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10話 始まる (7)





あれは私がシークと出会ってまもない頃の話。




私はこの頃走り込み5キロを言い渡されていた。


「はっはっ…、ふー。はっはっ…、ふー。」


前世でいいとされていた呼吸法を繰り返す。

し、しんどい…。この体、前世の私より動かない…。辛いよー!








折り返し地点で密かに腰を下ろした。

はぁ、はぁ、はぁ…。

疲れた。あと半分。


そう思っていたところに、どこかからゴポゴポと音が聞こえてきた。


なんの音? もしやこの音は…。

興味津々で、思わず音のする方へ足を進めていた。





「やった! 天然温泉だ!…」


たどり着いた先は湯気の立ち込める水場だった。

温泉じゃん!! お風呂が入れる! よっしゃー!

私はすぐさま服も何もかも脱いで、お湯の温度を確認してから温泉にダイブした。





ダッパぁぁぁン!


誰もいないし、もし見られても恥ずかしくすら思わない体型だしね。魔物だけ気をつければいいだけだもん。流石に水場までは襲ってこないと思うし…。少しぐらいはしゃいでいいよね!




ぶくぶくと温泉の中を泳いだ。


ふはぁぁぁ! 癒される…。


お風呂がこの世界にはあまりなくて、お金持ちしか入れないと聞いた時の落胆といえば、顔が地面にめりこみそうだった。庶民は体は水魔法で洗ったり、タオルで拭いたりするだけらしい。

なんであんな素晴らしい文化が庶民に広がらんのか。貧富の差が激しいんだろうなぁ。お風呂がない生活なんて前世では考えられない。





おや?

あそこに猫ちゃんがいるじゃないか!



温泉の岸で、たどたどしく入ろうか入らないか葛藤している猫がいた。

黒の体毛に白い線が何本か走っている。黄色いお目目もぱっちりしていて可愛いらしい。

こんな品種あったっけなぁ。黒猫にちょっと白い模様を描いたみたいで、面白い。

溺れたら大変だもんね。てか、猫ってお風呂好んで入るの? 別に温泉仲間が増えるなら嬉しい限りだけど。

私は近づいていってその猫に話しかけた。



「おいで〜、私が支えてあげるよ。」

「にゃ〜お?」



猫ちゃんは戸惑いながら私の肩に乗り移った。私は猫ちゃんを抱きかかえ、お湯をかけてあげる。




「気持ちいい?」

「にゃ〜。」

猫は嬉しそうに声をあげた。

ふふふ。可愛すぎる。


「君、名前なんていうの?」

「にゃおにゃお。」

「名前ないの?」

「にゃ〜。」

「じゃあ私がつけていい?」

「にゃおん!」


不思議と会話が続いた。いや、伝わってるかどうかは分からないけど。


「君の名前は、ティア!」


「にゃおん?」

「なぜかって? 私と似てるからだよ。私は黒髪黒目のクローディアだからね。気に入ってくれた?」

「にゃお〜ん!」

「それは良かった。」


温泉同好会の始まりだい!





充分に温泉を満喫した後、私はお湯から上がった。

ふぅ〜ー! さっぱりさっぱり!


ふと、あることに気がついた。


「あっ! 髪の毛! タオルどうしよう!」


何も考えずに飛び込んだ私を恨んだ。髪が元の色に戻ってしまっている。タオルがないのでびっしょびしょだ。

なんてことを〜!

幸い、メアリーから貰ったものだからと肌身離さず持っていた染料はあったけど、体はびしょびしょのままだ。

色の落ちてしまった髪をティアと一緒にぶるぶると振り回し、ある程度乾いたところで染料を塗り直した。



早くしないと、シークが心配しちゃう。遅いって怒られる〜!


「ティア。またここに来るね!」

「にゃ〜お。」


超スピードで髪を染め直し、体を濡らしたまま服を着た。

そして再び走り出した。服が濡れて動くたびに冷たい風が、服と体の隙間に入ってくる。

さ、寒い! 誰だよ、何も考えずに入ったやつ。

私だよ。

だって前世の本能だもん。不可抗力である。






ただひたすらに家を目指した。

家の前に着いた頃には、シークが仁王立ちで疲れ果てた私を見下ろしていた。

呆れと怒りを混ぜた炎がシークの後ろに輝いている。


ああ、あったかいかも…。ってそんなこと考えている暇はない! 


