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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage8:毒となるチョコレート事件

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ダイエットに挑む時

「ダイエットって……あれか?太っている人が体重減らすためにやる」

『それ以外に無いでしょ。あの、食べ物減らしたり運動したりする奴ね』

「まあ、それは分かるが……それを長澤がやっているって?何か問題になるのか、それ?」

『いや、そこまででは無いんだけど……言ったじゃん。私の杞憂かもって』


 自分で自分の言葉に自信が無いのか、鏡はそこで語尾を細くする。

 そのせいで彼女の声の聞き取りに苦労しながらも、どうにも話の流れが見えず、俺は頭を疑問符で埋めた。


 日本語としての意味は理解出来るのだが、正直、何を鏡が心配しているのかがさっぱり分からない。

 自然、俺はちょっとずつ問い詰めていくような形で話を聞いていった。


「ええっと、まず何を持って鏡がそのことを疑うようになったか話してくれ。どういう経緯で、長澤がダイエットしているんじゃないか、と思ったんだ?」

『ああ、それは単純。丁度、レッスンが再開した時くらいかな……ほら、凛音さんの一件があったから、レッスン自体が久しぶりだったでしょう、私たち』

「そうだったな。その久しぶりにレッスンで、何かあったと?」

『そうそう。簡単に言えばね……菜月が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 食べない、と聞いて、俺は少し目を瞬かせる。

 それは確かに、変な話だなと思って。


『私たちさー、レッスンが終わった時とかに、結構皆で一緒にお昼ご飯食べに行ったり、もしくは一緒にお弁当食べてたの。松原君、知ってるよね?』

「俺は天沢と帰ってたから特に参加しなかったが、見たことはあるな」

『それでこの前にね、久しぶりだからってことで菜月とご飯食べたんだけど……時間が無かったから、それぞれでお弁当買って、休憩室で一緒に食べたんだよね』

「ふーん……そこで、長澤が全く食べなかったと?」

『そう!イカの揚げ物みたいなのと、後は……ネギとかの炒め物みたいな料理。それだけ食べて、蓋を閉じたんだよね。もう良いって言って。まだ、お弁当の中身はたくさん残っているのに』


 ──それはまた、少ないな。


 段々と鏡の言いたいことが分かってきて、俺は真剣な表情になっていく。

 実際、その昼食の様子は変だった。


 元の弁当の量が話では分からないため、断定には至らないが、まさかイカフライとネギしか入っていない弁当でも無いだろう。

 おかずもご飯も、九割方残して蓋を閉じた訳だ。

 確かに、ダイエットでもしていない限りはしなさそうな食べ方である。


『私、驚いちゃってさ。だってほら、今からレッスンって訳じゃないんだよ?これからそういうのがあるなら、練習中にお腹が痛くならないようにセーブする、とかいうのも有り得るけど……』

「もうそう言うのが終わったのに、殆ど食べずに弁当を丸々残すというのは変だな。寧ろ、一番お腹が空いている時間帯だろうに」

『でしょ!?それで私、聞いたんだよね。菜月、ダイエットでもしているのって』

「それで、否定された訳か」


 話の流れ的に続きが推測出来たので、鏡に先んじて言って置く。

 その時の長澤が肯定していたのであれば、鏡が俺に電話をしてくる必要も無い。

 こうして鏡が困っているということはつまり、誤魔化されたということだ。


『否定っていうほど強い口調じゃなかったけど……何だかこう、煙に巻かれた感じだったな。ごにょごにょ言って誤魔化している感じ。それで私、ますます理由が気になって……』

