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19話 影 (7)




ーーーーーーー(第三者視点)







騎士団長であるオルガは今日も朝の訓練へと向かっていた。毎朝自分を鍛えるのはオルガの習慣だ。

いつもの訓練場で剣を振る。

昨日、あの小さな隊長と話した会話が脳内に響く。




(子供は大人より敏感だともいう。そこまで心配しなくても大丈夫なのだろうが…。)




オルガにとってヒハイルは理解しにくい生物だった。


オルガにはクロぐらいの年齢の一人息子がいるが、彼はオルガ自身とよく似ていて、友好的で考え方も酷似していたので、ここまで理解に苦しむことはなかった。

ヒハイルはオルガにとって正反対だったのだ。引き取ったはいいものの、伯父としては何もできていない、そう思っていた。



(本当にあの子はこれでよかったのだろうか。)



その雑念が剣を鈍らせた。










その時、噂をするかのようにオルガの視界にヒハイルが現れた。

ヒハイルはうろうろと何かを探すように廊下を歩いている。



(どうしたんだ? ヒハイルがここまで来るなんて珍しい。)



ヒハイルが彷徨っていたのはとしていたのは魔法師団の舎の前だった。オルガのよく使う訓練場の前でもある。

ヒハイルは友達という友達も作らず、部屋に籠るが多い。それを知っていたオルガは、何にも興味を示さなかったヒハイルが明らかに動揺しながら歩いていることに驚きを隠せなかった。







その上、意を決したようにヒハイルはこちらに向かって歩いてきたのだった。



「伯父上。その、お時間いただけますか。」



(嘘だろう…?)



今までろくな話もしてこなかったヒハイルが今話しかけてきていることが、オルガには信じがたい出来事だった。なんとしてでも聞き届けてやらなければ、強くそう思っていた。


しばしば沈黙が流れる。

次に切り出された言葉は想像を絶するものだった。







「じょ、女性の知り合いっていらっしゃいますか?」





(は?)





オルガは呆然とした。

数年ぶりに持ちかけてきた話の内容が、女性。驚くしかないだろう。

しかし、オルガは気を取り直して考えた。



(ヒハイルだってもう20を超える。女性に興味があってもおかしくないよな。婚約者もまだいないし。)





一方、ヒハイルはヒハイルで焦っていた。


(迷惑をかけてばかりで申し訳ないが、ここは伯父上に頼るしかない。女性関係など伯父上の手間が増えるだけだと思っていたのが仇になったか。とにかく隊長の元に速く女性を連れて行かなければ。)









二人の間には微妙な空気が流れた。

沈黙が暫く続いた後、先に切り出したのはオルガだった。









「ーーゴホンッ。ヒハイル。女性に興味があるのか?」




(え?)



その答えにヒハイルは漠然とした。



(俺は伯父上になんて質問をしたんだ…!!)



ようやく気づいたヒハイルは慌てて弁解しようとした。




「いや、そういうことではなく…その、隊長が…。」




オルガは慌てるヒハイルを見て心底驚いていた。それと同時に喜んでいた。ヒハイルがこんな表情をするなんて夢にも思わなかったからだ。


ぽつりぽつりと喋るヒハイルの言葉に必死に耳を傾けた。



「隊長が大変で…女性を呼んでこいっていうから…。」



(駄目だ。普段から伯父上と全然喋っていないせいで敬語もぐちゃぐちゃだ。文章にすらなってないじゃないか…!)


また迷惑をかけると思ったヒハイルは恐る恐る反応を伺った。





「理由は知らんが、女性なら魔法師団長のところに行ったらいいんじゃないか? クロのことなら手を貸してくれるだろう。そうだな、俺もついていく。」



口下手で魔法師団長とは面識もないヒハイルだけじゃ不安だろうと思い、オルガが考えた結果だった。


そんな好意とは裏腹に、ヒハイルは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



(俺を引き取って騎士団に入れるだけでも面倒だっただろうに。俺は伯父上に頼りすぎだ…。迷惑だったに違いない。)



