表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

11.デートと個別授業

ルーカスがエイミーを連れて行ったのは、王都の片隅にひっそり佇むカフェだった。


「ここのケーキが美味しいって、姉さまから教えて貰ったんだ~」


外見は古い建物だったが、中は落ち着いた雰囲気で掃除が行き届いている。

客は他に2組のみだったが、裕福そうな年配の夫婦と、友人か姉妹と思われる女性2人組と、客層も悪くない。


「素敵なお店ですね!」

「でしょ?さすが姉さま」


その後、お互いに紹介しあった本の感想を言い合うな

ど、他愛ない話をしながら、ケーキに舌鼓を打つ。

エイミーにとって、心が安らぐ時間だったが、ふと、疑問が浮かんできた。


(ルーカス様、こんなにのんびりしていて大丈夫なのかしら?)


今回、ルーカスが王都に来た理由は、領主にとって年に一回の気の重いイベント、『収支報告』である。

税務庁に領主もしくは代理人が出向き、領地の収支報告書を提出、税務官の査定という名の圧迫面接を受け、その結果で税額が決定する。

今後の領地経営に直結するイベントであり、どこの貴族もピリピリし、胃を痛める、嫌な時期だ。


そして、昨年まで未成年だったルーカスは、今回初めて、自ら圧迫面接を受けることになるのだが、その顔に緊張感というものは存在しない。

明日が査定日なのに、前日にエイミーをデートに誘うほど、余裕にあふれている。


(もしかして、分かっておられない?)


エイミーの失礼な心の声が聞こえた訳でもないだろうが、ルーカスがおもむろに、従者に持たせていた荷物から、書類を取り出した。


「そうそうエイミー、僕、明日、収支報告?っていうのに行くんだ」

「存じております」


(良かった、ちゃんと分かってた)とほっとしたエイミーの目の前に、書類の束が置かれる。


「……なんでしょう?」

「リハーサルに付き合ってください!」

「ええ!」


エイミーが目の前の書類を慌ててみると、それは、グレイ子爵家の財務書類一式だった。

これさえ見れば、その家の状況は丸裸になる。通常、他家には絶対に見せてはならない極秘文書だ。


「わ、わたくしが見ても、大丈夫なのですか?」

「全然。見られても困るようなことはないし」


エイミーが店の中を見回すと、老夫婦は既に帰ったようだ。もう1組の女性2人組の席は離れており、声は届かないだろうが、それにしても、外でする話でもない。


「あの、場所を移した方がよいかと……」

「え~、どこにする?」


マイペースなルーカスは、今にも書類をめくり出しそうだ。

(どこか静かで、個室のあるところ……)


大慌てで考えるが、個室のある高級店などに行ったことのないエイミーには、すぐに思い付く場所がない。

咄嗟に口をついたのは、一番慣れた場所だった。


「と、図書館はどうでしょう?」



◇◇◇◇◇◇


王立図書館には、閲覧用の個室や、会議室が複数用意されている。

貴族学校生が、自習や打ち合わせに使うこともあり、防音は優れているということを、図書館の常連だったエイミーは熟知していた。


「へぇ~、ここが王立図書館?凄い!大きい!」


大喜びのルーカスと連れだって、図書館に入る。

ルーカスは子供のようにはしゃぎ、楽しそうに辺りを見回している。図書館にいるテンションではない。


受付で小さめの会議室を借り、机の上に、再度グレイ家の財務書類を広げると、ようやくルーカスは本題を思い出した。


「あ、そうだった。エイミーに聞いて貰おうと思ってたんだっけ」

「……忘れないでくださいませ」

もっと言いたいことはあったが、賢明なエイミーは、その殆どを飲み込んだ。


「じゃあ始めます!」


エイミーの気も知らず、唐突に説明を開始する自由なルーカス。

エイミーは、慌てて書類を開き、数字を目で追い始めた。



◇◇◇◇◇◇



「どうだった?」


説明を終え、得意気に胸を張るルーカス。

その目は何かを期待するかのように、キラキラと輝いている。

真っ直ぐに目を見つめられ、少し気恥ずかしさを感じながらも、エイミーはニッコリと笑い返した。


「全く問題ないかと思います」


これはお世辞でも何でもなく、エイミーの本心だった。

グレイ子爵家の報告書は、正にお手本通りに作られていた。

エイミーから見ても、突っ込み所はなく、堅実な経営をしている様子が伺い知れた。


(だけど、もうちょっと何とかできるかも……)


ふと、頭をよぎったが、他家のことに対して、口を出すなんて失礼にも程があると、エイミーは口を噤んだ。

しかし、ルーカスは実に目敏かった。


「なになに?何かあるんでしょ?」

「いえ、何でもありません」

「またまた~エイミーは。思ったことは言わないと、体に悪いよ。なんでもどうぞ!」


「さあさあ」とルーカスに促され、エイミーは言葉を選んで、少しずつ説明をする。


「えっとですね、この報告書は全く問題ないのですが、もっと改善の余地があると思いまして……」

「え!?どこどこ?」

「例えばですね、グレイ家の規模でしたら、もっと税を減らして貰える仕組みがありまして……」


目をキラキラさせ、メモまでとっているルーカスに、エイミーの説明も次第に熱がこもってくる。


「せっかくなので、分かりやすい本を持ってきますね!」

「お願いします!」


ルーカスを残し、一目散に参考書を取りに行ったエイミーは、自分達のいた会議室を、じっと観察し続けていた人間がいたことに、気づいていなかった。


手早く数冊の本を見繕い、弾むような足取りでルーカスの待つ部屋の前まできたエイミーは、室内で、ルーカス以外の声がすることに気付き、足を止めた。

中では複数人の気配がする。

その内の1人、ルーカスと話す、聞き覚えのある若い男の声。その人物に思い至った時、エイミーは息を呑んだ。


(ダン……なんで!?)


思い出したくもない、あの1年前の出来事。それと似た状況に、エイミーはその場に立ち尽くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