5.エイミーは混乱状態になる
国王の御前を下がり、パーティーに戻ると、ルーカスは令嬢方にあっという間に取り囲まれた。
神秘的な美貌を持つルーカスは、入場時点で注目の的だったが、あの性格に難のある伯爵夫妻を躱す機転、時折見せる無邪気な笑顔は、特に女性陣の母性を大いにくすぐった。
そして、国王王妃両陛下に声を掛けられるという、明らかに特別な立ち位置は、ご令嬢方の心に、大いに火を着けていた。
「あの、グレイ子爵?わたくし、ファーレン侯爵家のマーガレットと申しますの。明日の舞踏会で、1曲踊っていただけないかしら」
「あら、マーガレット様ズルいわ。アストリング伯爵家のミリアニアと申します。是非わたくしとも踊ってくださいまし」
「あら、私も……」
積極的なご令嬢方がわらわらと集まってきて、エイミーはあっという間に弾き飛ばされる。
女性陣に囲まれたルーカスは、「光栄です」と微笑みかけており、輪の外に追い出されたエイミーを、気にしている様子はない。
(ええ……一応私がパートナーなんですけれど)
気を遣うことが多すぎて、疲れてきたエイミーは、パートナーのいる男性にアプローチする女性にも、パートナーが離れてしまっているのに放置しているルーカスにも、無性に腹が立ってきた。
とはいえ、おとなしいエイミーが割り込むことなど出来るはずもなく、静かに壁の花になっていたが。
「ありがとうございます、エイミー様」
ポツンとしたエイミーに声をかけてきたのは、グレイ子爵家の従者ジムだった。
全ての挨拶が終わったことで、許可を得ている各家の従者や侍女も、会場に入ることができたようだ。
合流したジムも、ルーカスの様子を見て眉を顰める。
「申し訳ありません。お坊っちゃまは、社交界の駆け引きにも、異性関係にも疎いだけで、全く悪気はないのです」
「それはなんとなく分かっておりますので、大丈夫ですわ」
申し訳なさそうなジムを責めることなく、エイミーは1人、アルコールの入っていない果実水をチビチビと飲む。
(まあ、あれだけ美しい方に、私なんて釣り合わないもの……)
ウジウジと悩んでいたエイミーは、ふとルーカスを見て違和感を覚えた。
(少し、お顔の色が悪い気がする)
ルーカスは、元々陶器のような色白の肌だが、それにしても血の気がない。
エイミーがそう思ったのと同時に、ジムも気付いた。
「……お坊っちゃま、体調が悪そうです」
「やっぱりそうですよね」
「元々体の強い方ではありませんので。長旅でしたし、少し休ませたいのですが……」
とはいえ、ルーカスは令嬢の大群に取り囲まれている。一介の従者であるジムが、掻き分けていく訳にはいかない。
ルーカスにも、上手く令嬢をあしらって席を外すような話術はないだろう。
そうこうしているうちに、ルーカスの顔色は更に悪くなっていく。
(もう!仕方がない……)
学生時代から、目立たないことを心掛けてきたエイミーだが、ルーカスを心配するあまり、自分でも驚くほどの行動力を発揮した。
「失礼しますわ」
普段は上げない大きさの声を出すと、エイミーは目の前の令嬢の壁に全身で突撃する。
自分より目上の令嬢達にも臆することなく、堂々と力ずくで通り抜けると、ルーカスの腕に手を絡めた。
「ルーカス様、わたくし少し疲れましたので、外に出たいのですが」
「……そうだね。行こうか」
ルーカスの目が明らかにほっとした色になるが、伝わったのはエイミーだけだった。
傍目には宣戦布告にしか見えないエイミーの行動に、令嬢達の非難の眼差しが突き刺さる中、エイミーはパーティー会場の出口だけを真っすぐに見つめて進んだ。
傍目からは、エイミーがルーカスの腕に手を添えているように見えるが、実際はルーカスの体重が、だいぶエイミーの細腕に圧し掛かっている。
(お、重い!)
