~緩やかな時~5.
マリエッタは時折、考える。長い年月を生きながら、自分のすべきことは何なのかと。毎日毎日変わらぬ暮らしの中で、繰り返されていく穏やかな時間。
自分以外に、その様なことを考える者は、少なくとも彼女が知る限りいなかった。
いつか出会った、人の少年。
ほんの僅かな時間しか会っていなかったのに、彼は彼女の心に鮮やかに色を残した。
それはまるで暗い海を照らす太陽の光のようで。そして夜空を彩る、星のようで。
過ぎ行く時の中に、いつまでも彼女の心の片すみに灯りをともすこととなった。
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マリエッタは、16歳になっていた。
その日は何だか、いつもと違っていた。胸騒ぎがする。
「ねえ、外は大きな嵐が来るみたいよ」
海の底では上層の荒れは影響がない。その為、海の生き物達もより影響が少ないところに集まって来ていた。
ーーいつも嵐が来ても、こんなに不安になることなんてないのに。
マリエッタは、仲間達の輪からそっと抜け出し、少しずつ荒れが酷くなる海上を目指した。
カッと昼間のように辺りを照らす稲光に、彼女は恐ろしい光景を見た。
彼女が浮上したその場所では三隻の船が、まるで小さな木の葉のように荒波に揉まれて、今にも横倒しになるかという瀬戸際であった。
しかもうち一隻は、嵐だというのに大きな炎に包まれていた。
ーー何?何が起きてるの?
初めて見るその光景に、しばし呆然としてしまう。
マリエッタを正気に戻したのは、一瞬後。
炎に呑まれた中央の船から、爆音が響いた。刹那、何かが降ってきて大きな水柱があがる。
ーー人?!
考えるよりはやく、水中に潜っていた。
暗い海の中で、無我夢中でその手を掴んだ。急いで水面に上がると、風雨で船の甲板から飛ばされたと思われる物に、一緒につかまった。
「あなた大丈夫?」
自分が助けた人間に、波に揺られながら叫んだ。
その人が咳込みながらこちらを向いた時、また、雷が二人の間に横たわる闇を消し去った。
ーーえ?
彼女が思うのと同時に、彼もまた目を見開いた。
「マ、リエッタ……?」
ーーウィル?!
5年振りの邂逅を果たした時、一際高い波が二人を襲った。
「危ない!」
いずれかの船の手すりが折れたのか、全ての物が荒れ狂う波に逆らえる筈もなく、二人に向かって降ってきたーー