6話 始まる(3)
「うぉしゃ!! できるようになったー!」
私はシークが帰ってくる約束の日の朝。
やっと『突風』を習得することができた。本当にギリギリだ。1発本番も有り得た。間に合って良かった。
こんなにギリギリになったのは、途中で違う魔法の練習をし始めたことにある。
『突風』の練習に飽きた私は、『飛行』の練習を始めた。『飛行』とは試したくて試したくて止まなかった、空を飛ぶ魔法。
違う魔法の練習をしたら、気分が紛れるだろうと軽い気持ちで始めたのはいいが、気がつけば2日間も『突風』の練習をそっちのけにして、『飛行』の練習をしていた。
あとちょっと…。あとちょっとだけ…。それが続きに続いて『突風』の練習を再開したのは今日の朝。
不安になりながらも、1発で成功したものだからびっくりした。
『飛行』は力加減が絶妙な技だったから、『突風』にも活かせたらしい。
『突風』で狙った木は葉が全て落ち、丸坊主になってしまった。成功して嬉しかったけど、なんかごめん…。
『飛行』も2日間の練習で物を浮かせて運ぶことができるようになった。
人間では落ちた時が危ないから、物で練習することにしたのだ。勿論、目標は人を飛ばせることである。
まだ自分では試してないけど、もう自由に空を飛べるかもしれない。
落ちた時が不安だなぁ。頭を打って気絶しないだろうか。
ああ、早くシークに見せたい。ぎゃふんって言わせてやるんだ、ぎゃふんって。
シーク帰って来ないかな〜!
遠足の前夜みたいなテンションでランニングを始める。
そうだ! 魔法で速く進めないかな!?
『身体強化』みたいな感じのやつ、やってみたかったんだ!
早速、体に風を纏わせてみる。
こうして…足に魔力を集中させて…。
ボンッッ!
いてっ!
力加減を間違えた私は足が浮かび、お尻から勢いよく尻もちをついてしまった。
やっぱり初めてでは無理か。
それでも私はめげずに、挑戦しては尻もちをついて…を繰り返しながらランニングをしていた。
お尻が痛い…。『身体強化』は明日から要練習だ。
帰ってくると、閉めて出て行ったはずの扉が半分くらい開いていた。
シークだ! シークが帰ってきた!
「ただいまー!」
元気良く中へ入ると、私はシークに向かって走った。ぎゅっとシークが受け止めてくれる。
贅沢だなぁ…、私。シークに抱き締めてもらうなんて、鼻血がでそうだよ。
「帰ってきたよ。寂しくなかった?」
「ちょっと寂しかった。でも帰ってきてくれたからいいの!」
「ふふふ、ありがとう。」
シークは私の頭を撫でてから、もう一度ぎゅっと抱き締めた。
ちょっと! 恥ずかしいよ! おえっ! ち、窒息死する!ー
バシバシと背中を叩くとようやく離してもらえた。
「これ、おみやげね。」
「やったー!」
渡されたのは美味しそうなスイーツだった。
なにこれ? プリン? パンナコッタ? 美味しそうだから、どっちでもいいや!
「最近女の子の間で流行ってる、ペディニアっていうスイーツだよ。」
「ペディニア? 食べてもいい?」
「それは賭けを終わらせてからのデザートにしよう。さて、自信はどう?」
「ばっちり!」
私は外に出て、シークに合図を送った。
魔力を手に集中させる。あの大きい木にしよう。うまくいけ…!
狙いを定めて一気に…放つ!!!!
『突風』!!
びゅうっっーーーん!!!
凄い風が吹いて、木は一枚残らず葉っぱを落とす。
よっしゃ、成功!
「凄いでしょ? この賭け、私の勝ちでいいよね!」
振り返ってシークを見ると、シークは固まったまま口をうっすらと開けていた。
「…そうだね。僕の惨敗だ…。」
私は呆然としているシークを見てパァーっと顔を輝かせた。大成功じゃない!? あとは…
「ねね、ぎゃふんって言ってよ。」
「?…ぎゃふん。」
シークの「ぎゃふん」もらいましたーー!! ここまでは完璧に計画通り!!
「この賭けはクロの勝ちだからね。お願いは聞くよ。何がいいの?」
そこで私は予め用意していた台詞を口に出した。
「1人で街に遊びに行くから、お小遣いちょーだい!」
これなら行かしてくれるはず! 怪しまれずに染料を買える! 死活問題解消だ!
「1人で? 僕も行くよ?」
「だめだめ! 1人で行くの! 冒険したいの!」
「そっか。じゃあ、これぐらいあったら足りるね。」
そう言ってシークは私の手にお金が入った袋を乗せた。喜びで顔が綻びる。
はじめてのおつかいみたいだ…。これだけで喜ぶなんて、子供だなぁ、私。
1週間ぶりにシークとの訓練をしてから、家に戻った。
その後、私たちは2人でシークが買ってきたペディニアを食べた。
こ、これは…!