ごくごく普通の令嬢であるエイミーに、細身とはいえ、男性であるルーカスを支えることはかなりの苦行だ。
少ない筋肉を総動員し、優雅な表情を崩さず、根性だけで出口まで歩き切った。
「ありがとうございます、エイミー様」
人目が無くなるとすぐに待ち構えていたジムが、反対側で、ルーカスを支える。
「お坊っちゃま、大丈夫ですか?」
「……目の前が白黒……」
そのままフラッと倒れそうになるルーカスを、ジムが手慣れた様子で担ぎ、手を離したエイミーは、近くの女官に休憩室への案内と、医師の手配を頼んだ。
パーティーでは、アルコールや人混み、緊張などで気分を悪くする参加者はそれほど珍しくはなく、休憩室が何部屋か用意されており、医師も常駐している。
スムーズに案内された部屋のベッドに、ルーカスが横たえられるのと同時に、ノックの音がした。
(もうお医者様が来たのかしら?)
ドアの傍にいたエイミーが開けると、そこにはエイミーやルーカスと変わらない年頃の少年がいた。
「えっと……?」
戸惑うエイミーに対し、少年は申し訳なさそうに話し始めた。
「すみません。僕は王宮魔法使いです」
すぐには気づかなかったが、そう言われれば、確かに王宮魔法使いのローブを着ている。
「これは失礼を致しました!」
王宮魔法使いは特権をいくつも与えられており、そこら辺の貴族よりよほど地位が高い。
慌てて謝罪するエイミーに対し、少年は「構いません」と少し微笑んだ。
入室を希望している王宮魔法使いを阻むことなどできない。エイミーが入口脇に避け、少年が入室すると、気付いたジムが驚愕の顔になった。
「やあ、ジム。オプトヴァレーではお世話になりました」
「リ、リオ様!?」
(リオ様って、確か王太子殿下付の!?)
ただでさえ身分の高い王宮魔法使いの中でも、筆頭魔法使いと、王族付きの魔法使いは更に別格となる。
(こんな、街中にいそうな小柄な子が!?)と、口に出したら捕まりかねないことを、エイミーが考えているなどつゆ知らず、リオはルーカスのベッド脇に立った。
「ルーカス久しぶり。大丈夫?」
「……ああリオ。久しぶり。ちょっと疲れただけ……」
王太子付王宮魔法使いに対し、旧知の友のような口調で話すルーカス。
「やって来てなんだけど、僕は回復とかそういった魔法は使えなくて。燃やすとか壊すとかが専門なんで」
「……じゃあ帰って」
(ルーカス様って……、グレイ子爵家って何者!?)
弱々しい声で、大概無礼なことを呟くルーカスにエイミーは付いていけず、ただ茫然として部屋の隅に立ち尽くしていると、またもノックの音がした。
我に返ったエイミーは、ドアを開け、再び硬直した。
「あ、お、おお、」
喉からは意味不明な音しか出てこない。
そこにいる人が誰かは、貴族令嬢たるエイミーは瞬時に理解した。理解したが、頭が処理しきれない。
壊れた楽器のような音を出すエイミーを、無表情のまま見下ろしていた彼の人は、表情を変えないまま、明朗な声で問いかけた。
「グレイ子爵はここか?」
「は、はいい!」
なんとか答えたものの、エイミーの声は完全に裏返っている。
大パニック状態で固まるエイミーをチラッと見ただけで、そのまま彼は横をすり抜けて、勝手に入っていった。
「アイザック様、駄目じゃないですか。王子殿下が席を外すなんて」
「俺に注目してる奴なんていねえよ」
(ああ……私の気のせいであって欲しかった)
エイミーの気のせいでもなんでもなく、その人は間違いなく、レイファ王国アイザック第二王子殿下その人であった。