3話 家族の時間
結局、勉強に集中できないまま早めに切り上げてしまった。心美の言葉がずっと頭の中で繰り返されいた。隣では相変わらずもじゃもじゃが早稲田を見せびらかしてくるしで、もう、勉強する気持ちにはとてもなれなかった。
夜七時。久しぶりに家族みんなでご飯を食べる。いつもは私が地区センターが閉まるギリギリまで居座っているため、帰って来るのは大体10時前だった。だから家族みんなの個の空気が懷しい。と同時にちょっと気まずい。
ご飯ができたというママの呼びかけによって、パパ・私・妹が食卓に集まる。今日の夕飯はフライドポテトとチキンとピザ。
「だって志保は明日、建介君の家に泊まっちゃうんでしょ?せっかく早く帰ってきてくれたんだし、少し早いクリスマスっていうのもいいじゃない」ママは鼻歌を歌いながら席につく。
「受験生のくせにいい身分だな。クリスマスだからってあんまりはしゃぎすぎるんじゃないぞ。大事な時期なんだから」パパが缶ビールを開けながら話し始める。私はとりあえず相づちを打っておく。
「いいなあ、お姉ちゃんはあんなにかっこいい彼氏がいて。私ももう高校生だし彼氏欲しいよ」
「亜美は女子校だから難しいでしょ」私はピザを口に運びながらなだめる。
「そうだけどさあ~、やっぱりずるいよ。建介さんみたいなイケメンで優しそうな彼氏作って」
「そんなわけでもないけどね」思わずボソッとつぶやく。はっと亜美を見るが、亜美はパパに話しかけられていた。。
「亜美が本当に彼氏作りたくなったら女子校やめて、志保の高校に転校するしかないな」
「え~、入学したばかりなのにそれはやだよ!」
パパも酔いが回ってきている。亜美は両親に対してどのように甘えて、懐に入っていけばいいのかをよく心得ている。そうじゃなきゃ私立の女子高なんてあのけちなパパが許してくれるはずがない。亜美も見ていると、心美の姿が思い出す。この子も欲しいもののためなら私を蹴落としてでも取りに行くのだろうか。
「ところで志保」パパのターゲットが私に移る。こういう時は決まっていい内容の話ではない。
「模試の結果見たぞ。この時期でD判定って、大丈夫なのか?」
「べつに大丈夫だよ。まだ時間あるし」
「まだ大丈夫、まだ大丈夫って言ってたら、本当に大丈夫じゃないときが来るぞ。もう12月も終わるんだ。もっと焦らないとだめだぞ。ただでさえ…」
ここまで言って一度ビールに口を移す。
「ただでさえ?」
「ただでさえ、予備校にいかないで独学でやってんだ。甘ったれるんじゃねえぞ」
パパは二本目の缶ビールを空け、三本目に手を伸ばす。
沈黙が食卓を包む。重い、重い沈黙。
「ほ、ほらパパ。お姉ちゃんも毎日、地区センターにこもって頑張ってるんだよ」亜美が手をわちゃわちゃさせながらパパに訴える。
「そんなの当たり前だ。独学で早稲田いくっていうのはその先にさらに努力が必要なことなんだ」
「……うるさい」
自分でも気づかないうちに声を出してしまっていた。もんなの注が私に向く。こういう声はみんなちゃんと聞こえるんだ。
(なんで私が自ら独学を選んだみたいなことになっているわけ?本当は予備校にいくかもしれないからってお金をためといてくれていた。それなのに、それを妹の急なわがままのために全額女子校に費やしたのはどこの誰よ?気が付けば予備校に通うお金なんて残されていなかった。だから私は独学を選んだ。あんたが見ている数倍は努力をしている。睡眠時間だって、建介と会う時間だって、削って、削って、削って、削って、そうやって一年間やって来た。あんたに私の何がわかるっていうの。自分のことケチっていいながら妹にいいように扱われているだけのおっさんのくせに)
言いたいことはまだまだ山ほど胸の中にあふれてきた。でも結局、一つも言葉にできなかった。いまさら何を言ったって無駄だ。今、現実として目の前にあるのは、独学で勉強して得た哀しい結果だけ。自分の思いをぶちまけたって哀しくなるだけだ。
私は食卓を立って部屋に戻った。後ろから呼び止める声がしたけど振り返らなかった。
部屋の壁には「目指せ早稲田!」と書かれた紙が私を出迎える。何度も見返してやる気をあげた。でも、今はそれははるか遠い言葉のように見える。頑張って狙った推薦も簡単に奪われ、受験の道もうまくいかない。挙句の果てには知らない大学生から馬鹿にされる私の受験生活。
部屋の中はしばらくの間ノックの音が響いていたが、それが止んでしまうと静寂が取り囲んだ。




