表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

2.妖精登場

建国祭前夜祭の日、エイミーは、侍女に囲まれ、念入りなヘアメイクを施されていた。


「エイミーお嬢様のドレスアップは、腕が鳴ります」

「本当に。お美しいのでやりがいがありますわ」


張り切る侍女達に微笑み、気付かれないようにそっと溜め息を落とす。

グレイ子爵ルーカスのエスコートを受けると決めてから、カイラス子爵家は家族総出で、グレイ家について調べあげた。


グレイ家は、元々はそれなりの名家だったが、三代前の当主が多額の借金を作り、一代で没落したらしい。

税務官僚であるカイラス子爵が、職権乱用して調べたところ、昨年、ルーカスの姉メリッサが、王宮女官を退職したのと同時に、借金を完済していた。

「もしかしたら、やんごとなき方のお手がついて、多額の慰謝料を得たのかも……これは触れてはならない闇だ!」と、カイラス子爵は、1人妄想を炸裂させていた。


一方、ロナルドが調べたところ、メリッサは貴族学校を優秀な成績で卒業し、王宮女官になった後も、最年少で王太子宮に配属されるほど、仕事の出来る女性だったらしい。

貴族夫人のネットワークを使った母や姉の調査でも、メリッサは浮いた噂1つない、むしろ地味で真面目な女官だったようだ。


それを聞いた時、エイミーの沈んだ心は少し浮上した。

(そんな優秀なお姉様のいる方なら、本を読む女性にも寛容かも)


ただ、当のルーカスに関しては、領地から一度も出てきてないだけあって、何一つ情報が得られなかった。


(できれば、優しい方だといいな……)


ダンの顔が頭をよぎり、何度目かの溜め息をついた時だった。

バタバタと派手な足音がして、若い侍女が部屋に飛び込んできた。

指導が行き届いているカイラス家の侍女にしては、非常に珍しい。


「何事ですか、騒々しい!」

「も、申し訳ありません!」


年配の侍女の叱責に、若い侍女が縮み上がる。


「何かあったの?」


気の毒に思ったエイミーが、努めて優しく聞くと、若い侍女はしょんぼりと切り出した。


「失礼いたしました……。ぐ、グレイ子爵がお見えになりました」


予定の時間よりは少し早いが、そんなに焦るほどではない。

恐らく父が応接間で対応してくれるだろうに、なにを焦っているのか、エイミーは首を傾げた。

怪訝な空気を感じたのだろう、侍女が恐る恐る口を開いた。


「あ、あの、その……とてつもなく美しくて……」

「美しい?なにが?」

「……グレイ子爵です」



◇◇◇◇◇◇



「お初にお目にかかります。ルーカス・グレイと申します」


優雅な仕草で手を取る礼をする麗人を、エイミーは、返答も忘れて呆然と眺めた。


どちらかと言えば女性的な細くすらっとした体格、陶器のようにシミ一つない白い肌、鼻筋は通り、口元は甘い笑みを浮かべている。青みがかった黒髪はサラサラと流れ、パッチリとした薄茶色の瞳は小動物のように可愛らしい。


(この人、本当に人間?天使とか妖精では……)

神秘的な美と、愛らしい幼さが絶妙に同居しているグレイ子爵ルーカスは、そんな荒唐無稽なことを考えてしまうほど、人間離れしていた。


(こんな美しい方にエスコートしていただくなんて……)


容姿についてはそれなりに褒められることが多く、今日も全力で着飾っているエイミーだが、この方の隣では、自分なんて、完全に霞むであろうことを覚悟した。

意識を飛ばしていたエイミーは、父のわざとらしい咳払いで、慌てて意識を取り戻す。

ルーカスは不思議そうに、大きな瞳でエイミーの目を覗き込んでいる。

ジッと見つめられ、顔を赤く染めたまま、エイミーは慌てて挨拶を返した。


「カ、カイラス子爵家次女、エイミーでございます。本日はよろしくお願いいたします」


動揺が出てしまい、俯きそうになるエイミーに、ルーカスはぱっと顔を輝かせた。


「こちらこそよろしくお願いします!エイミー嬢」


ルーカスの満面の笑みに、エイミーは思わず頬を染め、後ろで控える侍女達の間から、「きゃあ!」と小さな歓声が上がった。


エイミーはまるで天使に導かれるように、馬車までエスコートされ、乗り込む。


エイミーとお付きの侍女が並んで座り、向かいにルーカスと、その従者が座る。

前に座る人を直視できず、俯くエイミーの耳に、子供のようにはしゃぐ声が聞こえた。


「どう?ジム。完璧だったでしょ!?僕、やれば出来るんだよね~」


驚いて顔を上げると、ルーカスがにこにこと隣の従者に話しかけている。

先程までの神秘的な雰囲気は霧散し、むしろ15歳という年齢よりも随分幼い印象になっている。


「お坊っちゃま……ここで言っては台無しでございます」


ジムと呼ばれた従者が溜め息をつくが、ルーカスは気にする様子なく続ける。


「だってこれから王宮だよ?頑張るけど、誤魔化しきれないかもしれないし、エイミー嬢に迷惑かけちゃうかもしれないし」

「わ、わたくしに?」


突然出てきた自分の名前に、エイミーは思わず反応してしまう。


「そう!僕は今回初めての王都だから、何も分からないし、貴族の顔も知らないし、母さまや姉さまが言うには、常識もないらしいし。どうしよう?」

「ど、どうしようって……?」


予想外の事態に、エイミーはただ狼狽え、隣の侍女は凍り付く。

困りきっている2人に、見かねたジムが口を挟む。


「お坊っちゃまには、一通りのマナーは詰め込んでありますが、このように少々変わった方なので、何かしでかす可能性は、否定できません」


(従者がとんでもないこと言い出した……)


「そんなことないよ~」と頬を膨らませるルーカスを見ているうちに、エイミーの胸にも、ムクムクと不安が沸き上がってきた。

ルーカスの抗議を無視して、ジムが続ける。


「ベネット侯爵家の執事長から、エイミー様は大変優秀な方だとお聞きしました。私も、お坊っちゃまをフォローするつもりですが、立場上、貴族の方々のお話には入れません。どうか、お坊っちゃまを、グレイ子爵家をお助け下さい!」

「助けて下さい!」

「ええ!?ちょっと、頭をあげてください!」


ジムとルーカスに勢いよく頭を下げられ、エイミーは慌てて顔を上げるように促す。

上目遣いで、ウルウルとこちらを見るルーカスに、エイミーは完全に射貫かれた。


(な、なんてあざといの……)


庇護欲のような、不思議な感情がどんどん沸き上がってくるのを感じたエイミーは、反射的に返事をしてしまった。


「わ、わたくしでよろしければ……」

「わあ!ありがとうございます!」


パッと顔を輝かせたルーカスは、エイミーの両手をつかみ、ブンブン上下に降り始めた。


「お坊っちゃま!ご令嬢にみだりに触れてはいけません!!」

叱るジムの声。全く気にせず、「エイミーって呼んでも良い?僕のことはルーカスって呼んで!」と無邪気に話すルーカス。


これまで経験したことのない、謎の状況についていけず、エイミーはただただ呆然とした。


ちなみに、エイミーは外と内で一人称(私、わたくし)を使い分けています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