天然少女
「何してんだよ、こんなところで」
後ろ姿の彼女に僕は問いかけた。
「ハルト…くん」
振り向いた彼女の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「まぁ、とりあえず…そこのブランコにでも座れよ」
「うん…」
彼女がブランコに座るのを確認してから、僕もブランコに座った。
「悪いな。校内探し回ってたらこんなに遅くなってしまった」
「ううん、来てくれただけでも…嬉しい」
「そうか」
「…でも、ちょっと遅過ぎだよ」
彼女はそう言うと、含み笑いをした。
「それで、こんなに長い時間待ち続けてまで、一体何の用だったんだ?」
「うん…あの時、助けてくれたでしょ?その御礼が言いたくて」
「あぁ、そんなことか。別に気にしなくても良かったのに」
「でも、どうしても伝えたかったから…ハルトくん、本当にありがとう」
「…どういたしまして」
「でね…?実はもう一つ伝えたい事があるんだけど…」
「なんだ?」
「私と…友達になってください!」
「それは無理だ」
「なんでぇ!?」
「…あのなぁ、名ばかりの友達なんて何人居ようが一緒なんだぞ?君の友達みたいに肝心な時に助けてくれない奴なんか友達と呼ぶに値しないだろ」
「確かにそうかも知れない。…でも、私はね?一緒に笑いあったり、楽しんだり、泣いたり、お喋りしたり…そういう「友達」が欲しいんだ。決して助けてくれる友達が欲しくない訳じゃないんだけどね。だけどやっぱり私は「助け合うだけの友達」より「一緒に笑って過ごせる友達」の方が良いな」
「はぁ、意味が分からないな…でも、そういう考えは嫌いじゃない」
そう答えると彼女は自慢気な顔をした。
「えへへ…、あれ?今さっき私の考えを否定しなかった…んだよね?てことはつまり…友達になってくれるの!?」
「何故そうなるんだ」
「えぇ〜!?」
また彼女の顔がしょんぼりとした。
表情が豊かな奴だな…
「…ていうかなんで音信不通だったんだよ。君の友達も心配してたぞ?」
「えっ?連絡は出来るようにちゃんとスマホは持ってきたんだけど…」
「本当に持ってきたのか?確認してみろよ」
そう促すと、彼女は肩に掛けていた白色のショルダーバッグの中をガサゴソと漁り始めた。
「あれ?おかしいなぁ…ちゃんと持ってきたはずなんだけどな…あっ、あった!」
スマホを見つけ出した事がそんなに嬉しかったのか、彼女はスマホを勢いよく取り出すと、僕に見せびらかしてきた。
「ほらほら、あったよハルトくん!」
「おーおー、それは良かったな…えいっ」
丁度目の前に突き付けてくれたので、確かめる為に電源ボタンを押した。
…少し手が触れ合ってしまったが、やむを得ないだろう。
…な?
