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魔物(まもの)、と()ばれはじめたのはいつごろのことだったか。

 虫や動物にも毒を持っていたり、奇妙(きみょう)生態(せいたい)(けい)を持つものはいるが、魔物というのはそれとはまったくちがう。人間が(ほこ)る科学でも解明しきれない特殊な力を持ち、太古には魔物たちがこの世を席巻(せっけん)支配(しはい)する時代さえあった。

 しかし人間の文明が(いきお)いを増し実質的な世界のコントロールを手にした今、かつて魔物と呼ばれ恐れられた種族らは息をひそめ日陰者(ひかげもの)となっていた。



【1「モンスター、ひろいません」】


 はるかな高みにある栄華(えいが)誇示(こじ)するかのように立ち並ぶビル群、その一角に未だに中世のような古い建築でできている書店がある。

 客はほとんどおらず静かそのものである本屋のなかで、男の店員がニヤついている。

瀬賀(せが)ハルヤ、二十歳ほどで若い。仕事中だというのに美しい女性客に見惚れていた。

 そして、彼女に話しかける。

「あ、またきてくれたんですか」

 美しいが、表情が固くどこか影のある女性の名は(つる)()。男の瀬賀のほうを全く見ることはない。

「……こんにちは。こないだすすめてくれたのは合わなかった」

 すこし不満げにこたえる剣木。実はまえにいちど会っていて、そのとき瀬賀が本をすすめている。が、気に入らなかったらしい。

 瀬賀はあわてて、

「ええ? じゃ、じゃあ同じようなジャンルでこういうのは」と(たな)の別の本に手をのばす。

「もっと怪物が活躍(かつやく)するようなのがいいんだけど……」

「あ、そういう系の本を探してるんですか。なら……」

 剣木が、瀬賀のほうをようやくみるなり、とつぜん冷たい目で言う。

「あなた、私のこと好きなの?」

 瀬賀はぎくりとしつつかたまるも、いきなりそんなことを言われて動揺(どうよう)している。

「え?」

「そういう人の目をしているから。親身になってくれるのはありがたいのだけれど」

 剣木は気をつかってはいたが、はっきりと言った。「私、人間には興味がないのよね」


 剣木が帰ったあとで、瀬賀は店内の(ゆか)にすわって落ち込んでいた。

 背中を丸め、目の下の古傷をさわる。さっきの言葉がショックだったようだ。

「なにも言ってないのにフラれた……」とつぶやく。

 中年のやや太った男性が瀬賀の肩をポンとなぐさめるようにたたいた。これがこの本屋の店長である。瀬賀をもっと幼いときから知っている。

「本でも読んで元気出せ」と店長は言う。

「出るわけないですよ……」

 悲しみのせいで好きな読書さえもこばむ。それでも気丈にふるまい、手を顔の前で振って、やや軽い感じで答えている。

「そういうな。雨でお客さんすくないし、好きにしてていいよ」

 店長はそう言って奥へともどっていった。

「ありがとうございます……」

 眉をさげる瀬賀。よろよろと立ち上がる。

(人間には興味がない、か。そうは言うけど、そんな人いるのかな。たしかあの人、モンスターがどうとかよく言ってたな……)

 本棚にちかづいて、大きめの本を手に取る。

 本を開くと、そこにはドラゴニールという名の恐竜のようなモンスターが描かれている。小麦(こむぎ)色の肌にモンスターらしからぬ宝石等の豪華(ごうか)装飾品(そうしょくひん)を身にまとっている。



-------


 ドラゴニール


 絶滅(ぜつめつ)危惧(きぐ)(しゅ)Ⅰ類 非常にめずらしい種で、きわめて個体数が少ない

 かつては『失われた大陸』に生息していた。現在では食料を求めて湿原(しつげん)地帯(ちたい)移動(いどう)している


 魔族の決戦兵器として計画されていたことが戦中の情報により発覚しているが、戦争が終結したためその力が発揮(はっき)されることはなかった。


-------


 瀬賀はこれを読んで、兵器と言うワードに恐怖をおぼえつつ顔をしかめる。

 このワイエスブックという書店に(つと)めているのは彼が本好きだからであるが、モンスター関連(かんれん)の本を読んだことはなかった。彼が特別モンスターのことが嫌いだからと言うわけではなく、そもそもまだ人間の社会にモンスターは受け入れられているわけではないのだ。

 モンスター。奇妙な魔法をつかう生き物。

 自然のなかに暮らし、動物たちと似ているが、頭がよく文化のレベルという点では人間と(けもの)との中間のような存在である。

 剣木とのやり取りの影響(えいきょう)で、瀬賀は本のページをめくるのに没頭していた。うしろから店長がはなしかける。

「おや? ハルヤくんその本興味あるの」

「あ、すみません。読みふけっちゃって」

「それよりその本、ほしいなら持っていっていいよ」

「いやいや、売り物ですよ」

「いまどきだれも魔物の本なんて読まなくてさ。置物になるならだれかが読んでくれたほうがいいとおもうなぁ」

「いやぁいいですよ。そんなに興味があるわけでもないです」

「ふむ、そうかい。あ、これ運んでおいてくれるかい」

 ダンボールのなかにたくさん本がしき詰められている。これを棚に陳列(ちんれつ)するのが書店員の仕事である。



 仕事を終え、街路樹(がいろじゅ)の多くある通りで、家へと向かう瀬賀。

 夕暮れの町で、道をあるく母親と子どもがなにかを見ている。

「ままーあれなにー」

「しっ。みちゃだめよ」

 瀬賀も道路の端にダンボールが置いてあるのをみつける。電柱がジャマではっきりとはわからないがダンボールのなかにはなにか生き物がいるようだった。

 ひろってくださいと書かれた紙が貼り付けられたダンボール箱。それにすこしちかづいてみるとなかには見たことのない生き物がいた。

 スライム状の体で、目や口がある。だが外形は独特(どくとく)だ。

(なんだこいつ……捨て猫じゃない。捨てモンスター?)

 こんなところにだれが、いやそれよりも猫とか犬とかでこういうのはあるかもしれないけど、モンスターがこんなところにいるなんてふつうじゃない。

 驚きつつ、瀬賀は冷静に考える。

 まわりのひとたちも関わりあいにならないよう道を避けている。ダンボールとモンスターのほうを見ようともしない。

 見知らぬおばさんが、やや声量をおさえた声で、

「ちょっと……アンタ! ちかづかないほうがいいよ。なにされるかわかったもんじゃないんだから」と忠告してきた。

「あ……はい……」

 ダンボールを尻目にし、瀬賀は空をみあげる。どんよりと黒がかっていいて、今にも降り出しそうだ。

 おそらくこういうのは警察(けいさつ)の仕事だろう、と瀬賀は考え、かわいそうだなと思いつつモンスターに背中をむける。


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