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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage6:姿勢殺訊事件

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理解してから誤解される時

 そうやってドタバタした末に、天沢をバス停まで見送りつつ帰宅した俺が、最初にしたこと。

 それは勿論、ずっと奇妙だった鏡の態度に関する謎解き────では無く。

 もうちょっと日常的に、干してあった洗濯物の取り込みだった。


 多分、茉奈に言われていた「洗濯物は別にして」という発言が脳のどこかに残っていたせいだろう。

 帰宅した瞬間、洗濯物のことを思い出したのである。

 そう言えば洗濯物、さっさと取り込んで置かないといけなかった、と。


 我が家では元々、この手の洗濯は俺がやることになっている。

 明確に決まっている訳でも無いのだが、父親が海外で仕事、母親と姉が激務という家庭環境の都合上、俺くらいしかやる人間が居ないのだ。

 このことを知っていたからこそ、茉奈も洗濯について電話する相手を俺にしたのである。


 尤も、俺の仕事は主に洗濯機を回すのと干すことで、取り込むのに関しては母親がしてくれることも多いのだが、今日は生憎とまだ母親が帰ってきていなかった。

 そして、俺の記憶が正しければ、今日は夕方から雨と天気予報で告げられている。

 折角夏ということで綺麗に乾いているのだから、この機会にさっさと取り込んで置いた方が良いだろう、という判断に至るのは自然だった。


 かくして俺は、自転車を置いてすぐ、ベランダに出向くことになる。

 そして、目についた家族の下着を適当に摘まむと、ポイっと持参した洗濯籠に放り投げていった。


 結果として、俺の「日常の謎」に対する推理が再開したのは、それらを畳んでいる時のことになる。




「しかし、本当に何であんな感じだったんだろうな、鏡。今まで見たことも無い雰囲気だったが……」


 自分の靴下を二つ折りにしながら、俺はぶつぶつとそんなことを言う。

 あの様子は、一体何だったのか、と。


「腕を組むポーズを撮影すること自体はまあ、普通にあるだろうけど……まさかそれだけしか撮影しないって訳じゃないだろう。もし、そんな一つのポーズしか必要としない撮影なんてものをやるんだったら、鏡の方から話のネタとして話しそうだし」


