甜/西瓜を隠す時
「あ、でも、松原さんに確認しないと……」
「そっか、そういやまだ聞いて無かった……ねえ、松原君。今の菜月の推理、正解?」
そうこうしている内に、まだ正解だと告げられていないことに気が付いたのか、鏡がこちらにそんな問いかけをしてくる。
内心、俺はそこでうっ、と詰まった。
何というか、二人があんまりにもキラキラとした瞳でこちらを見てくる物だから、不正解だと言いにくい。
終いには、もうこれが正解ってことで良いかな、とすら思った。
事実、謎解きの七割くらいにはなっているのだし。
──まあ元々暇潰しがてらの話だし……いっか、これで。
最終的に、そう考えるところまで来て。
しかしそこで、不意に休憩室の下の方から疑義が呈された。
「んー……でもそれー……ちょっとおかしくなーい?」
意外な方向からの声に、俺を含めて五人がバッとそちらを振り返る。
どう考えても、起きている五人ではない人物の声だったのだ。
果たして────視線の先で寝転がっていた帯刀さんが、その声の元だった。
「多織、起きてたの?」
「一応……うつぶせになってただけで、意識は飛んでなかったしねー……」
驚いた様子の酒井さんの問いかけに対して、帯刀さんはふふふ、と芝居がかった笑いをしながら返答する。
紛らわしいな、と俺は軽く呆れた。
グラジオラスメンバーと出会って四ヶ月以上経つが、この人のことは未だによく分かっていない感じがある。
「まあ、それはそれとしてさー……菜月には悪いけど、さっきのクイズの解答、ちょっと違和感あってー……」
「えっと、どんなのですか?」
「いやさー……その、スイカが腐ったんだとしたらさー……何で、スイカの山の表面にあった奴が爆発しなかったのかなあって」
──おお、鋭い。
相も変わらず、寝ていなかったというのが信じづらいくらいに間延びした口調で話す人だったが、言っている内容は良いところを突いていた。
そう、その通り。
仮に長澤の言う通り、スイカが自然に腐ったというのであれば、ここが謎なのである。
「普通さー……陽射しがガンガン当たるようなところにある物ほど、腐りやすいっていうか、温度が高くなっちゃう感じしない?だけど爆発した時の様子からするとさー……」
「そう言えば……爆発したスイカは、スイカの山の中心くらいにあったということでしたね」
「でもそれは、熱が奥の方だけ籠っていたとか、そういう感じなんじゃ……」
論理的に話を進める帯刀さんを前に、天沢が同意を、鏡が代案を示す。
それを見ながら、帯刀さんはさらにおかしな点を告げた。
「でもさー、その倉庫って、前々からスイカを保存しておくために使っていた場所なんでしょー?実際、話の中でも涼しい場所って言ってたしー……何で、その日に限って突然爆発するくらいにスイカが腐ったのか、ちょっと不思議な感じが残るなあって気がして」
勿論、偶々そういうことが起きただけかもしれないけどねー、と最後に謙遜めいた予防線が張られた。
彼女としても、目についたからつい指摘しただけで、そこまで確証のある話では無かったのか。
だが、実際にはこれまた鋭い指摘だった。
話の中で触れた通り、その爆発が起きた倉庫というのは涼しい場所で、この爆発が起きる前から────何なら、俺が生まれる前から、農作物の保存のために使われている場所である。
当然、その場所は、容易に物が腐るような環境にはなっていない。
そんなに物が腐りやすい場所だったなら、そもそもにして倉庫になど利用しないだろう。
だというのに、倉庫内でスイカが腐った、と長澤は推理している。
しかも、ちょっと一部が駄目になるとかの軽い腐敗では無く、爆発を引き起こすほどの腐敗ガスが発生するような規模の腐敗である。
今までそんなことが起きていなかったのに、何故その時に限ってそんなことが起きたのか?
