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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage10:ASMRは二度喉を鳴らす

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犠牲になる時

「帯刀さんの言う通り、夢で済ませればそれで済む話ですが、それでもやっぱり不思議ですね。一体これは、どんなトリックで……」

「さあねえ。あれ、でも松原君、幽霊とか信じる系?」

「いえ、信じてはいないんですが……」


 この場に限っては、好奇心が勝った。

 だってそうだろう。


 同じASMR作品を聞いた人間が、それぞれ「突然首が絞められる」という奇妙な体験をした。

 加えてそのASMRの内容は、首を絞める行為が含まれている物。

 どうしたって関連性を疑ってしまうし、それ以前に再現性があることも気になる。


 再現性や規則性があるということはつまり、何らかのルールに基づいて発生しているということ。

 そしてその何らかのルールと言うのは、往々にして推理のとっかかりとなる物だ。


 ──つまり、詳しく考えていけば解き明かせるのか、この話は……?


 うーん、と唸りながら俺はヘッドホンを意味なく見つめた。

 さっぱり仕組みは分からないが、考えるに値する話のような気はしたのだ。

 そうやって悩んでいると、やがて帯刀さんがポン、と何かを思いついたように手を打つ。


「そうだ、松原君。そんなに気になるのならさー……松原君も、実際に聞いてみる?」

「えっ……俺が、ですか?」

「そうそう。だってほら、実際に聞いた方が色々分かるかもしれないでしょ?」


 そう言って、帯刀さんは素早く自分の鞄からアイマスクを取り出した。

 どうやら、昼寝用に常に持参しているらしい。

 彼女の自身のスマートフォンとヘッドホン、更に取り出したアイマスクを俺に押し付けると、どうぞどうぞ、と言いながらソファを開けるのだった。




 結果から言えば。

 俺は、彼女の申し出を受けた。

 本当に、帯刀さんの言う通りにヤンデレASMRをその場で聞くことにしたのである。


 後から思えば、別に自分で体験しなくても良かったような気がしないでも無いが、その場では何となくやらないと、という気がしていたのだ。

 元から俺は、ホラー嫌いと言っても主にビックリ系が嫌いなのであって、幽霊のような超常的な存在を恐れている訳ではない。

 故にこの事象に対しても恐怖というより、解き明かしてスッキリしたいという思いが強かった。


 そこを帯刀さんに乗せられて、あれよあれよとヘッドホンを身に着けることになった形である。

 頭の形にピッタリ合わせるためのヘッドバンドを調整し、首の下に垂れ下がる二股のコード──両方の耳あてからコードが繋がっていて、途中で合流する。結び目の位置を手で調整出来る──を弄りながら、俺はいつしかソファに寝転がっていた。


