練習の末に
「ふぅ、着いた」
僕がやって来たのは伊万里ヶ丘公園。
極めて小さな公園で、鐘の付いてる時計に色がハゲてる青いベンチ、後はシーソーとブランコぐらいだろうか。
時計の鐘はいつも朝の8時と12時、昼は6時と9時、12時に鳴る仕組みになっている。
ここを魔法の練習場所に選んだ理由は、時計の鐘の音による時間把握のしやすさだけでなく、「人が来ない」という理由もある。
今までずっと授業をサボりにここに来ていたのだが、人が来た事は一度も無かったのだ。
さて、そろそろ始めよう。
まずはあの「黒い霧」からだ。
あの時はたまたま出せたから何とも言えないが…
とりあえず魔法を打ち出せた時のポーズをとってみる。
そこから威勢良く…
「はっ!」
…
ま、出ないよね。
僕はベンチに座り込む。
魔法の教科書を読んだ時に、「魔法はイメージが大切です。同じ能力を持つ人に魔法を打ち出すイメージを教えて貰いましょう」とか書いてあったんだけど、僕と同じような黒い霧出せる奴なんて他にいるのだろうか?
…分からないが、少なくともこの近所にはいないだろう。
何か他に良い案は…
そういえば、黒い霧を出したのは一号と戦った時だ。
あの時、僕は何度も繰り出される一号の炎に耐え、最後の最後に魔法を使う事が出来た。
「…もし僕が一号の炎の打ち出し方を真似た結果、あの霧が出たのだとしたら」
僕はベンチから立ち、もう一度僕はあの時のポーズを
取った。
腕を垂直に伸ばして、膝を地面につける。
僕はあの時、正面から…手の平から炎が放たれるのを見た。
炎を…イメージする…。
「はっ!」
…ゴーン …ゴーン
12時の鐘の音が鳴った。
魔法は当然の如く失敗した。
「やっぱ簡単に出来る物じゃないよなぁ」
魔法を使わなくなってから何年経っただろうか。
幼稚園の頃は使えたのに、今ではすっかり使えない。
まさにリハビリ状態。
どうしたら良いものかと悩んでいると、見知らぬ男が声をかけた。
「よっ、そんな浮かない顔してどうしたよ「魔法適正ゼロ」の脳筋くん」
どうやら見知らぬ男ではなく、あの三人組の内の一人、三号だったらしい。
「その魔法適正ゼロの脳筋ってあだ名、流行ってんの?」
僕は彼にそう問いかける。
「そりゃあそうさ、だって魔法適正ゼロなんて今まで存在してなかったんだぜ、初めてマジモンの魔法適正ゼロの奴の存在が確認されれば有名になるのは当たり前さ」
「…僕は魔法適正ゼロじゃない」
「知ってるよ。君は俺達の前でそれを証明して見せた。疑う余地なんかない、君は立派な魔法使いさ」
「じゃあなんでまだ脳筋扱いしてるんだよ…」
「うーん…君の名前をまだ知らないから、かな」
「名前?」
「そう、名前。教えてくれるかい?」
「…今井 春斗」
「ハルト、君?」
「あぁ」
「なるほど、覚えておくよ、ハルト君。」
「お、おぅ…」
「俺の名は伊藤 健二。見た目に反した名前だが是非覚えていってくれよな、ハルト君」
「あぁ、よろしく頼む」
不味いな、名前を覚えるのは苦手なのに。
でもなんかちょっと嬉しい…かも。
「ところでハルト君は一体全体何故こんな所にいるのですか?」
「えっと、ちょっと魔法を打つ練習をな」
「はぁ、練習でございますか…なら俺が教えてやっても良いですよ」
「マジで!?」
「えぇ、俺も教えてもらった身ですから、多少役に立たないかもですがね」
「よろしくお願いします!」
「じゃあ始める前にいくつか答えて欲しい事がある」
三号の表情が急に強張った。
「…何でしょう」
「幼稚園もしくは保育園に居た時、君は魔法は使えたのですか」
「あぁ…うん」
幼稚園の頃、か。
全く何も考えずに魔法が使えたものだったのだが、虐められてからキッパリ使うのを辞めた。
ただの煙とただの水滴。それ以外は使えなかったし、何よりそれを「魔法」と呼ぶのが堪らなく恥ずかしかった。
当然、そんな僕の魔法を「魔法」と呼ぶ奴は一人も居なかった。
…だが、今僕の能力は現在進行形で強化されている。
そんな気がした。
「そんな考え込むほど辛い過去だったのですかい?」
「うおっ、びっくりした。…まぁな」
急に話し掛けられると驚いて記憶が飛ぶので辞めていただきたいのだが。
「ま、幼少期に使えたとなればその魔法は簡単に使えるようになるでしょう」
急に三号の表情が和らぐ。
「どういう事だ?」
「まず、魔法にはそれぞれに打ち出す「スポット」が有るんですよ。まぁ、殆ど手の平か指先なんですけどね。」
「なるほど」
僕の魔法の場合は煙は手の平、水は指先だった筈だ。
「そのスポットに意識を集中させて、イメージと一緒に魔力をスポットに流し込むんだ。そしたら出来るようになるよ。…多分ね」
「なるほど…」
手の平に意識を集中…
イメージと一緒に魔力を…
魔力…?
