21話 裏社会(1)
「今回はお前たち第7隊に裏社会の一掃をお願いしたい。」
「裏社会…ですか?」
私は国王陛下に呼び出され、次なる任務の話を受けていた。頻繁に呼び出されているが、執務室に入る時の緊張は治りそうにない。国王の威厳が凄いのだ。
そして、私は超無茶な任務を言い渡されていた。
「ああ。裏社会と言っても身寄りのない没落貴族や平民に孤児に犯罪者の集まりだがな。奴らは身分なんて関係なく国なんてものも気にせず、見えないところに存在する情報ツールみたいなものだ。」
ヤクザみたいなかんじかな。 本当に裏社会なんてあるんだね!? それを私たちが一掃するの? やばい任務なんじゃない?
「俺はそんな社会があること自体は悪く思っていない。裏社会があるのは国の力不足だからだ。ちゃんとした居場所を作ってやれていないのは俺たちの責任でもある。」
そうだなぁ。前世の日本みたいに最低限まで生活水準が引き上げられれば、裏社会は必要がなくなると思う。
「だが、近頃裏社会の荒れが激昴していてな。この際に裏社会をこちらの手で立て直そうかと思っていたのだ。」
「そこで隠密に動ける私たちの出番ということですか。」
「そうだ。正式に国の団が突入すると騒ぎになって面倒だからな。お前に裏社会一掃の指揮を頼みたい。」
よく出来た国王だ。この人以外に、こんな少女にそんな仕事を頼む人間はいないだろう。それだけ自分の駒を正しく理解しているということなのだが。この国はこの人が国王なら安泰であること間違いなしだろう。
初めての「影」らしい任務を任せられて、やる気が満ち溢れる。
心を動かすのも上手いなぁ。王族は本当に怖い。
「慎んでお受け致します。」
国王は笑顔で山積みになった資料を私に指差して言った。
「ならば、この書類を持っていってくれ。最近の王都の街や他の街の被害情報がまとめられている。定期的に状況報告も忘れずにな。」
お、鬼だ…。鬼がここにいる…。
私はシークとの血の繋がりを感じながら、山積みになった資料たちを魔法を使って持ち上げ、国王の執務室を出た。
私はその日から策を練り始めた。
全ての資料を読み込むだけで、数時間。てっきり策は国王が用意してくれているのかと思いきや、全て丸投げだった。
「策ができたら報告してほしい。」
資料に挟まったメモを見た時は、国王の腹黒さを感じた。さすがに、子供に全部任せることはないだろうと高を括っていた。ある程度は自分たちでやらないといけないだろうとは思っていたけど、まさかここまでとは…。
とりあえず落ち込む暇もないので、作業を進めた。
「王都ではこの地点付近で暴力団沙汰が2件。反対側に3件…。」
もらった地図を広げて、上手い具合に被害状況を書き込んでいく。
加害者の目撃情報は、ほとんどが過去に犯罪を侵した者や身寄りも確認できない賎民。時には没落した元貴族や元騎士も。その被害は点々としており、被害の種類も様々。しかし汚いことであるのには変わりなかった。
これは普通の隊では動けない。元騎士や貴族まで絡んでいると国の体面にも触る。できるだけ、目立たず変えなければならない。難しい注文だよ、全く。
これが裏社会か…。確かに荒れてきている。近年はそんな被害はほとんどなかったみたいだけど…。
いきなりどうして?