「えーと……じゃあ、聞いてみますね」

「よろしくー。私は一応、ここで見守っとくから。一先ずは、一時間くらい聞いとく?」

「そうですね。そのくらいやってみます……じゃあ、もし俺の首が絞められて暴れ出したら、助けてくださいね?」

「はいはーい」


 自分でも何を頼んでいるのかちょっと分からなかったが、こんなことで死ぬのも嫌なので、一応そう言って置く。

 ついでに、一つ確認もした。


「因みに今日はここから、この部屋に誰か来てソファを使えなくなるってことは無いんですかね?よくここに来る人って、居ます?」

「んー……松原プロデューサー補は偶に昼寝しにくるけど……」


 今日来ているメンバーだと、私たちと松原プロデューサー補くらいかな、と帯刀さんは推測した。

 いつもここで昼寝している立場として、この部屋を使う者たちのことはよく知っているらしい。


 何にせよ、姉さんくらいしか来ないのであれば、特にソファの使用を遠慮する必要は無さそうだった。

 この辺り、最初の天沢の頼み事は杞憂に近かったらしい。

 だとしたら徒労だったな、と思いつつも俺は意識を本筋に戻す。


「それじゃあ、早速……」


 意味も無く緊張しながら、俺はソファに寝転がった。

 そして、ストンと頭をソファの端に置いた瞬間────コツン、と頭に何かがぶつかる。

 あれ、と思ってその場で振り帰った俺は、一つ発見をした。


 簡単に言えば、俺の頭が先程まで置かれていたその場所だけ、随分とソファの革が薄くなっていたのだ。

 本当に、あとちょっとで破れそうなレベルにまでボロボロになってしまっている。

 このソファで寝る人が多いために、自然と負荷がかかってしまったのか。


 結果として、ソファの骨組みにあたる部分が出っ張ってしまっているようだった。

 触ると、骨組みのゴツゴツとした感触が明瞭に感じられる程である。

 それが後頭部に触れたために、ちょっと痛かったのだ。


 ──パッと見は綺麗なソファだが……意外と傷んでいたんだな。体重がかかるとクッションの部分は沈むけど、骨組みは沈まないから分かりやすく飛び出るのか。


 今まであまりこのソファを使わなかったので──俺は普通の椅子に座ることが多かった──初めて気が付いた。

 恐らく、他の使用者たちも気が付いては居るが、これだけで買い直すほどのことでも無いので放置されているのだろう。

 危険と言えば危険だが、ちょっと痛い以外の害は無いのだから別にいい、ということか。


「……どうしたの?」

「あ、いえ。何でもありません」


 ソファを見つめて一人でうんうん頷いている俺を前に、帯刀さんは流石に不思議そうに問いかけてくる。

 だが一々解説することでも無いので、俺は手を振って何でもない、と告げた。

 頭の位置を変えれば、それで済むことだ。


「お待たせしました、今度こそやります」


 短くそう言って、俺はさっきまでとは頭の位置を逆にして寝転がる。

 これで、頭が出っ張りに当たって痛いということは無い。

 帯刀さんもそれで準備が完了したと分かったのか、ウキウキとした顔で開始を告げた。


「じゃあ、行きまーす!聞くと死ぬASMR、存分に楽しんでね?」

「そう聞くと楽しみにくいですね……」


 そんなぼやきを口にした瞬間、両耳から立体的な音が響いてきた────。




 ────それから、約三十分経過して。

 俺は普通に、ヤンデレASMRを聞き続けていた。


 今のところ、普通に意識はある。

 特に息苦しい、ということは無い。

 とりあえずは、死なずに済んでいるようだった。


 ──そう考えると、シュールだな、この状況……何で俺は夏休み中の一日に、アイドルに見守られながら男性向けASMRを聞いているんだ?


 ゴワンゴワンと立体的な音声を響かせるヘッドホンを重苦しく感じながら、俺はぼんやりとそんなことを考える。

 聞き始めた当初は、物珍しさや謎への興味で内心盛り上がっていたところもあったのだが、三十分以上何もないまま過ごしているために、自然とテンションが下がっている感じがあった。


