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令嬢の独白

作者: 発条人形

人にはそれぞれ美しさを持っている。それぞれ種別は違うけれど。

例えば、女性的な美しさや男性的な美しさ、中性的な美しさ。性別的な観点から見たときに感じる美しさがある。体格、顔立ち、仕草、言動。さまざまなもので判断する。

もちろん、生物学的な性別とは違う美しさをお持ちになっている人もいる。それはそれで美しい。まあ、少し思考が横にそれた。とにかく私はどのような美しさも愛でる対象となりえることをはじめにいわせていただきたい。

ほかにも可愛らしい美しさや冷たい美しさ、豪奢な美しさ、情熱的な美しさ。例を挙げればきりがないくらい多くの美しさを人々はそれぞれ持っている。私の中で美しさは魅力と同義なのだ。


私の叔母はとても美しい人だ。年をとっても、その蝶のような美しさは衰えない。むしろ冴え冴えと澄み渡る美しさも身につけていっているような気がする。

私の家は少し独特な慣習がある。小さい頃、自分で生き物の世話をするという慣習だ。私は両親に蝶を育てたいとねだった。どうせ育てるならば美しい生き物がいいと思ったから。

両親は私の願いを受け入れてくれた。もちろん卵から育てる。育て始めたころ、その小さな卵から、きれいに羽ばたく蝶がそのまま出てくると思っていたから、孵化したときの驚愕は大きかった。でてきたものが蝶とは似ても似つかない幼虫だったから、当たり前だ。

初めて見たときに上げた悲鳴を聞きつけた両親が部屋に入ってくるまで放心していた。両親がこの緑の不格好な生き物が成長し、蝶になると説明したのを、素直に受け入れられなかったことを覚えている。

一度育て始めた生き物の変更は出来ないから、しぶしぶそれを世話し始めた。日ごとに大きくなっていくそれに、奇妙な美しさを徐々に感じ始めた。そして愛着がわいた頃、蛹になったそれはある日飛び立った。

あの、緑の奇妙な生き物が美しい鮮やかな羽を広げ、飛び立ったのだ。それは幼い心に爪痕を残すには充分だった。美しいものは必ずしも最初から美しいわけではないと、そう私に刻みつけたのだ、それは。

私は叔母の事を蝶々おば様と呼んでいた。蝶のように鮮やかで、軽やかな印象を与える人だったから。だから、飛び立ったそれと、叔母を結びつけたのだろう。

「ちょうちょうおばさまは、さいしょからうつくしいわけではなかったのですか。」

彼女はほんの少し目を見開き、言った。

「生き物が初めから美しいわけがあるはずがないのよ。すべての美しさは何十回、何百回の挑戦と失敗の果てにあるの。そしてその挑戦と失敗はのちの世代に受け継がれていくものよ。今、庭に咲いているバラは、先祖の挑戦と失敗の上に生き、美しく花を咲かせている。私だってそう。幾度も研究を重ねて今こうして生きているの。」

だからあなたも挑戦しなさい。どのようなものでも美しくなるものよ、そこに積み重ねがあれば。

そういった彼女はとても美しかった。そして、その美しさの陰には血のにじむ様な努力があった事を初めて知った。

その時から、私は美しさに執着し始めた。あの蝶のように、おばのような美しさを持ちたいと願った。美しくあること、それはどのような人でも無意識に意識していることだと思う。そうした方が、生きやすいから。願いがかないやすいからと。美しさというものは大抵が手段で、私のように、美しさが目的の人は案外少ない。

私はそれを否定しない。むしろ肯定する。だって、それも美しいから。

美しさに執着し始めたときから、人々を観察し始めた。それが何かきちんと把握しなければならなかったから。そして分かった事は、美しさに種類があり、そして他者が美しいと感じる人は己のそれを無意識であれ、意識的であれ把握しているということだ。