シークに目線を合わせると、口は笑っているけど目は笑っていないという器用なことをしていた。

ううっ! コワイコワイ。やっぱり怒ってる…。







「クロ。なんでこんなに遅かったの? なんで濡れてるの? 心なしか肌が綺麗な気もするね。」



「ごめんなさい!!! 道草、食いました!!!」



「へ〜、道草を食った? 呑気に草食べてたの? 意味が分からない。そんなの全く言い訳にならないね。」



さらに炎が大きくなったシークを見て、選んだ言葉を間違えたことに気がつく。

しまった! ここにはそんな言葉なかったんだ! 必死になって弁解する。




「ち、違う違う! 寄り道してましたっていう意味で…。」


「どこに?」


「お、温泉です…。とても気持ち良さそうだったので思わず入ってしまいました…。

 そしたらやっぱり丁度いい温度加減で、お湯も美肌効果があって、体の疲れもとれて、温泉同好会もできて、本当にもう最高で…!

…っは! しまった!」



「うんうん。ありがとう。ベラベラ喋ってくれたから、尋問する必要がなくなったよ。」



「ひっ!」



シークがフォローになっていないフォローを入れながら、私の方へ近づいてきた。私は咄嗟に身構える。

ごめんなさい。ごめんなさい。許してください、シーク様。






ガバッ!

「え?」


想像していたこととは裏腹に、シークは私を抱き締めた。

え、そこは説教タイムに入るんじゃないの? 



「はあ〜。僕がどれだけ心配したことか。

帰りがいつもより遅いから、魔物にでも襲われたかと気が気でなかったんだよ? ねえ、僕の気持ち、分かってくれる? 

服もこんなに濡らしちゃって、早く着替えないと風邪ひくよ。

ほら、家に入ろう。」



そう言って私を抱え、家の中に入った。優しい…。怒り方が優しい。はっきりしない怒り方のせいで、申し訳ない気持ちがもやもやする。




「あの、シーク。心配かけてごめんね。次からは気をつける。それと…ありがとう。」




「わかったならいいんだよ。そのかわり、明日から走り込み10キロに増やすからね。」


シークは嬉しそうに私の頭を撫でた。一方私は硬直した。

結局は制裁されるんかい。嵌めたな、シーク〜!





そうして毎日10キロの走り込みになったのだった。


2日に1回ぐらい温泉にも通っている。

勿論許可をとって、だよ?

ティアはいつも私が行くと大人しく待っていて、温泉に入ると体を委ねてくる。

あぁ、もう可愛いんだから〜。本当に癒しだよぉ。温泉とティアに癒されながら、稽古の疲れをとった。
























ーーーーーーー







「にゃおーん!」


いきなり馬車の中に聞きなれた鳴き声が響いた。この声は!


「ティナ!?」


ティナは私の膝の上にちょこんと座った。座るや否やすぐに毛繕いを始めた。

か、可愛い〜!!

じゃなくて!


「ティナがなんでここにいるの? お別れを言いに行った時もいなかったじゃない。」

「にゃぁにゃん。にゃお。」

「事情があったのね。私について来てくれるの?」

「にゃおん。」

「ははっ。それは頼もしいね。」



毛繕いをするティナの毛をもしゃもしゃとかき回した。

もう、可愛いんだから〜!


「ヴゥー」

「ごめんごめん。」


暫く戯れあっているとクライブさんが口を開いた。



「あの、申し訳ありませんが、その猫は?」


「ああ、すみません。私の裸仲間です。連れて行ってもいいですか?」


「は、裸仲間? 騎士団舎は普通に猫もいるので構いませんが。それにしても…その、可愛いですね。」


「ふふふっ。そうでしょう?」


「にゃぁお。」


ティナは当然であると言いたげに返事をした。

騎士団に行ったらアイドルになりそうだね。思わぬところで旅のお供が増えて私の機嫌はさらに良くなった。




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