11.デートと個別授業
ルーカスがエイミーを連れて行ったのは、王都の片隅にひっそり佇むカフェだった。
「ここのケーキが美味しいって、姉さまから教えて貰ったんだ~」
外見は古い建物だったが、中は落ち着いた雰囲気で掃除が行き届いている。
客は他に2組のみだったが、裕福そうな年配の夫婦と、友人か姉妹と思われる女性2人組と、客層も悪くない。
「素敵なお店ですね!」
「でしょ?さすが姉さま」
その後、お互いに紹介しあった本の感想を言い合うな
ど、他愛ない話をしながら、ケーキに舌鼓を打つ。
エイミーにとって、心が安らぐ時間だったが、ふと、疑問が浮かんできた。
(ルーカス様、こんなにのんびりしていて大丈夫なのかしら?)
今回、ルーカスが王都に来た理由は、領主にとって年に一回の気の重いイベント、『収支報告』である。
税務庁に領主もしくは代理人が出向き、領地の収支報告書を提出、税務官の査定という名の圧迫面接を受け、その結果で税額が決定する。
今後の領地経営に直結するイベントであり、どこの貴族もピリピリし、胃を痛める、嫌な時期だ。
そして、昨年まで未成年だったルーカスは、今回初めて、自ら圧迫面接を受けることになるのだが、その顔に緊張感というものは存在しない。
明日が査定日なのに、前日にエイミーをデートに誘うほど、余裕にあふれている。
(もしかして、分かっておられない?)
エイミーの失礼な心の声が聞こえた訳でもないだろうが、ルーカスがおもむろに、従者に持たせていた荷物から、書類を取り出した。
「そうそうエイミー、僕、明日、収支報告?っていうのに行くんだ」
「存じております」
(良かった、ちゃんと分かってた)とほっとしたエイミーの目の前に、書類の束が置かれる。
「……なんでしょう?」
「リハーサルに付き合ってください!」
「ええ!」
エイミーが目の前の書類を慌ててみると、それは、グレイ子爵家の財務書類一式だった。
これさえ見れば、その家の状況は丸裸になる。通常、他家には絶対に見せてはならない極秘文書だ。
「わ、わたくしが見ても、大丈夫なのですか?」
「全然。見られても困るようなことはないし」
エイミーが店の中を見回すと、老夫婦は既に帰ったようだ。もう1組の女性2人組の席は離れており、声は届かないだろうが、それにしても、外でする話でもない。
「あの、場所を移した方がよいかと……」
「え~、どこにする?」
マイペースなルーカスは、今にも書類をめくり出しそうだ。
(どこか静かで、個室のあるところ……)
大慌てで考えるが、個室のある高級店などに行ったことのないエイミーには、すぐに思い付く場所がない。
咄嗟に口をついたのは、一番慣れた場所だった。
「と、図書館はどうでしょう?」
◇◇◇◇◇◇
王立図書館には、閲覧用の個室や、会議室が複数用意されている。
貴族学校生が、自習や打ち合わせに使うこともあり、防音は優れているということを、図書館の常連だったエイミーは熟知していた。
「へぇ~、ここが王立図書館?凄い!大きい!」
大喜びのルーカスと連れだって、図書館に入る。
ルーカスは子供のようにはしゃぎ、楽しそうに辺りを見回している。図書館にいるテンションではない。
受付で小さめの会議室を借り、机の上に、再度グレイ家の財務書類を広げると、ようやくルーカスは本題を思い出した。
「あ、そうだった。エイミーに聞いて貰おうと思ってたんだっけ」
「……忘れないでくださいませ」
もっと言いたいことはあったが、賢明なエイミーは、その殆どを飲み込んだ。
「じゃあ始めます!」
エイミーの気も知らず、唐突に説明を開始する自由なルーカス。
エイミーは、慌てて書類を開き、数字を目で追い始めた。
◇◇◇◇◇◇
「どうだった?」
説明を終え、得意気に胸を張るルーカス。
その目は何かを期待するかのように、キラキラと輝いている。
真っ直ぐに目を見つめられ、少し気恥ずかしさを感じながらも、エイミーはニッコリと笑い返した。
「全く問題ないかと思います」
これはお世辞でも何でもなく、エイミーの本心だった。
グレイ子爵家の報告書は、正にお手本通りに作られていた。
エイミーから見ても、突っ込み所はなく、堅実な経営をしている様子が伺い知れた。
(だけど、もうちょっと何とかできるかも……)
ふと、頭をよぎったが、他家のことに対して、口を出すなんて失礼にも程があると、エイミーは口を噤んだ。
しかし、ルーカスは実に目敏かった。
「なになに?何かあるんでしょ?」
「いえ、何でもありません」
「またまた~エイミーは。思ったことは言わないと、体に悪いよ。なんでもどうぞ!」
「さあさあ」とルーカスに促され、エイミーは言葉を選んで、少しずつ説明をする。
「えっとですね、この報告書は全く問題ないのですが、もっと改善の余地があると思いまして……」
「え!?どこどこ?」
「例えばですね、グレイ家の規模でしたら、もっと税を減らして貰える仕組みがありまして……」
目をキラキラさせ、メモまでとっているルーカスに、エイミーの説明も次第に熱がこもってくる。
「せっかくなので、分かりやすい本を持ってきますね!」
「お願いします!」
ルーカスを残し、一目散に参考書を取りに行ったエイミーは、自分達のいた会議室を、じっと観察し続けていた人間がいたことに、気づいていなかった。
手早く数冊の本を見繕い、弾むような足取りでルーカスの待つ部屋の前まできたエイミーは、室内で、ルーカス以外の声がすることに気付き、足を止めた。
中では複数人の気配がする。
その内の1人、ルーカスと話す、聞き覚えのある若い男の声。その人物に思い至った時、エイミーは息を呑んだ。
(ダン……なんで!?)
思い出したくもない、あの1年前の出来事。それと似た状況に、エイミーはその場に立ち尽くした。