「裏社会の仕組みと現状を知らないと何も動けないじゃん…!!」
あの狸め…! それすらも自分でやれって? 酷すぎるでしょう。
私は隊服を被って、賎民街へと出かけた。
ーーーーーーー
「な…。これは酷い。」
私は賎民街をゆらゆらと歩いていた。
整備されていない街は悪臭が酷く、活気はあるはずもなく、家がなく路地に座っている子供や飢餓に飢えて痩せ細っている老人など様々な人間がいた。
幸いなのが賎民街は数も少なくそこまで大きな規模ではないことぐらいか…。すぐ隣には活気溢れた街がある。
そのおこぼれをもらって生活している状態だ。
こんなに酷いなら少しでも食料を持ってきてあげたら良かった…。
前世でも見たことのない景色に悔しさが滲み出た。
所詮、私ができることは限られている。財力だってないし口を出せる権限もない。何もできない自分が悔しかった。
乙女ゲームではこんな場面なんて見たこともなかった。
ゲームの中のキャラクターたちは皆キラキラ輝いていた。それは、この国の優れたところしかスポットライトを当てていなかったということだったのだ。
なんて皮肉なんだろう。
綺麗なドレスを着て淡い恋をしている様子をただ楽観している間に知らないところで苦しむ人間がいたなんて。
今やるべきことをしよう。これはこの人たちの生活の改善にも繋がるはずだ。
裏社会を担う人間は賎民も多いという。情報を集めなければ。
覚悟を決めて、さらに奥へと足を進めた。
「怪しい者!止まれ! こんなところに何をしにきた!?」
比較的元気な幼い男の子が私を呼び止めた。
「外のもんか? 何か持ってるなら、くれよ! みんなみんな死にそうなんだ! なんであいつらは贅沢できるのに俺たちは食いもんすら食えねーんだよぉ…。」
男の子は泣き出した。ボロボロと涙が溢れ出る。その姿に私は胸がチクリと痛んだ。この子にも大切な仲間がいるんだね。何も食べられないって辛いよね。
分かるよ、…。可哀想に。
「ねえ、坊や。私、教えてほしいことがあるんだ。どんな些細なことでもいい。少しでも役に立ったら、今度私が来る時に皆を助けてあげるよ。約束する。だから話をしない?」
私は私よりも小さな男の子に耳打ちした。
心を揺さぶられてはいけない。あくまでも任務だ。慈善活動ではない。それでもせめてこれぐらいは許してほしい。
男の子はパァーっと笑顔になって私を連れて男の子の住処へと招いた。
そこには10人程度の子供たちがいた。皆痩せ細って、目の光は無くなっている。活力すら感じられない。
こんな子供が…。
しかし私は心を鬼にして前を向いた。
「誰だ、こいつは…。」
「あのね、リーダー! この人は…」
その中で最年長らしいガキ大将のような男の子が奥から出てきた。私と同い年ぐらいだろうか。肌は薄汚くなっていて、怪我も酷い。
明らかに不注意で起きた怪我ではない。
「君がリーダー? 話を聞かせてほしいんだ。役に立てば、次に来る時にここにいる全員分の食料を持ってくる、怪我の手当てもする。いい話でしょ?」
「次に来る時? 信用ならねーな。帰ってくれ。」
「そうだねぇ。私の大事な髪飾りを貸すよ。次に来る時に返してくれればいい。」
私は髪を留めていた、小さな髪飾りを男の子に投げた。男の子は納得したように中へ招いた。
「…いいだろう、来い。」
「で、お前は何が知りたいんだ?」
男の子はどかっと地面に座り、話し始めた。
その姿は年相応の物にはとても見えなかった。この環境が彼を速く大人に近づけたのだと思うと胸が痛んでしかたがなかった。
「私は裏社会のことを知りたい。小さなことでもいい。知っていることを教えて。関わりがあるんでしょう?」
そういった時、男の子はぎゅっと拳を握った。辛そうに眉を顰める。
私は動揺してしまった。彼の顔はあまりにも悲痛で憎悪に包まれていたのだ。
「いや、気にしなくていい。それを言うだけで助かるなら無理にでも話すさ。」
男の子は私の感情を察するように制した。
話す言葉の一つ一つが私の心を深く抉った。それでも私が慰める資格はない。ただ唇を強く結んで、彼の話に耳を傾けた。
「ーーー…。」
「ーーーーーーー…。ーーーー…。」
「ー…!!。」
「今日はありがとう、ウッド。約束通りまた来るよ、必ず。」
「ああ。待っている。今更だが、名前は?」
「…『妖精』とでも名乗っておこうかな。 …じゃあね。」
私は複雑な思いを内に秘めながら、帰路についた。
速く帰って策を練らないと…。その気持ちがより一層強くなった。




