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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage8:毒となるチョコレート事件

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不義理を働く時

「……ハア?何それ。要するに、アンタの知り合いのアイドルの悩み相談を聞いてくれってこと?」

「簡単に言えば、そうなるな」

「何でアタシが」


 物凄く真っ当なツッコミが茉奈からなされ、俺はそれはそうだな、と頷かざるを得なかった。

 茉奈がアクセサリーショップから出てきて、すぐの事である。


 鏡の電話を受けてからこっち、どうにも解けそうで解けない相談事を脳内で弄繰り回しながらも、俺は解答を得られないでいた。

 何というか、俺一人の知識では少し足りない点がある気がしたのだ。

 そうやって悩んだ末に、茉奈に相談した結果がこれである。


「そもそも、何でアタシに相談する流れになんの?言っちゃあ何だけど、アタシ、玲よりそういうの向いてないんだけど」

「いや、それは知ってる。推理力そのものについては別に協力しなくても良い」


 当たり前の事実を確認されたので首肯すると、何か気に障ったのか、茉奈がゲシッと俺の足を軽く蹴った。

 痛っ、と反射的にそこを押さえると、茉奈はやや不機嫌そうに「分かってても、そこは否定すんの!」と返す。


 どうやら、自他ともに認めている事実であっても、実際に言われるのは嫌らしい。

 流石に、頼む側の俺の態度がこれでは失礼だったか。


「いや、ゴメンゴメン……でもほら、話している内に考えがまとまるってこともあるから、どうにか聞いて欲しくて。茉奈は女子だから、そう言う意味でも俺には見えないことが見えるかもしれないだろう?」

