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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage7:引鉄を盗む者

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起爆する時

「でもこれ、凄いね。アタシも『寿限無』はテレビで見たことあるけど、確かにこういう繰り返しを楽しむ話だったし……ある意味、『寿限無』のことを分かっているから書ける読書感想文なんじゃない、これ?」

「まあ、そうかもしれないが……多分、それよりも手抜きしたいっていう一念で書いた物だと思うぞ、これ」


 驚きも一周回ると感心に化けるのか、そこで茉奈は腕を組んで何故か姉さんのことを褒めだす。

 彼女の目には、当時から謎に自信満々だった姉さんが、文章中に「次回作に期待」とか何とか、漫画賞の審査員みたいなことを書いてあるのは見えていないらしい。

 まあ確かに、そういう面白さのある読書感想文であるのは事実だが。


「実際、姉さんもそう言って当時の担任教師にこれを提出したのかもな……『これは手抜きでは無く、寿限無の面白さを再現しているだけです、これを受け取らないということは、伝統ある古典落語の面白さを否定しているような物です』って言い張って」

「アハハ、やりそー。夏美さん、前から大人を騙すの得意だしね」


 何か面白いショーでも見たかのように、茉奈がパンパンと大きく拍手をする。

 元々、茉奈は姉さんに懐いているというか、都会の大人の女性ということで憧れていた節があったから、このネタすら好意的に受け取れるようだった。


「でも、俺がこれを真似るのは無理だよ……いやまあ、写させてもらっている立場だから、言う権利無いけどさ」

「何でー?おんなじことすればいいじゃん」

「姉さんならともかく、俺は先生相手にこれを出して涼しい顔をする度胸は無いって」


 弟だからと言って、あの超人と一緒にしないで欲しい。

 俺はもうちょっと、ちゃんとした小学生でいるつもりだ。

 優等生という程ではないけれど、問題児になる気は無い。


「んー、じゃあ、自力で書くの?その読書感想文」

「そうなっちゃうかなあ……もしくは、別の宿題で代用するか、だけど」


 そう告げると、再びスイカを齧り始めた茉奈が「ん?」という顔をしたのが分かった。

 ちょっと、意味が分からなかったらしい。


「何、その代用って?宿題って、他の奴をすれば代わりになるの?」

「ウチの学校だと、そうなるんだ。というか宿題自体、選択制だし……」


 より正確に言うと、「絵画作成、図工、アイデア貯金箱の中から一つ作成して提出」とか、「自由研究と粘土細工のどちらか一方を作成して提出」という風に、自分の好きな方を選んでやることが出来るのである。

 読書感想文も例外ではなく、別の宿題を選択すればそもそもやらなくてよくなる仕組みだ。

 最初は姉さんの読書感想文を丸写しする気だったので──そして十年前の姉さんは読書感想文を選択しており、それしか無かった──選択肢も見ずに読書感想文を選んでいたが、事ここに至れば別の宿題を選ぶのも一手である。


