……何回目で遭遇したかとか、どのくらい聞いたところで発生したかとかは違うみたい」

「ですね。俺と花房さんの体験はかなり似てますけど……帯刀さんの件だけ特殊というか」


 俺自身の新しく発見したような心持ちで、そんなことを言い合う。

 実際、こうして振り返ると意外と相違点は多かった。


 かなり似通っている俺と花房さんの体験ですら、遭遇した再生時間が三十分ほど違っている。

 少なくとも、「ASMRの特定のパートを聞くと必ず発生する」というような事象ではないらしい。


 俺はそこで、これが分かっただけでも大発見だ、と自分で自分を励ます。

 こうしないと、不気味さで折れてしまいそうになっていた。


 幽霊などを特に信じていないとは言っても、流石に自分で体験してしまうと中々に怖いものがある。

 本音を言えば、早いところ推理で何かしら理由付けをして安心したかった。


「感覚としても、帯刀さんのケースははっきりしていますね。紐っぽい感触だったって明言されていますし」

「まあ、あくまで私がそう感じたってだけだから、どのくらい正しいかは微妙だけどねー……というか、松原君はそんな感じじゃなかったんだ?」

「はい。紐というよりは……こう、首全体を押さえつけられているような」


 全体的に、締められている感触よりも圧迫感の方が強かった。

 経験は無いが、誰かが俺の首に両手を当て、そのまま全体重をかければああいった感じになるのではないだろうか。

 腕が動けなかったのもそうだが、絞められているというよりも、のしかかられているという方が表現としては近い。


「でも、そう考えると松原君、よく無事だったね?そんなに首全体に力がかけられたなら、すぐに意識が飛ぶ気がするけど……今、大丈夫だもんね?」

「言われてみれば、そうですね」


 意外と痛みもないしな、と思いながら俺は首をさする。

 痕跡が無いというのはさっき言われたことだが、それ以外にも意外と後遺症めいたことが存在しない。

 本当に首を絞められて酸欠になってしまうと、中々意識が戻らなかったり、頭痛が残ったりと大変なことになるらしいが、今の俺は特にそんなことも無かった。


 ──そう言う意味では、意外と手加減されていたのか?……本当に死んでしまったり、痛みが残ったりしないように力が抜かれていた、とか?


 どうしてだろう、と思いながら俺は首を捻った。

 考えてみれば「聞くと死ぬASMR」というのは帯刀さんが勝手に言っているだけで、今のところこの首締め体験を経て死んだ者は一人も出ていない。

 全員が全員、すぐに開放されているのだ。


 加えて、犠牲者は全員、その後に困ったことも起きていない。

 本当にただ、その場で突発的に息苦しくなった、というだけだ。

 仮にこれが心霊現象の類だったとしたら、随分と心優しい幽霊も居たものである。


 ──でも、そう考えるとますます変な気もしてくるな。「聞くと死ぬASMR」じゃなくて、「聞くと死なない程度に息苦しくなるASMR」か……中途半端なホラーだな、おい。


