9話 始まる(6)
引き続きシーク視点です。
「シーク! 結界張ったよ!」
僕は今まで以上に力をいれてクロに稽古をつけた。猶予は2年だけ。それまでに僕に並ぶほどの実力をつけてやるつもりだった。もう想像以上だ。僕が教えた短剣も僕とタメを張るぐらいまで強くなったし、魔法だって教えていなくても様々な魔法を創りだす。教えることも少なくなった。
その日はクロの修得した技を見せてくれる日だ。クロはいつもより機嫌がいい。また凄い魔法を見せてくれるのだろう。
「分かった。じゃあ始めて。」
「いくよ! 『竜巻』!」
ゴォーゴォーと風が渦を巻いて暴れている。結界が解けるんじゃないかとヒヤヒヤする。
ああ〜、もはや次元が違うよ。
慣例の光景に感嘆の息を漏らした。
こんな魔法使える人間なんてこの世にクロ以外いないと思う。そんな魔法ばかり見せてくれる。
この前は『飛行』の完成版を見せてくれた。買い物の時に物を浮かせていた魔法は『飛行』の試験版だった。それでも今までにない魔法だというのに、完成版はクロが空を飛んだ。
一瞬、目を疑った。
僕が呆然としていると、クロは僕も空に浮かせた。
スピードは速いのに安定感は抜群で、自分が行きたいと思ったところにすいすい飛んでいける。
世紀の大発明だよ。こんな風魔法の使い方があるなんて知りもしなかった。分かっていたとしても魔力量が比べものにならないから、修得するのには物凄い時間がかかるだろう。なんという子だ。
その前は『身体強化』を見せてくれた。『身体強化』を使うと、僕以上に動きや力が速く強くなって、拳で地面を抉ったときはド肝抜かれた。
この子は世界征服でもするのかと本気で将来を心配した。
「頑張ればもう少し大きくできるよ!」
クロは『竜巻』をさらに大きく展開した。これだけ大規模な魔法でこの威力なら、王都をも吹き飛ばせそうだ。
「クロの魔法はいつ見ても凄いね。」
よしよしとクロの頭を撫でた。クロももう1人前だ。僕が離れてもやっていける。よくこんな短期間で成長したもんだ。
あとは一緒にいれる時間を大切にして過ごすだけだ。
時間が経つのはとても速い。
もうクロと別れて数ヶ月が経った。別れないといけないことの詳しい事情も伝えなかったのにも関わらず、こちらに踏み込むことはなかった。ちゃんと人のことを考えられる大人びた子だ。転移のことだって深く踏み込むことはなかったし、あの年から分別をつけられる子がどこにいるのだろう。
参ったなぁ。手放したくない。王弟としても、僕自身としても。何度そう思ったことか。
別れ際も泣き言一つ零さず明るく笑って送りだしてくれた。まだ駄々をこねてもいい年頃なのに。
そうしてやってきたこちらでは、相変わらず公務と団の育成に手を追われている。とにかく忙しい。それでいて充実した生活を送っていた。
クロ、会いたくて会いたくてしょうがないよ。自分の道はもう見つけただろうか。次に会う時はもはや僕より強いんだろう。あの子の成長した姿を見れるのが楽しみだ。
「今日の訓練はここまで。お疲れ様でした。」
「「「…あ、ありがとうございました…。」」」
「王弟殿下! 流石ですな!」
「しんどい…。地獄の特訓だ…。」
「半端ない練習量だな。」
「王弟殿下ー! 国王陛下が執務室にてお呼びです。」
「ありがとう。すぐに行くよ。」
僕は騎士団の訓練を終え、兄上の執務室へと足を運んだ。
執務室へ入ると「お疲れ様。」と言って、兄上は僕にお茶と菓子を出した。
兄上って本当に菓子が好きだよね。変わらない暖かさにくすりと笑みを漏らした。
「シーク。お前の教え子はどうなった?」
「今まで通り魔の森にいると思いますが。」
「近頃こんな噂を聞いてな。」
僕が兄上に聞いた噂は間違いなくクロのことだった。
魔の森の近くにある街、エレヴァンス公領ウェールズの冒険者ギルドで大人も顔負けする実力を持つ、森の妖精がいるのだとか。
そっか。ギルドに出ていったんだね。じゃあギルドに手紙とペディニアを送ろう。喜んでくれるかな? ふふ。どんな顔をするだろう。想像するだけで楽しい。
「それであの子がどうしたんですか?」
「実は騎士団に新しく第7団を作ろうと思っている。その第7団は王族直属の「影」部隊にしたい。」
「なるほど。「影」ですか。」
大体、高位貴族は独自に「影」を雇っている。
主に情報の収集に使われたりするが、時には暗殺などの汚いことにも手を下す。
王の影ともなれば、任せられる者は限られてくる。国家秘密まで取り扱うのだから。そうした中で信頼できる者かつ強い者を雇い入れるのは難しい。主従関係はなく対等な契約の関係なので、万が一何かあったら国が傾きかねない。
だが、騎士団に専属の「影」を置くことで主従関係もとれた信頼できる「影」が誕生する。実際に騎士団や魔法師団が表立ってできない仕事は多い。この先、内密に終わらせたい場面にも直面するだろう。エリートをかき集めれば騎士団や魔法師団のサポートにも回れるし、騎士団は身分もそれほど高くない者が多く、貴族のいざこざでスパイが紛れることもない。
兄上の狙いはそこだ。
「いいと思いますよ。そこにクロが欲しいのですよね。」
「そうだ。シークは話が早くて助かる。」
「あの子次第という部分はありますが、実力は保証します。」
「お前の言うことだからそれは確信している。だからこそ、その子に第7隊長を任せてみたいと思っているのだ。」
「それは酷なことをしますね。年齢や性別から舐められることは分かっていらっしゃるというのに。」
「大丈夫だろう。勘には自信があるんだ。」
僕は今や両団を管轄するトップだ。クロがこちらに来たらまた出会うことになるだろう。クロがこの道を選んでくれたらの話だが。クロは僕が王弟だと知ったらどう思うのだろう。驚くかな。
まだ見ぬ再会に向けて第一歩を踏み出した。
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