13話 影(3)
今日は闇の日。
私とティア、カラスとユキとクライブはそれぞれ隊服を着て、第7隊の隊室に集合していた。念入りに念入りに、ユキとクライブに向こうでは向こうの言うことを聞くように説得する。何故かやらかしそうで不安で仕方がない。特にユキ。相手にいきなり不意打ちとかをかけたりしないだろうか。
私も私でカラスと一緒に動くということでかなり面倒な旅になりそうだ。
2人と別れて私たちは第1隊に向かう。傍から見たら完全に不審者と間違えられるだろう。
初っ端の任務だ。緊張するなぁ。
そうこうしているうちに第1隊に着いた。
「君たちが第7隊か? そういえば昨日こんなちっこい隊長がいたな。」
「あはは。今日はよろしくお願いしますね。」
「にゃおん。」
私に初対面で殺気放ってきた人の中の一人ですよ。ちっこい隊長で悪かったですね。私、10歳にしては大きい方なんですけど? あなた達が大きすぎるんだよ。
皮肉ズラで言ってきたという不満で、最後の方は棒読みになってしまった。
「俺は第1隊の隊長、リオンだ。何かあれば俺のところまで来てくれ。
今日の任務なのだが、魔物の討伐案件だ。少し遠い北の森まで行く。
君たちはそれぞれの班を回って危険な魔物と遭遇した時は手助けしてもらうと助かる。できるだけ戦力は均等に分けているが、新人も多くまだ覚束無い。そこんとこよろしく頼むよ。」
「了解しました。」
「…ハイ。」
私がこずくろボソボソとした声でカラスが答える。シャキッとしな! いい男がだらしない。
「その声はカラスじゃないか。第7隊ではちゃんとやれてるのか?」
「…。」
声をかけられたカラスは気まずそうにスルーしている。隊長に無視って凄い度胸だと思うんだけど。逆に尊敬するわ。
確かカラスは第1隊からの移動だったよね? 馴染みなんじゃないの?
でも隊員のカバーは隊長の仕事だ。シャーない。ここはちびっこ隊長がフォローしてあげるよ。
「そういえばもう出発ですよね。案内の方よろしく頼みます。」
「ああ、そうだな。早速出発するとするか。」
カラスは、「は?」って感じだったけど、気にしないことにした。
なんなの、私がフォローしてあげたことがそんなに嫌だったの? やっぱりよく分からない。
北の森。
ここは私がいた魔の森の手前にある森で、魔の森ほどではないけど比較的魔物の出現率が高い。
第1隊は全部で6人8班に分かれて行動する。私が森の東側を行く1班から4班、カラスが森の西側を行く5班から8班のフォローにあたる。結構バラバラに動くので潜伏した上での偵察は難易度が高い。できなくもないが。
私は木の上に身を潜めて2班の様子を伺っていた。
「左右から攻撃だ。他はその後一気にかかれ。反撃の時間を与えないように。」
「「はいっ!」」
いいなー。班長信頼されてるなー。新人も頑張ってるし微笑ましい。ここは大丈夫そうかな。班長がちゃんと指揮をとれているから大惨事にはならなさそうだ。
じゃあ次いこー!
木と木を乗り移り、人の気配がする方へ近づいた。
「ん?」
私は1班を見つけた。
でも、私が見つける前に向こうの方が一瞬速く私を見つけていた。
あの距離で気づくのか! 見事としか言いようがない。
急いで距離をとり、草陰に隠れて気配を消す。
第7隊の仕事は隊長のみ知ることで隊員たちは知らないのだ。もし見つかって不審者認定されれば面倒極まりない。見逃してくれ!
暫くすると1班は再び足を進め始めた。ふぅ、危なかった。
その後も恐る恐る近づいて動向を観察していると、班の中の1人が何やら魔法を使っていた。
私と同じ風の魔法だ。
「じゃあ、頼んだぞ。」
「はい! 『偵察』!」
その言葉に反応してバッと木陰に身を隠す。
ヘェ〜! 風を飛ばして遠くまで偵察しているのか! 私もこの班は気が抜けないみたいだね。
この技が使える隊員が増えたら安全性も高まりそうだ。私もやってみよう。
ちょうどいいや、カラスの様子を見たかったし。
神経を集中させて魔力を練る。こんな感じかな?
魔法はイメージが大切。前世で培った想像力を最大限に活かせるのだ。本当に転生して良かった…。
カラスまで届け〜!『偵察』!!