 そう考えた俺は、読書感想文と同様に持ち込んでいた宿題の説明プリントを鞄から取り出す。

 ここに、そういう宿題の仕組みが書いてあるはずだった。

 どれどれ、とそちらを覗き込んでみると、隣から茉奈も覗き込んできた。


「ええっと……『読書感想文五枚、もしくは自由研究をA4用紙で五枚にまとめる、どちらかを選択』。これ?」

「そうなるな……でも、自由研究かあ」


 こっちはこっちで面倒臭いな、と思って俺は渋い顔をする。

 自由研究は三年生の時にもやったことだが、それなりに作業に時間がかかった記憶があった。

 またあれをやらないといけないのか、という気分になる。


 そもそも、読書感想文の方で片を付けるつもりだったので、自由研究の内容となるネタを全く考えていなかった。

 今から自由研究の題材になるような話を見つけるというのは、それ自体が手間だ。


 勿論、この面倒くささは読書感想文をゼロからやる、という選択肢に対してもついて回る話だろう。

 今から読書感想文の課題図書でも読んで、自分の言葉で二千字埋めるというのは、自由研究を最初から作るのと同じくらい手間となる。


 ──まあ、要するにどっちも面倒くさいんだけどさ……。


 はあ、と大きくため息をついた。

 夏休みの宿題が面倒なのは、いつものことだが。


「でも、やるなら自由研究の方かな……こっちならまだ、写真をたくさん使えば嵩増しが出来るし」

「二千字を全部文字で埋めないといけない読書感想文より、まだマシってこと?」

「そういうこと……後は、ネタだけど」


 ぐるり、と俺は何となく和室の風景を見渡した。

 というのも、ここに帰省してしまった以上、今から自由研究をやるためには、ネタもこの望鬼市で探さないといけない。

 何か、研究の対象となるような面白い物が身近にないかな、と思ったのだ。


 ただ、生憎と世の中そんな簡単にネタなんて見つかる物じゃない。

 首を回した俺の目に映った物と言えば、壁に備え付けられてある仏壇と、大きな窓の向こうに広がるこの家の畑。

 それと、端っこの方に積まれてあるお中元や貰い物だけだった。


 どう見たって、ごく普通の「田舎の農家の和室」って感じの光景である。

 あんまり、研究対象となりそうな面白い物は無い。


 強いて言うなら────。


「……前から気になってたんだけどさ、茉奈」

「ん、何?」


 ふと目に留まった物について、俺は問いただす。

 すると、ようやくスイカを食べ終わった茉奈がどした、という感じでこちらを向いた。


「あっちの……ご近所さんからの贈り物とかを置いてあるスペースにさ、メロンあるじゃん」

「あるね、たくさん」


 この家では当たり前のことなので、茉奈がすぐに頷く。

 事実、俺が指さした先では、十個近いメロンがゴロゴロと転がっていた。


 あまり高い品種でも無いらしいが、近くにメロンを作っている農家があるので、形が悪かった物などをよくお裾分けでくれるのである。

 茉奈はこの地域の老人にアイドルのように可愛がられているので、その一環で貰うこともよくあった。

 そのため、この時期に食卓にメロンが並ぶのは、殆ど日常風景なのだ。


 ただ、ここで俺が言いたいのはメロンがあるという事実では無くて。

 それらのメロンたちが、冷蔵庫に保管する訳でも無く、畳の上で放置されているというその置かれ方だった。

 自由研究のネタを探している今となっては、そんな光景すら気になる。


「あのメロン、何でああいう風に転がしているんだ?茉奈、分かるか?」


 俺の見る限り、他の貰い物である果物は、大抵冷蔵庫に収められている。

 しかし、メロンだけがどういう訳かこの和室に転がしている。

 もしかしてこういうのも題材になるのかな、と思って、俺はとりあえず茉奈に質問した。


 これで、そういえば全然分かんない、と帰ってくれば上出来だ。

 その理由を調べていけば、A4用紙五枚くらいは埋まるかもしれない。

 しかし、生憎と茉奈はその問いに即答した。


「ああ、あれはメロンが熟すまで待ってるの。メロンって、ああやって一緒に置いておくと、互いに熟し合うから、ちょっと放っておいてから食べるんだって」

「へー……」


 割と最近聞いた話だったのか、よどみなく答えてくれる。

 俺としては初耳だったが、茉奈にとっては常識なのか。


 ──でも、そういう簡単な仕組みなのか……それじゃあ、五枚埋めるのはちょっと難しいかなあ。


 新しい知識を手に入れて、一つ賢くなりつつも、俺は内心でそんな判断を下す。

 この和室で唯一存在意義が分からない物だったのだが、こうも軽く茉奈が答えるところを見ると、もしかすると大人なら誰でも知っている内容なのかもしれない。

 そうなると、自由研究の題材にする程じゃないかもな、という気がしてくる。


 ──じゃあ、他……うーん。


 キョロキョロと、さらなるネタを探してみる。

 と言っても、勿論見える光景は変わらない。

 それでも無理矢理にネタを探して、片っ端から言ってみる。


「じゃあ例えば、あそこの仏壇が、何で金と黒ばっかりなのかを調べる自由研究とか……」

「それは理由知らないけど……伝統的なことだし、調べることが多すぎない?五枚で収まる?」

「確かに……それなら、虫取りでもして観察記録をつけようか」

「あれ、でも玲、去年の自由研究のネタそれじゃなかっけ」

「ああ……流石に、二年連続で同じネタは不味いよな……」


 うーん、とまた俺は首を振る。

 すぐに思いつくネタ自体はいくつかあるのだが、中々良い感じの物が無い。

