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【2「モンスターの居場所、あります」】
アパートの一室に、不ぞろいの小さい机が三つほど並んでいる。ひとつは空席で、ふたつはウルオンとノマエが横に座っている。
これらを準備した瀬賀としては学校の教室のような場所を再現したつもりだった。教壇に立つ瀬賀が咳ばらいをしてから言う。
「きょうは新しいともだちを紹介する」
部屋の隅にある椅子に座っているツルギを瀬賀が手で示し、
「まず、こちらはボランティアのツルギユウリ先生。ちゃんと言うことをきくように」
「こんにちはー!」
ノマエが元気よくあいさつをした。その隣にいるウルオンも跳ねて意思表示する。
「よろしくね」ツルギは優しく返す。
「あと、もうひとり。スノーウサギイヌのポッフーくんだ」
白くてふわふわ、あるいはモフモフの毛並み、子犬くらいの丸っこい謎の生き物を抱える瀬賀。
「白くてふさふさしてるのら!」
「ポフラン・モフランっていうのがフルネームだそうだ。スノーウサギイヌは寿命が三千年あるらしい。このポッフーはこう見えて百歳なんだ。仲良くしてやってくれ」
瀬賀がポッフーの頭を撫でると、ポフと間の抜けた声で鳴く。かわいらしく見えるが、絶滅危惧種に指定されている非常に珍しい生き物である。
「すごーい! ポフランモフラン! ポフランモフラン!」ノマエは興奮気味に連呼する。
ポフはいったんツルギのところにあずけられ、犬のように舌をだしてはっはっと息をする。
「百歳とは、子どもというべきなのかおじいちゃんいうべきなのかわからないな……よしよし」
ツルギに撫でられて、まんざらでもなさそうに「ポフ」と鳴き声を出す。
「ノマエ様もモフモフしたいー! さっそく遊ぶのらー!」
「まてまて。きょうからちょっとの間俺たちはここで暮らすわけだけど……教えておかなきゃいけないことがいっぱいある」
瀬賀はアミネとのやり取りを思い出しながら言う。
・ ・ ・
先日アパートで、「いきなりモンスターの子どもと暮らせっていっても、どうすりゃいいかわからないですよ」と瀬賀がアミネに言った。
「そうですね……幼稚園や保育園の一日と同じような感じです。お絵かきしたり、絵本をよみきかせたり、なにかに触れさせてみたり」
「幼稚園……」
幼稚園の先生になるってことか、と思いながら、
「できる気がしません」
「本屋にくるお客さんとおなじですよ。本を読みたいのがお客さんで、遊びたいのがこどもたち。みんなそれぞれちがうんです。子どもたちにとって人間の世界は未知の場所です。うまく導いてあげてくださいね」
・ ・ ・
わかることよりあきらかにわからないことのほうが多いが、とにかく悩むよりも瀬賀は現状に対しできることを尽くすことにした。
「さあ、授業をはじめるぞ。きょうは常識についてだ」
「サカナの取り方じゃないのら?」
「サカナ? いや、それは俺がわからん」
「メシがないと生きていけないと思うのら」
「まあたしかに……」
「でも自然には危険がいっぱいあるでしょう。ここでも同じ。身を守るために世のなかを知ることが大切なのよ」
瀬賀が困っているところにツルギが助け舟を出してくれた。
「そう、まさにそれだ」
「なるほどなのら」
「じゃあ、いまから言うことを覚えてくれ。まず、赤信号はわたってはいけない」
瀬賀は指をたててレクチャーしはじめる。
「わたったらどうなるのら?」
「車にひかれて、ぺらっぺらの紙切れになるぞ」
ジョークのつもりか、ツルギがそんなことを言い出す。
「紙切れ!?」ノマエは素直におどろく。
「デタラメ教えないでください。車とぶつかったら大ケガしたり最悪命を失うこともある」
瀬賀は苦笑いで訂正をいれる。
「もう遊べなくなっちゃうのら!?」
「ああ。だからよく気をつけるんだぞ。あと、暴力はよくないぞ。特に近所の子どもを怪我させないこと。やったらもうここにはいられなくなるからな」
「はーい」
「ま、よほどムカついたらボコボコにしてやっていいぞ。人間はおろかな生き物だからな」とツルギ。
「はーい」
「いやちょくちょく変なことを教えないでくださいね!? あとご飯を食べたら歯をみがくこと。虫歯って病気になって口の中がすごく痛くなるからな。歯みがきが下手な子がいたら得意な子が手伝うこと」
瀬賀の説明の途中で、むむ、とノマエは困り顔をうかべる。
「たくさんあって覚えられないのら」
「実演してあげたらどう? まだ読み書きもできないから、いちどには覚えられないでしょうし」
ツルギの意見に瀬賀はうなずいて、
「そうだな。じゃあ今おしえたことの練習をするか」