~緩やかな時~4.
「人魚って、もっと怖いのかと思ってた」
ウィルを陸まで送る途中、彼はそんなことを呟いた。
彼はどうやら船から落ち、運良くあの島に流れ着いたようで、他にも板切れや瓶、樽など色々な物が砂浜に転がっていた。
その中から、少年が身体半分預けられる位の大きめの板を選び、それに掴まって沖に出てしばらくしてのこと。
「怖い?どうして?」
マリエッタはぐんぐん泳ぎながら訊ねた。
「歌を聴くと、船が沈むとか、海に連れ込まれるとか……。船乗りが言ってたから」
俗に言う『ローレライ伝説』である。
「ああ……。でも別に私達が好きでやってる訳じゃないわよ。たまたま海上に出て、歌ってた娘の歌を聴いて、舵を取りそこなったとかなんじゃないの?」
実際にマリエッタの歌を聴いた少年は、素直に頷いた。
「そっか、あんな綺麗な声だもんな」
妙に納得しているその姿を見て、「実は目撃?されているのは、殆んど自分かも……」というのは黙っていた彼女であった。
それにしても、私これ以上陸に近付いたことってないのよね……。
うっすら陸の影が見え始めた頃、ようやくウィルの顔に笑顔が浮かんだ。
あっという間にここまで来て、どの辺に連れて行けばいいのか悩む。
「マリエッタ、あの崖の方に連れていって」
街影から少し離れた岩場の方に、確かに崖がそびえている。
かくして人気のない崖下に二人は辿り着いた。ここなら、陸まで岩が続いている。
小さな岩や大きめ岩等いりくんだその場所は船もつけられない為、港からも外れていた。人目は全くなく、マリエッタにとっても好都合だった。
板のいかだが岩場に着き、ウィルは足がつくようになった。しかし、すぐには水から上がらず振り返る。
「マリエッタ、本当にありがとう。あなたがいなかったら、ここに戻ってくるどころか、生きていることさえできなかった」
大人びた少年の言葉に、彼女は目をぱちくりさせる。
人間の子どもって、10歳でもしっかりしてるのね……。
「いいえ、あなたの運が良かったのよ。私のよく行く島に流れ着いたことが」
そして彼女はその身をひるがえして海へと還った。