ぷ、プリンだぁ…!! ちょっと見た目は違うけど、味はプリンそのもの…! 美味しい。ほっぺたが落ちる…。
ちょっと! 何じっと見てるのさ!
「ふふっ!」
「わ、笑わないで!」
その日は、久しぶりのシークを堪能して疲れたのか、すぐにぐっすりと眠りについた。
ーーーーーーー次の日。
私は朝から街に来ていた。勿論1人で、貰ったお小遣いを持って。
「あ〜! 妖精ちゃん!」
冒険者ギルドの近くにくると、この前対応してくれた受付嬢の人がこちらに走ってくる。
「妖精ちゃん? えっ〜と…。」
「ラティアよ。ギルドで会ったじゃない!」
「ラティアさんって言うんですね。今日は受付、大丈夫なんですか?」
ラティアさんは直後に豊富な胸に私の顔を押し込む。そしてすりすりとほっぺたをくっつけた。
ギャーっ!! 嫌味ですか!?!? 幼稚体型への当てつけですか!?
「今日は非番なの〜! 妖精ちゃんは?」
「今日は街に遊びに来たんです。 というか、妖精ちゃんってなんですか!!」
なぜ私が妖精ちゃん呼ばわりになってるんだ! まだ1回しか会ったことないぞー!
クローディアちゃんの外見が妖精に見えてもおかしくはないけど! クローディアちゃんは可愛いからね! 中身とは違って!
「そうなの! じゃあ一緒にショッピング行きましょ。私も暇してたのよ〜。」
そうして、ラティアさんとの豪快なショッピングが始まった。あちこちの店を周り、店に入っては凄い量の買い物をしていった。
どこからそのお金出てるの!?
私はというと、ラティアさんの荷物持ちになっていた。いやいや私、染料が買いたかっただけで…。荷物持ちでは…。
服屋さんに来ると、私は着せ替え人形になった。
「これ、いいわね…。ああ、あれも欲しい…。」そう言ってどんどん会計に出していった。
めっちゃ可愛いけど! 絶対にクローディアちゃん似合うと思うけど!
そっとタグを覗くと、何桁か数えるのも面倒な数字が並んでいた。
やっぱり…。
慌てて買うつもりないと言うと、笑って「貰っとけばいいのよ!」とゴリ押しされた。
うそん! ラティアさんは女神なんですか!?
ある雑貨屋さん。
そこで私は瑠璃色の染料を見つけた。良かった! ただの荷物持ちをしただけで帰ったら、賭けに勝った意味がない。
そっとラティアさんが見ていないうちに会計を済ませ、自分の袋の奥底に放り込んだ。もう手には持てない程の袋の量になっている。
おもっ! どうにかならないかな…
「あ、魔法使えるじゃん。」
なぜもっと早く気づかなかった、私!
早速袋に向かって魔法をかけ、袋を浮かせる。私が動くたびにその袋達もついてきた。これで楽できる〜!
「妖精ちゃん!? 何その魔法! 私の荷物にもかけて〜!」
「いいですよ。」
そうしてラティアさんの荷物にも魔法をかける。ずっと魔力が消費し続けているのが痛い所だが、私の魔力回復のスピードがそれ以上に速いので消費を感じない。これなら大丈夫だ。
「ところで、さっきも聞きましたけど、なんで妖精ちゃんって呼ばれてるんですか?」
「それは、シークの弟子で、可愛くて、優しくて、癒しだからよ〜。」
「それだけで、ですか?」
「うーんとね〜、シークは森の番人でしょ? だからクロちゃんは森の妖精なのよ。あとね〜、妖精ちゃん人助けしたでしょう?」
人助け? 人助けといえば、あれか!
森のど真ん中で怪我している美少年。あれは萌えた。
あの美少年、確か乙女ゲームのサブキャラクターにいたんだよね。名前も家柄も覚えてなかったけど、ゲームにちょこちょこ出てきてたと思うから、かなりのお偉いさんだと思って、助けたんだっけな。
腕を怪我してたから、シークからもらったハンカチをあげちゃった。
そういえばシークにそのことをまだ話していなかった。後で話そう。ハンカチ渡したって言ったら、怒るかな。でもそうするしかなかったもん。貴族が探しにきたら面倒だしね。
せっかく友達になるチャンスだったのに、美少年が超絶に美少年すぎて結局何も喋れなかったんだよなぁ。あまり個人情報を引き出すのも気が引けるし、まだ幼そうなのに強い者の雰囲気も纏っていたから、話そうと思っても緊張してしまった。本当に森から出られるかどうか怪しくて冷や冷やしていたというのもある。
とりあえず冒険者っぽい格好をしてたから、冒険者ギルドまで送り届けた。送り届けたっていうか、置いて逃げ帰ったというほうが正しいかもしれない。
もうすぐ日暮れで早く帰らないといけないってこともあったけど、それよりも美少年のオーラに鼻血をだしてしまいそうで、急いで離れたのだ。
サブキャラでこれならメインキャラクターはどうなるんだよ。恐ろしや…。
「瑠璃色の髪に黒の目って言ってたからすぐに分かったのよ。
その子、将来有望な子でね、クロちゃんのことを森の妖精って言ってて、気に入ったから私たちもそう呼ぶことにしたの〜。
もちろん個人情報だから名前とかは教えてないけど、ハンカチを返したいって言うから、ちょっとだけヒントあげちゃった!」
森の妖精!? 美少年が! 私のことを!?