気まずい空気のまま、魔法師団長の執務室へと向かった。


















部屋に辿り着いた頃にはヒハイルは手に汗を握っていた。オルガは慣れたものだが、ヒハイルは魔法師団長と話すことさえ初めてだ。緊張で口数も減っていた。



コンコン。


「どちら様かしら〜。」


「オルガだ。」


「あら〜、団長さんに…この子は甥っ子さんかしら〜。何か私に用でも?」



そういって執務室の扉が開いた。

中から出てきたのは、魔法師団の団長マーガレット。

強さもそうだが、その美貌もずば抜けていて、まさに大輪の花というような人物だ。そんなマーガレットの圧倒を前にして、ヒハイルは恐縮していた。



「はじめまして、第7隊のヒハイルと申します。た、隊長が大変で、力を貸してほしいです…。」


「うぶな子ね〜。いいわよぉ、クロちゃんにためなら、あたし頑張っちゃう〜。」




そう言って許可をもらえたヒハイルは、魔法師団長と騎士団長と共に豪華メンツでクロの部屋へと向かったのだった。



周りの視線が酷いものだとは本人達は誰一人として気付かずに。















ーーーーーーー


そんなことが起きているなんて知るはずもない私は帰りが遅いことが気になって、『偵察』でヒハイルの動きを探った。


見えたのは、オルガ団長とマーガレット団長とヒハイルが並んでこの部屋に向かう姿だ。

すれ違う騎士たちは奇妙そうな目で3人を見つめている。





マーガレット魔法師団長!? 

なんで、一人の初潮の処理のために両団長を巻き込んで帰ってくるのよ!



パニックが隠せなかった。



ティアに言ったのが悪かっただろうか。

いや、どちらにせよ誰かを呼ばなければならなかったのだから間違いではない。

こんなことになるなら、初めからシークを指定して呼んできてもらった方がマシだった。それでも、王弟殿下…。


私の周りってカラス以外本当にまともな人、いないんだな…!!


心底落胆した。モブなのに濃い人生を送ってるんだな〜。

スウは今日に限って出かけていることが悔やまれる。

よりによってなぜ女性どころか友達関係も一切ないヒハイルを呼んだんだ、ティア…。




そりゃ、ヒハイルに頼めば一番頼れる伯父である騎士団長のところに行くだろうよ。それから騎士団長の信頼できる女性といえば魔法師団長を呼ぶだろうよ。


考えれば分かることをなぜ思いつかなかった、私…!! 

もっと速く思いついたら穏便に済ますことができたかもしれないのに…。





(マスター)、ごめんよ! 人間の雌だけ起こる生理現象だなんて知らなかったんだ。』



ティアが目をうるうるさせて見上げてくる。

はぁぁ…。もう可愛いから許す!



「ティアは悪くないから。元々悪いのは私だし…。」


なでなでしたいところだったが、毛が血で汚れてしまうと悪いので我慢することにした。

私は諦めて御一行が到着するのを待った。
















「クロちゃ〜ん? どうしたのぉ〜?」


壊れた扉の向こうから御一行が到着した。突然声が近づいてきて肩がびくりと跳ねる。

そうだった…! ヒハイルが扉ぶっ壊したんだ。

ノックがなくて当然だ。



「なぜ扉が壊れているんだ?」


「…。」



そうだ!そうだ! 言ってやれ! 命令も聞かずいきなり扉を壊して入ってくるなんて非常識だ!



「事情があったんだな…。」



騎士団長、甘くない? ダンマリしてるだけで完結しちゃったけど!? あまりの即答に私は耳を疑う。

団長、デレデレだなぁ。うまくキューピットできたんじゃない?



ガタンッ。

私が籠もっている水場の扉が開けられる。




「クロちゃん…。」


「ぁ! ごめんなさい! 団長の手を煩わせるなんて本当にすみません!」



うっかり返事をするのも忘れていた。

謝って置いてなんだが、もう団長に頼むしかない。



「ちょっと! オルガ! ヒハイル! 出て行きなさいよ! レディの寝室に入るなんて言語道断よ! ほら速く!」


「いきなりどうしたというんだ、マーガレット!?」


「??」



無理矢理私の寝室から男性陣を遠ざける。そしてお得意の魔法で、ヒハイルの壊した扉を再びくっつけた。

女神が降臨した…!!