これが、ただスイカが腐ったとだけ考えると説明出来ないのだ。
平たく言えば、この時に限って妙にピンポイントに奥の方のスイカだけが腐ってしまっている、ということになってしまうのだ。
「だからさー、ここらへんの真相も、松原君知っているのかなあって思ってー……それだけー……」
言いたいことを言い終えると、帯刀さんはまた口を閉じた。
そしてまた、寝ているんだか起きているんだか分からない状態で寝そべる。
話は終わった、ということか。
──でも、ある意味で助け船だったな、これ。お陰で言いやすくなった。
うつぶせになった彼女のつむじ辺りを見ながら、俺はそんなことを思う。
もしまた話す機会があったら、お礼でもしておいた方が良いかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は再び視線が自分に集まったことを自覚する。
そして帯刀さんの話を導線としつつ、長澤の推理の成否を述べた。
「……結論から言うと、帯刀さんの疑問は正しい。スイカが『自然に』腐って爆発したというその推理は、良いところまで行っているけど、完全な正解でも無い」
「そうなんだ……じゃあ、実際には何が起きてたの?」
かなり真剣な感じで、天沢が問いかける。
それを受けて、場の雰囲気が再び変化して、俺の推理を他のメンバーが聞くかのような形になった。
今までも何度かこういうことがあったせいか、もう自分で答えるよりも俺に解いてもらいたい、という感じになったのか。
そして、こうも請われるのであれば、真相を勿体ぶる程でも無いのが今回の話である。
結果、俺はすんなりと答え合わせの段階に入った。
「まず……長澤の推理についてだけど、爆発したスイカの中身が腐っていたことは、そのまま正解だ。話の中でスイカの香りが強かったとか何とか言っていたのは、そのせいだしな」
「ああ、そっか。腐るって要するに熟しすぎてたってことだから、香りがその分キツくなってたんだ」
だからわざわざそんな細かい話をしてたんだね、と鏡が納得したように頷く。
俺はそれに頷きを返して、さらに間違いのない部分を確認した。
「それと、爆発の原理についても正解だ。スイカの皮くらいに硬い物の中でガスがたまると、実際にそういう爆発が起こるからな。発酵食品なんかで、偶にある事故だ」
「私、宿題で調べた以上のことは知らないんですけど……そうなんですか?」
「まあ、俺も本で読んだことがあるだけだけど……お酒の醸造とかで、そうなることがあるらしい」
酒というのは種類にもよるが、麦やら米やらを発酵させることで作られる。
そしてこれらは普通、樽などの中で発酵させる訳だが────この管理を間違えてしまうと、発生したガスによって樽の蓋が吹っ飛ぶ、なんてことがあるらしい。
発酵中に生じたガスが蓄積して、内部の圧力に蓋が負けてしまい、爆発めいたことが起きてしまう訳である。
だからなのか、密造酒を作っている業者などは、この爆発には困らされるらしい。
彼らは酒をこっそり作っている以上、ちゃんとした機材などを買えないまま密造に走ることが多い。
当然、ガスの処理が全く出来ておらず、そのまま爆発、という流れである。
それのせいで密造が発覚し逮捕されることもあるというのだから、この世の中も中々凄まじい。
まあ何にせよ、長澤の言う腐敗からの爆発、というのは条件さえ揃えば十分に起こりうる、ということだ。
つまり、ここで解くべき問題は────。
「問題はさっき指摘された通り、何故、スイカの山の奥にあった物が一個だけ爆発したのかってことだ」
「ピンポイントに、それだけ腐ってたんだもんね……他のは駄目になって無かったんだっけ?」
「ああ。爆発のせいで壊れた物を除けば、他のスイカは無事だった」
鏡の言葉に、俺は話を再確認する。
爆発後の掃除の中で、俺と茉奈は駄目になったスイカに関しては捨てていた。
だがそれらは、あくまで吹っ飛んだせいで罅が入ったなどが原因で捨てたのであり、よく見たら腐っていた、という訳ではない。
もしかすると、よくよく観察すればちょっと熟しすぎた物はあったかもしれないが、少なくとも見て分かるくらいの腐敗はしていなかったのだ。
あくまで爆発したスイカだけ、突出して腐敗していたのである。
「勿論、偶然にそのスイカだけ腐りやすかった、とも考えられるが……そうじゃなかったら、どうなると思う?」
「ええとつまり……その一個のスイカだけを腐らせる方法を、考えたらいいんですね?」
試しに問いかけてみると、長澤が真剣な顔で考え込んだ。
惜しいところまで行っていた彼女の推理を完成させたいのか、腐らせる方法、腐らせる方法、と何度もブツブツ呟く。