「説明出来ないような理由なんじゃないか、と思ったのか?」

『そういうこと……理由は分からないけど、周囲に隠したいんじゃないかなって』


 ──隠したいこと、か……。


 今一つ長澤のイメージと会わない言動に、俺はふむ、と顎に手を添える。

 確かに、鏡のエピソードを聞く限り、何か隠し事をしているかのようにも受け取れる言動ではあった。

 しかし────。


「だが、その一回だけでキツイダイエットしている、と考えるのは流石に飛躍しすぎだろう。ただ単に、その日は食欲が無かっただけかもしれないし……」

『まあ、そうなんだけどさ……思い返せば、それまでもポツポツあったんだよね。そういうの』


 そう前置きしてから、鏡はつらつらと思い出すままに話を挙げていく。

 例えば、前はよくジュースなどを買っている子だったのに、最近は他の子が飲んでいても我慢することが多いとか。

 或いは、全員で食事した時にも明らかに量が少ない、安いメニューを頼むとか。


 そんな、思い返せばちょっと変だったかも、というエピソードをずらずらと並べていく。

 詰まるところ、その一回に限らず、長澤はここのところ妙に粗食らしい。

 同じアイドルグループのメンバーである鏡の視点から見て、おかしいと思える程度にはあからさまなようだった。


『そんなのが続いているもんだから、どうしたって私も心配になっちゃってさー……やっぱりほら、アイドルって滅茶苦茶ダイエットしている人多いし』

「聞いたことあるな……やっぱりそれは、仕事柄、体重を絞っていないといけないからか?」

『そーゆうこと。勿論、体型を綺麗にするだけなら別に言うことないんだけど……松原君、菜月って、そんなに太って見える?』

「まさか。全然見えない」


 先程出会った長澤の姿を思い出して、即答する。

 少なくとも俺の見る限り、長澤菜月と言う少女は決して太っては居ない。

 何なら、同世代の女子の中でも華奢というか、細すぎる印象すらある。


「なのにダイエットを始めているかもしれないっていうのが……心配なのか?」

『当たり前でしょ?私の周囲を見ても、結構居るしね。痩せることに拘り過ぎて、断食みたいなことまで始めて……その内、体を壊しちゃう人。もしくは、病的に自分が痩せることに執着しすぎてガリガリになる人とか』


 ──神経性食思不振症、か……。


 本で読んだことがあったので、俺はその状態の正式名称を反射的に思い浮かべる。

 神経性やせ症とか、拒食症ともいわれることがあるが、根本は全て同じだ。

 詰まるところ、異常に体重の減少に拘る心の病気である。


 言われてみれば、体を綺麗に見せることが求められやすいアイドルやモデルでは、結構多い病気である、とも書いてあった。

 これくらいでは足りない、もっと痩せなくてはという心理に陥って、そのまま戻ってこられなくなる。

 そう言う病気に悩む人は、特に若い女性に多いのだと。


『私もさー、その場では流しちゃったんだけど、後からずっと気になってて。もしあのレベルで食べていないのが普通になっているのなら、絶対体に悪いし。それで不安に思いながらテレビ見てたら、丁度そういう病気の特集をしててさー』

「それで一気に不安になって、電話したんだな」

『そうそう。テレビでは、中学生ぐらいの女の子に多いって言ってて……あれ、菜月って中学生じゃんってなったんだよね』


 無論、それだけでは鏡が一方的に心配しているだけで、証拠も何もない。

 故に姉さんや碓水さんに話すには曖昧過ぎるが、かと言って放っておくには心配が強い。

 結果として、俺に矛先が回ってきたようだった。


「大体話は分かったが……それで俺は、何をすれば良いんだ、具体的には?」

『そりゃあ勿論……それとなく菜月からダイエットしているかどうかを聞きだす、的な』


 私だと、そのお弁当の件を問い詰めすぎて警戒されている節があるんだよね、と弁明が付け足される。

 詰まるところ、自分では聞けないから俺に聞いて欲しい、という話らしかった。


 ──そう言う意味では、ちょっとタイミングが悪かったな……さっき会う前にこの電話があったなら、もう話を聞けていたんだが。


 内心、俺はそんなことをぼやく。

 勿論、俺と長澤が偶然二度も会うなんてことを鏡が予測で出来るはずが無いので、これは彼女の責任ではないのだが。

 それにしたって、勿体ないことをした。


『心配し過ぎって思われるかもしれないけどさー……やっぱりほら、アイドルにありがちなことではあるから、こういうのは過敏になっちゃうんだよね。凛音さんの一件とかで落ち込んでいた時期もあったし、過剰にダイエットしているんじゃないかなって。松原君には、過保護に見えているんだろうけどさ』