「そうかもしんないけどさ……アンタ、いつもこんなことやってんの?」

「そうだけど」


 これまた事実だったので首肯すると、あからさまに茉奈は肩をすくめる。

 彼女の顔には、「何の得があってそんなことを」とはっきりと書いてあった。

 特に「日常の謎」と関わりなく生きている彼女にとっては、アイドルから突発的に電話を掛けられる度に推理に励んでいる俺の姿がかなり奇妙に見えているらしい。


 しかし、その内呆れるのにも疲れたのだろう。

 彼女ははあ、と息を吐きながら俯くと、その流れでスマートフォンをいくらか弄った。

 そして、仕方ないなあ、という感情をオーラのように身に纏いながら頷いてくれる。


「……どうせ次のお店まで、結構歩くから。その歩いている間に適当に話してみなさいよ。それなら別に、互いに損にはならないでしょ?」

「おお、良いのか?」

「ここで止まられても、周りの迷惑だしね」


 そう言いながら茉奈が背後を顎で示したので、チラリと周囲の様子を伺ってみると、なるほど確かに今の俺たちはやや注目を浴びているようだった。

 なまじ店の前で言い争っていたので、カップルが喧嘩しているように見えたらしい。

 そこそこの人たちが、こちらを興味深そうに見つめながら通り過ぎていった。


 ──確かに、これはちょっと恥ずかしいな……。


 茉奈が了承してくれた理由の一部を察しながら、俺は荷物を持って立ち上がる。

 この視線から逃れる意味でも、茉奈が心変わりしないうちに話を進める意味でも、早く移動しながら相談をした方が良いだろう。

 そう考えて次の店の方向へと歩き始めると、かなり面倒くさそうな顔をした茉奈が付いてきた。


「まず、話の中心になるのは、お前もさっき会った長澤菜月っていうアイドルの子なんだけどな……」


 歩き始めた俺は、まずそこから説明する。

 変なところで、茉奈と彼女が会っていたことが助かった。

 説明が楽になる。


 そのことをとっかかりとして、俺は淡々と鏡からなされた相談の内容を解説する。

 ふんふんと意外に真面目に聞いてくれた茉奈は、最後のところまで聞くと、まず「ふーん……」と呟いた。

 そして、「何となくだけど」と前置きして意見を述べてくれる。


「玲も言っていたけど、その子がダイエットしているっていうのは、ちょっと違うと思う」

「茉奈もそう思うか?」

「うん。だって本当にダイエットで食事減らしてるのなら、そもそもにしてボリュームのあるお弁当なんて買わないでしょ?お金の無駄だし」


 そう、そこだと思って俺は頷く。

 もしかするとそういうやり方もあるのか、とすら思って断定出来ずに居たのだが、やはり茉奈の視点でもこれは変に思えるらしい。


「普通に考えたら、そんなに大量に残すのは勿体ないし、申し訳ないし……ウチの親の前でやったら殺される」

「伯父さんたちなら、そうだろうな。農家だし」

「だから、もし本当にダイエットしているなら、もっとちっちゃなパンでも買うか、ゼリーで済ませるか……そういう風に、食べても良い量だけ買うんじゃない?」

「それなのにわざわざお弁当を買った時点で、ダイエットっぽくは無いか……」


 この辺りは、茉奈も同じ女子ということもあってかダイエットの経験があるらしく、割と力強い断言を持って語られた。

 彼女としても自信のある推論と見ていいだろう。


 一応、「ダイエットはしているが、鏡の前で隠しているので弁当を一応買った」という状況であればこの疑問点は解消されるが、その可能性はまず有り得ない。

 もしそうなら、一緒に弁当を食べること自体を避けるはずだからだ。

 二人で食事をすることを了承している時点で、計画性が感じられないのである。


「まあ、そうなると当然、ダイエットもしてないのに、何でそんなに残したのかって話になっちゃうけど。ただでさえ夏で、保存とかもきかないのに」

「だよなあ……」


 結局はそういう話になり、俺は首を捻る。

 一応、理由自体は幾つか考えられるのだが決定打が無いな、と思って。


 例えばすぐに思いつく理由としては、ただ単に、体調不良で食事を残した可能性。

 だが、これは無いだろう。

 直前まで、普通にレッスンをしていたのだから。


 そんな、数十分で一気に体調不良に陥るとも考えにくい。

 実際、食事後は普通に帰っているようだし。


 或いは、その弁当には嫌いな物が多かった?

 いや、これも変だ。


 弁当を誰かに手渡されたのならともかく、この時の長澤は自分でそれを買っているのだ。

 そんな嫌いな物ばかりの弁当を買いはしないだろう。


 ……こうやって考えていくと、意外と動機が思いつかないことに気が付く。

 困った俺は、茉奈にさらに頼ってみることにした。


「なあ、茉奈はそういう、体調不良以外で意図的に弁当を残した経験って無いか?余った料理を何かに使ったとか、そういう……もし覚えがあるのなら、推理の参考にしたいんだが」