意識している人は、例えば、わざとそれから外れた言動等をすることにより、その美しさを際立たせたりしている。イメージと実物とのギャップの利用と言った方が分かりやすいだろうか。ほかにも自分を引き立てるために意識して行動している。例えば己の魅力的な所、髪の美しさや唇、眉などの手入れを欠かさなかったり、それを引き立てたり。逆に好かれなくても構わない、と思っている方もそれはそれで美しい。媚びない美しさとでもいうのか、それに好感をもつ人々も少なくない。

無意識に把握している人ならその美しさに沿った行動を自然にやっている人が多い。大抵こういう人は世渡りがうまい人が多い。己の魅力に無意識に沿った行動が多いからだろうか、とても自然な感じがするのだ。さらりとこちらの傍に寄ってきてスペースに入ってくる方が多いような、そんな印象を受ける方が多い。そしてそう人はよく周りを観察していて、自己評価が低い傾向にある。無意識に自分より周りの人に対する比重の方が高い人が多い。

これが私なりの観察結果だ。では、私が美しくあるためにはどのようにすべきか。

私は自分の持つ美しさを無意識に把握することなどできないので、己の美しさとはどのようなものか自己分析をしてみた。するとどこか人形然とした静謐とした美しさを持っているのではないかと結論した。

―ちなみにデータは周りの人々の言葉である。世辞だとしてもそこには一定量の真実は含まれているから侮れない。人が嘘をつく時には真実をもとにすることが多い。特に会話の途中なら。そちらの方が楽だからだろう、だから私はそれを分析した。まだ自分の事を客観的に分析するほど成長できていなかったからだ。

客観的に観て私の顔立ちは平凡である。しかし、雰囲気などからどのような系統の美しさを持っているかは分類できる。

そういう美しさがあるという結論が出たら行動をするのみだ。といってもわざと系統外の行動をするほど器用ではない。私ができる事はもともと持っている美しさにあった服装などをすることである。

そうして、私は私の美しさを磨き、これまで生きてきた。


さて、回想はこのくらいにして、話を現在に戻そう。今私の年齢は十五歳である。婚約者がおり、関係は良好だ。

この国には義務教育が六歳から九歳まで三年間の義務教育を課している。その後、金銭的に余裕のある良家の子息たちは三年間発展的な知識を教えられ、またそれが終わった後に三年間、興味のある分野を専門的に学習する。私が進んだのは服飾科だ。

分野ごとに分かれていると言っても、土地が無限にあるわけでもない。よって、様々な分野の生徒が一つの校舎に集まる。だからほかの分野の生徒と接触することも容易だ。

もちろん、生徒数の多い分野専用の校舎もある。また、生徒数こそ多くないものの広い敷地が必要な分野もある。よって、接触しにくい生徒もいる。まあ、大抵一人か二人はそれぞれの分野に知り合いがいるので接触しようと思えばできるのだが。

なので、別の分野の生徒のうわさも広がるのが早い。

よって、有名な生徒が複数いる、その中でも特に代表的な令嬢を紹介する。


まず一人目。公爵令嬢のリノア・モンテーン様。深紅のバラのごとく豪奢な赤い髪と吸い込まれそうな黒の目が特徴的な美しい方。責任感が強く、曲がった事を嫌う。それにより身分を越えた行動はよほどの理由がない限り嫌われている。彼女は身分制度は秩序を保つために必要だと考えているのだろう。言い方はきついが間違ったことは言わない方で様々な方から慕われている。また、第三王子のアルフレッド・ルクシュナ様の婚約者でもある。今は語学科に在籍しておられる。

もう一人は、侯爵令嬢のシャルマ・ホクレイ様。カナリアのように鮮やかな金糸と春の新芽のような翠の目を持つお方。小柄な体躯と甘やかな声が庇護欲をそそる可愛らしい方である。性格はいたって温和で、争いを好まれない。先祖に異世界から来られた方がいらっしゃり魔力を多く所持していらっしゃる方でもある。婚約者は次期魔術師団団長との呼び声が高い、侯爵令息のレイグル―ド・フルノマ様である。現在は魔術研究科に在籍しておられる。


