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ドラマが終わるまでのしばしの時間が経過した。その間にわずかな変化が起きた。
アパートの外、瀬賀の住んでいる部屋のまえにダンボール箱が置いてある。しかしそこには「おかえしします」と書かれている。
塀のうしろに隠れて、瀬賀たちは駐輪場の周囲を監視していた。こちらが受け取りを拒否すれば、送り主がなんらかの反応をみせると瀬賀は考えたのだった。
思っていたより早く犯人らしき人物は姿をみせる。そわそわと人目を気にしながら、段ボールのほうへと、忍び寄ってくるのがわかった。
「そこまでだ!」
瀬賀の声と、飛び出してくるのにおどろいて犯人は硬直する。
「かくほー!」と楽しそうに叫んで、ノマエがタックルするかのように標的をつかまえた。
犯人はノマエに押されて、尻餅をつく。はた目には一般人と変わらない、茶髪のかわいらしい女性だった。
「な、なにするんですか!」と女性は慌てて言う。
「『な、なにするんですか』はこっちのセリフだ! あなたですよね! この子たちを送りつけたのは」
「そうですが……」
女性は悪びれる風もなく、特に顔色を変えない。
「動物……いやモンスターだろうと捨てるなんてひどいだろ! こういうのは専門的な機関に……」
瀬賀の言葉をきいているのかいないのかわからないが、女性は腰についた泥を手ではたきながら立ち上がる。
「専門的な機関、ね。……それがあたしです」
「え!? お……おお!?」
意表をつく答えに瀬賀は面くらい、怒る勢いを失ってどもってしまう。
「部屋にあがってもよろしいでしょうか。ここだと目立つので」女性は落ち着いた佇まいで言う。
自分が責め立てるはずだったのに歴戦のベテラン兵士のような有無を言わさぬ気迫に圧倒され、すごすごと瀬賀は了承して玄関に向かう。
仕切りなおして、部屋の中にあがってもらった。とりあえず居間で椅子にかけてもらい、ノマエとウルオンには端っこで待っていてもらう。
「改めて……はじめまして、セガハルヤさん。特殊生物の保護を目的とした機関ルーハ。私はそこの職員でアミネといいます。身寄りのないモンスターや絶滅危惧種などを保護しています」
気の強そうな女性、アミネはそう言って続ける。
「しかし予算や世論の関係で施設はごくわずか。職員になりたいという人もいない。モンスターの受け入れ先もない。だからテストをしたんです。……実験を」
「実験、てまさか」
瀬賀は昨日からの一連の出来事を思い出す。アミネはうなずいて、
「そう、モンスターを拾ってくれた方こそが受け入れ先となってくれる可能性が最も高い。あなたはウルオンを助け、自分の家で世話をした。すばらしいことです」
「いや、きのうは雨宿りをさせただけで」
「それに見事な対応……ルーハにスカウトしたいくらいです。うちで働きません?」
「……いきなりなんなんですか。はいやりますってならないでしょ。それにさっき職員がいないって言ってましたよね。激務なのが、目に見えてますよ」
瀬賀は好きで本屋にいる。それがわざわざ忙しいところに転職したいとはならなかった。
「そ、それは置いといて。一時的に預かっていただくだけでもお願いできませんか? ちょっと手伝ってくれるだけでもいいんです。引き受けてくだされば国から補助金がでます。遊んで暮らせますよ」
「遊んで暮らせる? ……今日一日モンスターに振り回されてばっかりでまったく休めてませんよ」
「でも動物たちにいやされるってよく言いますよ」
アミネはだんだん焦って苦しくなってきているのか、それが表情にでてくる。
「むしろ疲れてるんですが……」と瀬賀は目を細めた。
「よ、よく映画であるじゃないですか。心温まる……みたいな。いやしをもたらしてくれるんですよ。病気をなおしてくれたり、元気にしてくれる。動物セラピーというやつです」
引き下がらないアミネ。
「……セラピー……」
なにか気にひっかかったか急につぶやくように言って、瀬賀はわずかに表情に影を落とした。
「必要ありません」
モンスターの子どもたちを見捨てたいわけではない。ただ自分の状況を考えたときに無理だという結論にしかならなかった。
「申し訳ないけど、現実的に言って無理です。こんな街中でモンスターと暮らそうなんて。アミネさんが言ったとおり世間はモンスターに厳しいです。モンスターが媒介する寄生虫・病気、彼らの未知の力、魔法、生態。みんなあぶないからって怖がってきらってます」
語気を強めたわけではなかったが、はっきりと言われたアミネは目線を落とす。
「すみません」ととっさに瀬賀は気をつかう。
「……いえ、しかたありません」アミネは真面目な顔つきになって、「ご迷惑でしたね。申し訳ありませんでした。彼らは引き受けます。車をとってくるので十分ほど待っていてください……少ないですが、謝礼としてこれを……」
茶色の封筒を差し出し、頭を下げてくる。
金と引き換えに子どもたちを引き渡すようで、瀬賀はにわかにうしろめたい気持ちを抱えるも、早く忘れようと目を閉じた。
アミネが出て行き、玄関のドアの閉まる音がする。
「ハルヤ、どうしたのら?」
ウルオンとノマエが心配して、瀬賀のそばまで来る。
「なんでもない。部屋の掃除ついでにお前らの荷物もまとめておくよ」
「ええーー!? お掃除!? おそとで遊びたいのら!」
「なに言い出すんだよ。メシ食ったらやるって話したろ?」
「おそといきたいー!」
だだっ子のように床に倒れて、ジタバタするノマエ。
困った顔で瀬賀が「あとすこし待ってれば外に出られるよ」と説得をこころみるが、まるで聞かない。
「やらー! きょうずっとおうちにいたのらー! 外でたいのらー!」
「……やれやれ。じゃあそのへんうろつくだけならいいよ。あと、俺のそばを離れないこと、あばれないこと」
瀬賀はそのへんの棚にかけてあった野球帽をノマエの頭にかぶせ、
「帽子をはずさないこと、いいね?」
やさしさというより、どうせ最後だからという心だった。
「はーい! ハルヤはやさしいのら!」
その一言に瀬賀は表情をくもらせる。