「ご飯を残したこと……?昔も今も、ウチの親の前でそんなこと無理だと思うけど」


 ううん、とそこで過去を回想したらしい茉奈は、全く心当たりがない、という顔をする。

 農家の両親を持ち、毎日食事を良く噛んで残さず食べるように厳命されている彼女としては、ほぼほぼ想像も出来ない体験だったらしい。

 しかし余程しっかりと思い出したのか、やがて茉奈はそういえば、という顔をした。


「あー、でも……一時期はしてたかも。そういうの」

「あれ、そうなのか?」

「うん。あの子を……イチにご飯を持って行ってた時。親に隠してたから、私の分のご飯をあげてたもん」


 言った瞬間、反射的にか茉奈が眉を下げる。

 悲しみというには随分と古い、言ってみればかさぶたの剥がれた痕のような、乾いた記憶の追想。

 それを察知した俺は、すぐに視線を茉奈から逸らした。


 ──イチ関連の記憶か……だとしたら、悪いこと聞いたな。


 内心、そんなことをぼやく。

 決して、傷つける気は無かったのだが。






 ……ここで話題に上がったイチと言うのは、簡単に言えば、小学生時代に茉奈と俺が遭遇した野良犬である。

 どこぞで捨てられたのか、道端で瀕死になっていたのを、遊んでいた茉奈と俺が見つけたのだ。


 何となくの流れでそれを俺たちは拾い上げて、夏休み中はペットのように可愛がっていた。

 俺はすぐに飽きて放り出したが、茉奈は特に可愛がっていたと思う。


 正式に家で飼おう、という話にはならなかった。

 理由は単純で、茉奈の両親があまりそういうのを好まなかったからだ。


 伯父さんたちは昔から、育てている農作物を野犬などに駄目にされたことがよくあったらしく、基本的に犬や猫が嫌いだった。

 その辺りを子どもながらに分かっていたのか、俺たちはこっそりとイチを世話していたのだ。

 どうせ、頼んだところで保健所行きだと思って。


 確か、夏休みが終わって俺が東京に戻るくらいまでは、誰にもバレずに世話できた記憶がある。

 勿論、そんな小学生の浅知恵が何時までも続く訳がなく────俺が去ってすぐくらいに、この件は不幸な結末に終わってしまったのだが。






「……あー、ごめん」

「何が」

「思い出させて」


 意識を小学生時代から現実に戻し、俺はとりあえず茉奈に謝る。

 謝るのも何か違う気がしたが、言わざるを得なかった。

 あの件に関しては、俺は昔から謝り通しである。


「……まあ何にせよ、視点を変えてみよう。鏡の言っていた友達の話とかも、今回の謎だ」


 雰囲気がかなりアレになったので、俺はそこで無理矢理に話題を変える。

 先程までとは別の、気になっていたことを聞いてみたかったのだ。

 話題転換にしては、意味のある話題だろう。


「……友達って、その、突然引っ越していたっていう?」

「ああ。それまではかなり仲の良かったっていうのに、何も言わずに引っ越した。これはどういうことなのか……何となく、気になる」

「そりゃあ、パッと思いつくのは『言うと辛くなるから言わないまま引っ越しちゃった』とか、『その子が思っている程は仲良く思われていなくて、純粋に伝えるのを忘れられていた』とか」


 対照的な二つの可能性を、茉奈はすらすらと挙げていく。

 この辺りは本人が女子高生ということもあってか、結構生々しく語られた可能性だった。

 もしかすると、これまた覚えがあることなのかもしれない。


「あ、でも二つ目のは無いかな。それなら他の子に話を聞けば、引っ越し理由とか分かるかもだし……逆に言えば、子どもには説明出来ないような話だったのかもね」

「まあ、そうなるかもな……」


 少々、きな臭い話の流れではあった。

 だが、可能性の高い話でもある。


 実際、有り得ない話では無いだろう。

 例えば、その引っ越しの理由が借金などによる夜逃げ同然の物で、子どもに聞かせたくなかったとか。

 そう言った理由で、周囲の大人が子どもにも引っ越しの理由を説明しない、ということは十分考えられる。


 思い返してみれば、長澤は俺から見れば凄くしっかりしている人に見えているが、周囲から見ればまだ中学生なのだ。

 親などの視点では、この子はまだまだ子どもだ、という認識だろう。

 だから、夜逃げの理由を説明しないなんてことは十分起こりそうで────。


「……ん?」


 ……そこまで考えた瞬間。

 夜逃げ、という単語を起点として、俺の頭の中で何かが繋がる。


 神経細胞が発火していく様子が、リアルタイムで観測出来た。

 関係あるんだか無いんだか分からなかった話が、一気に繋がっていく。


 今日、買い物の度に遭遇した長澤。

 彼女が買っていた毛布などの日用品。

 ここのところ、食事の量が少ないという鏡の話。


 突発的に引っ越したという長澤の友達。

 彼女の家で、よく遊んでいたという理由。

 そして何より、今が夏休みであるという事実。


 それらを組み合わせれば────何のことは無い。

 変に難しく考え過ぎていた。

 これは、多分。


「そうか、だったら……」

「え、ちょ、どしたん、玲」

「いや……茉奈、一つ提案良いか?」

「え、内容によるけど……」


 突然自分一人で分かったような顔になる俺の言葉には流石についていけなかったのか、茉奈は何が何だか分からない、という表情を浮かべる。

 それを申し訳なく思いながらも、俺はその提案を述べた。

 多分、聞き終わったら怒るんだろうなあ、と思いつつ。


「提案なんだが……ここでお前の荷物持ちは止めて、俺は長澤の居る場所に行っても良いか?」

「はあ!?何で?」

「現場を押さえた方が、話が早いからだ……急ぐ話では無いかもしれないが、それでも早い方が良いと思う」

「……ごめん、玲の言っていること全然分かんない」


 額に手を当てながら首を振る茉奈は、そこで疲れたようにため息を吐く。

 そして、まあ慣れているけどね、と返した。

 こう言う寛容さは、血の繋がりがある故だろうか。


「とりあえず、説明してくれる?今の話で何を考えて、玲が何に気が付いたのか……」

「OK。そのくらいはする……その前に、電話を一本良いか?」


 茉奈の頷きを確認してから、俺はスマートフォンを素早く取り出し、履歴の一番上の番号に掛ける。

 そして、いくらかの事実を聞き取った。

 それらのことを全て確認してから、俺は茉奈に向き直る。


「じゃあ、お望み通り始めよう。歩きながらになるが、良いか?」

「まあね。暑さを紛らわせるくらいにはなるかもだし……どうぞ?」

「了解」


 パタパタと手で顔を扇ぐ茉奈の前で、俺は一度目を瞑る。

 そしてパチリと目を開けると、いつもの言葉で推理を開示した。




「さて────」

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