9.エイミーは宣戦布告する
『親愛なるエイミー様。先日のお手紙では、丁寧な説明ありがとうございました。エイミーの説明は本当に分かり易く、勉強になることばかりで、何度も読み返しています。僕の紹介した冒険記も気に入ってもらえたようで、嬉しいです。今度王都に行く時、おすすめの本を持っていきますね』
ルーカスからの手紙を、エイミーは何度も読み返す。
最近は、その内容で、言葉1つで一喜一憂してしまう。
(今まで書き出しは『拝啓』だったのに、『親愛』に変わってる!これって前向きに考えていいよね!?)
(でも、前回のお返事に、説明たくさん書きすぎちゃったから、ちょっと鬱陶しく思われてないかしら。ありがとうとは書いてあるけれど、社交辞令だったら……)
ルーカスの手紙が届く度に、エイミーの心の中はアップダウンが激しくなる。
それでも、ルーカスが子爵領のことや、好きな本のことを教えてくれることが、エイミーには一番嬉しかった。
さて、返事を書こうと、エイミーがペンを取った時だった。
ノックと共に、侍女が声をかけてきた。
「エイミーお嬢様、クララ様がお見えです」
◇◇◇◇◇◇
「エイミー、久しぶり」
「クララお姉様、お久しぶりです。何かあったのですか?」
エイミーの元に訪ねてきたのは、7歳年上の姉、クララだった。
クララとエイミーは、容姿はよく似た顔立ち、色合いをしているが、おとなしいエイミーに対し、クララは明るくお洒落で社交的、物怖じしない性格だ。5年前、見事、格上の伯爵令息に嫁いでいる。
性格は真逆であるが、年が離れていたおかげで、幸いあまり比べられることもなく、仲は良好である。
とはいえ、貴族の習わしとして、結婚してから、クララが実家の子爵家に帰ってくることは珍しい。しかもクララは今、第2子を妊娠中だ。
突然の帰省と、姉の表情から、エイミーはすぐに自分に関する何かだと直感した。
その直感通り、クララは単刀直入に切り出した。
「エイミー、グレイ子爵とは上手くいってる?」
「え?ま、まあ、手紙のやり取りはしておりますが……」
『上手く』の定義がよくわからないので、エイミーは事実だけを告げることにした。
すると、その返事で満足したのか、クララの顔が輝いた。
「そう!いい、エイミー?もしグレイ子爵のことがお好きなら、絶対負けてはダメよ!」
「お、お姉様?おっしゃる意味がよく……」
「あの忌々しいファーレン家の女共に負けるんじゃありませんよ!」
「お姉様、そんなカッとしては、お腹のお子に障りますよ」
クララがいきなりヒートアップするが、直情型のクララにはよくあることなので、エイミーは慣れたものだ。
宥めながら順番に話を聞き出す姿は、どちらが姉か分からなくなると、昔から家族によく言われている。
姉の話をまとめると、どうやら、ファーレン侯爵家の四女が、建国祭でルーカスに一目惚れしたらしい。
(そういえば、ファーレン侯爵家のマーガレット様が一番に話しかけに来ていたわね)と、エイミーは建国祭の時のことを思い出した。
更に、四女と仲の悪い、ファーレン家の五女も、ルーカスを見たことも無く、まだ未成年で貴族学校生にも関わらず、姉へのライバル心だけでルーカスを狙うと公言しているという。
「でも、ルーカス様は子爵ですよ。ご領地はかなりの山奥ですし。侯爵家の令嬢が本気で縁談を望むようなお家でしょうか?」
「甘い、甘いわよ、エイミー」
クララはエイミーにびしっと指を突きつける。
「確かにグレイ子爵家は、嫁ぎ先としては、貴族の中では下の下よ。何なら、男爵家の方がよっぽど良い家がいっぱいある」
姉のはっきりとした物言いに、温厚なエイミーも少しムッとするが、クララのマシンガントークは続く。
「でも、グレイ子爵の姉上と第二王子殿下との関係が公然となった今、グレイ子爵家の価値は、そこら辺の伯爵家や侯爵家より高まったわ」
「でも、第二王子殿下は臣籍降下なされるんですよね」
「国王陛下や王太子殿下からの信頼も厚く、王妃陛下に溺愛されている方よ。臣籍降下したって、どの貴族も、繋がりは喉から手が出る程欲しいはず。
なにせわたくしは、第二王子殿下と同世代だったから、第二王子殿下の妃の座を争う、上級貴族令嬢達の、泥沼の戦いを見てしまったのよ……」
何かを思い出したように低く笑うクララの目は恐ろしく、その泥沼の戦いに触れる勇気を、エイミーは持てなかった。
「もはや、グレイ子爵家の安定は約束されたようなもの。国王陛下や王妃陛下からも直々にお声を掛けられ、更にあれだけの美貌。多少の欠点は目をつぶるでしょう。領地に行きたくなくて、夫人だけ王都に住んでいる家もあるから、そうすれば良いと、ファーレン侯爵も嘯いているみたい」
「そんなの、酷いです」
ルーカスは手紙で、毎回子爵領のこと、特産品のこと、野生動物のことを長々と書いてくる。
エイミーにとっては、あっけにとられる内容ばかりだが、ルーカスが子爵領をとても大事に思い、エイミーに知ってもらおうとしていることは、いつも伝わってきた。
ルーカスの思いを見ようともせず、見た目と、グレイ子爵家の後ろ盾にしか関心のない令嬢達に、エイミーは憤りを感じた。
例え自分が譲ることになっても、争いごとを避け、目立たないことを重視してきたエイミーだが、生まれて初めて、誰かに負けたくないという思いが、自然と湧いてきた。
静かに拳を握り締めるエイミーを見ていたクララが、肩を叩いてきた。
「その意気よ、エイミー!私も全力で手伝うわ」
「ありがとうございます、お姉様。でも伯爵夫人なのですから、いい加減落ち着いて、無事に出産することだけ考えてくださいませ」
「まあエイミーったら」
コロコロと笑う姉の顔を見ていると、エイミーの気持ちも和らぐ。
(ファーレン侯爵家の、四女だか五女だか知りませんが、生半可な気持ちでルーカス様を利用しないで)
エイミーは心の中で、よく知らないファーレン家の娘達に、1人で勝手に宣戦布告した。
そして数日後、お茶会への招待状が、エイミーのもとへ届いた。




