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自分の部屋で、瀬賀は正座する。向かい合って座るのはタヌキ少女のモンスター。ニコニコとしていて明るい。一方でこの部屋の借主の顔はひきつっていた。
「ヤチエノマエ様はジャングルからやってきたのら!」と彼女は言う。
「ひとりでここまできたわけじゃないよな。だれかがきみを連れてきたんだ」
「うーんむずかしいことはわからんのら!」
ノマエは晴れやかな笑顔でいう。
「いやいや!? なんもむずかしいことないでしょ」
「たんとーの人にきょうからここがおうちになるっていわれたのら」
「たんとー?」
「たんとー」
「やっぱりだれかがここに置いていったんだな。どうにかして犯人をつきとめないと……」
「こいつはなんなのら!?」
ノマエは興味深そうにウルオンの前に身を乗り出す。
「このコはウルオン。きのう拾ったんだよ。いさせるのは雨が止むまでのつもりだったんだけど……」
そこでぐうと、すさまじく大きな腹の鳴る音がする。
黙り込むノマエ。ふっと笑って瀬賀がたずねる。
「腹減ってるんか?」
「なんか食わしてくれてもいいんらぞ、ハルヤ」
「なんで偉そうなんだよ」
困りつつも笑って台所へと向かう。
本当に子どもと変わらないなと考えつつ冷蔵庫を探るが、ちょうどよい食材は見当たらない。
「ちょっと買い物にいってくる。ウルオンと一緒におとなしくしててくれよ」
「はーい」
ノマエに言いきかせ、瀬賀は外にでるなり猛ダッシュで走った。なにかしでかされる前にもどりたい、その一心だった。
「お行儀よくしてろって言われたし、ちょっと部屋の掃除でもするのら」
ノマエは立ち上がって言う。やめておいたほうがいい、と言わんばかりに焦り顔をするウルオン。ノマエはある程度ウルオンと意思疎通ができるようだ。
「やめておいたほうがいいって? いやだいじょうぶなのら。ノマエさまを信じるのら!」
と、彼女は自信をみせる。
瀬賀の住むアパートの敷地内にはちょっとした駐輪スペースがあり、自転車がとめてある。
「きっかり三分!」
買い物からもどった瀬賀がそこまで息を切らして帰ってきたはいいが、家からはガシャーンだの、ダガーンだのドーンだのわーだのひどい騒音と叫び声がきこえてくる。
(イヤな予感しかしねえ)
ちょうど隣の部屋の住人がすこし苛立たしそうな顔で外に出てきていて、瀬賀に気がつく。
頭が坊主で、やや背は低い瀬賀より年上の男だった。
「あのー隣の部屋の人ッスよね。なんかうるさいんすけど!」と男は文句を言ってきた。
「あ、すみません……」
あやまりながらモンスターがバレたか、と内心焦る。
隣の住人は「チッ! リア充が」と舌打ちして自分の部屋にもどっていく。
(なんか勘違いしてくれてる……)
安堵しつつ、そんな場合じゃなかったと思いなおしドアを開けてじぶんの部屋にもどる。
「おまえら! なにやって……!」
言いかけて、瀬賀の口はあいたままふさがらなかった。それもそのはず、彼の部屋は見る影もないほどぐっちゃぐちゃに荒らされ、元からそれほど整頓されていたというわけでもないがさらに汚されていた。服が散乱し、物は元あった場所からポルターガイストでもあったかのように吹き飛んでいる。
その原因も同時にわかった。ノマエが玄関掃除用のホウキを振り回して次々ととっ散らかしていくのをウルオンがなんとか収拾をつけているというような状況だった。
瀬賀は愕然となっていた。一方で、ノマエは掃除、というより荒らしに夢中になっていた。
「なんかたのしくなってきたのら!」
「ちょっとそこ座れ」
さすがに困惑しつつも怒気のこもった声で瀬賀は言う。