このお二人は私と同学年で、学園で一二を争う美貌と言われている。そしてこのお二人は性格や美しさの系統などは違うが、とても仲がよろしい事でも有名である。

さてここから話すのはこの学園で校舎を同じくする言語科と魔術研究科、文学科で起こった色恋沙汰であり、これは先に紹介させてもらったお二人が巻き込まれてしまった騒動でもある。


事の始まりは今年魔術研究科に入学してきた男爵令嬢である。この男爵令嬢はこれまで自分の家の領地の学校に通っていたようで、流行に疎く、マナーも初歩的なものしか身につけていなかった。

もちろん、彼女もそのことを理解しており、できるだけひっそりと過ごそうと思っていたらしい。しかし、その類稀な記憶力を武器に一カ月足らずで王都育ちの令嬢に引けを取らない振舞いを身につけた、らしい。彼女がここへ来た理由もその絶対的な記憶力が大きく影響しているらしいので当然と言えば当然だろう。その類稀な能力がとある大貴族の目にとまり匿名でパトロンをする代わりに将来その方の家につかえる契約なのだそうだ。といっても上流階級にとって「匿名」というのは公然の秘密というようなものなのである程度の予想はつくのだが。契約云々も大方本人が牽制の意味で流したのだろう。

それに加え、彼女の顔立ちが上々といえるほどに整っていたこともあって話題に上ることが多くなってしまった。

噂を聞きつけた婚約者のいない令息たちが彼女にあの手この手で婚約を迫り始める。中には既に決まっていた婚約を破棄して迫る阿呆もいたらしい。

幸いといったらおかしいが、このような暴挙を犯したのは一人だけだったらしいが。

困った彼女は何かと目をかけてくれていた最高学年の先輩に助けを求めた。この先輩というのがシャルマ様であったそうだ。そしてシャルマ様の口から愚痴がてら状況を相談されたリノア様が烈火のごとくお怒りになられたそう。

先ほども言ったよううに、曲がった事が嫌いな方であるのでそれも当然だろう。

それに加え、既に決まっていた婚約を破棄してまで迫った者の元婚約者の令嬢が特に可愛がっていた令嬢だったそうで。

その時のリノア様のお怒りは凄まじかったと人伝にお聞きした。

多分、婚約を破棄した者はもとから婚約者に対して興味がなったのだろうと思う。でなければリノア様との細いつながりを切ろうとはしなかっただろう。

そもそも、強引に令嬢に迫るのはマナー違反である。それにもかかわらず、家の権力を使い強引に迫った方もいたそうで。

確かに、彼女は絶対的な記憶力に加え、容姿も上々。今まで婚約者がいなかったこと自体が不思議なくらいの方だ。実家の方は特に目立った噂は聞かないが、害にはならないことは確かなので躊躇する理由はない。彼らが目をつけない理由がない。

件の令嬢は恋愛より魔術の方に興味があるらしく、多くの求婚に困っていたらしい。しかしそれに構わず自動的に作られた逆ハーレム状態。これには誰しもうんざりするだろう。

そしてだんだんと大きくなっていったこの騒動。リノア様とシャルマ様の婚約者のお二人も巻き込まれてしまうくらいには大騒ぎになってしまった。

具体的に言うと、お二人が件の男爵令嬢にくびったけであるとか何とか、そんな根も葉もないうわさが広がったり、それを耳にしたお二人の婚約者、すなわちリノア様とシャルマ様に問い詰められたり。

本当に災難でしたねというほかない。お二人とも婚約者をとても大切にしていらっしゃることは自明の理なのに、なぜうわさが広まったのか。そこが私にとって最大の疑問である。

そして件の男爵令嬢の方は、この騒動のさなかに恋に落ち、その相手と相思相愛になっていた。それでもおさまらず、それどころか大きくなっていったのだからいやはや人の業は恐ろしい。その結果が約半年続く大騒動になったのだから、本当に馬鹿馬鹿しい。確実に学園の不名誉な歴史として語り継がれるだろう。