 考えをまとめがてら、更に小声で呟く。

 この辺りは、今回の話で特に違和感の強い場面だった。


 何せ、俺の知る鏡奏という人間は、基本的に色んなことをよく喋る子だ。

 梅雨時の「幽霊の手」の騒動しかり、「ライジングタイム」のコーナー消滅に伴う愚痴しかり、面識が薄かった頃から俺に電話をかけてきている。

 自分にとって良いことだろうが悪いことだろうが、何か変わったことがあれば、迅速に話してくれるのが常なのだ。


 その鏡が、何故か事情も説明せずに奇行を見せていた。

 これが姉さんとかなら「また何か事情でもあったのかな」で済むのだが、彼女の場合は何となく心配になってしまう。

 普段とのギャップが大きい分、謎が深いというか。


「もしかして、この前の天沢みたいになっている訳じゃないだろうな、鏡……後ろめたいことがあるから、口をつぐんでいて、あの行動もそのせいだった、みたいな」


 思いつくままに自分でそんなことを口にして、同時にげんなりとした気分になった。

 流石に、撮影練習中のポーズが偏っていたというだけで彼女を疑い過ぎな気もしたが、何せここのところ、俺はアイドルの隠し事という物に過剰なくらい触れてしまっている。

 馬鹿の一つ覚えかもしれないが、まさか今回も、という推測になるのは当然と言えた。


 人は一度嘘を吐くと、その秘密を隠すために、また嘘を吐かなくてはいけなくなる、

 これは以前に俺が言った言葉だが、もしかすると今回もそれでは無いのか。


 鏡には何らかの隠し事があり、それを隠すための嘘として、あの変な撮影ポーズをせざるを得なかったのではないか。

 一度こう考えると、鏡がただただ変だった、という可能性よりも、こちらの疑惑の方が筋が通っているように思えるから不思議である。


「でも逆に言えば、あの行動の奥にはそれだけの理由がある、ということだよな?鏡の立場としては」


 皺の寄ったタオルに手を伸ばしながら、次にこんなことを思う。

 理屈上は、そうなるはずだった。


 何かしらの強烈な動機が無い限り、説明も無しにあのような奇行には走らない。

 納得出来るかどうかは別として、鏡なりの必然性、ないし必要性があったはずなのだ。

 動機として説明できる「何か」が。


 ならば、グラジオラス付きの顧問探偵だか監視役だかを姉さんから拝命した身としては、それを知っておきたい、という気がした。

 過干渉もここに極まれりだが、まあ鏡を直接問い詰める訳でも無いのだし、考えるくらいは良いだろう。

 せめて、その「何か」がどんな物なのかくらいは突き止めたいと、スッキリしない。


「でも、じゃあその『何か』って何なのかって話になるんだよな……何だ?頑なに腕組みを続けなきゃいけない理由って」


 パッと思いつかず、俺はうーん、と軽く唸る。

 どうにも、簡単に着想出来るようなことでも無いようだった。

 仕方なく、俺は何かヒントは無いかと考えて、今回の「日常の謎」を最初の方から振り返ってみることにする。


「まず……最初に俺に撮影練習を頼んできた時点では、特におかしな点は無かったな」


 夏場ということでやけに多いタオルをチマチマ畳みながら、俺はそう口にする。

 意識は完全に推理のための情報整理に向かっているが、手の方は問題なく動いてくれた。

 元々洗濯物を折り畳むというのは完全にルーチンワークで、出来栄えに拘らなければ何となくでも出来る物だが、それに助けられている。


 それはともかく、今日の鏡の様子だ。

 今、口に出した通り、最初の方は彼女の様子に変わったことは無かった。


 何なら、普段以上の元気の良さで俺に頼み事をしてきたくらいである。

 俺よりも鏡との付き合いが長い天沢も、特に態度を不思議がっては居なかったので、その様子におかしな点が無かったのは間違いない。

 鏡がおかしくなったのは、その後、撮影の練習の時だけである。


「一旦、着替えのために鏡とは離れて……その後の撮影の練習では、彼女の様子は急変していた。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるか」


 何か明確な理由の元、あの態度に変化したというのであれば、当然こういう結論になる。

 俺が考えている「何か」とやらは、着替え中に発生したということだ。


 思えば、俺がトイレからレッスン室に戻ってきた時点で、鏡は既に腕を組んでいた。

 そのせいで、もしかして怒っているのではないか、などと俺は考えたのである。

 今思えば、撮影練習開始時からではなく、レッスン室で合流した瞬間から、鏡の謎の変化というか、頑なに腕を組む姿勢は始まっていたのだ。


「つまり、この謎を解きたいのなら、その着替え中に発生し得るトラブルとか、問題について考えれば良い訳か。そこが、今回の鍵になる」


 自分のパンツを畳みながら、そう断言する。

 やや決めつけが過ぎるかもしれないが、大枠として間違ってはいないだろう。

 後は、そのトラブルなり、問題なりの正体を探るだけである。


「と言ってもなあ……着替えの時間は、十分と少ししか無かった。そんな短い時間に起きることって、何だ?」


 うーん、とまた唸った。

 着替え中に起きるトラブルで、腕組みに関連する物。

 この二つが、中々結びつこうとしない。


「しかもその理由って、怪我をしたとか、他の予定を思い出したみたいな、撮影練習を潰すほどの重大な事件という訳じゃないんだよな。それなら、合流した時点で向こうから中止を頼んでくるだろうし……」