しぶしぶ悔しそうに正座するノマエ。そういう姿もどこかかわいらしかったが、瀬賀は心を鬼にして向かい合う。
「ぐぬぬ。これからお世話になるなら、おそうじくらいしなきゃと思ったのら……」とノマエは言う。
「じっとしててくれって意味だったんだよ。つうか掃除になってないし」
根がやさしいので、大人な態度で諭す。
「元にもどすのら?」
「あとでやるからいいよ。弁当とか食材とか適当に買ってきたけどなんか食いたいものあるか?」
「肉が食いたいのら! 肉! 」
ノマエはとにかく元気がいい。太陽のように明るい笑顔をする。
「肉な。とりあえずじっとしててくれ。えっと、ノマエって何て種族なんだ?」
瀬賀はフライパンを揺すって料理をしながらたずねる。
「ノマエ様はシャヌットって生き物なのら」
「シャヌット? どっかできいたことあるような……ウルオンはヨーグルトでいいよな」図鑑をみてぼやく。「シャヌットのおもなエサはニューケンの実? そんな植物このへんにないよなぁ。肉くいたいっていってるしいいよなそれで」
食事を終え、一息つく。満足げなノマエのその横で瀬賀は疲れ果てて倒れている。
「あーごちそうまなのら」
「はあ……疲れた……」
どす黒い情念がこもった吐息を出したのと同時に、ピンポーンと玄関のチャイムの鳴る音がする。
「宅配便でーす」
「お!?」
外に配達員が来ているらしかった。
モンスターの存在がバレるとまずい。瀬賀はあわてる。
家のなかを見られないよう、わずかにだけドアをあけて対応する。
その様子に不審がる配達員だったが、サインを受け取ると帰っていく。
「わーい! おうちなのら! ギャハハ!」
ちょっと目をはなしたすきに、ノマエは家中を元気よく走り回っている。
「これなんなのら? 向こうに世界があるのら。えい、えい! くそう入れないのら」
テレビをガンガンと音が鳴るほどたたく。
「おいやめろ! それはテレビと言ってだな」
わが人生に瀬賀ごときの言葉を聴いているヒマはないという風にノマエはせわしなく動き続け、炊飯器を見つけると手に取る。
「おっ、ボールみたいのがあったのら。ウルオン、ラグビーするのら!」
「はやりに乗らんでよろしい」瀬賀は炊飯器をとりあげる。
「いくよータックル!」
話をまったくきかずに、ノマエは瀬賀の腹に勢いよくつっこんだ。
「ぐぼぉっ。やるって言ってねーから!?」
「ピピーノットリリースザボール」
「もういいよそれは!」
混乱しながらも、この二匹の性質がどんなものかだいたいわかってきた。
(こいつかわいい姿してまるで小悪魔だよ。ウルオンのほうがよっぽど聞き分けいいぞ)
「おちつかせないとまた隣の人にどやされる……。そうだ」
どうにか静かにさせないとと思い、瀬賀はテレビのリモコンを手に取る。
テレビの前にノマエとウルオンを座らせ、たまたまやっていたドラマをみせる。するとふたりはしずかになって画面に集中し始めた。
これですこしはおとなしくなるはず、と一息つく。
「さて、どうにかして犯人をつかまえないとな。だれかが昨日のことをみてて、俺の家にちがうモンスターを置いていったんだ。でもどうするか……」
ウルオンとノマエを置いていったのはおそらく同一人物だろうと瀬賀は考えていた。
掃除をしながら犯人の姿を想像しているうちに、横でやっていたドラマの内容が気になり始めた。どうやら冒険家の主人公が森で赤ちゃんのモンスターを拾い、モンスターを売りさばく窃盗団から守って逃走するという内容の話のようだ。
内容としてはファンタジーだが妙に同じような状況に置かれたためか見入ってしまう。ふと顔をあげると、玄関に置いておいた「ひろってください」と書かれている例のダンボール2つが目に入る。
つかえるかもしれないな、と瀬賀はあるアイデアを閃く。