この騒動が終わったのが三日前というのはどういうことなのだろう、本当に。呆れるほかない。


まあ、もう終わってしまった事なのでいろいろ言ってもしょうがないが、もちろん、私がこうした愚痴まがいの事を言うのには理由がある。

察しているかもしれないが、私も少なからず被害を受けたのだ。

実をいうと私はよく令嬢の方々から恋愛や美容などの相談を受けたりする。

私に美容はともかく何故恋愛についての相談があるのかは置いておくとして、人脈は広い方である。そして相談者の中に一方的に婚約破棄された令嬢がいて、フォローが大変だったし、騒動の中心である件の男爵令嬢も相談に来たりしてすったもんだがあったのだ。具体的に言うと二人が偶然相談前に鉢合わせしてぎくしゃくしたり、謝罪合戦が始まってしまったりして、それを私が仲裁したり……。今思い出しても少し疲れる。ただ、方向性は違うが同じ男に振り回されている身として話が合い、最終的に意気投合していたので良かったが。

まぁ、相談に来た彼女たちは美しかったので、少しばかり役得だと思ったのは秘密である。

今回の騒動で受けた被害はこれくらいだが、男爵令嬢の彼女は、なぜか私の心に引っかかりを残した。今、振り返ってみて思い至った事がある。彼女は、私の美しい蝶々おば様に似ているのだ。

いくら絶対的な記憶力があっても、何かを身につけるには、それ相応の努力が必要なのだと思う。それに、どんなに研究で忙しい時でも背を伸ばし、胸を張り、毅然と歩いていた。それはどこか砂糖菓子を彷彿させる顔立ちとアンバランスで、美しかった。


彼女は強いのだろう、自分の大切な物の為には己を顧みないくらいには。でもそれはとても危うい美しさだと思う。今、彼女を支えているのは魔術と婚約者だ。ほかにも大切なものがあるのだろうが、一番太い柱がこの二つなのだと思う。

このどちらかが折れてしまったら彼女はどうなるのだろう。

一つの支えしかなくなったガラス板のようにずり落ちて粉々になってしまうのだろうか。

それとも、残った柱にすがりつき、執着する狂人になるのだろうか。

でも、たぶん彼女はどのようになっても美しいのだろう。砕けたならば星の海のように。狂ったのなら研ぎ澄まされた刃のように。あのふわふわとした顔に、そんな美しさを載せるのだろうと、思った。


それでは、婚約破棄をされた令嬢にはどのような美しさがあるのだろうか。ついでにお話ししておこう。

私は彼女に最初から終わっている美しさを感じた。

最初に見た彼女を見たとき、思ったのだ、棺に優しく置かれた人形のようだと。自分から変わらない、変われない、そして誰も変えてくれなかった、残酷な優しさに包まれた人形に。

すべての事をあきらめている人だった。変わることも、知ることも。

彼女には、柱がない。だからずっと変わらない。周りがどんなに変わっても、彼女が変わったと思っても、根本的な所はずうっと一緒。死人が二度と変わらないように。

初めから、持てるだけ持たせて、それ以外のものは望みもしないような人形にされた少女だった。創られて、棚に飾られる愛玩人形のような、哀しい美しさを持った人だった。


二人を見たとき、似ていると思った。一見、そうは見えないけれど、とても似ていると。もし、もしもと考えてしまうくらいには。

この二人が私に相談したのは、リノア様とシャルマ様の差し金だった。何度かお話をしたことがあったから覚えてくださったのだろう。お二人はどちらも努力家なので、全校生徒の名前ぐらいは覚えていらっしゃる可能性が高い。

お二人はこの令嬢たちを可愛がっていらっしゃったのは前に述べた通りで、相談が終わった後質問攻めにあった。

彼女たちの精神状態は大丈夫かどうか、具体的な悩みはどうだったのか、そしてそれらにどう答えたのか、などなど。

素晴らしく眼福ではあったがとても怖かったのをはっきりと覚えている。

あの騒動がようやく終わったと思うと感慨深い。少し大変ではあったが美しいものと出会えてよかった。大変満足である。


「色々あったわね、本当に。明日はどんな美しいものが見れるのかしら。」

この世界は美しいもので満ち溢れている。




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