とりあえずやってみる。
「はあぁ!」
…
「失敗した…みたいですね」
「なぁ、魔力って…なんだ?」
僕がそう三号に問いかけると、三号は驚いたような顔をした。
「えっ、魔力を知らないのですかい!?」
残念ながらまだ僕のクラスに配布された魔法の教科書には魔力については載っていなかったのだ。
「あぁ、すまないが教えてくれないか?」
「まぁ、魔力について学ぶのは中学一年の時からだし、ハルト君がまだ小学生なら仕方ないか…」
突然三号の声が余りにも小さくなった。
「ん、何か言ったか?」
「あ、あぁいや?…うん、分かった。教えましょう」
「おう」
何故か少々戸惑いがあったように見えたが、気のせいだろうか。
「魔力とは、血と一緒に流れている細胞の一種です。この細胞は特定の魔法を発動させる動力源になります」
「なるほど」
「そしてその細胞を外に出せる「スポット」に沢山流し込む事によって、魔法が使えるようになります。ここまで分かりましたか?」
「良く分かったけど、それなら「イメージ」は必要無いんじゃ…」
「いえ、確かに魔力と呼ばれる細胞が一種類だけならイメージは必要無いんですけど、一種類以上ある人はイメージをしないと細胞を動かせないんですよ。つまりイメージっていうのは脳から電波を送らせて特定の細胞を動かすための道具って訳です」
「じゃあつまり俺はイメージしないと魔法が使えないから一種類以上の魔力細胞がある、って事なのか?」
「そういう事です」
一通り魔力については理解した。
「それじゃ後は出来るようになるまでやってみましょうか」
「あぁ…頑張ってみるよ」
それから僕は毎日のように伊万里ヶ丘公園に訪れては、深夜まで魔法を放つ練習をした。
…残念ながら魔法が使えた日は一度も無かったのだが。
そんなある日の出来事。
「流石にこれをそのまま何日も置いておくのも不味いだろうな…」
今日の魔法の特訓から帰った後、何か食料は無いかとリビングに向かう途中に、真夏にも関わらず猛烈に寒気のする部屋を見つけたので、部屋の中を恐る恐る覗いてみると、そこは母親の死体を縁起が悪いからと移動させた場所だった。
その部屋は古くなった布団や毛布、破けた座布団に立たなくなった机、起動しなくなったテレビゲーム機など、使わない物を置いておく、いわゆる「物置き部屋」だった。
ごちゃごちゃとした部屋の中に、とてつもない存在感を放つ青いビニール袋があった。
中身は母親の白骨だ。
僕はゴミを掻き分け、そのビニール袋を手に取ると、リビングまで全速力でその場を走り去った。
そして、今に至る…
人間の骨をそのままゴミ収集所になんか出したら事件に発展するし、かといって火葬場まで持って行ってしまっても怪しまれるのは間違いないし…
犯人が逃げた時に直ぐ通報すれば良かった物を、白骨化した死体の前で眠ってしまったが故に、取り返しのつかない事になってしまった。
「…もうこうなったら自分の手で火葬してやるしかないな」
そう決心した僕は、白骨をハンマーで粉々にした。
粉々にした白骨を布袋に入れ、外に出た。
裏庭まで歩き、明かりのついている家が無いか確認し、布袋を懐に入れておいたマッチの火で燃やした。
…バチバチと音を立て布袋と一緒に白骨が燃えだす。
「さようなら、母さん…」
僕を産んでくれた人。
僕を可愛がってくれた人。
僕を養ってくれた人。
死ぬと分かっていながらも、寂しく無いようにずっと一緒に居てくれた人。
…そのままの母親でいてくれていれば、どんなに良かった事だろう。
何がそんなに母親の性格を捻じ曲げてしまったのだろう。
そんな事を考えている内に、母親の白骨は布袋ごと灰になっていた。
「…2032年7月12日。深夜3時20分、火葬終了…」
僕は立ち上がると、その場にあった木の枝で地面に穴を掘り、そこに灰を入れ、埋めた。
「精々安らかに眠るんだな、母さん」
そう言い残して僕は家に戻った。
…霊として出てこないのを祈るばかりだ。
翌日の朝。
今日はやけに元気が良い。
眠りについたのはいつもと同じ深夜の4時ぐらいだったのに…
「もしかして、母親の霊が火葬するまでの間僕に憑いてた〜なんてね」
意気揚々にステップしながら、僕は今日も伊万里ヶ丘公園に向かった。
公園に着くと毎日では無いが、あの男がいる。
そう、三号だ。
今日は居るようだ。ブランコで遊んでいる。
三号は僕を見つけるなり、声をかけて来た。
「よっ、ハルト君。今日はやけに元気だね、なんかあったのかい?」
「いや、なんか今日はなんだか調子良くてさ、もしかしたら今日は行けるかも知れないんだ」
「おっ、やる気ですねハルト君。じゃあ早速やってみましょう」
「おうよ!」
僕は垂直に両腕を伸ばし、深呼吸をした。
「魔法…魔力…イメージ…」
何かを察するように心臓の鼓動が速くなる。
魔力が手の平に集まってくるのを感じる。
今なら…行ける!
「いっけえぇぇぇ!!」
手の平に意識を集中させた瞬間、あの「黒い霧」が前方に向かって勢い良く放たれた。
「やった…ついに、遂に僕も魔法を扱えるようになったぞ!」