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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編シリーズ

【超越者向け百合】アノマロカリス♀がハルキゲニア♀に恋をした!

<1>


 カンブリア紀、世界に一つの広大な海だった超海洋パンサラッサの赤道近く、のちにバージェス山と呼ばれるようになる海の底に一匹の雌アノマロカリスがいた。


 彼女の視線の先には、一匹の雌ハルキゲニア。獲物として狙っているのだろうか? いや、違う。


 アノマロカリス (仮に「アノマ」と呼ぶことにする)は視線の先のハルキゲニア (こちらも仮に「ハルキ」と呼ぶことにする)に恋していたのだ。


 しかし、アノマは恋の喜び以上に悲しみを覚えていた。


 種族も違えば、さらに雌同士。そして、アノマの体長六十センチに対してハルキは三センチ。あまりにも厚い壁に、アノマは絶望する日々。


 美しい白い肌に前部付属肢で優しく触れて、そのぬくもりを感じたい。しかし、それはハルキに恐怖しか与えないだろう。なにより、ハルキには背中にびっしり生えた棘がある。それは、捕食者から身を守るための術。生来備わった、アノマへの無慈悲な拒絶の証。


 もちろん、アノマは決してハルキを襲うようなことはなかったし、ハルキを怖がらせないためにほかのハルキゲニアも狙うことはなかった。


 ハルキも別にアノマを拒絶する意思はなく、ただ生まれ持っての機能として棘を持っているに過ぎない。


 しかしそれでも、両者に立ちはだかる壁はあまりにも厚い。なにより、アノマは勇気を持って恋心を伝えられないほどに初心(うぶ)なのだ。


 もしも、同じハルキゲニアに生まれていたならば。あるいはせめて、ハルキと同じぐらい体が小さかったなら。そうしたら、もっと積極的になれていたのかもしれないと彼女はいつも考える。


 そしてそう考えるたびに、今は遠くから見守っていられればいいと自分に言い聞かせるのだった。




<2>


 そうして悶々と過ごしていたある日、アノマに転機が訪れる。どこからかやってきたアノマロカリスが、彼女の縄張りに侵入してきたのだ。


 そのアノマロカリスは、さっそくハルキに目をつけた。ハルキに襲いかかるアノマロカリス。しかし、アノマは体当たりでそれを阻止する。


 相手の体はアノマより大きかったが、それでも愛するハルキを傷つけることは許せないという思いひとつで、果敢に立ち向かう。


 両者の攻防は長く続いたが、ついにアノマの愛が勝ち、相手は逃げ去っていった。


「ありがとうございます」


 ハルキが鈴の音のように可憐な声でアノマに礼を述べる。初めて声をかけられたアノマは、天にも昇るような気持ち。先ほどの戦いで負った傷の痛みなど、どこかに吹っ飛んでしまいそうなほどに心が躍る。


「ねえ、よかったらお友だちになってくれる?」


 勇気を振り絞って、ハルキに申し出る。本当は恋人になってもらいたかったけれど、初心なアノマにそれは難しい話。


「はい、私で良ければ。今までちょっと怖い方かなって思ってたんですけど、優しいんですね」


 もじもじするハルキ。彼女もまんざらではないようだ。


 それからの二匹の関係はひたすら幸福だった。ハルキの周りをくるくると踊るアノマ。雪のように舞うマリンスノーと、咲き乱れる花のように群れているディノミスクスやシファッソークタムが、二匹の仲を祝福してくれているかのよう。


 前部付属肢でハルキの口にそっと触れると、その温かなぬくもりが伝わってくる。アノマが何度も夢見た光景。それが現実のものとなり、アノマは夢か(うつつ)かとふわふわした気持ちになる。


 言葉にこそ出さないけれど、二匹は確実に愛で結ばれていた。




<3>


 しかし、幸せな時間は永く続かなかった。


 バージェスの海底は崖のようになっており、洪水が起こると浅瀬から一気に泥が流れてくるという地形。


 そしてある日、大量の泥土がまさに土砂降りとなって二匹の頭上へ流れ込んできたのだ。


 異変を察知し、とっさにハルキをかばうアノマ。


 ものすごい重さがアノマの背にかかるが、少しでもハルキを泥に襲わせまいと体を張る。


「いけない! あなたなら素早く動ける。私を置いて逃げて!」


「あなたを置いて逃げるなんてできない。だから最期に言わせて。お友だちになったあの日よりずっと前から、あなたを愛してる。ずっと、ずっと一緒だよ」


「私もあなたを愛してる。こんなときだけど、嬉しいな。告白されちゃった」


 アノマロカリスとハルキゲニアに表情があれば、それはきっと穏やかな笑顔だっただろう。


 やがて、アノマには耐えきれないほどの泥土が降りかかり、二匹は埋没した。


 アノマとハルキは、はるか未来にバージェス頁岩(けつがん)から、寄り添うように重なっているアノマロカリスとハルキゲニアの化石として発見されることになる。

<制作秘話>


 いつものやつですが……なんというか、上級者を超えて超越者向け百合です。完全に「ついてこれるやつだけついてこい!」状態。


 大好きな百合とカンブリア生物の話を同時に書けて、個人的には大変満足しています (笑)。


 ハルキゲニアを愛しているのに、棘で触れないアノマロカリスの関係性とか尊いと思って書き始めました。


 ハルキゲニアの体長を調べたらアノマロカリスより遥かに小さくて、アノマにはさらなる障害が立ちはだかることになってしまいましたが。


 アノマが初心なこと以外はこれといってキャラを練らなかったので、キャラ語りは割愛します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 化石の謎に、こんな壮大な物語があっただなんて。恋は偉大だ。
[良い点] 作者さまの想像力に脱帽です。あと、文章力も凄い。太古の地球のロマンを感じます。
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