 結果から考えてみると、着替え中に起きた「何か」は、撮影のポーズには影響したが、撮影練習を止めるほどの影響は与えてない。

 練習自体はそのまま続行されたのだから、実は大した理由でも無かった、とも考えられるのだ。

 無視出来るくらいの小規模のトラブルでは無いが、中止するレベルの大規模な問題でも無い、中規模の厄介事ということになる。


「でも、それ以上のことが考えつかないな……」


 むー、とまた口が尖った。

 何分推理の材料が少なすぎて、ここで詰まってしまう。


 結果、俺は首を捻りながら、それでも手つきだけは慣れた感じで洗濯物を畳み始めた。

 自然、スッスッと進んでいる洗濯物の折り畳みと停滞した推理とでは、進行度が雲泥の差となる。

 一切止まることなく、慣れた手つきで畳まれていく洗濯物が、実に羨ましい。


 ──……駄目だな、行き詰っている。ちょっと、別の方向から考えるか。当時者目線とか……。


 危うく洗濯物に嫉妬し始めそうになったところで、俺は頭を振って思考回路をリセットする。

 問題の規模から考えて行っても、どうにも解けそうにない。

 もうちょと、別の視点で────当事者である、鏡の視点になって考えようと思ったのだ。


「鏡の視点になってこの話を考えると……まず、俺に手伝いを頼んで。それから、更衣室に向かって……」


 彼女は一体、レッスン室を出てからどんなものを見たのか。

 それを考えてみる。

 ちょっとした、シミュレーションのような物だ。


 そうなると当然、レッスン室を出てから最初に見えたのは、ボヌールの廊下だろう。

 出た直後にが例の倉庫の入口を見つけることになるが、そこを曲がってからは視点もずれる。

 壁に貼り付くようにして並ぶ扉たちと、お目当ての更衣室が視界に映ったはずだ。


 さらに中に入ると、俺は入ったことが無いから分からないが、まあ常識的に考えてロッカーの類が並んでいるのだろう。

 流れるように彼女は私服を脱ぎ、常備してあるジャージとかを取り出して────。


「その時に見るのは……まあ自分の服とか、下着だよな」


 ふと、そんなことを口に出す。

 かなりアレな発言だったが、なまじ目の前の姉さんのブラジャーがあったので──折り畳む洗濯物の山に含まれていたのだ──自然と連想されたのだ。

 ついつい、俺は姉さんのブラジャーを片手に持ち、じっと見つめてしまう。


「……いやまあ、下着が見えたからってどうだって話だけどな。普通、ジャージに着替えるだけで下着は変えないだろうし」


 しかしすぐに、俺は正気に戻ってその手を下ろした。

 今の自分が、傍目からはちょっと危険な絵面になっていることに気が付いたのだ。


 こんなどうでもいいことに現を抜かしていないで、もうちょっとまともなことを考えよう。

 そんなことを思って、思考をリセットしようとして。

 

