13.エイミーの進化
「どうでしょうか?クララお姉様。おかしくないですか?」
「すごく似合っているわ!」
いつも淡い色合いのドレスを着ることが多かったエイミーだが、今日着ているドレスは、深い青色を基調としている。
黒に近い色だが、光を浴びると、光沢のある生地がキラキラと色合いを変え、決して暗い印象にはなっていない。
気品のあるデザインは、エイミーをぐっと大人っぽく引き立てている。
初めてルーカスからエイミーに贈られた、ルーカスの髪の色を思わせるドレスだ。
『瞳の色を贈ることが多いと聞いたのですが、僕の瞳の色はこげ茶なので、ちょっとドレスにするにはどうかと思いまして。ただ、黒っぽいので、喪服みたいになってしまっていたらごめんなさい』
添えられていたルーカスの手紙を思い出し、エイミーは思わず微笑みを浮かべる。
そんな妹の明るい顔を、姉クララは、目を細めて見つめる。
いつも自信の無さそうな、怯えたような表情を浮かべていた妹は、この数か月で、すっかり目にしなくなった。
そこに、ルーカス・グレイ子爵の影響があるということは、もう家族全員が分かっている。
熱心に縁談を持ちかけてきたローズホール男爵家の嫡男なら、おとなしいエイミーを引っ張ってくれるのではと思ったこともあったが、エイミーの意思を尊重して良かったと、父、カイラス子爵は最近よく漏らしている。
先日、第二王子の臣籍降下、並びに、第二王子とルーカスの姉メリッサとの婚約が、正式に王家から発表された。
その叙爵と婚約を祝うパーティーに、エイミーはルーカスと共に参加する。
正式な婚約はこれからだが、ルーカスの色のドレスを纏い、王家主催のパーティーに参加するということは、実質、他の貴族に対する婚約発表のようなものだ。
「エイミー、良かったわね」
「はい!」
エイミーの笑顔に一点の曇りもない。姉として、これ程嬉しいことはないが、ただ一つ、クララには、父や兄から確認するように言われていた、懸案事項があった。
鏡の前で自らの姿を確認しているエイミーの背後の本棚から、クララは一冊の本を手に取る。
「エイミー、そういえばこれなんだけど……」
「わ!お姉様、見ない方が良いですわよ」
クララの手にある本をエイミーはひったくるように奪う。
心配しなくとも、クララは中を見る気は一切ない。絶対に見たくない。
「貴女は、何をしているの?」
エイミーが背に隠す本には、『動物解剖学』のタイトルが踊り、中身は……。
恐らく一般的な貴族女性では、目にしただけで失神するであろう、リアルな挿絵がふんだんに使われている。
「ルーカス様に相応しい女性になるための勉強です!」
きっぱりと言い切る妹に、クララは深い溜息をついた。
(ああエイミー、貴女はどこへ……)
最近では、エイミーは料理長に頼み込み、魚や肉を捌く所を見ているらしい。
エイミーを明るくしてくれたグレイ子爵には、クララも深く感謝している。
だが、グレイ子爵と出会ってから、奇行が目立つエイミーに、カイラス子爵家一同は、一抹の不安を払拭できないでいた。
そんな家族の思いを知ってか知らずか、エイミーは頬を赤らめて、本を片付けていた。
◇◇◇◇◇◇
辺境伯となった元第二王子アイザックと、メリッサ・グレイ子爵令嬢の婚約を祝うパーティーは、大規模なパーティーにしては珍しく、比較的穏やかな空気だった。
これだけの身分差のある婚姻となれば、表立って言えなくても、異論ややっかみが裏で渦巻くものだが、納得せざるを得ないだけの働きを、メリッサがしてきたこと、そして何より、あの気難しい第二王子を、他に手懐けられる女性なんていないということを、皆わかっているためか、冷や水を浴びせるような行動をとるものはいない。
国内の名だたる令嬢や、娘を国母にしようとしていた貴族達の嫉妬と怨念で、ドロドロしていたと評判の、一昨年の王太子殿下成婚パーティーとは大違いだ。
普段は視線で人を殺しそうなアイザックだが、無表情は相変わらずながらも、メリッサを見る時だけは、微かに目尻が下がっている。
横に立つメリッサも、下級貴族で女官出身とは思わせないほど堂々としており、身分差を感じさせないほど、並ぶ2人の姿は、シックリとしていた。
数日前、王都にやってきたグレイ子爵家に挨拶をした際、エイミーは初めてメリッサと会った。
あの第二王子が惚れ込んだ女性とは、どのような人だろうと妄想を広げていたエイミーの想定とは全く違い、とても「普通」の方だった。
「ルーカスをよろしくお願いしますね」
とエイミーに言ってくれたメリッサの微笑みは、貴族令嬢特有の、お手本のような笑顔ではなく、とても素直で優しいものだった。
少し話しただけで、ルーカスと同じ、真っすぐに他人に向き合っている方なのだとエイミーにも感じられた。ルーカスのように、ぶっ飛んではいないけれども。
(もしかしたら、第二王子殿下がメリッサ様に惹かれた理由と、私がルーカス様を好きになった理由は、根本は同じかもしれない)
なんて、畏れ多いことを考えてしまうほど、エイミーは未来の『義姉』をすっかり好きになっていた。
物語の一場面のような、パーティーの主役2人を、いつまでもうっとりと見つめていたいエイミーだったが、親族であるルーカスと共にいる以上、そうはいかなかった。
目まぐるしく話しかけに来る貴族達に、ルーカスがボロを出さないよう、細心の注意を払い、ルーカスの耳に囁いたり、自然に話題を転換したりと、気が休まる時は一瞬たりともない。
周囲に気を配り続けているエイミーは、このめでたい席で、自分を睨むように見つめる視線に気づいていた。
そして、その主は、ルーカスが離れた瞬間を狙って、エイミーに話しかけてきた。
(よし!頑張るわよ、私)
エイミーはニッコリと微笑みを浮かべ、目の前のファーレン侯爵令嬢マーガレットに丁寧な礼をした。