目を閉じてパッと見開くと、木の影に身を潜める、カラスの姿があった。やった! 成功成功。じっくりと視線を回す。
お、ちゃんとやってるじゃん。偉い偉い。普段は素っ気ないけど仕事は真面目にやるタイプかも。
隊員にも姿がばれている様子はない。
心配する必要はなかったか。こんなちびっこに心配されるほどウチの隊員は弱くないってことね。それはいいことなんだけど、舐められている感が居た堪れない。
ドガッッッっん!!!
偵察を終えようとした時、カラスの様子を見ていた先で大きな爆発音が鳴った。
え、カラス? 一体何が起こったの!?
爆風が流れ私の偵察の風は弾き返される。
くうぅっ! 見えない!
胸騒ぎがする。
こっちの班は全部いけそうだったし、私がいなくてもおそらく大丈夫だ。
『飛行』!
すぐさま体を宙に浮かせ、猛スピードで障害物のない大空をかける。こういう時に魔法って便利だよね。つくづくそう感じながら爆発音の音源を探した。
「あれは…!!」
魔の森でも稀にしか出ない、SS級の魔物ドラゴン。なんでこんなところに!? この森には強くてもB級までしか出ないはず。
そんなことを気にしている暇はなかった。もうすでに一つの班とカラスが応戦している。しかも第1隊の隊員を庇いながら戦っているからか、押され気味だ。
こうしちゃいられない。
ドラゴンに狙いを定めて遠距離攻撃を放った。
『風の刃』!
私の攻撃に合わせてドラゴンが空中に顔を出した。避けても避けても追いかけるこの攻撃は私のオリジナル魔法である。
その隙に私はカラスたちの元へと地面に足を下ろす。
「お前…。なぜここに。」
幸い誰も致命傷は負っていないみたいだった。
「当たり前よ。隊員のピンチを助けずにはいられない。とにかくここは2人で倒すよ。」
魔の森に住んでいたとはいえ、ドラゴンの討伐経験は少ない。人数は多い方が安心だ。突如現れた私たちに混乱する第1隊の隊員を後ろに下げ、私たちはドラゴンと向き合った。
「ふん。いいだろう。俺は無属性だ。だから魔剣が持てる。この魔剣はどんな魔法でも無効化することができる。…総督に昔もらった物だ。」
私はカラスの戦い方を知らない。カラスの動きに合わせようと思っていた。
シークからもらった短剣の魔剣。同じ短剣使いなら戦い方も合いそうだし、魔法が効かないならカバーする必要もない。それにまさかの無属性。そんな属性があるんだ…。やっぱりウチの隊員は特別なんだな。
レアすぎるっしょ。羨ましい!
私の合図に合わせて私たちはドラゴンに斬りかかった。
ドラゴンは尻尾を振り回しながら火を吹く。私たちはそれを相殺し、刃をドラゴンに当てる。
うわ、かったい!
一度退いてカラスと私に『身体強化』の魔法をかけた。再び刃を当てた時にはすんなり刃が通った。
私が腹部、カラスが首元。ドラゴンの首が真っ二つに飛んで、胴体も見事に切り裂かれる。
「やりい!」
私たちはドラゴンを一網打尽にした。
カラスが予想外に剣の腕が良くて、とても驚いた。連携も取りやすかったので手こずることなく討伐を終えた。
そして全くと言っていいほどシークと剣筋が一緒。もしかすると私の…兄弟子なのかもしれない。
魔法なしじゃ、カラスの方が強い。今度教えを請おうと決めるほどだった。
あまり第1隊の隊員の前に姿を見せ続けるのは厄介なので私たちは討伐した後、木陰へと姿を消した。そしてリオン隊長に報告に向かう。
「お前は無属性を笑わないんだな。」
少し離れたところで、ぽつりぽつりとカラスが言葉を漏らした。
「あったりまえでしょう? 私の隊員なんだもの。どんな属性だったとしても馬鹿にするなんてあり得ない。」
走りながら私は答えた。
「やっぱり、お前が隊長でよかった。ここの隊に来てよかった。」
「え…。」
「これからもよろしくな。ちびっ子隊長。」
「う?あ、よろしく!」
何がどうなったのかは分からないけど、仲良くなれて嬉しい。
そっか。私、認められたんだ。
心がほっこりする。私、簡単に喜べるんだな。平和なやつですよ。
ティアを撫でたまま、ほんのり微笑んだ。
無事、任務を終えて騎士団に戻ってきた。
気分は上々。グッーと背伸びをしながら、隊室に入った。
ティアはすっかりヒハイルに懐いて、すぐにヒハイルの膝に乗った。
相変わらずそれぞれ全然違うことをしている。
煌びやかな部屋が遊び道具で荒れ放題だ。机の上には書類が積み重なっている。
思ってたんだけどさ、これ、私一人でやるの?