 すると、それを見た茉奈がニヤニヤと笑った。


「……何だよ」

「別にー?玲って要領が良いから、こういう風に困っているところを見るのは初めてかもって思って」

「それは良かったな……」


 楽しそうな茉奈の顔を見て、俺は口を尖らせた。

 確かに、茉奈の前でそんなに困った感じの様子を見せた記憶は無いが、だからと言って見世物のように扱われるのも何だか嫌ではあった。

 俺はそのまま、もう少し文句を言おうと思って口を開く。


 いや、正確に言おう。

 開こうと、した。


 だが、それは結果から言えば出来なかった。

 何故かと言えば、丁度それに合わせたように。

 この家を、つんざくようにして。




 ()()()()()()()()からだ。




 手始めに何かが破裂する轟音。

 ほんの僅かに遅れて、ドゴン、という何かがぶつかる音。

 さらに、ゴロゴロゴロ、と球状の物が転がっていくような音もした。


 それとほぼ同時に、ぱしゃん、という何かが壁に貼り付くような音がして。

 ようやっと、この日本家屋は静けさを取り戻した。


「……え!?」

「ちょ……何?」


 俺たちが動き出したのは、それらの音が全て鳴り終わった後である。

 人間、こういう音がしている間は、突然過ぎて動けない物らしい。

 静かになってからようやく、頭が動き出したような感覚だった。


「今の……え、畑の方、だよな?そっちから聞こえたような……」

「うん、だと思う。だってほら、あれ……」


 そう言いながら、茉奈がその小さな手で畑の方に繋がる窓を指し示す。

 釣られてそちらを見て、俺は目を見開いた。

 明らかに、窓にあるはずのない物が目に入ったがために。


 視界に映ったそれは、一言で言えば赤い肉片のような形をしていた。

 こうやって見ている間にも、それは窓をずるずると滑り落ちていて、明らかにさっき貼り付きました、ということを示している。

 また、周囲にはそこから染み出したらしい汁のような物が撒き散っていて、その大元が水っぽいものであることが分かった。


 ──え、何あれ、死体の欠片とか……?誰か、爆死した?


 一瞬、俺は物凄く物騒な妄想をする。

 以前、葉兄ちゃんに見せられたホラー映画──俺がホラー嫌いになった元凶である──に、そういうシーンがあったのだ、

 だからなのか、頭の片隅がこの事態を物騒な方へと誘導してしまう。


 しかし勿論、現実にはそんなことは中々起こらない。

 すぐに茉奈が、俺の妄想を打ち砕いた。


「あれ……()()()だよね?何で窓に?」

「ああ、スイカか、あれ」


 言われた瞬間、俺の視界が修正され、そこに貼り付いてあるのがスイカであると認識出来るようになる。

 スイカなら赤いのは当然だし、よくよく見れば中心には黒い種もあった。

 肉片は肉片でも、果肉の欠片らしい。


「でも、一体何が……ちょっと、見てくる」

「え、あ、ちょ」


 俺がそんな認識の訂正をしていると、素早く立ち直ったらしい茉奈が、まず動いた。

 まごまごしている俺を尻目に、やおら彼女は立ち上がり、そのまま窓の縁にひょい、と立つ。

 そしてそのまま、彼女は畑の方にタッタッタ、と駆けて行った。


「ちょっと待って、茉奈……」


 あまりにスピーディな動きだったので、出遅れてしまう。

 彼女の背中を一度完全に見つめてから、俺はようやく自分を取り戻して立ち上がった。

 そして、彼女の後を追って畑にまで出向く。


「おーい、茉奈―?」

「玲―?こっちこっちー!」


 畑に出てから問いかけると、畑の横──というか、母屋に隣接した場所──に設置されてある倉庫から、茉奈の声が聞こえた。

 どうやら、そこに茉奈が籠っているらしい。

 当然、俺は聞き返しながらそちらに向かう。


「さっきの音、そっちから聞こえたのか?」

「うん、多分……だってほら、これ」


 俺が倉庫に近づくと、茉奈がピョコン、と顔を倉庫の出入り口からのぞかせた。

 そして、ん、と無言で自分の足元を指さす。


 何だ、と思ってそちらを見つめると、そこにはスイカが二、三個並んでいるのが目に入った。

 いや、二、三個どころの話では無い。

 よくよく見てみれば、倉庫の周囲にゴロゴロと十個近いスイカが散乱している。


 それらのスイカは、明らかに、意図的に設置した感じの置かれ方はしていなかった。

 どう見たって、何らかの衝撃で吹っ飛んできました、と割れた皮が伝えてきている。

 中には表皮に罅が入っている物や底が潰れている物まであった。


 ──これ、倉庫に置いてあったスイカたちだよな?収穫した物の中で、自分たちで食べる分を保管していた奴。


 それを見ながら、俺はふむ、と思い返した。

 というのも、これらのスイカたちの元について、心当たりがあったのだ。


 そもそも茉奈の家では、仕事の一環としてスイカも作っている。

 当然夏にはそれらを収穫するのだが、どうしても出てくる売り物にならないくらい形の崩れた物や、自分たちで食べるように取り分けた物は、倉庫に積むようになっているのだ。

 スイカというのは嵩張るので冷蔵庫に入れる訳にもいかず、涼しい倉庫に転がしている形だった。


 そのスイカたちが、倉庫の外にまで散乱しているということは────。


「……倉庫内で、爆発が起きたっていうのか?」


 まさか、と思いながら、俺は茉奈に導かれて倉庫に入る。

 何なんだ、と足を進めながらも思っていた。

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