「ひゃあ!?な、何するんですかいきなり!」
手が触れ合ったと同時に彼女はスマホを持っている方の手を僕から遠ざけ、両手でスマホを握った。
「いやなに、電源は付いてるのかなって思ってさ」
「付いてるに決まってるじゃないですか!何言ってるんですか、全くもう!」
「いや、でも…そのスマホ、画面真っ暗なままだぞ?」
「えっ?」
彼女は慌てて確認した。
…色々試行錯誤していたようだが、遂に電源が付いて無かった事を認めたらしい。
「…ホントだ、付いてない」
「はぁ、やっぱりか…今からでも遅くないから、今のうちに親御さんと友達に連絡しとけよ?」
「うん、分かった!」
…とりあえずこれで一件落着だな。
アイツらの顔を見るのが楽しみだ…クックック。
「あっ…」
「ん?どうした?」
「電源…付きません」
「…えぇ」
どうやらまだ一件落着とは言えなさそうだ。
ーーーーーーー
「うわぁ、ここがハルトくんのお家かぁ〜」
玄関の前で彼女は若干浮かれ気味で人の家を物色していた。…この礼儀知らずが。
「僕は先にリビング行って飯でも作っておくから、風呂でも入っててくれ」
「えぇっ!?ハルトくん自炊出来るんですか!?」
「あぁ、まあな…風呂はすぐそこだ。衣類は母親の奴を使ってくれ」
「はーい!行ってきまーす!」
そう言うと彼女は「おっとまり♪おっとまり♪ランランラン♪」とか口ずさみながら洗面台の方へ向かった。
…さて、飯を作らないとな。腹も減ったし。
何を作ろうか…やっぱり肉とかは控えた方が良いのかな、カロリー的に。
色々考えていると、すぐそこのソファーから声がした。
「…おいおいハルト君、一人暮らしだからって若い女の子を家に連れ込むのはどうかと思うぞ?」
…げっ、この声は。
恐る恐るソファーまで近づくと…
「はぁ…やっぱり先生じゃないか」
何だろう、前にも似たような展開があったような気がする。
「どうしたんですか?僕の家に勝手に上がり込んで」
「その前に説明しろ。何故橘さんを家に呼んだんだ?」
「…それ、知る必要ありますか?」
「あるだろ、一教師としてな」
「それもそうですね。実は…」
先生には包み隠さず、今までの出来事を全て話しておく事にした。
彼女から逃げ回っていた事も、
それが原因で犯人に仕立て上げられた事も、
自分の軽はずみな言動のせいで彼女をずっと待たせていた事も。
…ついでに風呂に入っていない事と彼女スマホの充電が切れていた事も話しておいた。
「…なるほど。つまり彼女を家に呼んだのは、夜道は危ないからって事とついでにスマホを充電させる為って訳か」
「殆どはしょられてるんだが!?…まぁ、そういう事です」
「はぁ…お前、「夜道は危ないから」って…それもう「ウチに泊まれ」って言ってるようなものだからな?」
「分かってますから!そんな堂々と言わないで下さいよ!」
「アハハッ、悪かった」
「…それで?先生は何でここにいるんですか?」
「あぁ、これを渡しに来たんだ」
先生はそう言って、胸元のポケットから六枚の紙切れを出した。
「…これ、もしかして「決闘チケット」ですか?」
「あぁ、そうだ。今日の朝全員に渡そうと思ったんだが、職員室に忘れてしまってな。取りに戻ったわけなんだが、教室に戻ったら君はもう帰ってしまったらしいじゃないか。だからわざわざ家まで持ってきてやったんだよ」
「えっ…その六枚のチケット全てですか?」
「残念だが違うぞ。半分は君ので、もう半分は橘さんのだ」
「…何故橘さんの分まで?」
「いやぁ、なんだ…「ハルト君が橘さんを監禁してる」とちょっと小耳に挟んだから、…な?」
「あ、その話信じてたんですね」
「いやいやいや、違うぞ!?それはついでだついで!もちろん私は君の事を信じていたさ!」
「…へぇ」
「…コホン、それじゃあ私はこれで失礼するよ」
先生は机に六枚のチケットを置き、玄関に向かった。
「…ハッ!?ちょっと待って下さい先生!まさか帰っちゃうんですか!?」
「そうだが?」
さっきの焦った表情はどこ行ったんだよ。
「僕達二人きりですよ!?しかも男女!しかも思春期!!良いんですか!?」
「別に良いだろそんなの」
「あんたの教師としての威厳はどこへやったんだよ!」
「そんなものとっくの昔に捨てたよ」
「さっき「一教師として家に招き入れた理由を説明してもらう義務がある」的な事言ってただろ!?」
「それは別腹だ。例えるならスイーツだな」
「それ例えになってますか!?」
「まっ、私も色々と忙しいんでね。それじゃあまた明日」
「ちょっ、まっ…」
…バタンッ
玄関の扉が閉まる音と同時に部屋の中に静寂が訪れた。
「あぁ…どうしよう」
…とりあえずメシ、作るか。
〜捕捉〜
主人公の家のリビングの扉は丁度正面に壁があって、先生の座っているソファーとは死角になっています。