「いや……そうでもない」


 自嘲するようにそんな言葉を続けた鏡を前に、俺は否定を返す。

 見えてはいないだろうが、首まで振った。


 実際、彼女のその懸念は決して杞憂と言い切れるほど的を外した物ではない。

 現に天沢などは、「ライジングタイム」での騒動などを経たことで色々と思い詰めてしまい、オーバートレーニングを再開させてしまっていた。


 鏡があのことを知るはずも無いが、この時期に思い詰めて変な行動を取るアイドルが居るかもしれない、という疑念自体はかなり的確な推測なのだ。

 そう言う意味では、鏡は妥当な推理をしているとも言えた。


「……人間、どこで追い詰められているか分からない。鏡がしている不安は、そこまで変な物ではないと思う」


 そのことが頭にあったので、凄くぼかした言い方で俺は鏡のことをフォローする。

 当然その意図は伝わらなかったらしく、鏡は「ほーん?」と首を捻っているらしい返事だけで反応された。

 ただ、俺が彼女の話を真剣に取り合っているということは何となく分かったらしく、鏡はさらに情報を付け足す。


『でも本当に、瀬奈ちゃんのことがあるから、そう言う意味でも心配なんだよね。元々菜月、結構背負いこみやすいところあるから』

「……瀬奈ちゃん?」

『そう、瀬奈ちゃん。あれ、知らない?』

「知らないな。誰だ、その人」


 唐突に出てきた知らない名前を前に、俺は再び疑問符を浮かべた。

 すると鏡は、ゴメンゴメンと言いながら解説してくれる。


『瀬奈ちゃんって言うのは、菜月が前々から仲良かった友達。何か、家が近かったらしくてさ。小学生の時から仲良しだったって言ってたな』

「要は、長澤の親友か」

『そう、そんなとこ。何でもその子の家に可愛いペットが居て、それ目当てによく集まってたとか何とか……』


 ──……どこかで聞いたな、その話。


 会話の内容に既視感を抱いた俺は、その場でちょっと黙る。

 その隙に記憶を検索すると、迅速に一件の結果が排出された。

 何を隠そう、長澤本人から聞いた話である。


 ──そう言えば言っていたな、友達と遊ぶ云々を話した時に。


 夏休みにどこかで遊んだか、というようなことを話していた時に出た話題である。

 今の鏡の話と総合すると、その子こそ「瀬奈ちゃん」らしい。

 共通の友人という訳でも無い鏡がその存在を知っているあたり、本当に仲の良い友人だったようだ。


 そして、その話には続きがあったはずである。

 この夏休み、その子は────。


『でもその子、夏休み直前に突然引っ越したらしいんだよね。菜月にも何も言わずに……丁度、私と菜月がスイーツカフェに行ったすぐ後くらいかな』

「ああ、霧生さんや早見さんに会った時の……」

『そうそう、丁度あれと夏休み開始の間の時期。菜月は良い子だから、レッスン中とか仕事中は動揺を表に出すようなことはしなかったけど……やっぱり、キツかったんじゃないかな。ずっと仲良かった子と()()()()()()()()()()()()

「……この時代に、そんな音信不通にまでなるのか、引っ越しって?」

『まあ、普通はそうなんだけどね』


 俺が抱いた素朴な疑問を、鏡は即座に肯定する。

 連絡先さえ確保しておけば、今の世の中そうそう話せないということは無い。

 鏡としても、分かっていることのはずだった。


「つまり……その子の引っ越しの仕方は普通じゃなかったと?」

『らしいよ?突然引っ越しするって言って、そのままどこかに行って……引っ越し会社のトラックすら見てないって言ってた。学校の先生とか親とかに事情を聞いても、あんまり教えてくれなかったとか何とか』

「なんだそれ……」


 意外と闇が深そうな話に、俺は眉を顰める。

 正直、長澤のダイエット云々よりも、そちらが気になった。

 だが鏡としては、友達の友達の引っ越しよりもダイエット問題の方がやはり気になったらしく、「瀬奈ちゃん」の話はそこで打ち切られる。


『まあ要するに、そういう友達関連の事情とかに加えて凛音さんの引退もあって、結構この夏休みは菜月にとっても大変な時期だったってこと。だから松原君、本当に注意して聞いてね?ダイエットのことにせよ、何にせよ』

「ああ……分かった。努力する」

『ん、ありがとう。頼み事聞いてくれて。また何か、お礼は絶対するからさ』


 最後にそう言って、鏡は電話を切る。

 相も変わらず自分の言いたいことだけ言って切っていく電話だったが、それでも内容は切実だった。

 メンバーの過剰なダイエット疑惑と────それ以上に、長澤に起きた人間関係の変化の話。


 ──でも、何か気になるな、これ。ダイエットというよりも、また別の事件が起きている気が……。


 スッ、と頭の中が冷えていく感覚があった。

 この変化ばかりは、夏の空気の熱さも関係が無い。

 何かを、俺の脳が思いつこうとしている。


 その思い付きは、まずダイエット云々は杞憂、と告げていた。

 先程ショッピングモールで長澤を見た限りでは、そんな病的な感じはしなかったし、食事も普通に注文していた。

 あれで過剰にダイエットしているというのは、ちょっと考えにくい。


 では、長澤は全く潔白なのか。

 そうでもない、とも俺の脳が告げていく。


 ダイエットでは無いにせよ、何か、長澤が隠している感じがある。

 尤も、それが何なのかはよく分からないのだが。


 うーん、とつい唸ってしまう。

 ゴチャゴチャとなった思考は、随分とじれったく頭の中で輝いていた。

 結局俺は、買い物を終えた茉奈に蹴飛ばされるまでその姿勢のままで居るのだった。

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