そして、思いついたことから述べてきた。
「よくあるのは、他の腐った果物の近くに置いておくことですけど……ミカンとかは、一個腐ると近くの物も巻き込みますし。でも、今回は違いますよね?」
「他のスイカにそんな物は無かったから、そうなるな」
「あと、皮に傷が入っていたり、裂けていたりして、空気と触れやすくなっていると腐りやすいって聞いたこともありますけど……」
「その場合、そもそも爆発しないだろうな」
傷や裂け目が腐敗ガスの逃げ道となるので、硬い皮の中でガスが密閉される、という状況にならないのだ。
逆に言えば、今考えている腐敗の方法というのは、あくまでスイカそのものには傷を与えず、外部から腐敗を進行させる物でなくてはならないのだ。
そういうことを軽く説明すると、鏡がぼやくようにこんなことを言った。
「じゃあ……スイカの近くにそれを置いておくだけで、勝手にガンガン熟していく、みたいな物があれば良いってこと?」
「勘が良いな、鏡。その通りだ……ついでに時期的には、夏の季節に見られやすい物ってことになるが」
「でも、そんな都合の良い物って……」
本当にあるの、と言いたげな顔で鏡が口をとがらせてこちらを見た。
だが、その瞬間。
彼女の隣で、天沢があっ、という声を漏らした。
「……どしたの、茜?」
「いえ、もしかしたら分かったかもって思って」
そう言いながら、彼女は俺の方に何故かスタスタと近寄ってきて、耳元に解答を囁いてくる。
メンバーの前で言う自信が無かったのか。
彼女はかなり小さな声で、俺の耳元に正答を告げる。
「もしかして……」
「うん」
「その、夏に見られやすくて、他の物を腐らせやすい物って……」
「ああ」
「……メロン?」
言い終わった後、彼女は不安そうにこちらを見る。
この辺りを一々確認する仕草には、彼女の地みたいなのが見えて、不謹慎ながら少し面白かった。
しかしそれも一瞬のことで、俺は彼女を安心させてやるべく、すぐに成否を告げる。
「その通りだ……あの倉庫には、メロンが隠されていた。それが正解になる」
そう告げると、既に解答に辿り着いていた天沢は納得を。
一方、他のメンバーは「え?」という顔をする。
まあ、経緯が分からなければ当然の反応だろう。
しかもこれは、今回の謎解きにおける必須となる理科の知識だ。
これを知らないと、本当に訳が分からないまま終わってしまう。
仕方なく、俺はどうやら前からこのことを知っていた天沢以外のメンバーに、その辺りの解説をした。
「雑学レベルの知識だけど……果物の中には、ただ存在しているだけで周囲にガスを放出して、近くにある果実を勝手に熟していくタイプの物がある。話に出てきたメロンがそうだし、あとは確か、リンゴもそうだったはずだ。エチレンガスだか何だかを果実自身が放出して、熟れる時期を早めるんだな」
「へえ……メロンって、そんな特徴があるの?」
知らなかった、という風に酒井さんが驚いた顔をする。
だがその次には、そう言えば、という顔になった。
「話の最初にメロンを和室に置いて熟すのを待っている、という話があったけど……もしかして、それ?」
「あ、そうですね。それが全く同じ原理ですから……尤もそちらの場合は、メロンが互いに熟し合っているだけですけど」
注意して話していた部分を理解してもらえて、俺は何となく喜びながら解説を入れる。
実際、当時のあの家でメロンを食べずにしばらく放置していたのは、メロンのこの特性を利用していたからだ。
この手の果実はすぐに食べるよりも、そうやって互いにしばらくくっつけておいた方が、より熟して美味しくなるのである。
「じゃあ、スイカが腐ってたのって……」
「メロンの効果で、熟すを超えて腐敗のレベルにまで到達していたから、ということになる。爆発したスイカは、特にメロンとの距離が近かったんだ……そして当然、それならあの倉庫にメロンを置いたのは誰なんだ、ということになるんだけど」
長澤の呟きを捕捉しながら、俺は推理のまとめに入った。
と言っても、ここからの話は簡単。
メロンを何者かが倉庫に忍ばせたとして考えると、当然それはあの家の人間のはずで────俺がやっていないとすると、考えられる犯人は一人しか居ない。
「結論から言う。犯人は茉奈だ。彼女は食いしん坊だったからな……偏に、食欲が動機だった、ということになる」
さらり、と真相を告げると、グラジオラスメンバーが一斉にポカーンとした顔になったのが分かった。
少々、答えを急ぎすぎたらしい。
自然、俺はいつもの台詞を口にして、推理を語っていくことになった。
「さて────」