 ふと、ASMRの中に登場するヤンデレ後輩とやらの存在を思い出した。

 あれを聞いていた時には、死なない程度に首締めを繰り返すくらいなら、いっそのこと一思いに絞め殺したらどうか、なんて考えた物だが。

 まさか直後に、死なない程度で済んだことを感謝することになるとは思わなかった。


「でもそうなると、いよいよ不思議だねー……松原君、これの真相、どんなことだと思う?」


 ある程度現状を確認し終わったことを察したのか、帯刀さんが話題を転換するようにしてそんなことを言う。

 それを聞いた俺は、導かれるままにそちら方面も考えてみることにした。

 ただし、まずは帯刀さんの意見を聞いてからだ。


「……その前に、帯刀さんはどう考えます?」

「え、私?」

「はい。最初に帯刀さんの考えを聞いてみたくて」


 今、この現象に遭遇したばかりの俺とは違って、彼女は一ヶ月前くらいにはこの話について聞いていた。

 わざわざ自分で購入して聞き返していた辺り、その興味は強かったはずだ。


 当然、この現象の正体──オカルトではない、合理的な説明──についても考えていたはずだ。

 その仮説を、最初に聞いておきたかった。


「私の考えか……でも、そんな大したものじゃないよ?はっきりとした解答が出なかったから、何度も聞いていたんだし」

「それでも、聞きたいんです。どれだけ突飛な考えでも笑いませんから」

「じゃあ言うけど……まあ、パッと思いつくのは一種の催眠とか、白昼夢的な?要は、疲れて変な幻を感知していた系」


 最初に飛び出た言葉は、現実的に考えればそう言う推測になるだろうな、という物だった。

 ホラー映画で主人公が自分に起こったことを警察に相談した時、モブの警察官が返す言葉の代表格────「疲れて幻でも見たんじゃないですか」。

 詰まるところは、その類である。


 馬鹿にしている訳では無い。

 不思議な現象に無理矢理理屈をつけようと思うと、どうしたってこうなるのである。

 特に今回の場合、それに対する証拠もあった。


「あのASMRさー……正直な話、割とつまらなかったでしょ?同じ内容が延々繰り返すというか、ワンパターンというか」

「まあ、言葉を選ばずに言えばそうでしたね」

「つまりアレは、聞いてると滅茶苦茶退屈になっちゃうASMR。それで、前に聞いたことがあるんだけどさ、人間って単調で代わり映えの無いことだけやっていると、催眠状態になっちゃうことがあるんだって」

「あ、それ聞いたことあります」


 例えば高速道路での事故などは、単調な運転のせいでドライバーが催眠状態になってしまうことが原因の物があるらしい。

 以前、姉さんにそんなことを教えてもらったことがあった。


 高速道路で車を走らせていると、渋滞でもしていない限りは凄まじい速さで車が進んでいく。

 しかし、高速道路というのはちゃんと整備されている上に周囲からは隔離されているので、ドライバーの見る風景自体はあまり変わり映えしないことが多い。

 それでも運転手である以上は別のことも出来ず、単調な光景をボーっと見続けることになる。


 これが続くと────余りに暇すぎて、勝手に脳が催眠状態になり、異常にボーっとしてしまうのだそうだ。

 これのせいで突発的に発生した障害物などを避けられず、大事故を起こすのである。


 帯刀さんは、今回の現象もその類なのでは無いか、と言っていた。

 あまりにもつまらないASMRを聞いていたせいで、自己催眠状態になり、幻覚に囚われて妙な体験をしたのではないか、と。


「元が睡眠導入で使うくらいだし、頭がボーっとするのはまあ当然でしょ?しかも、首を絞める内容の声がずーっと聞こえるんだし……催眠状態になった頭にそれが刷り込まれて、本当に首が絞められているような錯覚が生じる、とか如何にも有り得そうじゃない?」

「そうですね。俺は催眠の仕組みにはそこまで詳しく無いですが……可能性がゼロではないでしょう」

「私もそう思う。ただ……」


 そこで、帯刀さんは軽く眉を下げる。

 何か、反証があるようだった。


 よくよく考えれば、この催眠説で全ての事件を説明出来るのであれば、彼女がわざわざ作品を購入してまで真偽を確かめる必要性は無い。

 この考えの弱点については、彼女自身も思いついているらしかった。


「ただ……何ですか?」

「単純に、もしこれが真実なら、私たち以外にもそう言う体験をした人がたくさん居るはずってこと。だって、そんなにこれが催眠状態に陥りやすいASMRなら、ネットのレビューとかでそういうコメントが付いちゃうでしょ?危険だし」

「その言い方からすると……そういうコメントは無かったんですね」

「そうそう。ほら、見て」


 そう言いながら帯刀さんは自分のスマートフォンを操作し、ヤンデレASMRに対するサイト上のレビュー欄を見せてくれる。

 どれどれ、と覗き込んで見ると、そこに載せられていたコメントはまあまあ予測通りの物だった。


 内容が無い、つまらない、よくある感じ、声は良いがワンパターン、強いて買うほどでは無い……。

 そんなコメントが、十個ほど並んでいる。

 平均評価は☆二/☆五と言ったところか。


「見た感じ、内容を叩くコメントはあるけど、本当に首を絞められたみたいなコメントは無いでしょ?」

「無いですね。信じられるはずも無いから最初から書かなかった、という可能性もありますが」

「それでも、こんなにSNSとかが進んでいる時代なんだし。ASMRを聞いて首を絞められたなんて珍しい体験が頻発していたなら、もっとどこかに書き込まれていたと思う。なのにそんな話が広まっていないところからすると……」


 俺たち以外には、この体験は共有されていない、ということになる。

 つまり、このヤンデレASMRが催眠状態を誘発しやすく、聞くと誰でも催眠状態に陥るとか、そう言うことでは無い。

 俺たちだけ、何故かそんなことが起きているのだ。


「勿論、私たちが特別に催眠にかかりやすかった、という考えも出来るけど……松原君、今までそんなことを指摘されたことある?」

「いや、全然」

「私もそう……花房さんも、そうだって言ってた」


 ──なるほど……確かに、催眠説だけだと色々と無理が出てくるな。


 催眠説は一応、現実味がないではない。

 だが、一定以上の説明は出来ないということだ。

 それを確認してから、俺たちは次の仮説に移った。

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