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7.エイミーは思い悩む

「エイミー、何か疲れてない?大丈夫?」

「大丈夫です……」


舞踏会という名の恐怖の時間が終わり、エイミーはぐったりとしたまま帰りの馬車に乗っていた。

今日はルーカスに送られて、カイラス子爵家に向かっている。


疲れきっているが、舞踏会で、エイミーは1曲も踊っていない。

約3時間、ただ立っていただけだ。第二王子とルーカスの会話に割り込むこともなく、生きた心地もせず。


(まさか、第二王子殿下が、あんなに真面目な方だったなんて……)


エイミーが驚いたことに、第二王子アイザックはルーカスに対し、ルーカスの姉、メリッサに求婚したいと、許可を求めたのだ。

確かに貴族の婚姻は、まず当主に許可を得ることが常識だ。

とはいえ、ルーカスは弱小子爵、かたやこの国の第二王子。極端な話一言命じれば、例え本人が嫌がったとしても、妻だろうが、さらに言えば妾にだって召し上げることができる立場だ。


しかし、エイミーが横から見ている限り、第二王子は、年も身分もだいぶ下のルーカスに対して、誠心誠意、礼儀を尽くしていた。

そこに、噂のような傍若無人な第二王子の姿はなかった。


「……エイミーは、アイザック殿下ってどういう人だと思う?」


いつも元気なルーカスが、随分おとなしい声で問い掛けてきた。

真剣な声色に、エイミーも自分の思ったことを正直に伝えることにした。


「わたくしも、勿論直接お話できるような立場ではありませんので、臣下として拝見してきた印象に過ぎませんが……。我が国有数の魔力をお持ちなのに、それを国のために使われ、戦が起きれば、尊い身にも関わらず、民を守るため先頭に立って下さっている、本当に尊敬に足る方だと思っています」


これは、あくまでエイミーの勝手なイメージだが、今日横から見ていた限り、どうやらその印象は外れていない気がする、と感じていた。


恐らく、ルーカスも悪い印象を持てなかったのだろう。

最初は王子に対する態度とは思えない、ぶっきらぼうさで、エイミーは何度も冷や冷やしたが、次第に態度が軟化し、最後はどこか懐いているような表情になっていた。

最後は「義兄とよべ」「わかりました!」などという、耳を疑うようなやりとりが交わされていた。


「だよねぇ……姉さまも、あいつのこと、好きなのかなあ……」


しかし、どことなく寂しそうなルーカスに、エイミーは何も声をかけることができなかった。



◇◇◇◇◇◇



建国祭の後、エイミーを取り巻く環境は大きく変化した。


ルーカスが領地に帰っていった後、エイミーは父と共に、王宮に呼び出された。

相手は、宰相の長男で、王太子補佐官を務めるエドガー・クロフォードだ。

同じ王宮勤務の官僚とはいえ、小役人のカイラス子爵とは天と地の差がある。


ガッチガチの父の隣で、偉い人に会うことに慣れてしまったエイミーのほうが、むしろ落ち着いている。


「カイラス子爵、これは、あくまで内々の話だが……」

「は、はいい!」

「最近噂になっている、アイザック第二王子殿下と、グレイ子爵家メリッサ嬢の関係だが、これは概ね事実だ。アイザック殿下は臣籍降下の後、メリッサ嬢を妻に迎えるおつもりでいる」

「はいい!」


カイラス子爵は壊れた人形のように首をかくかく動かしている。返事も上ずっている。

エドガーは、おかしなことになっているカイラス子爵をチラッと見たが、何事もなかったかのように冷静に続けた。


「ただし、グレイ子爵家は今でこそ何とか持ち直しているが、未だその財政はギリギリだ。グレイ子爵の母君と姉君が何とか支えてきたが、当のグレイ子爵は若く、あまりにも頼りない」


(ちょっとバッサリ過ぎないかしら)とエイミーは思ったが、その評価を否定する根拠もないので、黙って聞き続ける。


「いくら臣籍降下された後でも、王子殿下の妻の実家が没落するのは、外聞が悪すぎる。そこで、優秀なご令嬢にグレイ家を支えて欲しいとの両陛下のご意向により、我ら臣下にて検討した結果、カイラス子爵令嬢が、家柄、才覚ともに相応しいとの結論に至った」

「う、うちのエイミーがですか!?な、なんと畏れ多い……」


思った以上に大きい話に、エイミーも父も、大いに動揺した。


(こ、国王陛下と王妃陛下のご命令で、何で私が選ばれるの!?別に働いてもいないし、そこまで大した家柄でもないのに?)


エドガーから説明されても、自分自身を全く適任とは思えないエイミーは、困惑しっぱなしだった。

カイラス子爵は、自分より一回り以上若いエドガーに怯えながらも、何とか声を振り絞った。


「あの、大変光栄なお話ですが、エイミーにはあまりに重く、まだその覚悟も無いと思いますし、すぐには……」

「グレイ子爵もまだ若いゆえ、今すぐ嫁げという訳ではないが、数年以内にはそのつもりでいるように。無論、カイラス家にも悪いようにはしない。すべて国王陛下のご意向である」


有無を言わさぬ口調で、更に国王陛下の御名まで出されてしまっては、カイラス子爵とエイミーが、それ以上物を言うことは許されない。

カイラス子爵父娘は、すごすごと帰るしかなかった。


◇◇◇◇◇◇


「いやあ、大変なことになってしまった。だが、エイミーが国王陛下直々に目をかけていただいたということだ。何と誉れ高い」

「エイミーの聡明さが、国の上層部まで届いていたということだな」


帰宅後、次第に落ち着きを取り戻したカイラス子爵と、事情を聞いたロナルドは、随分この話に前向きになった。


なにせ、王家にお膳立てされた縁談だ。

グレイ子爵家は、山奥で財政も潤沢とは言えないとはいえ、王家と縁戚になる以上、目をかけられるだろうし、大きく崩れることは無いだろう。

しかも、ルーカスはとんでもない美形で、不思議でつかみどころがないが、性格も素直で悪くない。

良縁と言ってもいいはずだが、エイミーは複雑な感情を拭えなかった。


(私が選ばれた理由って、単に貴族学校の成績が良くて、婚約者がいなくて、家格が合っていただけよね)


エイミーとて、評価していただいたことはありがたい、と思っている。

そもそも貴族の婚姻は、本人同士の知らないうちに、家同士や政治的な思惑で勝手に決まっていくものだ。

正式な婚約前に、親交を深める機会を得られたエイミーは恵まれている方だと、自分でも分かっている。


だが、エイミーは、自分自身を見て、望んでくれる男性と結婚したいという、少女らしい夢をなかなか捨てられなかった。

ルーカスの姉を大切に思っていることが、無表情なのに言葉の端々から滲み出ている、第二王子を見てからは尚更だ。


(そもそも、ルーカス様は私のことをどう思っているのかしら……)


誰にでも愛想の良いルーカスだ。紹介されたご令嬢が、エイミーでなくても、普通に仲良くやるだろう。エイミーである理由は、王家の紹介だから。それ以外ない。

そんなことを考えているうちに、エイミーはどんどん負のスパイラルに陥っていった。


領地に戻ったルーカスから、エイミーに手紙が届いたのは、それからすぐの事だった。


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