8.文通……通信添削?
『拝啓、エイミー様。お元気ですか?僕は元気です』
決して下手ではないが、成人男性が書いたとも思えない、可愛らしい文字と文言でその手紙は始まっていた。
『グレイ子爵領は、一番忙しい収穫期を終え、早くも来年の種まきに向けた準備を開始しています。良い種の選別は難しいですが、ロジャー爺さんから、いくつかポイントを教えてもらいました。例えば……』
そこから夜幻草の良い種のポイントが、延々と書かれている。
エイミーの目は点となるが、とりあげず読み進める。
正直、エイミーにはさっぱり分からないが、少なくとも新しい知識を得てはしゃいでいる、ルーカスの得意げな笑顔が浮かぶような文体で、思わず顔が綻ぶ。
便箋の2枚目に入ると『さて……』とようやく話題が変わった。
『さて、先日、我がグレイ子爵領に、義兄さまがやってきました』
(義兄さま……?)と一瞬考えたエイミーだが、すぐにその人物に思い至った。
(だ、第二王子殿下を義兄さまと呼ぶなんて、さすがルーカス様、怖いもの無しね……)
『本当に姉さまを妻に迎えたいようです。どうやら姉さまも満更でもなさそうなので、とても残念です。でもあれだけ美しくて優しい姉さまなので、義兄さまが夢中になるのも、やむをえないかなと思いました』
薄々感じていたが、ルーカスはシスコンらしい。
エイミーとしては苦笑するしかないが、(家族仲が良いことはいいことね)と無理矢理結論づけた。
『さて……』と再びの話題転換が入った。自由奔放なルーカスらしく、「さて」の多い手紙だなあ、とエイミーは遠い目をする。
『さて、子爵家当主として、僕も頑張らなければと思っていますが、母や姉、ジムからも、足りないものが多すぎると叱られています。何とか一人前の当主になりたいのですが、貴族の友人が1人もいないので、正直どうすれば良いのか分かりません。何を勉強したらいいのでしょうか?もしよかったら教えて下さい』
真面目な手紙に、エイミーも真剣に考え始める。
確かに、貴族令息は、普通は当主である父親の背を見て、幼い時から貴族として必要な知識を得ていく。
10歳を過ぎれば、貴族学校に入り、様々な勉学をしながら、同時に人脈を作り、成人していくものだ。
しかし、ルーカスは、物心つく前に、前当主である父君を亡くしており、一番のお手本を見ていない。
しかも、体が弱く貴族学校にも通っていない。男爵家出身の母君だけで、子爵領を支えながら、息子の教育まで完璧にするのは、まず無理だっただろう。
それでもルーカスは、腐ったり諦めたりせず、女であるエイミーに教えを請うてまで、積極的に学ぼうとしている。
(やっぱり私は、ルーカス様のお役に立ちたい)
王家に与えられた役割だったとしても、ルーカスから深く想われていなかったとしても、エイミーは自分の気持ちとして、ルーカスを一生懸命支えたいと思った。
それがまだ恋と呼べるレベルかどうかは、エイミー本人も分からなかったが。
◇◇◇◇◇◇
『拝啓、エイミー様。先日は本を何冊も送っていただき、ありがとうございました。領地経営って、こんなにやるべきことがあったのですね。思わず徹夜してしまい、ジムに叱られました』
前回の手紙の後、エイミーは父や兄に聞き、領地経営に必要な知識を得られる本や、貴族のマナー本、歴史本など、必要だと思った本を片っ端から揃え、手紙と共に、ルーカスに送った。
山奥と評判の子爵領では手に入らないかも、と思い送ったものの、余計なお世話だったかも……と、またしても後でウジウジと悩んでいたエイミーだったが、ルーカスの手紙からは、不快感は見えなかった。
手紙には、本の感想と、その中で感じたルーカスの疑問点がいくつも書いてあった。
基本的な質問もあれば、核心を突くかなり深い質問もある。
ルーカスの地頭の良さを感じさせる内容に、元々勉強好きなエイミーは燃え上がった。
(これは、私も真剣に答えを見つけなければ!)
手紙の最後には、ルーカスのおすすめの本のタイトルがいくつか記されている。
エイミーは、解答作成と、その本を探すため、国内最大の蔵書数を誇る、王立図書館へ向かった。
エイミーは学生時代、王立図書館に入り浸っており、勝手はよく知っている。
まずはルーカスの質問に答えるべく、経理関係の書籍のある棚へ向かい、それらしき本を数冊抜き取る。
閲覧スペースでページをめくりながら、必要そうな文言や考えを紙にメモしていく。
その作業が楽しく、時間を忘れて没頭していった。
「……と、ちょっと、聞いてるの!?」
「えっ?」
話しかけられたような気がして、エイミーが顔を上げると、そこには、貴族学校の制服に身を包んだ少女が1人仁王立ちしていた。
図書館にいるとは思えない派手なメイクと、清楚な制服に合わないネックレスやイヤリングを身に着け、どこかアンバランスな雰囲気を漂わせている。
制服を着ているのだから、エイミーより年下なのだろうが、怯むことなく完全に見下している様子は、恐らく高位貴族の令嬢なのだろうと、想像がついた。
だが、学生ならばまだ社交界デビューをしていないだろうし、さすがに顔だけでは、エイミーもどこの家の令嬢かは分からなかった。
「あ、あの……?」
「まあ、ぱっとしないわね。頭だけは良いと聞いたけれど、トロそうだし」
名前もわからない令嬢に、いきなり馬鹿にされ、エイミーは唖然とするが、相手が高位貴族の令嬢と思われる以上、下手に言い返せない。
そもそもエイミーは、家でも外でも口喧嘩の類をしたことが無く、例え相手が格下でも、上手く言い返せる自信はなかったが。
「夜幻の妖精様には、それに相応しい淑女が横に立つべきよ。貴女のような頭でっかちでは、お気の毒だわ」
言いたいことだけ一方的に言い放つと、令嬢は嵐のように去っていった。
(な、なんだったの?今の方は……?)
貴族学校も社交界の縮図であり、女子生徒内では、嫌味の応酬や嫌がらせなんて、そこかしこで発生していたが、爵位も低く、婚約者も無く、成績以外目立たず、高位令嬢の取り巻きもやっていなかったエイミーは、そういった争いに縁がなかった。
今回、彗星のごとく社交界に登場した、美貌の子爵のパートナーとして、大いに目立ってしまったことに、ようやく気付いたエイミーだが、この時はまだ深刻に考えていなかった。
(ルーカス様は大変美しいけれど、子爵だから、高位貴族のご令嬢が本気で狙うなんてことは……)
劇団俳優に夢中になる貴族夫人達のようなものだろう、と考えていたエイミーは、すぐに認識を改めるようになる。
とはいえ、今のエイミーはそんなことは思いもせず、ルーカスに紹介してもらった本を探すために、席を立った。