 しようと、して。


「……下着?」


 パチリ、と脳内で音がする。

 小さな、しかし決定的な一手。

 どうしようもないくらいにしょうもなく、しかし鮮やかなピースが嵌る音。


 何が言いたいかと言えば。

 そこで、不意打ちのように。

 俺の頭の中で、幾つかの話が繋がっていった、ということを言いたい。


 今回のその感触は、例えるならオセロが一番近かった。

 黒一面を示していた盤面が、一手加わるだけで全て反転していくように。

 下着というワードを軸に、俺の見聞きした情報たちが裏返って、今まで出来なかった解釈を可能にしていく。


「え……まさか。それなのか?」


 混乱のあまり、俺は自分で自分に向かって問いかける。

 男子高校生である俺としては馴染みの薄い話なので、中々真相だと信じ切れなかったのだ。

 頭の中で、更にシミュレーションを重ねる。


 同時に思い浮かぶのは、例え指摘しようと、特定のポーズばかり取っていた鏡の姿。

 それに、着替えの最中に起きたはずの、「何か」。

 加えて、蒸し暑い日々が続く今の気候と、短時間で変に変わっていた倉庫内の様子。


「そのせいで、あんなポーズを……えーと、夏だから?いや、有り得るのか、女子高生で……でも、鏡ならまあ有り得る気もするな……」


 そうやって思考を重ねていくと、困惑が多かった脳内の比率が、段々と納得に変わっていく。

 うん、大丈夫だ、矛盾は無い。

 というか、これしか説明が付かない。


 確実に真実だと断言出来るかは微妙だが、納得は出来た。

 これなら、彼女の行動の全てが腑に落ちる。

 思わぬ形で、真相が分かってしまった。


 洗濯物の取り込みというのはただのルーティンのつもりだったのだが、世の中何が幸いするか分からない物だ。

 いやしかし、それにしても────。


「まさか、ブラジャーがヒントになるなんてなあ……」


 どことなくシュールな気分になって、俺は眼前で手に持ったブラジャーをくるくると回す。

 未だかつて、これがキーアイテムになった推理というのがあっただろうか。

 いや、無い。


 反語的表現を巧みに使いながら、俺はある種の呆れと感慨にふける。

 世の中、何が役に立つか分からないものだ、と思って────。




「……何をしている、玲?」




 ────次の瞬間、呆れと失笑と嘲りが均等に入り混じった女性の声が、俺の鼓膜に突き刺さった。


 本能で危険を察した俺は、バッとその場で振り返る。

 そしていつの間にやら、俺の背後に見覚えのある女性の姿があることに気が付いた。

 見覚えがあるというのは、家族なのだから当然だが。


「ね、姉さん?……帰ってきてたのか、この時間に?」

「……ああ、流石に最近は働きすぎたから、休みを取れと鳳プロデューサーに叱られてな。今日は午後から半休、明日も休みだ」


 慌てながらも問いかけると、冷静に答えが返ってきた。

 あ、それでこんな早くに帰ってきたのか、と俺は一人納得する。

 まあ、明らかに格好がスーツ姿だったので、仕事帰りなんだろうな、というのは分かっていたが。


 問題は、思わぬ休暇を獲得してテンションを上げているはずの彼女が、腕を組んだまま俺の背後に佇んでいることである。

 鏡の腕組みと違って、姉さんがそれをしている理由は、我が身を振り返ればすぐに分かった。

 つまるところ、最悪の誤解をされているのである。


「……違うんだ、姉さん。俺は決して、そんな、姉さんの下着で変なことをしようとしていた訳じゃない」


 誤解の内容を察した俺は、割と情けない口調で弁明する。

 そうなるのも仕方ないくらい、状況は言い訳の余地が少なかった。


 何せ姉さんから見れば、家に帰ってリビングを訪れた瞬間、弟が自分のブラジャーを天に掲げてくるくると回して鑑賞しているのを目撃した、という流れだ。

 これを見て、好意的に解釈する方が難しいだろう。

 立場が逆なら、俺だってドン引きする。


 いくら弟に下着の洗濯をさせている姉さんでも、流石にこれはちょっと、ということだ。

 事実、眼前の姉さんはかなりご機嫌斜めである。


 理由次第では折檻する、とその目が言っていた。

 その威圧感に凍えていると、やがて表情を一切変えずに彼女が口を開く。


「……ほお?そうか、違うのか」

「あ、ああ。勿論」

「私はてっきり、お前がとうとう外道に走ったのかと思ったんだが……違うんだな?」


 まさか、と思って俺はブンブンと手を振る。

 しかし、姉さんのブラジャーを掴んだまま手を振ってしまったので、視覚的にかなりうるさいことになった。

 慌てて、それを放り投げてからちゃんと否定をする。


「違うって!誤解だ誤解」

「なら、説明が欲しいな……どういう理由があれば、お前が私の下着を見つめるんだ?」


 やや表情を動かしてから、姉さんはそう問い直してきた。

 とりあえず、話は聞いてやろう、という気になったのか。


 それを見て助かった──少なくとも、この場で裁きが下ることは避けられた──と感じた俺は、はあ、とため息を吐く。

 同時に、ここはもう全て説明するしかないな、と感じた。

 何故、そんなことをするに至ったのかを。


 この一件の真相は、内容が内容なので俺の胸に秘めるつもりだったのだが、事ここに至っては、もう仕方が無い。

 今日起きたことと、今しがた考えた推理を語って、姉さんへの説明に代えるとしよう。

 鏡が隠したがっていたことを露呈させることになるが、まあ姉さん相手なのだし。


 瞬時にそう考えた俺は、とりあえず畳み終わった洗濯物を脇に置いて、姉さんと一緒にリビングのソファに座る。

 そして素早く、いつも通りの前口上を述べることにした。




「さて────」

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