ありえん。すぐに鼻血が出る妖精ってどんな奴だよ。
あれは親切心じゃなくて、美少年オーラに引き付けられたのとと面倒ごとを避けるために動いたっていうのに。こんな自己中心的な人が妖精なんて、私には勿体ない呼び名だ…。
それにハンカチのことなんか気にしなくていいのに。
「なるほど…。」
どんなヒントをあげたのやら。それも気がかりだ。
「ちゃんと聞いていたかしら。私たちもって言ったのよ。今や妖精ちゃんはギルドの人気者よ〜。また遊びに来るといいわ。」
「え、人気者!? 人の知らないところで話を広げないでくださいよお…。」
太陽もかなり西に傾いて、空が赤くなり始めていた。買い物にも満足して、そろそろ帰ろうとしていたところだった。
「あ〜! あれってシークじゃないかしら?」
「えっ、本当だ。なんでここに?」
帽子を被って顔が見えないようにはしていたが、姿は完全にシークのものだった。
なぜここにいる!?
もしかして、はじめてのおつかいあるあるのずっと尾けてましたパターン? 嘘でしょ!?
「やっと気づいた…。クロ、明日からの稽古は覚悟してね。」
帽子を取りながら満面の笑みで近づいてきた。
シーク? あなたの後ろに炎が見えるのは私だけだろうか。
尾けてきたシークも悪くない? シークだけ怒るとか可笑しいでしょ!
「シークだってなんで尾けてるの! 私、賭けには勝ったでしょう!」
「妖精ちゃん、親はね、子を心配するものなのよ。特に妖精ちゃんは可愛いから、こうして私にもひっかかっちゃったでしょう? 悪い人ならどうするの。それが心配たまらないのよ、シークは。」
そうだよ。知っているよ。まだ私は7歳になったばっかりだよ。まだまだ弱いよ。
だからってルール違反するのは見逃せないよ!
第一シークは親代わりだし。親じゃないし。精神年齢は高いし。
それにもし、ラティアさんがいなくて不自然に雑貨屋さんだけ入ってたら、染料を買ったことがバレたかもしれないじゃんか!
やっぱりラティアさん、あなたは女神だ!
「ラティア、ありがとう。クロも約束守らなくて悪かったね。でもこればかりは自分のしたことは間違っているとは思えないんだ。だから、大人しく明日からの稽古を受けてくれないかな。」
やんわり言ってるけど、内容は全然変わっておらん! 後ろの炎も炎上したままだ。
ううっ…。コワイコワイコワイ。
殺気も出てるんじゃないの!?
言うこと聞きます。だから、どうかお怒りを収めてください。
「はい…。分かりました。」
そういうと、シークは安心したように笑った。くそぅ! 美形はずるい。何でも許してしまいたくなる…。
仕方がない。
ぎゅーうぅぅぅ!
からの、上目遣い。
「シーク、帰ろう?」
これで少しでも明日からの稽古が易しくなりますように。
「…。そうだね。」
お? 効いた? これは期待出来そうだね。してやったり!
「ちょっと! シークだけずるいわ! 今度会ったら私にもぎゅーしてね! 妖精ちゃん!」
「クロ、帰るよ。」
「ラティアさん今日はありがとうございました!」
ラティアさんの荷物は渡して、ラティアさんについていくように魔法も掛け直した。
そしてラティアさんに手を振って別れた。片方の手はシークの手の中だった。しっかり握られていて離してくれない。
どうしてよ? この炎の傍にはいたくないんだって。火傷するから!
家に帰ってきて、その日の夜はシークのベットで一緒に寝た。
寝れるかっつーの!
心臓をバクバクさせながらそう思ったが、子供の体は欲に従順らしい。疲れていたみたいで、すぐにうとうとと眠気が襲ってきた。
今日は楽しかったなぁ。また、ギルドにも遊びに行こう…。
そう思いながらシークの胸の中で眠ったのだった。
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