~緩やかな時~3.
「ウィル、此処にどのくらいいたの?」
前に私が来たのが三日前。その時はいなかったと思うけど……。
「三日間くらい」
「……えっ?」
あれ~?首をひねる。この前来たの、もっと前だっけ。
「三日前もマリエッタの歌を聴いてた。あんまり綺麗な歌声で、聴き入っている内にいなくなってたんだ」
その後、彼は小さく続けた。ーーそれから、また来るのをずっと待ってた……。
「さっきの歌……」
彼女はそれに続く言葉を待って、ウィルをじっと見つめた。
「もう一度、聴かせてくれないだろうか」
じっと少年を見つめて、返事の代わりにニコリと笑い、歌い始めた。
風のない静かな波間に、歌声はどこまでもどこまでも響いていく。
いつもは誰も居ないこの空間に、観客がいるのは、彼女にとって初めてのことだった。
じっと瞳を閉じ、聴いている少年を見て、ふと思う。
ーーそういえば私、人の子どもって見たことなかった…。
整った顔立ちは、眼を閉じてもなお際立っている。思いにふけっている間に歌は終わり、彼はそっと眼を開けた。
マリエッタがまだ目の前にいるのを見て、明らかにホッとしたように息をつく。
「良かった。また夢なのかと思ってた」
マリエッタは胸を打たれた。こんなところに三日も一人きりで、どんなに心細かっただろう。
彼女は、岩の上に身体を全部引き上げた。
「ウィル、あなた幾つなの?」
「もうすぐ11になる」
「そう……」
目が心なしか赤い。寝ているどころではなかったのかもしれない。
マリエッタは彼の肩を抱き、自分にもたれるように引き寄せた。
「少し眠った方がいいわ。夜が明けたら、陸まで送って行ってあげるから」
「……」
少年はどうしたらいいか分からぬように、身動ぎしたが、いつしか身を預け、小さく寝息を立て始める。
それをそっと見守りながら、人魚の娘は優しい子守歌を口ずさむ。
やがて空が白み、星々が消えてゆくまでーー