 まあ、考えてみれば当然の話だ。

 聞くと死ぬASMRというのはつまり、死ななければ普通の音声作品に過ぎない、ということである。


 そして、ただのASMRが流れているだけとなると、特に声優さんにもASMR系の作品にも興味がない俺としてはかなり暇な時間になってしまっていた。

 我が身を使った実験と言えば聞こえがいいが、要はボーっとASMRを聞いているだけである。

 元より詳しくないものだから、俺としては「何か凄くチュッパチュッパしているな……」以上の感想が無いのだ。


 ただこれは、俺の無関心さだけではなく、作品の出来の影響もあると思う。

 帯刀さんが聞いてきた体験談の中でも「普通の作品だった」という感想が出ていたが、本当にこの作品、取り立てて個性がないのだ。


 音が本当に耳元で響いているように聞こえるのは大したものだが、ワンパターン過ぎて十分程度で飽きてしまう。

 話の展開も「聞き手のことを病的に好きになっているヤンデレ女子が、ずっと舌なめずりや囁き、首絞めをする」以外のことが一切無い。


 言っては何だが、脚本を考えた人にセンスが無いと思う。

 語彙も少なく、同じ言い回しが何度も何度も出てくるし。


 その繰り返しの分かりやすい例が、話に出ていた首絞めのシーンだ。

 どのあたりのパートで出てくるのかな、と思ってちょっと身構えていたのだが、何のことは無い。

 この後輩、三分に一回くらいの頻度で首を絞めてくる。


 要はこのASMRは「耳を舐める→囁く→首を絞める」という三分間の流れを一セットとして、何セットも延々繰り返しているのだ。

 ぼんやりと聞いているだけだと、本当に時が巻き戻って同じ音をずっと聞かされているような感覚に襲われる。


 今は辛うじて残っている時間の感覚も、果たしていつおかしくなるやら。

 帯刀さんがこれを睡眠導入に使った理由が、今になって分かる気もする。


 ──しかもアイマスクとヘッドホンのせいで外界の刺激が一切無くて、本当にこのASMRしか聞こえないから、猶更シュールだな……音質が良いループ、的な。


 俺は特にヘッドホンに拘ったことは無いので、知識も薄かったのだが、正直その性能を舐めていた。

 帯刀さんの私物であろうこのヘッドホン、性能がかなり良い。


 何せ近くに帯刀さんが居るはずだというのに、一切彼女が立てているであろう音が聞こえないのである。

 気配すらも感知出来ず、俺だけが世界に取り残されたかのような感じだった。


 一応、ASMRが静かな瞬間に耳を澄ませると、近くで何かしら帯刀さんが喋っているのは分かる。

 内容までは分からないが、誰かと通話でもしているのだろうか。

 尤もそれも、ASMRがまた始まれば掻き消えてしまうのだが。


 そんな訳で、俺は一人でループめいたASMRの音だけに耳を澄ましながら、うんざりした顔で目を閉じることを続けていた。

 どうせ目を見開いたところで、アイマスクの裏側しか見えない。

 一時間経てば帯刀さんが起こしてくれる手筈だし、つまらなくてもそれだけは耐えよう、と考える。


『せんぱ~い。駄目ですよお……チュッパ、お仕置きですね、また、首を絞めないと……』


 ──あ、また始まった。


 そこでまた何度目かのループが響いて、俺は作品内容が首絞めパートに移ったことを察する。

 とうとう脚本側も自覚しているのか、「また」という単語が飛び出ていた。


 ──じゃあ、この首締めが一分くらい続いて……その後は、また繰り返しか。


 この後輩、ヤンデレのレパートリーが少ないなあ、と俺は密かに呆れる。

 作品設定にケチをつけることになるが、そんなに何回も何回も首を絞めるくらいなら、いっそ一思いに絞め殺したらどうなんだろうか。

 その方が、今のように無限にダラダラと唾液を垂れ流すよりもリアリティのある展開になるような気もするのだが。


 退屈のあまり、俺はそんなバカげたことを考える。

 勿論、仮にこのヤンデレ後輩が聞き手である俺を殺してしまうと、そこで作品が終わってしまうので、そんな展開は有り得ないだろう。

 それを理解したうえでの、単なるボヤキだ。


『じゃあ、行きますよー……逃げても無駄です……えいっ』


 ぎゅう、とゴムを紐か何かで縛り付けたようなSEが鳴る。

 このSEも、果たして何度聞いたことやら。


 音声作品である都合上、こういう音を鳴らしておかないと首が絞められていること伝わらないというのは分かる。

 だが、ここまで来ると聞き飽きた。

 故に俺は、またかあ、と虚無の気持ちでそれを聞いて────。




 その瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「!?……ガアッ……!」


 反射的に、手を動かそうとした。

 だが、出来ない。

 何故か、両腕が一切動かなかった。


 片方の腕は、何かに挟まれている。

 もう片方は、まるで何かに抑えられているようにしてピクリともしない。


 必然、この息苦しさを和らげる方法は無かった。

 俺の喉はどんどん閉まっていく。

 頭が嫌な痛みを自覚し始めるまではすぐだった。


「~~……っ!」


 夢ではない。

 幻覚でもない。

 何かが、確かに俺の首を絞めている!


 ──な、これ……死ぬ?


 一瞬、脳がそんなことを考えた。

 同時に、背筋がぞわりと泡立つ。

 頸部に広がる生暖かい圧迫感は、それを想起させるには十分過ぎる効果があった。


 瞬間、恐怖が電流のようにして俺の頭から足先にまで伝染する。

 冗談じゃない。


 ギリリ、と喉がまた嫌な音を立てた。

 生存本能故か、身体が背中全体を跳ね上げて無理矢理気道を確保しようとする。

 だがそれでも、息苦しさは変わらなかった。


 たっぷり、十数秒はそうしていただろうか。

 元より時間の感覚がおかしくなりかけていた頃なので、正確な時間は分からなかった。

 苦悶の時間と言うのは長く感じるから、本当はもっと短かったのかもしれない。


 何にせよ、ぜいぜいと喘ぐように息をしながら、俺は喉元の圧迫感と戦い続けた。

 だが、そんな努力はそう長くは続かない。


 次第に、喉の動きが遅れ始めた。

 自分で呼吸を制御出来ない。


 駄目だ、これは本当に────。


 そう、思った瞬間。

 ふっと、首と腕にかかっていた圧迫感が消えた。

 同時に、何者かが俺のヘッドホンを無理矢理に取り外す。


「ちょ、松原君!大丈夫!?」


 最初に聞こえたのは、そんな心配そうな声。

 アイマスクは外されていないので、視覚はまだ働かなかった。

 暗闇の中、声だけが響く。


 無論、すぐにそのアイマスクも外された。

 暴力的なまでに明るく感じる照明が網膜を焼き、俺は三十分ぶりに感じる光に顔をしかめる。


 目が暗さに慣れてしまったのか、前が良く見えない。

 だがそれでも、眼前に帯刀さんが居ることだけは何とか確認出来た。


「たてわき、さん…?」

「うん、私だけど……」

「い、今、何が……誰か、見ました?」


 今もやや息苦しい喉を抱えて、そう問いかける。

 俺の隣に居た彼女なら、何か知っているのではないか、と期待して。

 だがその期待に反して、彼女は困惑した様子で首を左右に振った。


「ううん、普通に私たちだけだった。なのに、突然松原君が苦しみ始めて……それで、慌てて起こしたんだけど」

「……俺だけ、ですか」

「そう。だから寧ろ、私が聞きたいくらい。ねえ、松原君。今、何があったの?」


 そう言いながら、帯刀さんは俺の顔を覗き込む。

 だが、俺は彼女に返せる言葉を持たなかった。


 ただただ、信じられずに周囲の様子を見て。

 俺たち以外に誰も居ない休憩室や、開いたままの入り口のドアを見つめることしか出来なかった。

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