さすがだ。やっぱり女性は分かってくれる。同性っていい。


私は思わずマーガレット団長を拝んだ。




「怖かったわね…。もう大丈夫よ。これは女の生理現象だからね。」




ええ! 存じ上げております…! 

面倒ごとを押し付けたのにも関わらず、嫌な顔一つ見せないで対処してくれるなんて、惚れ直しました…!!


この世界の月経対処法は極めて簡単だった。

ずっと魔力を子宮に込めるだけ。トイレをする時に魔力で子宮内に溜めていた血を出す。慣れればパンツも汚れないそうだ。


ああ〜、シークにも怪我した時は魔力を傷口に込めて止血しろって言ってたもんなぁ。


つくづく魔力は役に立つ。

なんでも魔力でやっちゃうんだもん。凄いところに転生したもんだ。





マーガレット団長は汚れたシーツや布団や床まで綺麗に魔法で掃除をして帰っていった。



「お腹が痛いなら寝ておくのよぉ? とにかく初めてなんだから無理しないこと。困ったことがあったらいつでも頼っていいからねぇ〜?」



最後まで気遣ってくれる優しさに感激しながら、ベットに寝転がった。



お腹も痛いことだし、皆との遊びはお預けだな。今日は大人しく寝ておこう。


ティアをお腹に乗せたまま、気を休めると再び眠気が襲ってきた。

ティア…あったかぁい…。


今世で初めて、二度寝をした。
























ヒハイルとオルガはクロの部屋の前で水入らずの会話を交わしていた。





「伯父上。今日はありがとうございました。迷惑をおかけしました。」


「何を言っているんだ。迷惑だなんて微塵も感じていない。むしろ頼ってくれて嬉しいぐらいだ。」



ヒハイルはその言葉に心打たれた。

(伯父上が…俺に頼ってもらえて嬉しいのか? 頼ってもいいのか? いや、でも…。)



「おれは、迷惑じゃなかったのですか…? いきなりお邪魔してしまって…騎士団にも入れてもらって…。皆さんの邪魔でしかなかった。」



ヒハイルが気がつけば自然と言葉は溢れ出ていた。胸の内側が一気に流れ出る。


何年も押し込めてきた彼の感情はオルガの心を暖かくした。

(お前もちゃんとそんな顔ができたんだな。)




「…安心しろ。私はお前のことを実の息子のように思っている。私の家族だって同じだ。絶対に邪魔者だなんて思っちゃあいない。もっと私たちを頼れ。家族なんだから。」


「そ、そうだったのか…。俺は伯父上の家族、なのか…。」




(感情を表に出すなんて何年ぶりだろう。案外簡単なことだったじゃないか。)


ヒハイルにとって憧れだった彼からそんな言葉が聞けるということは救いだった。心底安心していた。


(俺はまだ一人なんかじゃなかった。伯父上も第7隊の皆だっている。俺のままでいいんだ…。)




「そうだ。まだ幼かったお前に誤解させたことは謝ろう。悪かった。だから、その、これからはもっと親しくなれれば嬉しい。もちろん嫌じゃなければだが…。」



「嫌なわけないです、俺は伯父上には沢山良くしてもらっていますから…。」


「そうか…。」


「ただ! 俺は口で話すのが苦手なので! 剣なら、剣で手合わせしてもらえませんか?」


「!!!」


その言葉にオルガはハッと目を輝かせた。


「もちろんだ。そう言ってもらえると嬉しい。」


「お、俺も光栄です…。」


ようやく家族らしい家族の交流が始まった瞬間だった。






















ーーーーーーー



「ところで、クロはなぜ女性を呼んだんだろうな。」


「なぜでしょうかね。痛がってそうでしたけど、大丈夫なのか心配です。」


「ははは! いい隊長だもんなぁ。手合わせは後だ。様子を見に行ってやれ。」


「あ、ありがとうございます!」







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