散らかしっぱなしのゴミも誰が掃除するっていうの?
ガキ大将を何人も世話しているみたいで、思わずため息をつく。
私の方が年下だからね? あんたらとは10歳近く違うんだよ? 何、私より子供っぽいことしてるのさ。
カラスを振り向いてみるとカラスも私と同じような面子をしていた。
やった! ここに同士がいる! カラスはちゃんとした人間だ!
いや、皆人間だけれども。
私はカラスと顔を合わせ、くすりと笑った。
カラスがそれに怖気付いたのは凄く勘がいいと思う。
「カラス、副隊長に任命していい?」
「お前1人で決められるもんなのかよ。」
「ならいいって事だね。よろしく頼むよ。私をあの人たちの中に1人放り込まないでほしい…。分かるでしょ?」
「ああ。なんか怖いけど、俺もなるべく手伝ってやるよ。」
内心こき使ってやろうと思っていたのは内緒である。
それを感じ取ったカラスはエスパーか。
ソファに腰を下ろして、積み重なった書類を見た。
ああ〜、1週間の報告書と経過状態を書かないといけないのね。
やることが多そうだ。腕がなる。
バンッ!
突然誰かが大きな音を出して隊室に入ってきた。体がビクッと跳ねたのは言うまでもない。ノックくらいしてよ〜。
「第2師隊、隊長ケドウィンだ。第7隊に用がある。」
入ってきたのは第2師隊の隊長だった。その形相は怒りでものすごく怖いものになっている。
なんで?
第2師隊と言えば、クライブとユキが今日任務で行った隊だ。まさかやらかしたんじゃ…。
そう思ってカラスと顔を見合わせる。共感できる人間がいるってとても心の支えになることを今知った。
「私が隊長ですけれども、どうしましたか?」
「どうしたも何もなんだ! お前の隊員は制御出来ないのか! 次々にうちの隊員をぶっ倒しおって! 手伝いどころか邪魔しかしない! どうしてくれるんだ!」
お怒りだ…。クライブとユキは私たちより一足早く隊室に戻っていた。
追い出されたのか。2人とも何したんだよ。
そう思って2人の方をじろりと睨む。クライブは無表情で、ユキはいつもの笑みがさらに深くなった。
ざけんな。私は怒ってるの!
「うちの隊員がやらかしたみたいですね。ご期待に及ばなかったことは深くお詫び申し上げます。そうですね、今日の第2師隊の予定はなんだったんですか?」
「…実践練習だ。第7隊が来るということで練習相手になってもらおうかと思っていた。それなのにこいつらは! 練習が始まった瞬間、手加減なしに隊員をぶっ倒しおって! 練習にもならない!」
ああ〜。そりゃそうね。ユキは喜んで戦うだろうし、クライブは忠実すぎてそのまま戦っちゃうもんね。手加減なんて出来ない組み合わせだったわ。
「そうでしたか。それは失礼なことをしました。うちの隊員には言い聞かせておきます。
お詫びとして、次の練習には私が行きましょう。私は魔法も得意です。ちゃんと場は弁えられる性分ですので…。それでチャラにしてくれませんか?」
「いいだろう。貴様は見かけによらず落ち着いているからな。なら明日に来てくれ。今回のことは忘れちゃいかんぞ。」
「ありがとうございます。」
ケドウィン隊長が帰った後、私は2人に盛大な殺気を放った。
私、明日非番だったのに…。
相変わらずユキは喜んでいて、クライブは申し訳なさそうに俯いた。
仕方がないね。天性のものだから説教したところで直らないだろうし。
性格に難ありまくりの隊員たちを見て、またまたため息をついた。
「カラス…。暫くこの2人出禁にするから何日か非番の日入ってほしい。私も入るから。」
「…了解。」
もうちょっと隊員の振り分けを深く考えた方がよかったと後悔した。今のところカラス以外は信用しづらい。私かカラスが入っておかなければ、何をしでかして帰ってくるか分からない。カラスもそう感じたみたいだった。
本日何回目か分からないため息をついた。
「にゃお〜。」
心配そうにティアが鳴く。私の癒し…。




