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10.撃沈と浮上

「エイミー、元気出して」

「クララお姉様、私って本当ダメです」


翌週、某公爵夫人主催のお茶会に、意気揚々と参加したエイミーは、あえなく敗走し、クララの励ましを受けていた。


クララの助言から、ファーレン侯爵令嬢や、他の令嬢からの攻撃は十分覚悟し、上手くかわす方法を熟考していた、つもりだった。

しかし、イメージトレーニングと、実戦は大いに異なる。

主催者の目の届かない庭の片隅で、上位貴族のご令嬢複数人に取り囲まれてなお、堂々と言い返せるほど、エイミーは気が強くなく、そんな経験も全くなかった。


「貴女、たかだか子爵家なのに、どういうつもり?」

「王子殿下から目を掛けられてるからって調子に乗らないことね」


目を掛けられているのは、私ではなくルーカス様ですよ、私は王子殿下に認識もされていませんよ、と口に出す余裕もない。

そのようなことを一言でもいえば、猛獣の群れに火を点け、取り返しのつかない状況になることは、目に見えていた。

イメージトレーニングは何の意味もなさず、ただ縮こまって嵐が過ぎることを待つ以外、エイミーにできることは無かった。


「だいたい貴女、グレイ子爵に何をしてあげられるのかしら?カイラス家じゃ、経済的にも支援できないでしょうし、人脈だって紹介できないでしょう?それとも、貴女自身にそんな魅力がおありになって?」

一番堂々と立ちはだかる令嬢――ファーレン侯爵家四女マーガレットの言葉に、周りの令嬢から笑いが起きる。


その時、エイミーの胸に浮かんだ感情は、怒りでも、悲しみでも、恥ずかしさでもない。

「その通りではないか」という肯定だった。


『勉強ばかりの、小賢しく可愛げのない女』

幼なじみに言われた言葉の傷が、1年以上経っても、エイミーの心で、じくじくと膿んでいる。

あの時、振られたダンの負け惜しみだと流せなかったのは、エイミー自身が、薄々自分のことをそう思っていたからだ。



色々なことを思い出し、俯くエイミーを、クララはゆっくり抱き寄せた。

「エイミー、貴女は十分に魅力的よ。私と同じ美人で、私よりずっと頭も良い」

「そんなことありません。人前に出ると、頭が真っ白になって、全然上手く話せないし、私は、全然ダメなんです……」

「そこよ!」


クララは優しく背中に回していた手で、思いっきりエイミーの背を叩く。

バシン!と中々派手な音がした。


「痛っ!」

「エイミーの問題は、その自信の無さよ!貴女は容姿も良いし、そこらの小僧連中よりよっぽど頭も良いのに、何でそんなに後ろ向きなのよ!」

「そういわれましても……」


俯くエイミーに、クララは胸の奥で溜め息をつく。本当に子どもの頃から、家族皆でどれ程褒めても、この妹は謙虚を通り越して、卑屈ともいえる反応を続けていた。

過剰すぎる自信を持って、伯爵令息を落としたクララから見ると、ただただもどかしい。

しかし、性格はそう簡単に変えられないことも分かっていた。

(誰か、家族以外で、エイミーが信頼できて、エイミーのことを分かってくれる方が、現れてくれれば良いのだけど……)


「ねえ、エイミー。少しずつでも、無理矢理でもいいから、自分を褒めてあげて」

「……はい、わかりました」


励ます言葉をいくつ思い浮かべても、今のエイミーには伝わらないだろうと、クララには分かった。

今、クララにできたアドバイスは、これだけだった。



◇◇◇◇◇◇



塞ぎこみがちだったエイミーに、再びルーカスからの手紙が届いた。

前回のエイミーの返事がルーカスの手元に着いて、すぐに返事を出したと思えるほど早く、エイミーの心は少し浮上した。


『親愛なるエイミー様。うちの領内で採れた花を乾燥させて詰めました。よかったら貰ってください』


手紙には小さな花柄の布袋が同封されていた。ルーカスからの可愛らしいプレゼントに、エイミーは一気に舞い上がった。

誰もいない自室で胸を高鳴らせながら、ポプリと思われるその布袋の匂いを、そっと嗅いでみたエイミーの微笑みは、すぐに微妙な顔に変化した。


(……なんだか、微妙な匂いがする……)


臭いというほどではないが、全然良い香りではない。不審に思ったエイミーは手紙の続きを読む。


『今新しく栽培を進めている、薬草になる花です。お腹を下した時に、お湯に入れて飲めば、抜群の効果を発揮します。ビックリするぐらい止まるよ!』


本当にルーカスは何を考えているのか、その後もしばらく考え続けたが、エイミーにはさっぱりわからない。

わかりようもないが、恐らく深い意味はなさそうなので、まあいいかと片づけた。

大分エイミーもルーカスワールドに慣れてきてしまったようだ。


『さて来週14日、王都に行きます。良かったら街で散歩しませんか?エイミーに会えることを楽しみにしています』


(来週14日……って明後日じゃない!?)


ルーカスの頭からは、グレイ子爵領から王都まで、郵便が届くのにかかる日数が、すっぽりと抜けているらしい。

残り2日間で、大慌てで準備することになったエイミーだが、慌ただしく過ごしていたおかげで、ウジウジと悩む時間は無くなったのだった。



◇◇◇◇◇◇



朝早くから身支度を済ませたエイミーは、手紙を読み返し、可愛い布袋(下痢止めの薬草入り)を見つめながら、今か今かと待ち続けていた。


ソワソワ落ち着きなく室内を行き来していると、ノックの音が鳴り、侍女の声がした。


「失礼いたします。エイミーお嬢様。グレイ子爵がお見えになりま」「すぐ行きます!」


侍女の言葉を最後まで待つことなく、返事をしてしまい、エイミーは真っ赤になる。

いつも落ち着いているエイミーの珍しい姿に、年嵩の侍女は苦笑する。


動揺を必死に押し隠しつつ、できる限り優雅な動きで、エイミーは玄関に急ぐ。

玄関ホールには、ルーカスが立っていた。なぜか、花瓶に生けてある花をいじっている。


「ルーカス様、ごきげんよう」

「あ!エイミー!久しぶり!」


ルーカスの顔がパッと綻び、その表情を見たエイミーも思わず微笑む。

「では、行きましょうか」


差し出されたルーカスの掌に、エイミーがそっと手を乗せると、そのままぎゅっと握られる。

手を添えるだけのエスコートを想定していたエイミーが思わず硬直するが、気付いた様子もないルーカスは、エイミーの手を握ったまま歩き出す。


キョロキョロしたまま、赤い顔でルーカスについていくエイミーを、カイラス子爵家の侍女達は、「あらあら」と微笑ましく見送った。


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